緊急士官総会
~承前
――――現状におけるシリウス軍の展開状況だが……
初日の戦闘を終えた海兵隊は、タイレル社の会議室を借用し会議を開いた。
中佐になったエディは全体への状況説明と作戦の要点を説明している。
501大隊は先遣隊として最初にタイレルの工場へ到着した。
その時の経験を元に、海兵隊全体への説明を買って出ていたのだ。
それこそ、昔々のライトキャバルリー宜しく、手合わせして感触を伝える。
淡々と説明される状況報告を、海兵隊の各隊責任者が真剣に聞いていた。
周りを見れば将官級や佐官級が山ほど揃っている状況なのだ。
臨時の士官打ち合わせ会議だが、それはテッドに妙な興奮を与えていた。
「おぃ、どうしたテッド。なんか変だぜ」
テッドの隣に居たヴァルターが怪訝な顔でテッドを見る。
当のテッドはニヤリと笑ってヴァルターを見ていた。
その後で室内をグルリと見回し、小さな声で言った。
妙に上ずった、楽しそうな声音だとヴァルターが思う程でだ。
「周り見ろよ。スゲー人だらけなんだぜ?」
随分と高揚している……とヴァルターは思う。
だが、当のテッドは舞い上がってるのに気付いてない。
妙なシーンだと誰もが思うのだが、ヴァルターは怪訝そうに言った。
「それが……どうした?」
眉根を寄せて怪訝な顔を作ったヴァルター。
人工皮膚な作り物の顔だが、思えば随分とリアルな作りになっている。
そんな顔を歪ませたヴァルターは、何とも不思議そうだった。
「俺達、ちゃんとした士官になったんだぜ?」
テッドの吐いた妙に生臭い言葉。
出世欲とか上昇志向とか色々と言われるモノかも知れないが、達成感はある。
部下を指揮し、戦闘を行い、シリウス軍を撃退した。
その妙な満足感に、テッドはニンマリと笑っていた。
「……やっぱ変だぜ」
「かもな……」
ただ、それを言うテッドの隣に居たディージョも笑っていた。
そして、ディージョだけじゃなく、ジャンやウッディやオーリスも笑っている。
「テッドの兄貴はエディに追いついたのが嬉しいんすよ」
ロニーは小声でヴァルターにそう言った。
小さく『あっ……』とこぼしたヴァルターは、視界の中のエディを探した。
――――シリウス軍はこの辺りに展開している
――――おそらく彼等はこの戦略拠点を使って……
淡々と説明しているエディは、モニターの表示を変えながら言葉を続けた。
501大隊。いや、機械化歩兵連隊を預かるエディの言葉に全員が耳を傾ける。
それは、サイボーグだから……という妙なレッテル貼りのない環境だ。
どうしたって『あいつらは機械だろ?』と、そう言われてしまうもの。
だが、生身のヴェテラン達がエディの言葉を真剣に聞いているのだ。
それは、全てのサイボーグにとって、愉悦と言って良かった。
「なるほどな……」
ヴァルターも納得せざるを得ないと状況を理解した。
そして、改めてエディを見て、その説明を聞いていた。
――――先に降下した彼らの戦力ですが……
火星の地上に展開しているシリウス軍は凡そ18万と見積もられている。
ただし、その大半は戦闘補助要員として送り込まれた存在だ。
環境が厳しすぎて兵器整備や後方支援に人手が掛かりすぎている。
また、地球侵攻作戦を始めた時点でカプセルアウトしたレプリの寿命もある。
彼等はどうしても短期決戦にならざるを得ないので、こっちの戦略は単純だ。
――――まず、どうやっても半年以上は戦闘を継続する
――――幸いにして弾薬だけは豊富にあるし火星でも生産している
――――我々は戦略拠点を死守しつづける
――――攻撃は最大の防御と言うが場合によるのだ
エディの説明は単純かつシンプルだった。
シリウス軍に侵攻させ、それを受けて迎撃し反撃する。
反転攻撃を行なう事が最大の防御になるので、シリウス軍も災難だ。
彼等はシリウスから持ってきた弾薬が全てであり、地球からの支援も弱い。
高速船は全てシリウスへの食糧輸送に使われていて余裕は無い。
そして、向こうからやって来る船は増員と補給が積み込まれる。
高速船はどうしたって総身が小さく、容量も少なくなる。
それ故に、増員と補給物資がスペースを取り合う。
つまり……
――――この作戦は消耗物資の兵糧攻めだ
――――彼等は嫌でも消耗していく事になる
