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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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オリンポスグラード攻防戦<後編>

~承前






「嫌がらせ戦闘ってこういう事か」


 小高い岩山のてっぺんに登ったテッドは、そう独りごちた。

 オリンポスグラードを巡る攻防戦は2日目を迎えていた。


 両軍共に大規模な攻勢の準備中なのは間違いない。

 ただ、先に大攻勢に出たのは海兵隊だった。


 シリウス軍が動き始めるより早く、日の出前に行動を開始し一気に前進した。

 戦線を押し上げるべく複数の縦深突破戦術が敢行され、シリウス側は大混乱だ。

 攻勢開始点があっという間に防衛線に変わり、抵抗拠点に切り替わった。


 だが、それでも海兵隊の物量戦術に抗しきれず、戦線の後退が始まっていた。

 一度崩れ始めた戦線は、大規模な戦線整理以外では回復出来ない。

 サンドハーストで習った戦術と戦略の知識を、テッドは再確認していた。


「……そうだな」


 テッドの言葉にそう応えたジャンは、レーションスティックを囓っていた。

 地形的な凹凸の乏しい火星の表面だが、所によっては尖った地形がある。

 その突端に登ったジャンとテッドは、視野を最大ズームにして戦況を見ていた。


 直線距離にして20キロ程の彼方では、海兵隊の空中兵器が地上を攻撃中だ。

 ドローンでは無く有人兵器なのは、ハッキング対策だろうと思われた。


 つまり、海兵隊はシリウス軍を20キロ以上追いやったことになる。

 既に大口径野砲の有効射程からもはみ出していて、攻撃は追走せざるを得ない。

 その最前線では海兵隊のE-4戦車が全速力で走っていた。


「攻撃してるのは……燃料輸送車と……」

「食料関係だろうな」


 テッドの言葉にジャンがそう応える。海兵隊は執拗に後方支援隊を攻めていた。

 撃破したシリウス側M-1重戦車の残骸を躱し、E-4が走っていた。

 彼らは食料などを集積した前線拠点に向けバンバンと砲撃を続けていた。


「……ありゃ精神的にヘヴィだよなぁ」


 ジャンがぼやくとおり、兵糧攻めにされるのは本当に厳しいことだ。

 弾薬が残っていれば銃火器は戦闘は出来るとも、飯の欠乏は如何ともしがたい。

 兵器のオペレーターに食料が無くなれば、彼らは餓死するしか無いのだ。


 シリウス出身者が幾ら餓えに強いと言っても、それは単純に我慢するだけの話。

 いざ戦闘となり、戦場を走ったり素早く決断したりするにはカロリーが要る。

 そしてそれは、突き詰めれば士気の維持に繋がり戦闘能力その物となる。


 飢えた兵士は恐ろしいが、飢えた兵士ほど役に立たないものもない。

 彼らは底なしの飢餓感のみを糧に戦う事になる。

 ただしそれは、戦術的/戦略的勝利では無く、純粋な飢餓の解消のみが目的だ。


「士官総会ってこういう事を話すんだなってやっと解った」


 新鮮な感動と驚きを吐露するテッド。

 何処までも続く草原で牛を追っていたカウボーイも、随分と様変わりだ。


 糊の効いた野戦服に袖を通し、銃を片手に戦況を見ている。

 その姿は、既にいっぱしの戦線士官だった。


「会議ってのは純粋な打ち合わせさ。ただ、アレはなかなか新鮮だけどな」


 それなりに社会人だったジャンは穏やかに言う。

 打ち合わせ会議の中で『何をどうするのか?』の組織的な意志を共有する。

 無駄な会議の誹りを受けても、それは必要な儀式なのだった。


「敵とは戦わないが、敵には滅んでもらうってこういう事なんだよな」


 前日の会議終わり頃、フレディが言った内容をテッドが思い出して言う。

 それこそがこの戦闘の肝と言える部分だった。


 ――――敵の兵站能力は非常に乏しい

 ――――従って我々が戦う敵は銃を持たない者となる


 その言葉にテッドは背筋がゾクリとするのを感じた。

 ただ、戦闘が綺麗事だけで無いのはよく解っていた。


 ――――補給線を叩く

 ――――そして補給敞もだ

 ――――彼らの橋頭堡は撃たれ弱い

 ――――従ってまずは継戦能力を奪う

 ――――あとはひとつひとつ踏みつぶすだけだ


 それが意味する所はつまり、シリウスの地上で行われた戦闘その物。

 地球からやってくる補給路を断とうとしたシリウス軍の努力の裏返し。


 それがどれ位効くのかは言うまでも無い事だ。

 自らの身で嫌と言う程味わったのだから、もはや理屈では無い。

 シリウス軍の骨身に染みるまで徹底的に叩き込むだけだった。


「戦線が完全に反転したな」


 ジャンがボソリと漏らした。

 オリンポスグラードに向かって前進していたシリウス軍が反転を始めた。

 海兵隊が敷いた防衛戦線は3段階だが、その最前線とやり合っていた連中だ。


 彼らは自分達の飯を護る為に反転せざるを得ない。

 その背面へ海兵隊が総力投射攻撃を始める。


「……エグイやり方だ」


 心底嫌そうにそう呟いたテッド。

 同じタイミングで下から声が掛かった。


「中尉!」


 ふと下を見れば、新入りのリュウとケッセルが来ていた。


「どうした!」


 岩の斜面をガリガリと降りながら、テッドとジャンは顔を見合わせる。

 無線ではなく直接呼ばれる理由に嫌な予感がしたのだ。


「戦線指令より追撃戦のスタンバイが要請されてます」


 ……スタンバイ?


