被弾
――ニューホライズン周回軌道上
シリウス標準時間 7月25日 午後
キャノピー越しにニューホライズンを見つめ、一つ息をついたジョニー。
大きな大きな青い星の地上には巨大なハリケーンの渦が見えた。
「ソーガー大陸との境だな」
「ジュザウ海峡は大荒れだろ」
ヴァルターの声にそう返したジョニーは再び意識をレーダーパネルへと戻した。
間もなくラウ大陸最大の都市『ピンチェル』の上空に差し掛かろうとしている連邦軍の戦列艦たちは、次なる地上攻撃に備え準備の真っ最中だった。
連邦軍の空母に拠点を移した501航空団の12機は、NATO所属の宇宙空母『ベルリン』(CVN-201)周辺で、螺旋軌道を取りながら防空任務に就いている。既に一週間以上を宇宙で過ごしていて、ジョニーはすっかり宇宙慣れしていた。
「地上はどんなだろうな?」
「あぁ。重力が恋しいぜ」
「早く振り切っちまえよ」
「だけどよぉ……」
軽い調子のヴァルターに対し、ジョニーは地上に残したリディアが気掛かりだった。ふと、リディアの身体の温もりを思い出し、地上が恋しくなる頃だった。
「ホームシックに掛かるにはまだ早いぞ」
軽快な声で叱咤するエディは501航空団の先頭を飛んでいて、辺りを警戒しつつもジョニーとヴァルターを冷やかす事を忘れていなかった。
「これから過去最大級の艦砲射撃だ。気合入れていけよ」
マイクの声に弾かれるようにして背筋を伸ばしたジョニー。
この日。連邦軍の艦艇はニューホライズン北半球最大の車両工場がある地域を砲撃する予定なのだ。この一週間を地上砲撃に充てている連邦軍艦艇も、そろそろ弾薬が尽きる頃合いだった。
だが、補給の為ニューホライズン周回軌道を離れる前に、まだまだ叩いておかねばならない戦略拠点は多い。
「弾が尽きるまでは仕事だ。諦めろ」
アレックスの言葉に苦笑いを浮かべたジョニーは、レーダーのエコーパネルについている縮尺表示のダイヤルを慎重に操作しつつ、自機周辺500km圏内に居る敵機情報を検索していた。
「敵機はどっから来るんでしょうか?」
「さぁな。大気圏外におけるシリウス空母の存在は確認されていない」
戦闘支援情報をアレックス機から受け取ったジョニーは、再びパネルの縮尺操作を行って北半球全体を表示させていた。地上にあるシリウス軍の航空拠点は100箇所を越えるのだが、そのうちで大気圏外戦闘機のメンテナンスや出撃管理を行える場所は12箇所しかない。
「いずれ地上拠点も攻撃するんですよね?」
どこか祈るような口調で確かめる発言のヴァルター。
だが、戦略将校でもあるアレックスにすれば言える事と言えない事の線引きは微妙なものだ。常識の範囲で考えた所で最終的には敵の拠点を叩くのが常道と言える。
「現場は指示された内容を完璧にやり遂げれば良いんだ。その後のことは後になって考えればいいのさ」
エディの言葉にどこか開き直った諦観を感じたジョニー。
だが、そのエディ自身は理解しがたい機動を行いながら戦闘をするプロだ。
「与えられたポジションでベストを尽くせ。お前がそのポジションにいる理由は回りがお前なら出来ると期待しているだけのことだ。それ以上でも、それ以下でもない、たった一つのシンプルな理由さ」
淡々と呟くエディの言葉を聞きながら、ふと、こんな時エディはどんな顔をしているんだろうと疑問を持ったジョニー。だが、脳裏に浮かぶエディの顔は、いつもどおり淡々とした、なんの変わりも無いものでしかなかった。
「そんな事よりジョニー。そろそろお客さんがおいでなさるぞ」
リーナーの声でふと我に返ったジョニー。
コックピットのモニターにはニューホライズンの地平付近に存在するシリウス側の大編隊を捉えていた。距離がありすぎる関係で、まだ『敵の存在する可能性が高いエリア』といった状態なのだが、それでも想定される敵機総数は100越えだ。
「さて…… じゃぁ、行こうか」
軽い調子で機首を返したエディ。ジョニーは勇んでその後に続いた。
だが、その15分ほど後、ジョニーはコックピットのモニターを見たまま凍りついていた。そこに表示されるシリウス軍の総数は軽く300を越えている。
――ウソだろ?
