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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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パヴォニス山麓奇譚 02

~承前






 それは、いきなりの衝撃だった。


「ギャッ!」


 凄まじい打撃音が響き、テッドはコマンダー席から吹っ飛ばされた。

 腹の底に響く衝撃を受け、一瞬だけ視界に激しいノイズが浮いた。


 ランダム生成されたブロックパターンはまるで、飛び回る煉瓦ブロックだ。

 デジタル放送の受信ノイズ状態な視界から邪魔が消え去ると、世界は暗かった。

 頭の打ち所が悪く、視野情報を失ったのか?と一瞬だけ怖くなる。


「いってぇ……」


 いくらサイボーグといえど、頭部への強烈な打撃は命に関わる。

 脳殻内部にあるブリッジチップ周りへの強い衝撃は機能不全に繋がるのだ。


 ただ、自分自身の機能チェックもそこそこに、早口の報告が飛び交い始めた。

 それぞれのポジションで戦闘状況の確認が行われたのだ。


「左サイド第3第4駆動輪! モーター機能不良! 駆動力停止! 」


 モリーは悲鳴染みた声でそう報告した。

 撃たれたのだと理解したが、問題はその先だ。


「ハンドルは問題なし。行けます! 走れます! 何処いきやすか!」


 激しい衝撃を受け、車内は赤い非常灯が点灯している。

 ただ、機動力が死んでない以上は戦闘続行だ。


 グワッとアクセルを踏んだモリーの意志に合わせ、M113が加速した。

 鋭いスタートダッシュとは言わないが、それでも戦闘速度には乗れそうだ。


「各部以上無いか!」


 衝撃で一瞬酔った様な状態になり、テッドはウンザリ気味の表情だ。

 ただ、その状態でも各ポジションから報告が上がってくる。

 全員がやる気だと感じさせる声音だ。


「各アビオニクス正常! 砲撃行けます! ぶっかませます!」

「電磁障壁問題なし! とりあえず次は防げます!」

「各通信機能異常なし!」

「砲弾ラックと自動装填に問題なし! ただ、車外のM2が動きません!」


 車内が一斉に報告を上げる間もテッドは周辺を観察していた。

 所々の視界が途切れているが、全周視界モニターは車外の様子を教えてくれる。

 コマンダー席のモニターには、赤丸で囲まれた紫煙を上げる砲身が映っていた。


 ――あいつか!


 何が起きたのかは言うまでも無かった、最大射程で最大効率の一撃を喰らった。

 ただ、その砲撃をして来たのは、擱座している筈の戦車だった。


 ついさっきまで、M113の戦闘支援AIは危険度ゼロの判定だった。

 各センサーに一切の反応が無く、事実上死んだ戦闘ユニットだったはず。


 つまりは……


「中尉!」


 モリーもそれに気が付いたらしい。

 そして、車内の誰もが同じ事を思った。


 ――――罠だ!


 それは理屈じゃ無く、説明出来ない直感で感じるものだ。

 戦場ではそれを嗅ぎ取れる者しか生き残れないのだ。


 『殺気』或いは『死の臭い』と呼ばれるものを嗅ぎ分ける能力。

 何より『やばいっ!』と感じたとき、躊躇無く回避行動に入れるかどうか。


 その見えないレッドラインを踏み越えてしまう奴は、後になってそれを知る。

 踏み越えてからで無いと見えないレッドラインを、あの世で見つめるのだ。


「喚く前に走れ! いつだって速力が最高の武器だ!」


 テッドが怒鳴り声を返しつつ、モニター画面を叩いていた。

 動きの悪くなっていたM113が加速し、戦車に向かいつつ斜めに走った。


 撃たれたのは解った。最大効率で着弾したのも理解した。

 幸運にも車内へ砲弾が飛び込んでこなかったのは、神に感謝したって良い。

 ただ、なんでいきなり撃たれたのかは、幾ら考えても解らない。


『全車散開! 勝手に死ぬなよ!』


 テッドはコマンダー席の戦術支援パネルを叩いて目標を入力した。

 サブガンナーのドンがチャンバーにAP弾を叩き込んだ。


 火薬発射式の砲弾に発火ラインが組み込まれる。

 その状態で、ハンスは右脚で安全装置のペダルカバーを蹴り上げた。

 潰すようにペダルを踏めば、心からの殺意を込めた鉄の塊が飛んでいく。


「行けますぜ中尉!」


 ニヤリと笑ってテッドを見たハンス。

 ウォーモンガーってこんな顔かとテッドも笑った。


「面倒だ! テッドって呼べハンス! ぶちかませ!」

「アイサー!」


 ズンッ!と鈍い音が響き、駐退機器一杯まで尾栓が後退する。

 重元素弾芯の徹甲弾が放たれ、眩い光が延びていく。

 だが……


「ありえねぇ!」


 ハンスが叫びながらモニターを弄り始めた。

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、意味は解った。

 外すはずの無い距離で外したのだ。


「レーザー照準が当てにならねぇ!」


 M113の砲塔にあるレーザースキャナが全く役に立たない。

 必殺のAP弾は約1500メートルを飛んで3メートル近く外れていた。

 考えられることはただひとつ。レーザー計測器に誤差が出た。


 いや、正確に言えば、()()()()()()()()()


