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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
342/424

オリンポスグラード攻防戦<前編>

~承前






 タルシス州の州都。オリンポスグラード。

 この街は火星テラフォーミング計画において、最も重要な役割を果たした街だ。


 火星へと送り込まれたレプリカント建造船の設備をそっくり降ろした街。

 そして、この惑星に根を下ろした最初に重工業系企業、タイレルの本拠地。

 累計で500万体に及ぶレプリカント労働者を造り出した街。


 この街の中心部にある工場は、その面積を120倍に広げる大増設工事中だ。

 現状ではちょっと大きな建物程度だが、やがてここは地平まで続く工場になる。

 そして、地球では量産出来なくなったレプリカントを製造する一大拠点になる。


 火星のテラフォーミングが続いているが、それに合わせ工場建設も進んでいた。

 自社製の豊富な労働力を使い、複数のラインが同時に建設されているのだった。


 この日、そんな工場の建設事務所にクレイジーサイボーグズの姿があった。

 音の割りに仕事をしないエアコンは貧相で、事務所は極寒環境だ。


 そもそも、火星自体が寒いのだからやむを得ない話ではある。

 だが、オリンポス山の山麓にある工場は、気流の関係で冷たい風を受ける。

 火星自体を温める作業は順調に続いているが、気温は中々上昇しなかった。


「なぁ……テッドの兄貴……」


 事務所の窓辺に立って黄昏れていたテッドをロニーが呼んだ。

 シリウス軍の襲来を待ち受ける海兵隊は、建設中の工場に分散して待機中だ。


 腕を組み工場を見ていたテッドは、続々と運び出されるカプセルを見ている。

 それは、オーダーメイドでは無く乱数によってデザインされた労働者レプリだ。


「……なんだ?」

「先にひとつ聞いておきてぇんだけどさぁ」


 生身には肌寒い事務室の中、ロニーはそんな調子で切り出した。

 ジャンとテッド率いる第1中隊にはロニーが移動してきた。

 先の戦闘で重傷を負ったトニーは病院送りで、恐らくはサイボーグ化だろう。


 そのリハビリを終えてから原隊復帰するだろうとテッドは予測していた。

 空席となったポジションにロニーが送り込まれ、戦力となるのだが……


「あんま面倒は聞くなよ? 俺だって答えられねぇ事がある」

「……だよなぁ」


 テッドの連れない返事にロニーは口籠もった。

 だが、その様子が何とも妙だったので、テッドは振り返り室内を見た。


 大きな事務所の各部で第1中隊の18名が待機している。

 先の戦闘で戦死したノルド達3名よりも多い補充があった。

 その全員が室内でアレコレと諸注意を聞いていた。


「で、何だよ」

「エディの指示って……何だったんですか?」


 ロニーは真顔でそれを聞いてきた。

 まだまだ飲み込み難い現実を前に逡巡するロニーだ。


 仮にそれが『部下を見捨てて突っ込ませろ』的な横暴だったらどうしよう

 そんな事を考えたのかも知れない……と、テッドは思ったのだが。


「……気になるか?」


 テッドは験すような口ぶりでそう言った。

 ロニーの成長が気になった……と、そんな部分もある。

 だが、隠し事をしているようで、腰の据わりが悪いのも事実だ。


「隠し事されてるのが気分悪いだけっす」

「……だろうなぁ」


 口を尖らせて言ったロニー。