 テッドとジャンは再び顔を見合わせ、一瞬黙り込む。

 戦線指令のポジションにはエディが居るはずだ。


 この日午前中の戦闘を知らない筈も無い。海兵隊は20キロも前進したのだ。

 ここから更に追撃すれば、シリウス軍はヘラス海に落ちるしか無い。


 ――エディは何を企んでいるんだろうか?


 テッドの脳内では様々な事柄が組み合わされ、幾つもの仮定が行われていた。

 シリウス軍を火星の地上で鏖殺するには戦力がありすぎるのだ。


 補給も増援も見込めない中で、シリウス人がすり減らされようとしている。

 正直に言えば、同じシリウス人であるテッドはそれが面白く無いのだが……


 ――あれ?


 この時点でテッドは別の違和感に気付いた。

 そして、無線の中でジャンに問いかけた。


『ジャン。なんでエディは無線で直接指示してないんだろう?』


 テッドの気付いたそれは、ジャンをして驚く様な視野の広さだった。

 目の前の事象やその結果として起きる事について思索を巡らせる。

 隊を率いる士官はそれを常に要求される。


 だが、テッドの気付いたその違和感をジャンは全く持たなかった。


 ――やっぱテッドはスゲェな……


 つくづくとそう感心したジャンだが、やはりいくらか年嵩なだけあるのだろう。

 瞬時に色々と考え、それっぽい回答をジャンは導きだし応えた。


『……こうすりゃ第1中隊全体に話が回るからじゃ無いか?』


 ……あぁ


 そんな表情でテッドはジャンを見た。ジャンは首肯しながら笑った。


「さて……」


 やろうぜと言わんばかりにジャンが呟く。

 テッドはリュウへと視線を移し、手短に指示を出した。


「了解したと返答しろ。移動の準備だ。装甲車の中で飯にしよう。恐らく20キロどころかもっと前進すると思われる。何が起きるかは分からないが――」


 この時点でテッドは『あ……』と気が付いた。


「――ここに居ちゃならないんだろうさ」


 ニヤリと笑ってジャンを見ながら背中をポンと叩いたテッド。

 その僅かな機微で、テッドが何を気が付いたのかジャンも理解した。


 ――女だ……


 そう女たち対策だ。

 軌道エレベーターがそろそろ終点へと付くはずだ。

 そして、その先端で重要な積み荷を引き渡すはず。


 だからこそエディはシリウス軍を追っ払えとケツを叩いている。

 テッドがそれに気が付き、ジャンもそれを理解した。


「よし、前進準備だな」


 ふたりしてニヤニヤ笑いながら第1中隊の待機するポイントへと戻る。

 装甲車は既にエンジンを暖めて、いつでも出発出来る状態だった。


「ロニー! 本部は何だって言ってんだ?」

「それがっすね兄貴」

「兄貴じゃねーだろ!」


 普段の戦闘中からしてこんな調子のテッドとロニー。

 そのせいか、第1中隊はとにかく緩い空気だ。


 だが、いざスタンバイしオペレーションを実行するときはグッと締まる。

 その緩急の付け方は、ジャンでは無くテッドとロニーが握っていた。


「へい。戦線本部はシリウス軍の最終防衛線を食い破れって言ってます」


 第1中隊に宛がわれたM113装輪戦車は3輌。

 かつてシリウスの地上で散々とやりあったあの装輪装甲戦闘車だ。


「んじゃ、チャッチャと行きますか。俺が1号車やりますよ。ジャンは2号車でロニーが3号車だ。シェルと同じくパンツァーカイルで突っ込んでって面で戦闘する形にしよう」


 戦闘経験のあるテッドの中隊にM113を宛がったエディの思惑。

 それが手に取る様に分かるからこそ、テッドはテキパキと決めていた。


「シリウスの地上でこいつを使って散々戦闘したけど、かなりの事が出来るのは経験済みなんだ。条件的に厳しくなければ戦車ともやりあえる。使い方は移動しながら覚えればいいし、戦術はシェルと同じ事を平面でやるだけ」


 澱みなく続くテッドの説明にジャンとロニーが首肯を返した。

 それを見ながらテッドは4人の曹長を呼んだ。最先任曹長はハンスだった。


「ハンス曹長。一気に進出するから車内を整えてくれ。3輌の戦車に上手く荷物を割り振ってバランスよくだ。あとは各車輌で上手くやれるように訓練しながら行く事になる。まぁ、道中飽きないと思うから」


