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黒い炎  作者: 陸奥守
第三章 抵抗の為に
35/424

惚れた女を助けに行くんだ!

 ハッと目を覚ました時、ジョニーの目に飛び込んできたのは見覚えの無い天井だった。白い壁と白い天井。清潔に保たれた部屋の中、ジョニーは呆然と天井を眺めていた。


 ──ここは…… どこだ?


 事態を飲み込めないジョニーだが、その目に映る景色から医務室である事は間違いなかった。傍らに置かれたバイタルモニターは定期的にリズムを刻んでいて、ジョニーの心臓がまだ力強く鼓動している事を知らせている。

 ゆっくりと左右を確認し、今度は足元を見ようとしてわずかに身体を動かそうとしたのだが、その瞬間、全身に電撃のような激痛が駆け抜け、ジョニーはうめき声を漏らし、そして再び天井を見上げた。

 左の腕は肩の先が全部痺れたようになっていて感覚が無く、胸の辺りから腰を経て太ももの上部辺りかけての範囲では、寸刻みにナイフで切られるが如き激痛を覚えていた。


 ――イッ いてぇ……


 呼吸が荒くなり、痛みに耐えて息を止め、身体が酸素を欲して大きく息を吸い込んだ時には、腹回りに言葉では表現出来ない激しい痛みが走ったのだった。


 ――そうか 火傷したんだ……


 段々と状況を思い出してきたジョニーは最後の戦闘を思い浮かべた。いままでとは違う戦闘に陥り、直後、機体へ直撃弾を受け制御不能になった。その直後、自機に向かってとどめの一撃を入れようとした戦闘機が見え、ジョニーは死の覚悟を決めた。

 だが……


「気が付いたようだな」


 急に部屋の扉が開き、エディがアレックスを引き連れやって来た。


「状況は解るか?」

「……ベルリンの艦内?」

「正解だ」


 ジョニーのベッド脇へやって来たエディは小さな椅子へ腰をおろした。

 スチール製の丈夫な椅子がギシリと軋み、不快な音を立てている。


「俺は…… 撃墜されたんですね」

「そうだ。ただ、ニューホライズンへ落ちる前にシートが射出され回収した」

「なんで……」

「エンジンルームが溶解しコックピットへ流れ込んできた。その熱で緊急射出装置が誤作動を起こしたようだ。いずれにせよラッキーだったな」


 激しい痛みに再びうめき声を上げたジョニーは、ふと視界の隅に点滴の輸液管が見えた。その管を目で追っていくと、左腕の上腕部に繋げられていて、透明の液体が少しずつ身体に送り込まれていた。


「そろそろ鎮痛薬が効いてくる頃だろう」

「だいぶ痛みが引いてきたんですが……」


 痛みは無いが痺れるような感触はずっとある状態だ。ジョニーは痛みに耐えつつ自分の身体を確かめた。そして、その時点ではじめて気が付いた。左の腕が肩口からやや下の所で失われている。

 それだけでなく、胸から下腹部にかけてはグルグル巻の包帯が状態の悪さを示していた。


「これじゃ…… 俺はもう戦えないな……」


 深く溜息をついたジョニー。

 シリウス人の戦傷兵が辿る末路など推して知るべしである。

 ましてジョニーは地球側で戦ったのだ。シリウス人にしてみれば『裏切り者』でしかないのだ。だが、エディは静かに笑っていた。


「まだ右手がある。心配するな」

「でも……」


 言葉を失ってしょげ込んだジョニー。

 その肩に手を置いたエディは、やはり静かに笑っている。


「先ずはしっかり傷を癒やせ。話しはその後だ」

「片手で戦えるとは思えません」

「義手や義足の兵士は沢山居る。ちゃんと動く機械の義手だ」

「部分サイボーグですね」

「そうだ」


 静かに頷いたエディは優しく笑っていた。

 その笑みにジョニーはふと、遠い日に見た父親を思い出した。

 身体格好が父と良く似ていているエディだが、ジョニーの父親もそうであったように、ただ優しく笑みを浮かべ見守るような存在だった。


「再生カプセルを用意させる。火傷部分の治療にはアレが一番だ。後も残さず綺麗に治るだろう。腕や足は一旦機械化しておいて、後に戦争が一段落したら生体パーツを作って移植すれば良い」