 何となく叱られるか?と恐る恐る言った部分もあった。


 だが、テッドは叱るどころか同情を見せた。

 ロニーはそれが意外だった。


「いや、まぁ、余り大きな声じゃ言えないが――」


 テッドは小さく手招きをして窓辺にロニーを呼んだ。

 室内をそれとなく観察し、ロニーは窓辺に来た。

 誰も聞き耳を立てていないよな?とテッドは身構えていた。


「――要するに、俺の女房とか姉貴とか、あとエディの相方とか……」


 そこまで言えばロニーにも実態が見えたらしい。

 ごく僅かに首肯を返し、小さな声で言った。


「……レプリの身体を作る場所がここって事っすか?」


 テッドは小さく首肯を返し、もう一度室内をチラリと見てから言った。

 生身の面々は、事務所の奥でジャンの言葉を聞いていた。


「しかも、シリウスじゃ作れねぇ高性能な身体を作るのさ。だから――」


 テッドはニヤリと笑って言った。


「――あんまりぶっ壊しすっぎると後に響くんで手加減しろとエディに釘を刺されたのさ。ジャンだってその気だ。あんまり派手にやると後が困る」


 テッドが打ち明けたその話にロニーはニンマリと笑った。

 そして、いつもの悪戯小僧の顔になって戯けて見せた。


「加減しておかねぇと工場がぶっ壊れるってこってすね」

「そうだ。そんでついでに言やぁ……」


 テッドの顔にニンマリと悪い笑みが浮かんだ。

 それが何を意味するのかをロニーは一瞬掴み損ねた。


 だが、脳裏に浮かんだ様々な情景がまるでテトリスのように組み合わされた。

 そして、そこに導き出されたのは、テッドが願ってやまないものだった。


「……ここへ取りに来るんすね?」


 テッドの脇腹を突っつきながら、ロニーは嬉しそうにそう言った。

 他ならぬリディアがここに来るかもしれない。それ故にテッドは表情を緩める。

 ロニーはそこにテッドの孤独と焦燥を見ていた。


 あんな事になったリディアなのだ。出来れば手の届くところに……と思うもの。

 それをせず鋼の精神力でテッドは毎日を過ごしている。


「来たら来たで……まぁ嬉しいけど……」


 まるで溶けたバターのような顔をしたテッドを、ロニーが笑ってみていた。

 ただ、そんなふたりを余所に、ジャンの説明が続いていた。


 ――――あんまりぶっ壊しすぎると火星政府から文句が出る

 ――――ついでに言えばタイレルは俺達のスポンサーだ

 ――――だから加減しなきゃならねぇ


 不思議そうな顔で話を聞いている生身の隊員が面白くて、ロニーは息を殺した。

 そもそもサイボーグなので吹き出さないように息を止める必要も無い。

 呼吸を完全自動モードにしてしまい、表情をロックすれば良いのだ。


 ただ、ジャンやテッドの腹の内が見えるロニーは、とにかくおかしかった。

 笑いを噛み殺し、ジャンの言葉を聞き続けていた。


 ――――工場の再建に時間を取られるのはまずい

 ――――だからとにかく注意しろ

 ――――埜別幕無しにぶっ放すな

 ――――シリウス軍だけをヘッドショットするつもりでやり合え


「聞いたか? まぁ、そう言う事だ」

「了解っす」


 ロニーの表情が明るくなったところでジャンの説明が終わった。

 テッドはジャンを見ながら小さくサムアップ送った。

 ロニーにも言って聞かせたのサインだ。


 ジャンは小さく頷いて、再び説明を始めた。


 ――――もうすぐここへシリウス軍がやってくる

 ――――まずは連中を大歓迎してやろう

 ――――ただしだ……

 ――――いま話した通りの事を絶対に忘れるな

 ――――良いな?