そのシリウス軍集団の中には、小型の突撃艦艇を含む軌道コマンド集団と思しき歩兵が同伴している。
「エディ! 連中は」
「あぁ、船を乗っ取る腹だな」
マイクの声に応えたエディは501中隊に散開を命じ、連邦軍の宇宙戦闘機が先に掛かるのを見届けるまで待機していた。
「行かなくて良いんですか?」
「先ずは数を減らしてもらおうって事さ」
「でも!」
「俺たちは最前線では無くフォローに回る側さ」
思わず口を突いて出た言葉にジョニー自身が驚いていた。
だが、エディは逸るジョニーを宥め、戦況を観察しながらじっくりと構えている様子だった。
「全員様子をちゃんと観察しておけ。ピケットラインを越えた敵機は撃墜して良いが、こっちから積極的に手を出す必要は無い。だが、相手の手札はきっちり読んでおけ。死にたくないだろ?」
エディの言葉を訝しげに聞きつつ、ジョニーは戦列艦の周囲をグルグルと周回している。501中隊の面々はシリウス側の接触に備え、息を殺してジッと身を潜めているようだった。連邦軍艦艇の周辺では一斉に激しい戦闘が始まっていて、眩いばかりの光りが飛び交う中を両軍の戦闘兵器が飛び交っていた。
「そら! 来なさった!」
嬉しそうに叫んだマイクが機首の向きを変えた。連邦軍戦闘機の防衛戦をかい潜ったシリウス軍の戦闘機は、随分と近くまで来てから501中隊の存在に気が付いたらしい。
だが、戦列艦への攻撃を優先したシリウスのパイロットは、軌道を変更する事無く真っ直ぐに戦列艦へと突っ込んでいった。
「自爆する腹か!」
ケラケラと笑っていたアレックスは目を見張るような三次元運動を見せ、突入直前でシリウス機を撃墜した。なるほど、この為に居るのかと驚いたジョニーは、周辺警戒のレベルを一段上げる。
しかし、シリウス軍はそんな努力を必要としない数で襲いかかって来ていて、文字通りの死に物狂いだ。思わず焦るほどの勢いなのだが、そんな中でもエディ達は涼しい顔で戦闘を続けていた。
――なんであんな事が出来るんだろう?
ジョニーの問いはもっともだ。
いま搭乗しているバンデットは人間の反射神経を軽く超える速度で飛翔し、広大な宇宙から敵を自力で探し出して攻撃する能力を持っている。
瞬きほどの間に隣街まで飛んで行ってしまう高速戦闘では、パイロットの反射神経を大きく越える事態が頻繁に発生し、それらに適正な対応を素早く正確に行う為にバンデットの戦闘支援AIはパイロットの操縦へと介入するのだ。
逆に言えば、バンデットのAIはパイロットが行った操作や戦闘指示を俯瞰的に観察し、『このパイロットなら次にこうする筈』という経験を積み重ね学習していって、危険な状況や緊急事態に陥った際、まるでパイロットが自分で行ったかのように回避行動を取ったり、或いは攻撃という手段を執るのだ。
そしてそれは、機体のAIとパイロットとの共同作業そのものであり、二人三脚で戦場という苛酷な現場を乗り越える事が要求されている。パイロットは状況を判断し、次の一手を考えると同時にAIの戦闘支援や戦闘そのものを評価し、善悪の判断を行い、次に支援AIが戦闘介入する時の判断材料を調整する作業が求められる。
――まねしてみるか……
はじめてバンデットに搭乗した連邦軍のヴェテランパイロットは、一様に『乗りにくい』とか、或いは『面倒』という言葉を口にする。そしてその裏には、自らの操縦に介入してくるAIの存在を疎ましがっていて、ヴェテランになればなるほどAIのスイッチを切ってしまう衝動に駆られるという。
過去の経験として、純粋な機械としての戦闘機、純粋な奴隷的従属で使役されてきた戦闘機のオペレーターパイロットがバンデットへと乗り換えると、最初はバンデットのAIに拒絶反応を示すのだった。
だが。
――そうか!
バカ正直に操縦を行ってきたジョニーは、エディがある程度操縦をバンデット任せにしていて、戦闘に関する指示を出すオペレーターに徹している事をようやく理解した。
――よし!