――――なにせこの火星に関して言えば食料すら無いからな
その一言で、テッド達は何故この時間に会議が出来るのかを知った。
シリウス軍は24時間継続して力攻めが出来ないのだ。
弾薬も食料も不足している環境では、それもやむを得ないのだろう。
計画的に攻勢し、計画的に手仕舞いにする。
それが解るだけに、海兵隊側も対処がしやすかった。
「……なんかさ、サザンクロス攻防戦を思い出さないか?」
ヴァルターはボソリとそんな事を呟いた。
周りに居たディージョやウッディが見てるが、テッドはニヤリと笑って言う。
「あぁ……実は懐かしさで一杯だ」
あの、シリウスの地上で行われた戦闘は、必ず昼飯休憩があった。
最後の最後では時間を無視した力攻めがあったが、普段は長閑な戦争だった。
「昼飯休憩とかやったな」
「あぁ。夜もよく眠れたよ」
クククと笑いあったふたりの表情がスッと曇る。
それは、本来ならもう一人居る筈の存在を思いだしたからだ。
「……ドゥバンをちゃんと埋葬してやれなかったな」
「そうだな。今頃ここに居てもおかしくないのに」
ふたりして溜息をこぼしつつもエディの話を聞いていた。
モニターの表示を切り替え、今後の基本方針を続けていた。
「下半身無くなってたよな」
テッドの脳裏に浮かんだドゥバンの最後は、砲撃による負傷だった。
腰から下を完全に失い、失血しながら痙攣してた。
「最後は……ロージーが楽にしてたよな」
「あぁ。けど、そのロージーも……」
力無く笑い合ったふたりは、同時にエディを見た。
幾人も部下を失った筈なのだが、その全てを背負ってエディは戦っていた。
辛い素振りを一切見せる事無く、毅然とした態度で、常に堂々としている。
それは、死んだ部下への最大の餞を意識しているのだとテッドは思った。
「思えば俺達さぁ……」
ヴァルターが切り出した言葉は、皆まで言わなくともテッドに伝わった。
僅かに響くギアの噛み合わせ音を漏らし、テッドの右手が動く。
サイボーグの身体を使う機械人に身を窶したとしても……
「俺達はまだ生きてる」
テッドの言葉にヴァルターが幾度か首肯した。
その向こう、エディは再びモニターを変えて説明を続けた。
――――シリウス側の戦闘車輌はM-1重戦車が中心らしいが……
この日の日中、テッドとジャンが率いた第1中隊はタイレル工場で戦闘した。
迫撃砲を撃ち込まれ、グリーが重傷を負った後だ。
テッドは部下を指揮しシリウス装甲車を撃退した。
必要な結果を考え、攻撃の手順を示し、実行させる。
そんな指揮の上手さは、ジャンをしてエディ譲りだと思った。
「今日は死人が出たか?」
ヴァルターは険しい表情でそう聞いた。
先に負傷したり死んだりしたノルドとディスは完全に駄目だったらしい。
だが、ロシア系のキールは脳が死にきる前に救われたそうだ。
一度は戦死公報に載ってしまった関係で、いまは502大隊に移動した。
来週には復帰すると聞いているのだが……
「今日は……6人死んだな」
「6人?」
「あぁ」
曹長のニオ。一等軍曹モリー。同じく一等軍曹ミハエル。アイモ伍長。
そして、クジョーと同じく、メディコの特技軍曹ラルフ。
この6人はタイレル工場前での戦闘で死亡した。
そのうち、ミハエルとアイモは恐らくサイボーグになると思われる。
また、メディコのラルフは502大隊へ移動だ。
理屈では無く肌感覚として、復活の可能性をテッドは感じていた。
自分達がそうであるように……彼らも復活する。
何の根拠も無い事だが、そう感じていたのだ。
――――明日には装輪戦車などが姿を現すと思われる
――――従って対戦車兵器の携行が必須となる
――――無理に力攻めをすれば手痛い反撃を受けるだろう
――――とにかく要注意だ
「またアレやられるかもな」
何を思ったのか、少しだけ大きな声でヴァルターがそう零した。
その声は割りと多くの耳に入ったらしい。
やや離れた場所に居たマッケンジー少将がヴァルターを指差して言った。
「アレとは? 要約して説明を」
唐突に話を振られたヴァルターはスッと立ち上がって切り出した。
それは、ブリテンのサンドハースト士官学校での授業その物だった。
「先にニューホライズンの地上戦で経験した事ですが……」
