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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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パヴォニス山麓奇譚 04

~承前






 ガンナー席に陣取るハンスは、ターレ壁際からぱたりとスコープを倒した。

 小さなメーカーマークが入っているが、そんな物は誰も気にしていない。


 細長いスコープの先端を専用のペリスコープに接続しスタンバイを終える。

 両手をハエの様に擦り合わせたハンスは、帽子のツバを後に回した。


「サンクレメンテで演習して以来だぜ!」


 スコープの小さなのぞき窓を見ながら二つのハンドルを操作するハンス。

 右手で回すのはターレの旋回。左手で回すのは砲身の俯角。


 戦闘車両である以上、どんな状態でも戦えないといけないのだ。

 エンジンが止まろうが全電源が飛んだ状態だろうが、撃てれば戦う。

 その為、手動でターレを操作し、マニュアルで撃つ訓練を積むのだ。


 だが、20世紀の古式ゆかしい戦車戦と同じで、移動中の射撃はまず当らない。

 コンピューター射撃に慣れてしまうと、マニュアルでの砲撃はまず無理だ。

 相当良い条件になる事を祈るしかないのだが……


「行けるかハンス!」


 テッドは全周モニター上の距離計測を繰り返した。

 レーザースキャナは役に立たず、マイクロ波レーダーにもゴーストが出ていた。

 全ての計測情報が集る砲撃支援コンピューターが全く当てにならない。


 向こうは完全電子制御で撃ってくるだろうから、直撃弾を覚悟するしかない。

 それを覚悟し、真正面から受けてやり過ごすのだ。

 つまり、持って生まれた運と、普段の行いだが。


「行進間射撃なんてやったことねぇ!」


 ハンスの言葉にテッドはハッキング注意の真相を知る。

 コンピューターが高性能になればなるほど、ウィルスには弱くなる。


 高度に進化した生物の免疫反応と同じく防御的な能力は付加されている筈。

 だが、生物に侵入するウィルスもまた進化し続けるものだ。

 それと同じ事がハッキングとアンチハックの間に繰り返されていた。


「レンジファインダーはどうだ!」


 テッドの指示に装填手のドンがハッと表情を変えて操作を始めた。

 ターレ左右に付いている小突起には小型のプリズムミラーが収まっている。

 基線長僅か2メートル未満だが、これくらいの距離では正確な数字が出る。


「M-1まで距離556!」

「よっしゃ!」


 ドンの計測でハンスは壁に貼ってある照準早見表を見る。

 低伸弾道なのだから俯角量ゼロでの砲撃になる。後は方位角のみ。


「モリー! 3秒で良い! 真っ直ぐ走ってくれ!」


 ハンスは二つのレバーを握り締めてそう叫んだ。

 ただ、そうは言ってもその3秒が命取りになるかも知れない。


「バカ言うな! 3秒あったら喰らうぜ!」


 そう。AIの自動照準は、凡そ1秒未満で照準から砲撃までを完了する。

 自動装填による実体弾頭攻撃は、装填に要する時間が3秒だ。


 故に、ドライバーは3秒直進し、1秒かけて操舵する事を癖付けする。

 敵の攻撃をかわし接近するにはこれしかない。

 あとは電磁バリアに期待するだけなのだが……


「来るッ!」


 グランが叫んだ。敵の砲が発射段階に入った。

 M113のパッシブスキャナにレーザー照準のロックオン警報が出た。

 向こうは全ての弾道計算を一瞬で終らす電子射撃管制だ。


 当らない方がおかしいのだから、耐えるしかない。

 そしてもう一つ、祈るしかない……


「気合入れろ!」


 テッドはコマンダー席左右の取っ手に手を伸ばした。

 強い衝撃に備える姿勢を取り、奥歯を噛む。


 この状態で直撃を受ければ、上半身が吹き飛ぶかも知れない。

 視界を確保する為に身を乗り出しているのだから、仕方がないことだ。


「あ……」


 ペリスコープ越しに実視界を見ているモリーがつぶやく。

 そのコンマ5秒後辺りで、再び強い衝撃がM113を揺らした。

 M-1の放った砲弾がM113の真正面に着弾したのだ。