ジョニーはこの時、バンデットの操縦についてのレベルを一段上げた。戦闘支援AIについての理解を深めたとも言うかも知れない。
ジョニーの行った急なスラスター操作による直角ターンや、強烈なGと戦いながら錐もみ状に螺旋を描いて突入していく3D機動の経験を積んだAIは、ジョニーの僅かな操作で意図を読み取り、AIが危険度判定で最優先を示す敵をジョニーに示して指示を待つ様になる。
それはまるで騎兵の跨がる優秀な軍馬のようで、鞍上にいる騎士の意図を読み取り、敵に向かって自ら突き進んでいく如しだ。雲霞の如く襲いかかってくるシリウス軍の戦闘機を次々と蹴散らすジョニーは、気が付けばコックピットの中でゲラゲラと笑っているのだった。
まるでベルトコンベアで運ばれてくるように次のシリウス戦闘機が眼前に現れ、ジョニーは視覚入力の照準用インジケーターを合わせてから攻撃指示ボタンを押すだけの単純作業になっているのだった。
「全員生き残っているな」
気が付けば第一波をやり過ごしていた501飛行中隊。
連邦軍戦闘機は相変わらず空母の周りを周回していた。戦列艦が対地攻撃を行いはじめ、ニューホライズンの地上には次々と眩い火球が産まれていた。
「あの火の玉一個でどれ位死んでるんだろうな?」
「人間とかレプリとかの一大調理設備だぜ」
「全部ステーキだな」
「蒸発するけどな」
溜息混じりの会話が続く無線の中、ジョニーは悩み深しい溜息を零した。
ふと『地球人』という単語を思い浮かべたジョニー。無線の中でどこか他人事の会話をしている面々は、その全てがシリウス人ではない人々だった。
「ジョニー」
どこかふて腐って居たジョニーをエディが呼んだ。
「ひとつ腕を上げたな」
「……そうですか?」
「あぁ、傍目に見ていてそう感じるぞ」
ふと気がつけば、ジョニー機のすぐ横をエディ機が進んでいた。コックピットのすぐ下あたりに『RELA』と書いてあるエディ機は、あれだけ激しい戦闘をしたにもかかわらずかすり傷一つ追ってないのだった。
「……エディの機体には傷一つついてない」
「あたりまえさ。レラは優秀だからな」
「レラ?」
「そう。昔々に乗っていた馬の名前だ」
地球にも馬がいるのかと驚いたジョニーだが、冷静に考えればシリウス開発のため、馬もきっと地球から持ち込まれたのだろうと思った。そして、ジョニーはこの時、エディが言いたい事の本質をさっした。
――そうか…… 同じ人間ってことか
ふと、急に心が軽くなったように思えたジョニー。
進路を変えたエディ機の左後ろについて編隊を組んだ状態に落ち着いた。
「全員腹に何か入れておけ。ちょっと小康状態のウチだぞ」
ある意味で無思慮な言葉を投げかけられたのだが、ジョニーは機体に螺旋周回を指示してからブロックレーションを囓った。僅かな量の水で粉っぽいレーションを食べるのはちょっとしたコツが要る。しかし、狭いコックピットの中で安心して食べられるこれは、ある意味でありがたい物だった。
「おっと。第二波だな。まだ遙か彼方だが」
アレックスの声に僅かながら表情曇らせ戦闘支援モニターを覗き込むと、まだニューホライズンの裏側辺りにシリウス軍の大編隊が居るのが表示されていた。
そして、指示を受ける前に機体の電源残量と推進剤のタンク内移動を行って、余分になった外部タンクを切り離しニューホライズンへと落下させたジョニー。少しでも機体を軽くして慣性の法則から逃れるよう頑張った。
「さて、第2ラウンドだ。抜かるなよ。今度は手強いぞ」
「手強い?」
エディの声にジョニーが聞き返した。
「そうさ。第一波の失敗した経験を受け継いでいる。レプリは消耗品だ。第一波で突入してきた各機体が経験した情報を収集整理し、第二波でやって来るパイロットにその情報を配分している事だろう。確率として敵を撃破出来る最適な手順を収集する事が第一波究極の目的なのさ。解りやすいだろう?」
「それって…… じゃぁ!」
「そうさ。第一波は撃墜されるのが、撃破されるのが仕事なんだ。だから俺たちの存在を最後まで隠しておきたかったって訳だ。腕利きが後方に控えているって情報を得た第二波は、前衛連中を何とか掻い潜って、俺たちに全力勝負を挑んでくるだろう。つまり……」
エディが言葉を切って無線の中に痛いほどの静寂が流れた。
その静寂の向こう。ジョニーはエディがいつものあの自信溢れた圧倒的な『支配者の笑み』を浮かべているんだと想像した。そんなジョニーを現実に引き戻したのはマイクの声だった。