ヴァルターは一瞬だけ逡巡したが、ミシュの視線に気を取り直した。
ここで出来る男を演じておけばポイントを稼げる。
そんな生臭い事を思っていたのだが……
「シリウス側は旧式戦力や残存する雑多な在庫一掃を図る為、活動限界の迫ったレプリカントを使って突撃を敢行する事があります。シリウス側の戦力補給線に対する嫌がらせとして取るべき戦術は完全に破壊しきらず、レプリも殺しきらずで帰す事で保守や補給に負担を掛けさせるのが得策かと」
ヴァルターの放った言葉にエディがニヤリと笑った。
上出来な回答だと褒められた様なものだが、ヴァルターは今さら怖くなった。
その質問をしてきたマッケンジー少々もサザンクロスの地上戦を知ってる筈だ。
そして、場合によっては何処かで戦闘指揮している可能性もある。
ある意味でそれは、完全なやぶ蛇かも知れないし、手柄自慢かもしれない。
だが、そうは言っても話を振られた以上は言わざるを得ない。
そして、その時点でハッと気が付いた。
――少将もサイボーグだ……
つまり、サイボーグの立場が有利になるように話を振った。
場数と経験を積み重ねた優秀なユニットである事を証明させたのだ。
「……なるほど。つまり、レプリを生かして帰せと」
「はい。レプリにも感情が有るのを何度か経験しています。彼らは――」
……あっ!
ヴァルターはこの時点でマッケンジー少将が何を言わせたいのかを理解した。
そして、その裏にある思惑や期待をも理解した。
――なるほどな……
深謀遠慮とはこういう事を言うのか……と、ヴァルターは思った。
そして、横目でチラリとテッドを見れば、そのテッドも笑っていた。
マッケンジー少将の思惑を理解したのだった。
「――彼らは痛みと嘆き。そして苦痛を仲間に伝えるでしょう。それはジワジワと精神を蝕むはずです。始めから兵士として訓練されたのでは無く、ただ単純に作られただけの存在ですから、長期的な視点で見れば必ず効いてくる筈です」
ヴァルターの言葉にマッケンジー少将が満足げな笑みを浮かべた。
そして、隣に座っていたハミルトン大将にアイコンタクトした。
「……なるほど。強い意志と義務感で戦かう人間とは違うのだな」
わざわざ人間という言葉を強く言ったチャールズはニヤリと笑っていた。
サイボーグは人間なんだ。機械じゃ無いんだとフレディは言わせたのだ。
「で、明日はどうするんだエディ」
誰かが何かを言い出す前にチャールズは予定を問うた。
明日の戦闘がどうなるかは、出たとこ勝負の部分も有るだろうが……
「小官としては、一度こちらから撃って出るのも重要かと考えます。ある程度進撃し、シリウス軍側に拠点を把握しているぞと圧力を掛け、浮き足だつ様に仕向けましょう。しかる後に『なるほど。反撃したくなるように誘うのか』御意」
ハミルトンは腕を組んでしばし考え込んだ。
場数と経験を積み重ねたヴェテランは、最良の選択を思案する。
「よろしい。手近な拠点をいくつかピックアップし、蜂の巣を突いてみよう。その上でシリウス側の対処がどうなるかを観察する。情勢としてはこちらが有利だ。今のうちにポイントを稼いでおくのが良いだろうな」
ハミルトン大将の言葉に全員が首肯した。
テッドはほくそ笑みつつ、ヴァルターの横腹を突いた。
「なかなか良いんじゃねぇ?」
それが何を意味するのかはヴァルターも解っている。
シリウス側に引き渡すべきレプリのカプセルは、軌道エレベーターで上昇中だ。
テッドやジャンや、もちろんエディの思い人が使う身体。
それを引き渡しさえすれば、この先8年は火星の事などある意味どうでも良い。
タイレルの工場がちゃんと出来上がり、こちらの監督下に入れる事が重要だ。
そうすれば、この先なにか面倒が起きても大丈夫。
大事な女たちが何らかの事情で亡命してきても、身体で困ることは無い。
地球上でレプリカントの商業生産が出来ない以上、火星の使い道はこれだ。
テッドの言いたい事を要約すればそうなる。
そして、その向こうに有る思惑をヴァルターは理解していた。
「彼女……もう一度手が届くと良いな」
「あぁ……」
そんな会話をしているふたり。
だが、チャールズとフレディは、翌日の作戦検討をし続けるのだった。