 ニューホライズンの貧しい農民でしか無かったジョニーにとってすれば、身体再生と移植など夢のような医療だった。怪我をして身体のどこかを失えば、泣きながら諦めるしか無かった日々。

 そんな虐げられる側の悲哀が微塵も無いと言う事に、ジョニーは少なからず衝撃を受けている。


「すいません…… 今は大変な状況なのに」

「いいさ。どうやったところで総体としては小さくなっているんだ。連邦軍の上層部はどうやって後腐れ無くシリウスから綺麗に撤退するかを算段しはじめた。つまり、負け戦なのを覚悟したって事だ」


 エディの口から飛び出した負け戦という単語にジョニーが驚く。

 だが、その顔に浮かぶ苦々しい表情をスルーして、エディは淡々と言葉を繋げていった。


「土台勝てるとは思っていなかった。ただ、地球ではもうすぐ総選挙のシーズンを迎える。その前に政権与党が不利になるような政治的イベントを発生させるわけには行かないのさ」


 唖然とした表情で話を聞いていたジョニー。

 楽しそうに笑っているエディは嗾けるような口調だ。


「マスコミっていう胡散臭い連中は基本的に悪い事しか言わない。不安感を煽った方が売れるからな。シリウスを失ったら地球がどうなるかなんて視点は彼らには無いのさ。これっぽっちも無い」

「……じゃぁ、彼らは何の目的が?」

「目的なんか無いのさ。糞に集るハエと一緒だ。政権与党は間違っている!って大声を上げて、これから悪い事になるぞ!ダメになるぞ!って叫んで、そして言うのさ。うちの新聞に全部書いてありますってな。そうすれば新聞が売れるだろ?」


 ニヤリと笑ったエディは上目遣いにジョニーを見ていた。

 その目がまるで『わかるか?小僧』とでも言いたげで、ジョニーは僅かに首をすくめるしかなかった。


「だから民衆は賢くならねばならない。マスコミの言う事を鵜呑みにせず、いま本当に起きている事はなにか?をキチンと把握しなければならない。だけどまぁ、多くの民衆はこう思うだろう。自分が損しない限り、まぁ、いいか……とな」


 物事の真実を見抜く。言葉にすればそれだけだが、それを行うのは何よりも難しいのだとジョニーは知っている。あの自警団がそうであったように、暴力的手段を用いてでも目的を果たそうとするモノは多い。

 だが、その裏にある真実はおいそれと表には出てこないのだ。アレコレと思慮を巡らせていたジョニーは安定剤の影響で眠気を催していた。鎮痛剤と一緒に流れ込んでくる薬剤が聞き始めたのだ。

 そんなどこか寝ぼけていたジョニーの精神を叩き起こしたのは、艦内に響いた緊急事態を告げるサイレンの音だった。


「どうした!」


 手にしていた無線機で艦内司令室(コントロール)を呼び出したエディは、無線から漏れ出てくる言葉に表情を固くしていた。興奮した口調で伝えられる情報は混乱を極め、断片的に刻まれた言葉からは全体像を掴むのが難しくあった。ただ、総じて言える事は連邦軍の戦列艦に危機的状況が訪れていて、それは外部からの支援でどうにかなるものではないという事だ。


「何が起きているんだ?」

「司令部も全体像を把握していないようだ」

「戦闘情報はどうなってる?」


 エディに促され部屋の情報モニターに広域戦闘情報を表示させたアレックス。だが、そこに表示された文字を目にし、口に手を当てたまま息を飲む。その隣ではエディも口を半開きにしたまま、呆然としているのだった。そして、その脇からモニターを覗き込んだジョニーも目を点にして驚く。

 すぐ近くに居た連邦軍の戦列艦『ストラスブール』がシリウス軍の機動突撃艇による攻撃を受け、艦内へゲリラコマンドの進入を許してしまったらしい。


 ――ウソだろ?