「ジョニー。酷い事になるぞ。相当酷い事になる。覚悟しておけ。どんな結果に至ろうとも、覚悟しておけ。そして、後ろは振り返るな。常に前だけを見ろ。後ろを見てばかりだと、前方不注意になるからな」
――珍しい言葉だな……
そんな印象を持ったジョニー。
直後にエディの声が聞こえて、再び意識をそっちへと向けた。
「古いブリテンの諺でな。凪の海は船乗りを鍛えないと言うんだ。困難が人を育てる。苦い経験が成長を促す。これから俺たちは相当酷い戦闘をするだろう。この12名が何人か欠けるかもしれない。だが、それに捉われるな。まず生き残れ」
静かに語り掛けたエディ。ジョニーは小さく『はい』と答えて、そしてその時を待つ事にした。無線のバンドを広域戦闘無線に切り替え、戦闘エリアの情報を収集し始める。
静かに耳を澄まし無線に聞き入っているとき、戦闘支援AIはいきなりバンデットの軌道を変え、急激な回避行動をとった。頭蓋骨の中で脳がシェイクされ、一瞬だけジョニーの意識が身体を離れた。
「全機散開! 勝手に死ぬなよ!」
エディの絶叫にも近い声で我に返ったジョニー。その頭上には目の鼻の先まで接近しているシリウスの戦闘機があった。引き千切れんばかりにスティックを倒し、ラダーペダルを蹴りつけて機体をスピンさせつつ回避したジョニー。
一秒に満たない刹那の間に機体の位置は大きく動いた。その"かつてそこに居た辺り”を荷電粒子の塊が通り過ぎていった。
――マジかよ……!
ジョニーの背中に冷たいものが流れた。
今の今まで、シリウス側の戦力に連邦軍レベルの最新兵器は無かったはずだ……
――あのロボにこれが……
その時、ジョニーの脳裏にハッと言葉がよみがえった。
――企業は金儲けするのが大事なんだ
――金になる事をやるのは当たり前だ
シリウスのバックにも地球系の企業が付いている……
その事実にジョニーは震えた。そして気が付いた。自分たち兵士がただの実験台である事に。モルモットである事に。より高性能の武器を供給し、それに対抗する組織がより高性能な武器を購入するように仕向ける事に。
――ふざけんな!
心の中で何かが壊れた。それとほぼ同時だった。
すぐ近くを飛んでいたはずのバンデットがいきなり爆散した。
「クイック!」
荷電粒子砲の直撃を受けたクイック機はコックピット付近を含め、そっくりと構造物が蒸発して消えていた。唖然として言葉を失ったジョニー機のAIは次々と回避行動を取りながら、攻撃可能な敵機の存在を指し示していた。
「クソッたれが!」
下品に叫びつつも狙いを定めて次々と攻撃し続けるジョニー。機体のアチコチからギシギシと軋む音が響く中、ジョニーは手近なシリウス機をどんどん撃墜していった。
だが、敵機の方が多すぎる状態が続いていて、どこか頼りにしていた連邦軍の防空戦闘機もまた次々に撃墜されている。五機か六機でグループを作り、連邦軍の戦闘機を一機ずつ確実に撃墜していく手法だが、その最初の攻撃を行うシリウスの戦闘機は撃墜される事を厭わず、愚直なまでに突撃を繰り返していた。
――そろそろ寿命のレプリが乗ってるとか…… な……
ふと、そんな事を思ったジョニーだが、ハッと気が付いた時には六機以上のシリウス戦闘機に追い込まれている状態だった。逃げればその先手を撃たれ、どれか一機を攻撃態勢に入ったら、すかさず他の仲間が連携してそれを妨害する状態だ。
――なっ!
背筋に冷たいものが流れたジョニー。助けを求めるようにエディ機を目で探した時、エディは再びスピンさせつつ同時に四機を撃墜する離れ業を見せていた。
――よし…… あれをやろう……
周囲に仲間が居ないエリアまでシリウスを引っ張り出し、そこでエディ機が行ったマニューバの再現を試みる。スピン警報と危険回避のためのAI介入が起きる刹那、ジョニーは同時に三機を撃墜する事に成功した。ただ、余りに強烈なGを受けたため、視界が真っ赤に染まって一時的に視野を失うというオマケ付きだったのだが。
「ジョニー! そのまま逃げ回れ! フォローしてやる!」
天頂方向から機関砲を乱射しながら突入してきたアレックス機は、ジョニー機に狙いを定めていたシリウス軍機を一気に蹴散らした。ホッとしたのもつかの間、新手が襲い掛かってくるのが見える。
「小僧! 今度はお前がフォローに回れ!」
「え?」
「団体戦だ!」
アレックス機に狙いを定めていたシリウス機を撃墜したマイク。散開しつつも折を見て相互フォローを行っているエディやアレックスは、マイクとリーナーを交え次々とシリウス軍機を撃墜している。
――なるほど!