「次来るぞ! 気合入れろ!」


 テッドの見ていたモニターでは、M-1の砲身から大量の黒煙が吐き出された。

 砲身と薬室に残っていた燃えカスを高圧で吹き飛ばすがゆえの現象。

 荷電粒子加速器と砲身を共用するが故に、その処置が欠かせない。


 つまりそれは、次弾を装填した合図そのものだ。

 そして、これからぶちかますから覚悟しろ!と、敵を脅す口上だ。


「真っ直ぐ突っ込めモリー! 気合い入れて肉薄しろ! グラン! 正面バリア10度あれば良い! 全員衝撃に備えろ 撃たれるぞ!」


 テッドの勇ましい言葉が車内に響く。

 それは、あのエディの指揮とは違う熱いやり方だ。


 そも、テッドのシェル戦闘はこのスタイルだった。

 気合を入れて肉薄し、至近距離で強烈な一撃を叩き込む。

 度胸と根性を必要とするが、最も必要なのは運の良さだ。


「彼我距離1200! チャンバー最大圧力! データ入力良し!」


 ガンナー席のハンスはタッチパネル式コントローラーで目標を捉えた。

 シリウス軍の使っているM-1重戦車が彼方に見えていた。


 偶然外しただけかも知れないのだから、もう一度やり直すのが正道だ。

 憔悴した顔でデータを叩いているハンスは、眼を大きく見開いていた。


「あいつ! ターレ(砲塔)動いてますよ!」


 ドンが悲鳴染みた声を上げる。

 斜めに接近している1号車目掛け、砲身が自動追尾しているのだ。


アクティブジャマー(電子照準妨害)!」


 テッドの怒声にリュウが叫び返した。


クロスジャマー(逆妨害)! アクティブ! あの野郎――」


 レーザーで距離を測り自動照準する仕組みへの妨害はレーザー照射だ。

 M-1重戦車が持つスキャナーへのレーザー妨害で照準に誤差を生み出す。

 極々僅かな隙間だったとしても、その効果は計り知れないのだ。


 だが、その妨害を行うレーザー照射の為のスキャナに先回りしての嫌がらせ。

 それをやられると、こちらからのジャマーが一切効かなくなる。


「――こっちをハッキングしてやがったな!」


 そう。考えられることはひとつしかない。

 こちらが視界に入った時点で、擱座してる筈のM-1がハッキングしてきた。

 そのハッキングはこちらの戦闘支援AIを騙し、迂闊に接近させたのだ。


 そしてそれだけで無く、こちらの照準システムなどに誤差が出るようにした。

 機能を完全に殺すウィルスは自動駆除されるが、誤差を挟む物は駆除されない。


 それにより、偽の観測情報を掴ませ、AIに危険度ゼロ判定を出させる。

 しかも、そのハッキングではM113の戦闘モニターに偽情報を表示させる。


 その一連の作業をほんの一瞬で行ったのだ。

 果たして、まんまと騙されたテッド達のM113は有効射程に足を踏み入れた。

 その結果として、あの強力な135ミリ砲の直撃を喰らったのだ。


「あっ!」


 モリーが悲鳴染みた声で叫んだ。真っ赤な線が視界を横切っていった。

 恐るべき速度で飛んだそれは、3号車を直撃したらしい。


『ロニー!』


 思わずテッドが叫んでしまった。

 理屈では無く無意識レベルでの反応だ。


『平気ッス! 反撃っすよ兄貴!』


 再び眩い光が視界を横切る。

 それは2号車に陣取るジャンの攻撃だった。


『APを打ち込んだが……』


 相当良い角度で当たったはずのAP弾は、しかしながら完全に弾かれていた。

 フルパワーでぶっ叩かれた筈なのだが、全くダメージを受けていない。


「チキショウ!」


 テッドは頭上のハッチを殴るように開いた。

 後方跳ね上げ式ハッチが開き空が見えた。


「中尉! バカしねぇで『これしかねぇ!』


 ドンが悲鳴染みた声で叫ぶ中、テッドは迷う事なく頭をハッチから出した。

 スキャナ類がジャマーの影響で役に立たないのだから、実視界しかない。

 つまり、この目で敵を見たかったのだ。だが……


「マジかよ!」


 テッドはこの欺瞞に気付いた。

 M-1重戦車は擱座なんかしてなく、ハリネズミのように待ち構えていた。

 最初から騙す気満々で陣を張っていたのだった。


