表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
345/424

パヴォニス山麓奇譚 01


 オリンポスグラードから東南東に約500キロ。

 タルシス高原と呼ばれる高地帯のど真ん中にテッド達は居た。


 第1中隊の戦闘車輌3両に分乗する彼らは、造林団地の巡回を続けている。

 海兵隊本部の命により移動しているが、その任務は至極単純なものだった。


「中尉! 次の造林団地キャンプで7箇所目ですぜ!」


 M113のハンドルを握るモリーが呆れ声で言う。

 車内には気だるい空気が漂い、仕事に飽きてきた男達が惰眠をむさぼっていた。


 団地造林とは聞きなれない言葉であるが、その中味は単純だ。

 各団体ごとに割り当てられた敷地へ植林活動を行なう火星開拓作業の一環。

 そして、その作り上げられた森林の中に入植団体の街が作られるのだ。


「まったくだよなぁ…… 人使いが荒いにも程がある」


 呆れたような声でテッドもそう返答した。

 テッドたちが回るのは、その団地造林作業が続いている地域の中のキャンプ。

 そこには様々な団体が結社を作り、火星開拓本部の用意した苗木を植えていた。


「いや…… 中尉…… そうじゃなくて……」


 モリーは苦虫を噛み潰したような表情で振り返った。

 コマンダー席で上半身を乗り出しているテッドは笑って言う。


「いや、言いてぇ事ぁ良く分かるけどよ、仕方がねぇ。任務だ」


 オリンポス山の南東エリアは三つ子火山が作った高原地帯がある。

 溶岩の粘性的に鋭く尖った火山にはならない関係で、丘にも見える地形だ。

 タルシス三山と呼ばれるその山並みは、どれもがなだらかな盾状火山だった。


 北からアスクレウス山。パヴォニス山。アルシア山。

 そのどれもが、火星の規準海水面より1万メートル近い標高を持っている。

 頂上付近には冠雪が見られ、森林限界より下への給水体制が整っていた。


「けど、これだけの仕組みを考えついた奴って天才っすね」


 目を覚ましたサブガンナーのドンがボソリと漏らす。

 彼は広大な森林地帯を持つスカンジナビア半島出身だった。

 森と雪と氷と深いフィヨルドで育った男は、白い山を眩しそうに見ていた。


「まぁ、そう言う天才が集まって計画を作ってるんだろうさ」


 ガンナー席に陣取るハンスは、何処かぶっきらぼうに言った。

 住んでる世界の違う存在が幾人も集まり、頭を捻って計画を立てる。

 その長期的視点に立った作業により、着々と火星がその姿を変えている。


「だよなぁ…… けど、そう言う奴ってどんな人生なんだろうな」


 ドンはターレ内部のモニターを見ながら、ボソリと呟いた。

 太陽の光を浴びて延びる弱々しい苗木だが、これらは遺伝子工学の結晶だ。

 ドイツトウヒを元に極限の遺伝子改良を施され、特定の目的に使われる。


 この生物は、火星の土壌に有機物を混ぜ込むだけに作られているのだ。

 地球と近いセルロース分の殆ど無い火星の大地に解けていくこと。

 そして、有機物により生物循環のベースを作る事。


 この行為は、神に対する冒涜だと呼ばれる事もある。

 しかし、火星の大地を変えるなら、結局はこれが居る。

 莫大な犠牲を払い、目的ある死を迎える様に設計された生命。


「……この森って最終的に火星の大地の栄養になるんだってな」


 電磁シールド担当のグランは、少しインテリの素養があるのかも知れない。

 おもわず『どういう事?』と聞き返したドンに、その説明を始めた。


「火星の土って言うか、この赤い砂に栄養になるモンを混ぜるべく植えられ続けてんのさ。んで、そのうちこの樹は火星の土壌がもつ有毒成分にやられて枯れることになるけど――」


 腕を組んでモニターの外を見ていたグランは、スイッとドンを指差して言った。


「――そうして枯れて崩れて腐って、そのまま火星の土になるんだよ。有毒成分を取り込んで安定した物質に変換していって、一定の限界を越えたら枯れて死ぬ仕組みなんだって」