合点の行ったジョニーはその輪の中に入り込み、シリウス軍機の囮になるようなポジションへ居座って敵機を呼び寄せ、スピンさせて撃墜する事を繰り返しつつ、打ち漏らした敵機を仲間に預ける運動を繰り返した。
「なんだ。俺のポジションをジョニーに取られたな」
笑っていたエディが同じような動きを見せてシリウス軍機を撃墜した。エディとジョニーの二機で囮を務め、そこに群ってくるシリウス機の撃墜を繰り返す。だが、その途中でブローが直撃弾を受け、ジョニーは短く『アッ!』と声を漏らした。
メインエンジンの爆発と同時に姿勢を崩したブロー機はスラスターで制御できない回転運動をはじめ、コックピットの中でブローがジタバタと暴れているのが見えた。
「エディ! すまない! 俺もここまでのようだ」
「馬鹿を言うな! 何とかして母艦まで帰れ!」
「ダメなんだよ……」
ジョニー機のモニターに映し出されたブローのコックピットは一面血の海だ。
そして、僅かずつ空気が漏れているようで、コックピットの中のブラッドミストが少しずつ宇宙空間へ漏れているのが見えた。
「もう手が無いんだ」
カメラの向こう。ブローは手首から先の無くなった腕を見せていた。
「エディ! 俺はエディと一緒に飛べて幸せだった!」
「ブロー!」
「エディ。シリウスを頼む。俺の分も、シリウスを頼む。必ず、必ず目的を果たしてくれ。そして……」
「解ったよ…… 俺も楽しかったさ。先に行け。頼むぞ」
「あぁ」
ブローがコックピットの中で何かの動きを見せた。
「VIVA! シリウス!」
無線の中に響いたブローの声。
その直後。ブロー機はコースを大きく外れニューホライズンへ墜落していった。機密の塊であるバンデットをシリウスに渡すわけには行かない。ブローは最終処置を行ってバンデットライダーの責務を果たした。
――ブロー……
言葉を失って呆然と見ていたジョニー。バンデットの戦闘支援AIは、過去の経験から導き出される最良の回避行動を取り続け、奇跡的にかすり傷一つ追ってない状態だった。
「ブロー」
ふと、無線の中に漏れ出た声。
その声の主がロブだと気が付いた直後、そのロブ機はシリウス機と衝突し、ふたつの機体が複雑に絡まった状態で大きく軌道を外れてしまった。
「ロブ! ロブ! 返事をしろ!」
エディの絶叫が響く中、ロブ機もまた大きく軌道を外れニューホライズンへと墜落していく。その機体をも見送ったジョニーは、腹の中にフツフツと怒りが湧き起こるのを感じていた。
――ふざけんな!
急激なスロットル操作を行って爆発的に加速したジョニー。囮の役目を忘れ、最短手で近くに居たシリウス機を撃墜した。そして、それを邪魔しに来たシリウス機をトリッキーな動きで翻弄しつつ、次々と撃墜を繰り返す。
続々と対地攻撃を行う戦列艦のすぐ脇であったのだが、味方への誤爆を省みず激しい戦闘を続けたジョニーは、あっという間に撃墜確実三十を数えていた。
「そろそろ終りの様だな」
無線の中にこぼされたアレックスの声で我に返ったジョニー。気が付けば501中隊の生き残りは、四名の士官のほかは、ドッドとウェイド。そしてジョニーとヴァルターの八人になっていた。体力的に限界の状態まできたジョニーは、コックピットの中で放心状態になった。
「おぃおぃ。冗談じゃねーぜ」
ボソリと文句を呟いたマイク。
やっと撃退した第二波が引き上げるのと引き換えに、違うエリアの基地から上がってきたらしい第三波が接近してくるのがモニターに表示されていた。
――あちゃぁ……
心底ウンザリとしたジョニー。だが、そんなジョニーの耳にエディも言葉が届いた。どこか達観したかのような、冷静な声だった。
「体力的に限界なのはわかっている。機体には燃料も弾薬も余り残されていない。だが、俺たちに撤退という選択肢はない。戦友の為に最期の瞬間まで、騎士の義務を尽くせ。全ては俺の責任だ。俺を恨んでくれて良い。ヴァルハラで会おう」
唖然としつつその言葉を聞いたジョニー。その脳裏には、熊の縫いぐるみを抱えたリディアの姿が思い浮かんだ。
ニューホライズンの地上でジョニーの帰りを待っているリディア。花のような微笑を浮かべ、楽しそうにジョニーを見つめている。
――リディアを護るんだ!