 一瞬のハッキングでモニターに偽映像を挟まれたらしい。

 その為、こっちが手も足も出ないのを承知で待ち構えたのだ。


「ハンス! スキャナーを引っ込めろ! 実視界照準器を使え!」


 テッドの命令に『アイサ-!』を返し、ハンスは砲撃スコープを覗く。

 どんなにレーザー照準やコンピューター制御が高機能になっても必要な機能だ。


 真の船乗りを鍛える為には帆船から練習するのと同じ事。

 機械が便利になればなるほど、その前を体験しておく事が重要なのだった……






 ――――時計の針は1時間ほど遡る






『そろそろ見える筈だけどな』


 無線の中にジャンの声が聞こえ、テッドは改めて視界をズームアップした。

 遠くに何かが居るのは分かるのだが、運悪く逆光だった。


 上半身を乗りだして視界を広く取っているテッド。

 戦闘指揮官は何よりも視野情報を広く取ることが需要だ。


『まだ遠いッスね』


 ロニーも見つけたらしいが、ハッキリ見えるとは言いがたいレベルだ。

 まだまだ砂塵の舞う火星では、遠方視界の悪さは如何ともし難い。


 凡そ10キロの彼方に何かが見えるが、それが何かと言う判断は付かない距離。

 霞む視界の彼方には太い砲身をこちらに向けている何かが見えた。


『ジャン、ロニー。パンツァーカイル陣形で行こう。撃たれたら反撃してくれ』


 テッドは言葉に出来ない違和感を覚えてそう指示した。

 どんな高性能センサーにも引っかからないそれは、ベテランだけが持つものだ。


『アイツが生きてる可能性なんてあるのかね?』


 遠回しにテッドを殴りつけたジャン。

 ただ、その言いたい事は嫌という程よくわかる。


 ――――ビビッてんじゃねぇ!


 真っ直ぐ突っ込めとジャンはテッドを煽った。

 ただ、こんな時に冷静で居られるのは、やはり合戦を経験した数だった。


『用心するのに越したことはねぇさ――』


 そう返答したテッド。

 間髪入れず『ちげぇねぇっす!』とロニーが応えた。


『――もしアイツがオートで反撃してきたら、逃げ場がねぇし……』


 直線距離で約10キロだが、その砲身がこっちを向いているのは解った。

 テッドの脳裏にM-1戦車の主要スペックが浮かび上がってきた。


 ――有効打撃距離は800メートル

 ――要注意距離は1500か……


「モリー。左右に注意してくれ。余り飛び出さないように。あと、実視界を切ってモニター越しに切り替えだ。装甲プレートを降ろしとこう」


 テッドは言外に『撃たれるかも知れない』とモリーに言った。

 それは、車内の緊張を一段上げるのには申し分ない一言だ。


「やべぇ臭いっすか?」


 ハンスは軽い調子でそう言った。

 ただ、テッドは硬い表情で返した。


「……なんか臭うのさ。やべぇって臭いがプンプンしやがる」


 硬い表情でモニターを睨み付けるテッド。

 その姿を見ていたハンスは、はと気が付いた。


 ――――中尉はシリウスの地上戦で散々やり合ってる


 サザンクロス攻防戦などは知識でしか無い連中だ。

 テッドが本気で死にかける思いをした戦闘は、教育の一環でしか無い。


 ただ、歴戦のベテランが『やばい』と言ってる以上は素直に聞く物。

 危ない橋を渡った数だけ、兵士は鍛えられるのだ。


「リュウ。無線に何か反応あるか?」


 ふと気が付いたテッドは通信を確かめた。

 ヘッドホンをしていたリュウは首を振って否定の意を示した。


「いえ、天使の歌声(ホワイトノイズ)だけですね」


 リュウが耳に掛けているヘッドホンからは、ザーザーと言う音だけが聞こえた。

 ただ、その音が何となく耳に付いたテッドは一瞬だけ真剣に考えていた。


『全車。パンツァーカイル陣形で行こう。そこのM-1がどうしても胡散臭い』


 テッドは懸念を第1中隊全体に伝えた。彼我距離は5000メートルだ。

 ズルズルと距離を詰めつつ、テッドはジッとその姿を睨み付けていた。


 絶対何かが起きる!と、覚悟を決めていた。

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