 思わず全員が『へぇー』と応えた。テッドも同じようにそう応えていた。

 目的を持った生態系が許されるのか?と、そんな気がするのも事実だ。

 だが、有毒な大地を無毒化する為には、絶対的にそれが必要なのだった。


「って事はアレだな。100年単位くらいで森を育てて、そのうち枯れたら斬り倒してから土に変えてやって、それから畑になるんだろうな」


 ずっと黙って聞いていたリュウがそう言った。

 火星開拓の面倒な所は、一旦森を作ってから切り開かなければいけな事だ。

 そして、それをしなければこの大地に植民していく意味がない。


 長い時間を掛け、ゆっくりと惑星を作り替えていく。

 既に死んだ星である火星に、再び命を根付かせる遠大な作業だ。


「けど…… この星にも希望があるんだな」


 テッドが漏らしたその言葉は、シリウス出身者特有のものだ。

 今日より明日を良くしようと努力し続ける日々。

 そんな中で磨かれる人格は良くも悪くも純粋だった。


 『中尉……』と呟いたドンは、不思議そうな顔でテッドを見ていた。

 コマンダー席に座って辺りを見ているテッドは、薄笑いのままだった。











 ――――――――西暦2273年 9月 12日

           火星 赤道付近 タルシス高原 パヴォニス山麓











「そういや中尉はシリウス出身でしたね」


 ハンスはふと思いだしたようにそれを言った。

 地球出身者が語る『シリウス出身』は、微妙な影を落とす意味を持つ。

 差別とまでは行かないが、明確な区別を持って地球人から拒絶されるのだ。


「あぁ。シリウスの片田舎にある牧場で牛を飼ってたよ。開拓農場主の小倅だ」


 テッドは遠慮する事無くそう言った。

 シリウス出身と言う言葉の裏にあるものは百も承知だった。


「中尉。実際、シリウスってどんな所ですか?」


 グランがそれを言うと、テッドはコマンダー席で空を見上げた。

 全くの無意識ながら、この蒼空にシリウスの光を探したのかも知れない。


 ただ、太陽の光がそれを邪魔し、かつては水色だった火星の空は縹色だ。

 そして、その蒼空の彼方に、一際眩く光るものが見えた。


 ――軌道エレベーターか……


 ウルフライダー達の使うレプリの身体を積んだゴンドラは、もう宇宙の筈。

 そのゴンドラが太陽サンの光を反射しているのだとテッドは気が付いた。

 上手く引き渡しが出来れば、後はチャッチャとシリウスへ帰るだけ。


 モタモタしてないでサクサク行けとテッドは願った。

 何より、リディアが健やかであるように祈ったのだが……


「一言で説明するのは難しいな」


 テッドは素直な言葉をグランに返した。

 ただ、その言葉に偽りは無く、シリウスの社会は異常でも特別でも無い。

 そこで育った人間にはそれが当たり前なのだから、説明出来ないのだ。


「俺を含め、シリウス人はシリウスの常識が世界だと思って育つから。だから、地球とどう違うのかと聞かれても説明出来ない。なんせ地球の社会を知らないから」


 テッドの話す内容に全員が耳を傾けた。

 それは、これから続くであろう仕事への重要な意味を持つ言葉だった。


「この先のキャンプに居れば良いですけどね」


 リュウが言ったそれは、延々と走り続けている移動の意味だ。

 オリンポスグラード攻防戦の後、シリウス軍は事実上瓦解していた。

 だが、その中で崩壊していくシリウス軍の残党が各所に浸透を開始したのだ。


 シリウスを離れ地球に来た者達は、まず火星の開拓に送り込まれる。

 火星の大地に根を下ろし、厳しい環境の中で生き残らねばならない。

 そんな開拓キャンプの中へ、敗残兵が労働者として浸潤を始めたのだった。


「探し出して片付ける。まぁ、やりがいはあるな」


 ハンドルを握るモリーが明るい声でそう言う。

 凡そ8万のシリウス軍が各地へ段々と溶けこみ始めた。


 憲兵隊などが摘発を進めるが、彼らが居なければ仕事にならない現場も多い。

 そんな事もあり、開拓者達の集団はシリウス敗残兵を受け入れ始めた。

 絶望的に人手の足りない現場では、例えそれが何であろうと必要なのだった。


 ――……結局、こういう事なんだよな


 テッドは車内を見回して、内心でそう思った。

 車内の()()()達は、それを当然の様に受け容れている。


 シリウス人がゆっくりとゆっくりと地球人の中に溶けこん行くようにする事。

 一度は完全に袂を別った人間同士を再び結びつけ混ぜ合わせること。


 ――――Marriage(太陽) of() Sun and(月の) Moon(結婚)


 北欧系のステンマルクは、シリウス人と地球人の融合をそう表現した。

 出来っこない事。あり得ない事。地球の頭越しに月が太陽に近づく事。

 慣用表現できな不可能の表現だが、逆に言えば可能性がある事でもある。


 ――――さしずめエディは地球の役だな


 オーリスはそう言って笑い、黙ってエディを見た。

 当のエディはその言葉に『どんな役でもやってやるが、地球とはでかいな』と。

 それ以上の言葉も無く、ただただ笑うだけだった。


「けど…… 本当は浸透させたいんじゃ無いですかね?」


 唐突にそんな事を言い出したハンスは、ガンナー席で腕を組んでいた。

 書類上は40近いテッドだが、20年近くを時に喰われてまだ20才少々だ。

 そんなテッドから見て、30を越えるハンスは兄貴分的な存在だった。


 ものの見方や考え方。それだけで無く、目の前で起きた事をどう飲み込むか。

 飲み込んで頭で消化して、自分の思考の一部とする行為。

 それは、積み重ねた年月の分だけ変化するものだ。


 ――――進化では無く変化

 ――――それを忘れるな


 いつぞや。エディはテッドをそう諭した。

 年齢を重ね、思考を積み上げた分だけ、ものの受け取り方は変わるもの。

 それを学んでこいと、テッドを送り出したのだった。


「……実際、俺もそう思うよ。シリウス人だって地球人だって同じ人類なんだ。シリウス人同士だって違う考えの者がいるんだからさ。それと同じだって受け入れれば良いんだと思うよ」