 艦内へ侵入したゲリラコマンドは戦闘艦橋目指して艦内を進んでいるらしい。自動化を推し進め配置人員を減らした戦闘艦は、艦内での白兵戦など一切考慮していないと言って良い。


「どうしたもんだろうな」

「艦内に配置された海兵隊の奮戦に期待するしかないな」


 困惑するアレックスにエディがそう答え、二人の間から会話が消えた。

 モニターに表示されるダンケルク級戦列艦『ストラスブール』は、艦内の各所で激烈な抵抗を続けており、機関部及び主砲オペレーションルームやCICと言った重要区画ではコマンドの侵入を良く防いでいた。

 だが、艦内人員二千名に及ぶ大型艦と言えども実際の白兵戦要員は最大でも二百名少々でしかない。そしてその多くは海兵隊の持つ装備の整備運用に当てられるスタッフと兼用であり、純粋に戦闘に当るスタッフは百名未満と言うのが真相だ。


「進入したのは35名か……」


 それきり言葉を失ってモニターを見つめるエディは、まるでギリギリと歯軋りでもするかのようだ。アレックスは情報端末のキーボードを叩きながら、戦闘エリア全体の情報を閲覧している。


「まずいな」

「どうした?」

「今度は地上だ」

「地上?」


 エディの表情に浮かんでいた怪訝の色が濃くなった。


「シリウスの例のロボットがザリシャグラードの地球軍基地を包囲している」

「なんだって!」


 アレックスの言葉に最初に反応したのはジョニーだった。


「そっ! それで、地上はどうなってますか!」

「いま、ザリシャグラードの守備隊と激しい砲撃戦を展開中だ。ニューホライズンの連邦軍拠点としては最大規模だからな」


 別のモニターにザリシャグラードの様子を表示させたアレックス。

 モニターの向こうでは、シリウスロボによる基地とその周辺部への無差別砲撃が行われていた。地上に存在する全ての設備を破壊するべく、徹底した砲撃が繰り返されていて、基地の内部では各所から猛烈な火の手が上がっていた。


「……ウソだろ」


 息を呑んで眺めているジョニー。

 モニターには地上を逃げ惑う地球派市民の姿が映っている。


「こりゃ見てるだけじゃ済みそうに無いな」


 ボソリとこぼしたエディは腕組みのまま厳しい表情だ。

 アレックスは再びモニターの表示を調整し、周辺部の情報を収集し始めた。

 その情報を斜めに見ていたジョニーの顔から表情と言うものが消えていった。


 ――リディア……


 息を呑むジョニーは奥歯を喰い縛ってモニターを睨みつけていた。

 混乱を極めるザリシャグラードの基地内部では、非戦闘要員の退避が続いていて、そんな中へ次々とシリウス軍の砲弾が降り注いでいた。


      ――バンデット搭乗員はハンガーデッキ集合!


 艦内放送が緊急事態のアナウンスを流し始め、エディとアレックスは顔を見合わせた。


「ジョニー!」

「はい」

「まずは身体を養生しろ!」

「え?」

「地上の事は任せろ!」

「でも!」


 立ち上がろうとしたジョニーをベッドに沈めたエディは、アレックスを連れて部屋を飛び出していった。猛烈な不安感と孤独感に襲われたジョニーはベッドの上で蹲っている。

 しかし、その手持ち無沙汰から来る不安感は如何ともしがたく、思うようにならない身体を引きずって情報モニターの電源を投入し地上を観察する事にした。

 だが、突然ベルリンの船体自体が激しく揺さぶられ、ベッドの上でバランスを崩したジョニーは床へと転がり落ちた。

 すぐ近くを航行していた戦列艦ストラスブールの主砲がベルリンの後部へ主砲をぶっ放したのだった。


 ――おいおい……


 モニターの向こうに見えるストラスブールの主砲は、再びコンデンサーに充電を開始し始めていて、巨大な加速器が真っ赤に光りを放ち射撃体勢になっていた。今度直撃を食らえば、ぶ厚い筈の装甲を打ち抜くだろう事は想像に難くなかった。

 そしてその直後だった。ストラスブールの浮遊砲塔全てを荷電粒子の塊が貫通していった。ストラスブールの向こうに居た僚艦のダンケルクが、主砲をストラスブールへ向け砲撃を開始したのだった。


