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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
349/425

パヴォニス山麓奇譚 05

~承前






「つっこめぇぇ!!!」


 テッドの絶叫が車内に響く。モリーは迷う事無く真っ直ぐに走った。

 M113は火星の赤い砂塵を上げて加速し、M-1に迫った。


「あっ!」


 誰かがそう喚いた。瞬間的にそれがグランの声だとテッドは思った。

 ただ、実際にはモリーの声で、右側しか駆動してないタイヤの悲鳴だった。

 瞬間的に右列最前方のタイヤが岩を乗り越えたらしい。


 ごく僅かな間だが、車体右側に浮力が掛かった。

 本当に一瞬だけ右側タイヤからグリップが抜けたらしい。

 キャタピラ式ではなく装輪式の弱点がここで出た。


 ――マジかよ!


 テッドは心中でそう毒づいた。

 車体右側が一瞬浮き上がり、その直後にグッと沈んだ。

 強力なモーターによる駆動力は車体を一瞬だけ左へと回頭させる。


 モリーがすかさずカウンターを当てようとした時、敵が発砲した。

 その一連の動きが1秒以内に全て収まっているとテッドは気が付いた。

 シェル以外の場面で、初めてゾーンに入ったらしかった。


「うわっ!」「ギャァ!」「あぁぁぁぁ!!!!」


 様々な声が車内に響いた。

 間違いなく直撃だとテッドは覚悟を決めていた。


 しかし……


 ――なんだ!


 何が起きたのかをテッドは把握出来ない。

 ただ、1つ言える事は、間違いなく直撃のはずだった。

 弾がそれた。いや、かすっただけだった。


「右側面スモークディスチャージャー破損!」


 ディフェンス担当のグランが叫ぶ。

 首だけ出していたテッドが見たモノは、砲塔の右側面をえぐった跡だ。


 ――マジかよ……


 まだ幸運の目は残っているらしい。

 テッドは自らと仲間の幸運を神に感謝した。

 そして、エディの持つ運の良さや引きの強さにも感謝した。


 ただ、そんな幸運は油断を呼び、過信を引き起こすもの。

 そして、命のやり取りの現場における過信は、すなわち死に直結する。


「駆け抜けろ!」


 そう叫んだテッドだが、過信の酬いはすぐに現れた。

 車体最前方にいたモリーが叫んだ。


「FUCK!」


 次の瞬間、車体は何かに激突し、車内にあった物が一斉に前方へ吹っ飛んだ。

 首だけ出していたテッドは慣性に吹っ飛ばされ、胸を強かに打った。

 サイボーグである事を感謝するより外無いが、それでも視界に異常警報が出た。


 ただ、そんな物に構っている余裕は無い。

 M113は車体の前半分をサンドトラップ状の何かに突っ込んでいる。

 どうやらそれは一見目には見えない大きなトレンチだ。


 砂によってカモフラージュされた大きな抉れだった。

 そしてどうやらシリウスのM-1は車体の後ろ半分をそこに取られたらしい。


 ――動かなかったんじゃない

 ――動けなかったんだ!


 真相に気付いたまでは良いものの、至近距離で相対しているのだ。

 しかも、向こうもこっちもまだエンジンは生きている。

 手を伸ばせば触れるほどの距離だ。


 ――アッ!


 余りに近すぎてロニーもジャンも撃てない距離だ。

 万が一にも兆弾になった場合、テッド車に直撃する恐れがある。


「駆動系統全損! モーターが反応しねぇ!」

「ターレ旋回不能! こっちもモーターが死んでる!」


 モリーとハンスが続けて報告する。


「装填装置故障! 全く動きません!」


 装填手であるドンが悲鳴を上げた。

 すかさず『チャンバーは!』とテッドが叫ぶと『AP!』とだけ応えた。

 残り一発しか撃てないのだから外すわけには行かない。


「ハンス! 手で回せ!」


 テッドがそう叫んだとき、既に砲塔は動き始めていた。

 ただ、ターレを乗せていたマウントレール自体が歪んだらしい。

 或いは、強烈な減速Gにより車体そのものが歪んだのかもしれない。


 ただ、それでもズリズリとターレは回っている。

 コマンダー席にある小さなハンドルに手を沿え、テッドもそれに加勢した。


「急げ! 急ぐんだ!」


 普段の半分以下な速度でターレが旋回する。

 長い砲身がやっと向きを変え始めた。だが。


 ――あっ!