 砲弾は電磁バリアの網に引っかかり、一気に速度を殺されて着弾した。

 だが、その威力は車体全てを揺らすには申し分ない程だった。


「中尉!」


 ガンナー席に居たハンスが叫ぶ。

 しかし、テッドは迷わず叫んでいた。

 ここから4秒は大丈夫なのだから、後は気合だ。


「なんともねぇ! チャンスだ! ぶっかませ!」


 モリーは真っ直ぐにハンドルを取っている。

 完全直進状態でハンスは発射ペダルを蹴りこんだ。

 床から突き出ているペダルをかかとで踏み込むと、すさまじい音がした。


「くたばれ!」


 ガンと鈍い衝撃音が車内に響く。

 だが……


「え?」


 リュウもグランもドンもハンスの足元を見た。

 主砲の発射ペダルを踏んだ筈なのに、砲は沈黙を保っている。


 半ばパニックになったハンスは二度三度と発射ペダルを踏んでいた。

 ただ、やはり主砲は沈黙したまま。間違いなく発射用電気回路の故障だ。


「モリー! 曲がれ!」「非常発射ボタン!」


 ドンとテッドが同時に叫んだ。

 ハンスは手を伸ばし、カバーの掛かった発射ボタンのフラップを跳ね上げた。


 ひどく揺れる戦車の中で小さなボタンを押すのは突き指負傷の危険がある。

 ただ、そんな事を言ってられる状況じゃないのは言うまでも無い。

 親指でフラップを弾き上げ、そのままボタンを押し込んだ。


 主砲尾栓にある非常発射用のスパークプラグが鉄火を飛ばした。

 耳を劈く大音声と共に尾線が後一杯まで後退した。


 ――どうだ!


 映画などで見られるような、赤い点がスーッと伸びていく事などありえない。

 音速の4倍以上で放たれたAP弾はM-1戦車の正面に着弾したらしい。


 だが、その時点で眩い光が見え、それと同時に何かが上方に跳ね上がった。

 直撃したはずのAP弾が装甲に弾かれたのだと気が付いた。


「ドン! HEAT弾!」


 テッドの声に『ラジャー!』を返し、ドンは弾種を選んで装填ボタンを押す。

 3秒で装填を完了するのだが、その間にモリーはM113を僅かに曲げた。


 パルスモーター駆動の車輪が死んでいるので、速度は思う様に乗ってくれない。

 火星のなだらかな地形では、砲を俯角に取るような射撃姿勢も取れない。

 だから突っ込むしかない。正面の一番有利な場所で受けるしかない。

 本当に若干斜めに走っているのは、薄い側面装甲を斜めにする知恵だ。


「喰らわすぞ! 何がなんでも!」


 テッドは全員を鼓舞する。後は仲間と戦車を信じるしかない。

 あの、ルドウの街の野戦を思い出し、とにかくやるしか無いと気がつく。


「中尉! 距離300!」


 手を伸ばせるような距離にシリウス戦車がいる。

 テッドの背筋にゾクリと寒気が走った。


 ――オーバーホールしてもらうか……


 一瞬そんなバカな事を考えたが、シリウス戦車の姿がはっきり見える距離だ。

 邪念をすぐに振り払い、身体をターレに沈め首だけ出したテッド。

 そんなとき、ハッと気がつきテッドは首のバスからケーブルを伸ばした。


 接続した先は、戦車の汎用バスだ。

 自分の見ている視界を戦車の情報に差し替える。

 撃たれるかも知れないが、断然攻撃あるのみだ。


「あれ?」


 ハンスが妙な声を上げた。

 ガンナー席のモニター映像が真正面だけ急にクリアになったのだ。


「俺だ! 俺の視界だ! 戦車のスキャナじゃなくて俺が見える世界を戦車に送ってる。これで照準を取れ!」


 テッドの両目が捉えた情報は、M113の周辺情報に上書きされた。

 ハンスはタッチモニターを選んで自動射撃を選んだ。


「行けますぜ中尉!」


 砲撃制御が回復し、ターレ自体が小刻みに動き始めた。

 良し良しと笑ったテッドが一瞬油断した時、ロニー車が砲撃した。

 それに続きジャン車も砲撃を行う。


 距離400を切ったところで放たれた砲弾は、M-1戦車の前面装甲を叩く。

 一瞬車体が震え、M-1はたまらず後退を開始した。

 半ば崩れた納屋から姿を現したM-1は一両だけだった。


「逃げたぜ! 追え! 逃がすな! ぶちかませ!」


 テッドの声が弾む。ハンスは自動射撃のセーフティを抜いた。

 その途端に滑空砲が猛然と砲撃を開始した。


 ――おっしゃおっしゃ!