 ――すげぇ


 次々とストラスブールに加えられる砲撃は、激しいを通り越し全く無慈悲なモノだった。次々と船体の外殻装甲が抉られていき、やがてストラスブールの本体とも言うべき基礎装甲に守られたコアユニットが姿を現す。

 そして、そのコアユニットに対し、ダンケルクだけで無く周辺にいた戦列艦が遠慮無く砲撃を加え続け、やがてストラスブールの各パーツはニューホライズンの引力に引かれ地上へと落下していった。


 ――マジかよ……


 言葉も無く見守るだけのジョニーだが、その時、ベルリンの船体そのものに共振現象を引き起こして戦闘機が発進していくのが聞こえた。轟音と共に発艦するバンデットは全部で50近い数字だ。

 ふと、指折り数えてみたら、まだ10機近くがベルリン艦内に残っている勘定になる。そんな数字が頭の中を走り回り、ジョニーの脳裏にハッと『出撃』という単語が浮かび上がった。


 ――行ってみるか


 鎮痛剤がよく効いているジョニーは痛みを忘れていた。そっと医務室の床へ足をつき、ゆっくりと立ち上がった。


 ──オッ! いけるんじゃね?


 隻腕な状態と言うのは随分と不安定だった。だが、歩けないかと言うと実際はそうでもないようで、壁に手を付きつつ、部屋の出口を目指した。


 ──あとすこし……


 一歩、二歩、三歩と歩いて、そしてやっと部屋のドアまでやってきた。しかし、自動で開くはずの扉が微動だにしない。

 

 ──あれ?


 扉上部の制御パネルから扉の手動オープンを選択したのだが、やはり扉は全く動かないのだった。そして制御パネルには『外出禁止』の表示が浮かび上がる。


「マジかよ」


 悪態ジミた独り言を漏らして大人しくベッドに戻ったジョニー。

 先ほどまで見ていたモニターには地上の様子が写し出されていた。

 他にする事もないので、怪我人らしく大人しくしているかと横になって、そしてモニターを眺める。ザリシャグラードを包囲するシリウス軍のロボ軍団は総勢300機を超える大群だった。


 ──すげぇ……


 脳裏に浮かぶのは地上戦の際に見上げたロボの姿だ。少々の打撃力など全く寄せ付けずに進んでくる奴らの姿は、深層心理の奥深くに圧倒的な威圧感となって植え付けられている。

 高速高機動で高火力なバンデットであれば後れを取らないが、碌な地上戦力も無いザリシャの守備隊に、ふと、不安を感じたジョニー。それは、とりもなおさず基地の中でジョニーの帰りを待つリディアの存在にあった。


「……………………ッチ!」


 腹立たしげに舌打ちし、モニターを射貫くが如くに睨み付けているジョニー。シリウス軍は北部・西部・南部の三方から一斉に基地へ向かって進軍を始め、ザリシャの守備隊は絶望的な砲撃戦を開始していた。

 それがどれ程無駄な努力だと解っていようとも、それをせずには居られなかったのだろう。グッと右手を握りしめ息を呑むジョニー。だが、その直後、突然地上に大爆発が起きた。


「ウソだろ……」


 唖然と見守るしかないジョニー。地上では次々と核爆発級の爆発が続いていて、ザリシャグラードの市街地が次々とあり得ないレベルにまで破壊されていた。シリウス軍ロボの進撃を阻止するべく、連邦軍宇宙艦艇は周辺都市部への無差別砲撃を開始したのだった。

 大気圏外から重量約1トンの物体が隕石のように落下してくれば、どれほど精強で重装甲を誇るシリウスのロボとはいえ、直撃を受けずともその衝撃波だけで酷い事になる。

 自らの装甲を信じ進軍していたシリウス軍パイロットたちは、いまその眼前に起きている信じられない光景に言葉を失い、その場に釘付けになってしまった。

 最早進むも地獄退くも地獄である。そして、どっちにしろ無差別砲撃の効射力を受ける以上、少々移動したところで激しい衝撃波によりロボは機能を停止してしまうのだった。


 ――よし……


 僅かに安堵したジョニーだが、意を決したらしいシリウス軍は再び前進を開始した。分散し前進するシリウスロボはザリシャグラードの基地を目指しなだれ込んでいく。


 ――リディア!