気合を入れなおしたジョニーは機体の状態を再チェックした。
燃料は殆ど残っていない。スラスター燃料も乏しいし、荷電粒子砲用燃料電池は燃え尽きる寸前で、火薬発射式の残り弾薬はほんの数秒足らずで打ち尽くしそうだと思った。だが、『ここを守りきればなんとかなる!』と、そんな根拠の無い確信に震えジョニー。ふと視線を移したとき、巨大な戦列艦は被害を受けず戦闘可能な状態に有ったのが見えた。
――良し勝った!
何の根拠も無くジョニーはそう思った。
あの巨大な砲身が地上を砲撃し続けている限り、連邦軍は決して負けないだろうと、そんな事を思っていた。そして、いつか必ずあのヘカトンケイルを滅ぼし、ニューホライズンの地上に平和がやってくるのだと、そう信じていた。
「さぁ、おいでなさったぞ!」
「味方の防空隊が発進するまで時間を稼げば良い。無茶はする必要ない」
マイクとアレックスが先頭を切ってシリウス軍機に襲い掛かった。第二波と同じく第三波もまた高性能戦闘機だった。瞬きほどの間にすれ違った敵機は、大きく行き過ぎてから旋回してくる。先程までの連動した動きではなく、目を見張るような腕利きのパイロットが揃っている状態だ。
――やるな……
残り五発分しかない荷電粒子砲のスイッチを入れ、シリウス機を追跡しているジョニー。第三波の最初の一機を撃墜し、次の得物に狙いを定め、間髪入れずトリガーを引き絞った。
ヘルメットの中に表示される飛行情報インジケーターに混じり、バラバラに砕けていくシリウス機を見送ったジョニー。三機目の得物を物色し辺りを見回した時、妙な角度でジョニー機に腹を見せて平行に飛ぶシリウス機を見つけた。
――ヘヘッ! ちょろいぜ!
だが、それは死神の罠だったとジョニーは気が付いた。ほんの僅かな間だけ油断したジョニーは、機体へ直撃弾を受けた。背中越しに激しい衝撃と崩壊音が聞こえ、機体はジョニーの操作を一切受け付けなくなった。
左腕全体が焼け付くように痛くなり、腕を持ち上げたくとも一切の動作が出来なくなっていた。そして、腰の辺りに鈍い熱を感じて目を落とすと、ドロドロに溶けた金属がコックピットの中に流れ込みつつあって、高温に耐えるパイロットスーツを焦がしているのだった。
――そうか。俺もここまでか……
どこか達観したジョニーは、ここまでに見た中間達の最期が妙に落ち着いていた理由を知った。最早どうにもならないと理解した時、人間は逍遥と全てを受け入れるのだと、そう気が付いたのだ。
――あっ……
トドメの一撃を入れようとしているシリウス機が目に入ったジョニー。
――そうか。アレが俺の『死』か……
シリウスの光を反射して眩いばかりに輝く敵機だが、その姿をジョニーは『美しい』と感じた。まるで形而上の存在である天使のようだと。或いは、地上で見た絶世の美女のようだと。
――さよなら…… リディア…… 元気でな…… 愛してるよ……
心の中でリディアに別れを告げたジョニー。一瞬シリウス機が光って、ジョニーは目を閉じた。全身に激しい痛みが走り、僅かに声を漏らした直後、ヘルメットの中にエディの声が響いた。
「ジョニー! まだ死ぬんじゃない!」
――え?
驚いて目を開けたジョニーは見たのだった。
直撃弾を受ける直前でエディが助けに入り、シリウス機が爆散するシーンを。
間一髪で死を免れたジョニー。だが、全身を駆け抜けた激しい痛みにジョニーの意識は身体を離れた。そして、漆黒の闇に優しく抱かれ、何処までも沈んでいくのだった……
*日付設定を一日間違えました。本当は昨日公開するはずだったものです。