 念を押すように言うジャンは、少しだけ不安そうな顔だった。

 他ならぬキャサリンの為に、難しいポジションを引き受けるのだ。


 そしてそれは、テッドにも言える事だった。

 エディは全部承知で、一番難しいポジションをふたりに与えていた。

 上々に振る舞い、上々に仕上げて見せろ……と、言外のプレッシャーだ。


 ただ、そんなエディの腹の内は、テッドもよく解っていた。

 凪の海は船乗りを鍛えないと言うように、エディは難しい課題を与えるのだ。

 上手く出来るかどうかは時の運……などと、言い逃れできない課題を……


「したっけ兄貴、なんでエディはあんな所に陣取ったんすかね?」


 ロニーが指差したのは、ジャンとテッド達から随分と離れた場所だ。

 工場の出荷エリアと言うべき宇宙港へと続く場所だ。


 地球に比べ重力の弱い火星だと、軌道エレベーターがよりいっそう便利だった。

 その関係で、このタイレル社も独自仕様のそれを建設中だ。

 宇宙へと続くその設備は、最先端素材をふんだんに使った逸品だ。


「あれを壊されると責任問題だろ?」


 その軌道エレベーターは、いまも夥しい数のレプリカプセルを運んでいる。

 中身はこの工場で仕上げられた高性能レプリカント。ネクサスシリーズだ。


 従来のキャラクターシリーズと比べ、大幅に作り物っぽさが消えている。

 なにより、AI臭くない振る舞いをするネクサスは、様々な需要があった。


「……そうっすけど」


 ロニーは謀られていると直感していた。

 テッドはもっと違う事を知っているのだと感付いたのだ。

 ただ、それに無粋な突っ込みをするのは野暮というもの。


 隠し事をして居るのでは無く、言うに言えない裏事情だと思った。

 大気圏外を目指す軌道エレベーターのゴンドラには、レプリカプセルが満載だ。

 その中に、重要なレプリボディがあるのかも知れない……


「要するに、どんな方向から来ても良いように待ち構えてるのさ」


 ――……あっ


 この時点でロニーは全てを察した。

 あのゴンドラの中に、全ての思い人の大切なものが収まっている。

 そしてそれを、きっちり引き渡し出来るようにエディが待ち構えている。


 引き渡しを妨害されないよう、ジャンとテッドがここにいるのだ。

 しかも、工場内部の建設予定地にはヴァルターとディージョがいる。

 ステンマルクと共に第2中隊を率い、待ち構えているのだ。


 そして、テッドの言った言葉でロニーは察した。


 海兵隊は敵を待ち構えているのだが、エディ達は違う。

 待っているのは思い人達だ。そこにジャンやテッドを置いとけないから……


「……エディもなかなか鬼畜っすね」

「今さら何言ってやがる。いまに始まったことじゃねぇ」


 諦め口調でそう言ったテッド。

 その懊悩をロニーは嫌と言うほど感じた。


 その時だった。


「「えっ?」」


 ふたりの声がハモった。

 驚いてジャンを見たロニーは珍しいモノを見たと感じた。

 あの、鷹揚としていつもヘラヘラとしているラテン男が地面に伏せていた。


 ――……やばい


 ロニーの脳内で危険を知らせるサイレンが鳴り響いた。

 無条件で伏せるべきだと思い、足下を見ずに伏せた。

 上空にヒュルヒュルと音が響き、迫撃砲の砲弾がやって来た。


「お前ら勝手に死ぬな! 土嚢の影に入れ! 固まるな! 気合い入れろ!」


 テッドは生身の海兵隊を鼓舞しながら土嚢の影に隠れた。

 次の瞬間、ズンッ!と鈍い衝撃が有り、地面がグラリと揺れた。

 割りと遠距離から放たれた迫撃砲は、鋭い破片を炸裂して破片をバラ撒いた。


 装甲の入った戦闘服姿のサイボーグは良いだろうが……


「ギャァ!」


 何処かで鈍い声が響いた。

 やられたな……と僅かに頭を上げたとき、土嚢の向こうに血飛沫が見えた。


 動脈を切られ血を吹き出しているのだろうと思ったロニー。

 考える前に身体が動きだし、そこへと向かった。


「グリー! 大丈夫か! メディコ(衛生兵)のクジョーは何処に行った!」


 べらんめい口調では無い言葉でロニーは指示を出す。

 やや離れた陣地から東洋系の男が飛び出してきて、駆け寄った。


「中尉!」

「グリーがやられた! 上腕だ! 止血と応急処置!」

「イエッサー!」


 血液の損失は死への特急券だ。

 割けた筋肉の下にある動脈を縫合し、止血してから傷を塞がねばならない。

 こんな場面での衛生兵は、とにかくオールラウンダーな能力が要る。


 人の命を救うのは、何も病院だけでは無い。

 野戦病院へ収容される前の応急手当で、死ぬか生きるかの9割が決まる。


「大丈夫だ! 傷は浅い! すぐ血は止ま…… 見るな! 見るんじゃ無い!」


 負傷者はどうしたって自分の負傷を把握したくなるモノ。

 だが、そこで見たショッキングなシーンは、時にショック死を引き起こす。

 そして、血液がドクドクとこぼれる様は、とにかく恐怖なのだ。


 まずは怪我の部分を処置し、次には後方送致に備える。

 衛生兵の行うべき仕事は余りに多いのだが……


「よし! もう大丈夫だ! モルヒネを打っとくから動くなよ!」


 自動縫合機と細胞癒着推進剤の投与により、傷はどんどん塞がっていく。

 傷の内部を水で洗い、ザクザクと縫合したクジョーは、モルヒネを打った。

 スッと痛みが引いていき、グリーはやや落ち着きを取り戻す。


 ――凄いなぁ……


 その一連の対応が余りにも手慣れたモノなので、ロニーは言葉が無い。

 ただ、いつまでも感心している訳にも行かないのだ。


「ロニー! あそこだ!」


 テッドが指差した先には、平べったい兵員輸送車が見えた。

 ロニーのデータエリアに収められたシリウス軍装備リストからデータが浮かぶ。

 シリウス地上軍では割りとメジャーに使われている8輪装甲車だ。


「あいつはオープントップ構造だ。装甲の影から迫撃砲使ってやがるな」


 テッドは一瞬立ち上がり掛け、そうじゃない!と気が付き伏せなおした。

 そして、双眼鏡を取りだし、正確な距離を測る。


「ベニー! ヨハン! ビンス! アイモ! 装甲車まで350メートルだ! 擲弾を打ち込め!」


 そうだ。これで良いのだ。テッド自身がそれに気が付き、スポッと腑に落ちた。

 部下に指示を出し、それを実行させる。

 それの積み重ねで必要な結果を得れば良いのだった。


「肉薄してきたらハンドグレネードを投げ込む! 仕度しとけ!」


 これはこれで有りだ……と、テッド自身がソレを確認するのだった。



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