 心の中でそう叫んだジョニーはモニターを喰いいるように見ていた。

 ゆっくりと着弾範囲が動き始め、やがて基地の内部へも艦砲射撃の砲弾が降り注ぎ始めた。次々とザリシャグラードの施設が灰燼の帰していく。かつて訓練を繰り返したグランドやバンデットのハンガーも綺麗さっぱりと消し飛び、巨大なクレーターが次々と形成されつつあった。


 ――え?


 素っ頓狂な声を上げてモニターを睨み付けたとき、ザリシャグラードの地上では匿われていた穏健派シリウス人が逃げ惑っていた。まだ退避が完了せぬ中、砲撃が開始されていたのだった……


「リディア!!」


 ジョニーは全身の痛みを無視して絶叫した。

 激しい砲撃の最中、地上には沢山の列が出来ていて、右往左往しつつ地下掩体壕への入り口へと殺到しているのだった。


「止めろ! 砲撃をやめろぉぉぉぉぉ!!!!」


 まだ自由になる右手でモニターをバンバンと叩くジョニーは言葉にならない奇声を発していて、その声に驚いた医療スタッフが部屋に入って来たとき、あの開かなかったドアが開くのが見えたのだった。


「リディア! 今行くぞ!」


 満身創痍のジョニーは立ち上がった。

 医療スタッフやサポート要員がジョニーを取り押さえようとするのだが、バンデットライダーとして鍛えてきたジョニーの身体には驚くほどの膂力があった。

 幾多のスタッフを跳ね除け艦内を走っていくジョニー。警備スタッフまでも加わりジョニーを押し返そうとするのだが、強力な鎮痛薬を打たれているジョニーは痛みを感じておらず、その全てのスタッフを押しのけバンデットのハンガーへと走った。


「待て! 待つんだ!」

「うるせぇ!」


 艦内チーフ(下士官)がジョニーを取り押さえようとするのだが、その全てを跳ね除けてハンガーへとやって来たジョニー。バンデットの周辺で整備に当っていた者たちもジョニーを止めようとしたのだが、ジョニーは警備スタッフの拳銃を奪い取って威嚇しながら道を開けさせた。


「良いから道を開けろ! 出撃させるんだ!」


 激しい興奮状態のまま身体を動かしたジョニーは、その身体にあった鎮痛剤が切れ始めていた。奥歯がガタガタと鳴り出すような激しい痛みにうめき声を上げ、全身から脂汗が流れ始める。

 しかし、地上の様子が片隅のモニターに表示されていて、そのモニターには地上で暮らした士官向けエリアにまで砲弾が降り注いでいるのが見えたのだった。


「マジかよ!」


 絶叫しつつも片手でパイロットスーツを着込み始めたジョニー。左腕の袖部分がブラブラとしているが、そんな事を気にせずヴァンディッドのコックピットを開けようとしたところで聞き覚えのある声がジョニーの耳に届いた。


「そんな身体でどこへ行くつもりだ?」


 驚いて振り返ったジョニー。

 そこにはエディが立っていた。


「ザリシャの基地が襲撃を受けている!」

「それは知っている。で、どうするんだ?」

「決まってるだろ! エディも知ってるはずだ!」


 激しい興奮に痛みを忘れているジョニーだが、エディは遠慮なく近づいて行って最初に拳銃を取り上げた。なされるがままにしていたジョニーだが、エディは薄笑いを浮かべてジョニーの腹へ鈍いパンチを一発打ち込んだ。

 相当強力な鎮痛剤を使わなければ激しい痛みに襲われる重度熱傷だ。ジョニーは鈍いうめき声を上げた後で瞬間的に意識を失い、激痛で強制的に覚醒させられる事を繰り返していた。