 辺りの景色に目をやって、テッドはもう一度空を見上げた。

 彼方に眩く輝いていたはずの点が消えている。

 あれ?と思ったものの、反射面が変わっただけだろうと考えた。


「中尉が言うと重みがありますね」


 リュウが囃すようにそう言うが、テッドだって負けていなかった。


「まぁ、サイボーグだから200キロ近く有るけどな」


 テッドの零した下らない自虐ジョークに車内が沸く。

 ただ、そんな時にエディから無線が入った。


『テッド。何処まで行った?』


 サイボーグだけが使える周波数帯で複雑な暗号化の施された通信だ。

 通信手席に陣取るリュウがスッと表情を変えて不思議がる。

 デジタル処理された暗号なので聞く事が出来ないのだ。


 およそデジタル暗号化通信は、インジケーターの針だけが振れるもの。

 この場合、通信手は周波数を特定してどちらの通信かを判断する。

 つまり、シリウス側の軍用通信か、それとも地球側の内緒話か?だ。


「中尉」


 リュウは振り返ってテッドを見上げた。

 だが、そのテッドは左手でそれを制し、こめかみをトントンと叩いた。


 ――――俺に直接来ている


 それをジェスチャーで示したテッドは、ちょっと待てのサインだった。


『パヴォニス山麓を走ってます。キャンプ22B-0845-03まで、推定あと1時間ってところです。画像を見ますか?』


 火星の大地に刻まれた街道を走るM113は濛濛と砂塵を上げている。

 その先頭を走るテッドは、視界が一番良いところに居るのだった。


『いや、場所を特定した。火星周回軌道のピーピングトム(地上偵察衛星)が送ってきたデータを解析したが、近くにシリウス軍の擱座した機甲師団が居そうだ。推定で2週間が経過していて生存者も無いだろうが、念のため確認してくれ』


 エディの指示が飛んでくる中、リュウの目の前にある端末が唐突に起動した。

 火星のGPSマップに浮かび上がったのは、街道から少々外れた所だ。


 『冒険の谷』


 そう記録された地形は、深く刻まれた渓谷だった。


「中尉?」


 リュウの眼差しにもう一度『待て』を返し、テッドは指示を聞いていた。


『了解しました。遺体収容ですか?』

『いや、生死はともかく何をしていたかを調べて欲しい』

『了解。以上、交信終了』


 僅かに考え込んだテッドはコマンダー席のマイクを取った。

 これは第1中隊全部に通達できる隊内無線だ。


『テッドより第1中隊全員に。たった今、海兵隊本部からオプションオーダーを受け取ったのでそれを果たす。ちょっとドライブインへ寄ろう。上手くいけば少しゆっくり出来るかも知れない』


 その言葉に中隊が沸いた。

 エディ譲りなもの言いに、2号車のジャンがニヤリと笑った。


『んで、そりゃどんなオプションオーダーだ?』


 当然の様にその質問が返ってくる。

 ただ、ジャンだって聞いていたはずだ……とテッドは思うのだが。


 ――あ、そうか


 そこまで含めて説明しなければ行けないし、最後までいって沸かせなきゃ駄目。

 部下を上手くあしらうというのは、なかなか大変だとテッドは痛感する。


『シリウス軍の擱座した機甲師団が居るらしい。と言っても2週間以上までだから放棄されたと言う方が正確だろう。そこへ行って問題ない事を確かめる。まぁ、戦闘にはならないだろうからな』


 軽い調子でそう説明したテッド。

 だが、そんなテッドの内心に、ふと、暗い影が立ち上がった。


 ――待てよ……


 エディがそんな軽い事で済ますわけが無い。

 なにか絶対に問題がある筈だ……と、確信した。

 ただ、それを今から言うのは宜しくない……


『……そんなわけで変針する。不整地走行になるので全員気をつけてくれ』


 モリーは運転席にある誘導画面を操作してルート取りを行っている。

 それが終わる頃には『中尉! 曲がりますぜ!』と言ってきた。


「あぁ、サクサク行こう。そろそろケツの人工筋肉が剥がれそうだしな」


 テッドの軽口で車内が再び沸いた。

 ただ、緩い表情の舞台裏で、テッドは緊張を感じているのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