 そこで思い出すのは、あの戦闘処女を脱した戦闘までの道中だ。

 何ごとも場数と経験だが、この場合はまず慣れる事が重要だった。


「了解です中尉。ちょっと待っててください」


 ハンス以下、曹長の階級にあるニオ、ケーニッヒ、ヨハンが相談を始めた。

 海兵隊の面々は誰でも一定以上のマルチな能力を持っているのが普通だ。


 ただ、その中でも様々な分野で才能を発揮する者がいる。

 得意不得意は誰にでもあるのだから、そこを見抜き管理する事が重要だった。


「……さて、俺達だな」


 下士官以下が支度の最中、テッドはジャンとロニーを前に切り出した。

 それは、エディの言外な指示に付いてだ。


「俺が思うに、エディは部下の使い方を学んで来いって言ってると思うんだけど、どう思う?」


 率直な言葉で切り出したテッド。

 ジャンはニヤリと笑いながらロニーを小突いた。


「要するにロニーだろうな」


 ジャンの言った言葉にロニーが『俺っすか?』と返した。

 ただ、その言葉を吐きつつもふて腐る事は無い。


 ロニーだって十分に学んでいるし育っているとテッドは感じた。

 そしてその裏にあるもの――面倒な奴の御しかた――を感じ取った。


 ――なるほどな……


 何ごとも場数と経験とは言うが、結局のところはエディの深謀遠慮だ。

 この先の501中隊が本格的に大隊に成長するに当っての布石だろう。


「今までは全部自分の判断でシェル戦闘してきたが、これからはこの戦車を指揮して戦わなきゃならねぇってこってすね?」


 ロニーが言ったそれは、これからの事を考える上で重要な試金石だ。


「要するに、これから先にエディが昇進したら、今よりもっと動けなくなる。その時に俺達がエディの思惑を実行する手駒にならなきゃならねぇってこった」


 ジャンもジャンでエディの思惑を理解していた。

 現状は中佐だが、すぐに大佐へ昇進するだろう。


 そして、地上戦を実行する上で、大佐といえば戦線指揮官レベルに相当する。

 自分の意思で自由に動けない以上、どうにか手駒を育てておかねばならない。


「上手くやりますよ! 俺も成長しなきゃ!」


 ロニーが明るい声でそう言うと、テッドとジャンはニコリと笑った。

 もはやいちいち口に出して言う歳じゃないのだから、自己研鑽がいる。

 その資質をロニーに植えつけたエディの手腕にテッドは舌を巻いた。


「中尉!」


 一瞬だけ自分の世界へと入っていたテッドをハンスが呼んだ。

 そちらへ視線を向ければ、5分ほどで荷物の積み込みが終ったらしい。

 下士官達は、それぞれの車輌前に別れて固まっている。


「飯も弾もばっちりです! いつでもいけます!」

「OK! じゃぁ行こう!」


 テッドは何も言わずに1号車へと乗り込んだ。

 午前中の突進ではエディの指揮下にあったのだ。


 ここから先は自分で考え、自分で目標を設定し、勝たねばならない。

 その緊張を覚えつつ、テッドは車内をグルリと見回した。


 ドライバー席にはモリー一等軍曹。ガンナー席にはハンス曹長。

 装填手兼サブガンナーにドン伍長。電磁シールド担当はグラン二等軍曹

 エンジン管理と通信手にメディコのリュウ特技軍曹。

 これに車長のテッドが陣取る形で戦闘配備が出来上がった。


「テッドより各車へ。これからシリウス軍陣地へ追撃戦を仕掛ける。街道中にシリウス軍を見たら掃討に掛かるんで、油断しないように」


 その言葉に車内からイエッサー!の声が返ってきた。


 ――ちょっと気分良いな……


 何となくそんな事を思うのだが、油断していると痛い目に合うと確信している。

 そして、間違いなく何処かでエディが見張っている筈だと確信する。

 ここでドジを踏めば、再び全員の前で指導されるとも。


 ――まぁ、それはそれで……


 動き始めたM113のトップを開き、身体を乗り出したテッド。

 思えばエディは狙撃の恐怖に負ける事無く、自分で見張りを行なった。

 戦闘指揮官が視界を狭くしてどうするんだ……と、そんな言葉を思い出した。


「中尉! そんな余裕かましてると撃たれますぜ!」


 笑い声でドン伍長が言った。

 割と年嵩だが、それでもエディよりかは年下だろう。

 そんな事を思ったテッドは、自分より大幅に年上の部下に微笑んだ。


「見張りは士官の責任だよ伍長。それに俺はサイボーグだからな」


 ハハハと笑って余裕をかましたテッド。

 だが、ガッチリと装甲入りの上着を来たのは言うまでも無い。

 頭に直撃を貰わない限りは即死も無いだろう。


ガニー(一等軍曹)! 街道に沿って前進だ!」

「モリーで良いですよ中尉! 飛ばしますぜ!」


 アハハと笑いながらモリーはアクセルを踏みつけた。

 アチコチから煙の昇っているオリンポスグラード界隈の戦闘は佳境だった。


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