 テッドの視界に入ったシリウスのM-1もターレの旋回を始めた。

 長砲身な135ミリがゆっくりとこちらを向きつつあるのが見えた。


「急げ! 急ぐんだ! あのクソタンクも狙ってやがる!」


 確かM-1は電動だったはず。

 シリウスの地上でやり合ってるときにドッドがそんな事を言った様な気がする。


 そんな事に構っている余裕など無いが、割りと重要な事でもある。

 こっちの旋回が間に合えば良いが、向こうに負ければ至近距離で喰らうのだ。


「チッキショォォ!!!」


 ハンスが妙な事を叫び始めた。

 何事かと思ったテッドが顔を上げた時、そこに見えたのは交差する砲身だった。


「ハンス! 砲身を上げろ! 引っかかる!」


 咄嗟にそう喚いたテッド。

 だが、ハンスは砲身を僅かに俯角に取った。

 違うだろ!と叫び掛け、その声を飲み込む。


 ――あ…… そうか!


 俯角側に砲身を下げ、再び旋回ハンドルを回し始めたハンス。

 最後の最後で役に立つのは、いつの時代も人力制御だ。


「もうちょい! もうちょいだ!」


 M-1側の砲身をかわし、M113のロングバレルが敵を捕らえた。

 狙うのはターレの付け根付近で、戦車最大の弱点がここになる。

 双方共に身動きが取れない以上は、撃ち合うしか無い。


「ウグググググ………………」


 見ているしか出来ない残りのクルーがうめき声を漏らす。

 間違い無く血圧急上昇なタイミングだろう。


「頑張れハンス!」


 ドライバー席のモリーが叫んだ。

 手を出せず見てるだけが一番辛い事だった。


「よしっ! 捉えた!」


 テッドの声が弾む。

 ハンスは早速スコープを覗いて照準を合わせた。

 この距離で喰らわせれば絶対に効くはずだ。


「ぶちかませ!」


 テッドが叫ぶ。それと同時にハンスが非常発射ボタンを押し込む。

 75口径の105ミリ砲は、砲身の先端がM-1に触れるほどの距離だった。


「うわっ!」


 発射ボタンを押し込んだハンスが悲鳴を叫ぶ。

 鈍い衝撃と共に砲弾は放たれた。だが、この距離でもM-1の重装甲は脅威だ。

 瞬間的に鉄火を放ち、分厚い装甲をえぐった筈の105ミリ砲弾。


 だが、その砲弾は装甲に突き刺さって止まった。

 砲弾先端と装甲が融解し固着した状態だ。


 ――嘘だろ……


 こんなシーンはテッドも初めて見た。

 ただ、もはやこれ以上どうしようも無い。

 自動装填器が故障したのだから、次は無理だった。


 ――くそっ!


 それでもテッドは精一杯見栄を張ってターレのキューポラから姿を現した。

 こうなればもう理屈じゃ無い。要するに、相手の心を折るしかない。


 制帽を正しく被り直し、M-1を見た。

 主砲に並ぶ筈の7.62ミリは今さら気付いた。

 もう逃げられない所まで来たのだから、今さらジタバタするのも……


 ――こうなりゃもう……

 ――どうにでもなれ!