 一瞬だけ視界が真っ白にしまり、砲撃煙を突き抜けたところで視界が回復する。

 その直後、再び砲撃を行い、凡そ4秒に一発ずつ攻撃していた。


「中尉! 逃げやすぜ!」

「逃がすかよ! ハンス! キャタピラを狙え!」


 モリーの声にテッドがそう返す。

 ハンスは『無茶振りっすね!』と笑いながら応えた。


 どんなに自動照準が優秀でも、ピンポイント攻撃など出来るはずがない。

 だが、やれと言われたら努力するまでだ。逃がしたく無くばやむを得ない。

 機動力を奪い、擱座するしかない。


「アレ! なんだこりゃ!」


 M-1が後退して行った先には、小さな集落があった。

 ついさっきまでモニターに表示されなかった街だ。


 いや、街と言うには規模が小さすぎる。

 どちらかと言えば、ただの集落レベルだが……


「クソ! 消えやがった!」


 M-1はその集落に入ると、文字通り煙の様に消えた。

 都市迷彩かとも思ったのだが、どうやら違うらしい。


 ――えっ?


 再びジャン車が発砲した。

 M-1の側面をえぐる様にかすり、いずこかへと砲弾は吹き飛んだ。

 驚くような装甲の頑強さに、思わず苦笑いする。


「行きやすぜ!」


 ハンスは狙いを定めたらしく、発射ボタンを踏みつけた。

 ズンと鈍い音を立てて砲弾が飛び、M-1の右側キャタピラ前輪に着弾した。

 一瞬様々な物が飛び散り、キャタピラが吹き飛んだ。


「ッシャァ!」


 モニターを見ていたドンが喜ぶ。

 だが、M-1は止まったままターレを旋回させた。

 まだ死んだわけじゃない。機動力を奪っただけだ。


「ヤベェ! くる――


 対衝撃ランプが点灯し、グランが叫んだ。

 だが、全部良い終わる前に至近距離で135ミリの発砲を受けた。

 テッドは咄嗟に目を瞑って、ブラストの衝撃波を待ち構えた。


 自分の目が戦車の目である以上、視界を失うわけには行かない。

 それに、まともに受ければ身体が吹っ飛ぶような衝撃波だ。


「グッ!」


 まるで顔面を鈍器で叩かれたような衝撃だ。

 さすがに蹈鞴を踏んだが、砲弾は飛び込んでこなかった。

 その砲弾がどこへ行ったのかと不思議がったが……


 ――え?


 後方で何かが大爆発した。ロニーかジャンが吹っ飛んだ可能性がある。

 アレの直撃を受ければ、さすがにサイボーグでも即死だろう。

 そっちを見たい衝撃に駆られたが、視線を逸らせば砲撃出来なくなる。


 ――まずはあいつを吹っ飛ばす!


 奥歯を噛んでテッドはM-1を睨み付けた。

 右側のキャタピラを壊した状態だが、それでも後退を試みていた。


「左のキャタピラも吹っ飛ばせ!」


 テッドは容赦の無い指示を出した。絶対に逃がさないと言う意思表示だ。

 ドンは再びAP弾を選択し、ハンスがすかさず一撃を入れた。

 距離は既に200を切っていた。


「構うな! ぶちかませ!」


 直後、鈍い衝撃と共に砲弾が放たれた。

 凄まじい音と共にM-1の左キャタピラや転輪がまとめてふき取んだ。

 完全に亀の子になった筈だが、その状態でなおもターレが動いた。


 そして……


「来るッ! やべぇ!」


 グランが叫ぶ。何をそんなにと思ったテッドはその時点で気が付いた。

 先ほどの一撃を喰らった時点で、正面の電磁バリアが切れていた。

 電磁障壁発生装置の部分が大きく凹んでいて、機能してないのだ。


 ――クソッ!


「ドン! HEAT弾! ハンス! モリー! 最接近射撃!」


 もはやそれは、破れかぶれの突撃だ。

 戦術も戦略も無く、気合と度胸と根性だ。


 あのぶ厚い装甲をぶち抜いて殺すしかない。

 テッドは覚悟を決めたのだった。


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