「そんな身体でバンデットを飛ばせるとでも思ってるのか?」

「だけど!」

「片手で飛ばせるほどヌルイ機体じゃ無いのはお前も知っているだろう?」

「だからなんだ!」


 右手でエディの襟倉を掴んだジョニー。

 それでもエディは笑っていた。絶対に殴られない自信があったから。

 なぜなら、ジョニーの左腕は宇宙の何処かに置いて来ている。

 隻腕では襟倉を掴む事は出来ても相手を殴る事など出来やしない。


「リディアが危ないんだよ!」

「……お前は良い男だな」

「良いから道を開けてくれ!」


 血走った目で睨みつけるジョニーをエディが優しげな眼差しで見つめていた。


「なにをそんなに必死なんだ?」

「あそこにリディアがいるんだよ!」


 充血したジョニーの目から涙がこぼれた。

 喰い縛った歯茎からは血が滲む。


「ジョニー。俺の経験的にはな、何かに夢中になって事に当った時、別の肝心なものを失う事があるんだ。それでも良いのか?」

「当たり前だ! リディア以上に大事な存在など俺には居ない!」

「結果論として取り越し苦労かもしれないぞ?」

「最悪の事態になった時、何もしなかった後悔を味わいたくない!」

「地上が罠である可能性を考慮したか?」

「それなら脱出するまでだ!」


 今にも噛み付きそうなほどに興奮しているジョニー。

 そんなジョニーを見つめていたエディが何気なく横を向き、バンデットの周囲に居た者たちに何事かを指示した。

 すると、すぐさま機体の周辺に居た整備員が機体から離れ、コックピットのキャノピーが開き、普段は使われていない操縦席後方の簡易座席が姿を現した。


「そんな身体の搭乗員を送り出したとあっては俺が責任を取らされる。地上まで送ってやる。早く乗れ」


 ジョニーを気にする事無くバンデットへ乗り込みエンジンを起動するエディ。

 呆気に取られるジョニーに向かいエディが吼えた


「何をモタモタしているんだ! 早くしろ!」

「……しかし!」

「しかしも案山子もあるか!」


 強力な核反応エンジンが起動し始め、コックピットのインジケーターに明かりが灯り始める。その光りを映しているエディの瞳は、まるで作り物の様に光っているのだった。


「いままで散々喚いておいて、いまさら怖気付いたか?」

「ちがう!」


 ジョニーの表情が僅かに曇った。


「エディが責任を取らされる」

「俺に責任を押し付けられるような奴は連邦軍には居ないさ」

「でも!」

「何をボケているんだ!」

「え?」

「その手が届かなくなるぞ!」


 慌てて乗り込むジョニー。

 エディはハンガーの中にいるスタッフ全員に退避を命じ、カタパルトにバンデットをロックさせて射出指示を出した。


「ジョニー。お前の選んだ道だ。後になって後悔はするなよ」

「しないさ……」

「よし、その言葉、聞いたぞ。後で二言は言わせんからな」

「……あぁ」


 グッと気合いを入れたジョニーが呟いた。


「……惚れた女を助けに行くんだ!」


 ハンガーの中からスタッフが消え去り、宇宙と艦内を隔てるハッチが開かれた。

 シューターの黄色いジャケットを羽織る甲板士官が射出用意を告げ、その直後に強烈な加速Gがジョニーを襲った。酷い火傷を負っている身体が悲鳴を上げ、視界の中には眩いほどの光が飛び交った。そして、再び一瞬だけジョニーは意識を失い、その直後に全身の激痛で覚醒した。


「ウッ! ウグググ…… アァァ!!!」


 痛みに声を漏らすジョニー。

 そんな事を露ほども気にせず、エディはほぼ垂直に大気圏を降下していく。

 機体の周囲が眩く光り始め、オレンジの炎を引いてバンデットはザリシャグラードへ急降下して言った。圧縮断熱により機体の温度が上昇していく。機体のマネージメントコンピューターが機体崩壊警報を出し始め、ジョニーは機体爆散の恐怖を覚えた。


「えっ! エディ!」

「平気だ! いちいち吠えるな!」


 エディはそんな事をまったく気にせず、遠慮無く一気に降下突入していく。そして、何事も無かったかのようにバンデットはニューホライズンの大気圏へと到達した。眼下には砲撃の最中をザイシャ基地へ向け進軍するシリウス軍が見えた。


「ここからが正念場だぞ。気合い入れろよ」

「あぁ」


 ジョニーの目に激しい炎が燃えさかっていた。

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