 それ以上の感想は浮かばない。

 ただ、ややあってM-1のターレにあるキューポラが開いた。

 パカッと開いたハッチの厚みは笑うほど厚い。


 ――信じられねぇ……


 普通、戦車の装甲は正面が一番厚いものだ。

 側面は実際にはそうでも無く、ターレの側面も大して変わらない。

 そして戦車の上面は、一般的には驚く程に薄いのだ。


 場合によっては上面全部を開けて脱出しないとならない時がある。

 そんな場合に備え、薄く軽く作るのが常識だった。しかし……


「……ふぅ」


 開いたハッチから身を乗り出したのは、壮年の男だった。

 シリウス軍戦闘兵の制服に身を包むその男は、フラフラしていた。

 それこそ、まるで頭上に大きな星がキラキラしてるような状態だった。


「やったな若いの! 良い突撃だった!」


 ふらつく頭をガンガン叩き、頭を振ったその男は懐から煙草を出した。

 そして、それに火を付けると、実に美味そうに紫煙をくゆらせた。


「どうする? まだやり合うか?」


 テッドは緊張した声音でそう言った。

 腹の中の何処かで『勘弁してくれ』と喚きつつ……だ。


 ただ、それが強がりである事がばれているのも解っている。

 それでもまだ、見栄を張らなければいけない時もある。

 思えばエディはいつもそうだったと、改めて再認識していた。


「……おいおい」


 苦笑いを浮かべた男は、両腕を左右に広げ『冗談だろ?』のポーズだ。

 そのまま両手にあった合成皮革のグローブを取ると、地面に投げ捨てた。


 いつの世も変わらぬそれは、投了の意を示す物だった。

 相手に投げれば決闘の申し込みだが、地面に落とすのは戦闘意志無しの意だ。


「最期の最期で良い戦いだった。救援を待っていたんだがね――」


 そこまで言った男は、当然ケハッと血を吐いた。

 口元を血で汚しながらもニンマリと笑う。


 テッドはふと、あのサザンクロスの街でやり合ったシリウスロボを思いだした。

 あの中から出てきた男は、シリウス病を患い石になる身体で戦っていた。

 そして、最期は良い笑みを浮かべていた……


「――戦って死ねるなら本望だよ。若いの」


 その笑みにはゾクリとするような凄みがあった。

 己の夢や大義に殉じる覚悟だろうとテッドは思う。


「……シリウスのサザンクロスでも同じ言葉を聞いたな」

「若いの…… お前さん、ひょっとしてシリウス人か?」


 そんな会話が続いているとき、M113の各ハッチが一斉に開いた。

 車内に居たクルーがアチコチから顔を出して様子を伺った。


 ある意味、初めて話を聞く敵の言葉なのかも知れない。

 全員が興味津々と言った顔だった。


「……あぁ。ニューアメリカのタイシャン出身だ」


 身の上を話したテッドの様子に壮年の男は表情を変えた。

 何を思ったのかは解らないが、少なくとも悪い感情では無さそうだった。


「……そうか。まぁ、己の大義は人の数だけあ――


 何かを言いかけたが、男はそこで再び吐血した。

 火の付いた煙草を地面に投げつけ、ニヤリと笑った。


「・・・・・・・だ」


 え?


 何かを言ったのは間違い無い。ただ、それは言葉になっていなかった。

 そのまま力が抜けたように崩れ、ガクリと腰を落とした。


 死んだ……


 誰もがそう思った。それは、何度も見た末期のシーンだった。

 ただ理屈では無く直感として、テッドはゾクリとした寒気を感じた。


「ハッチ閉めろ!」


 テッドが叫んだ瞬間、M113の各ハッチが一斉に閉まった。

 何を怖れたのかは言うまでも無かった。

 全員が引っ込んだのを確認して、テッドも車内に入りハッチを閉めた。


 その瞬間だった。


「………………ック!」


 言葉では表現出来ない凄まじい衝撃が襲い掛かってきた。

 擱座しているはずのM113が横方向にロールした。

 左回りにごろりと転がり、そのまま3回転程度したらしい。


 逆さまの状態になって天井部分に蹲ったテッドは、安全を確認して立ち上がる。

 完全に横転している状態のM113だが、幸いにして底面ハッチは開いた。

 そもそも底面ハッチは引き上げ型だ。故に、ロックを外せば自然と開くのだが。


「よっ!」


 掛け声を掛けて底面に手を掛け、テッドは車外へと出た。

 サイボーグの腕力なら楽勝だ。ただ、その光景は言葉を失うのに充分だった。

 あのM-1の砲塔が完全に吹き飛んでいて、車体の残骸には破裂の跡がある。


「やりやがったな……」


 溜息混じりにそう零したテッド。

 だが、M113も相当な被害を受けているのだった。


「中尉!」


 車内から声が聞こえ、テッドは車内を覗いた。

 グランとハンスがモリーを抱え上げているのが見えた。

 そのモリーは胸の所から鉄パイプが突き出ていた。


「モリー!」


 テッドはそう叫ぶが、メディコのリュウは首を左右に振るだけだった。

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