シュバルツバルト森林帯解放作戦 02
~承前
「私はジャン。こっちはテッド。見て解ると思うがサイボーグだ」
ジャンは揺れるティルトローター機の中でそう切り出した。
キャンプアンディを飛び立って30分。そろそろ巡航モードに入ったらしい。
それほど大きくない機体だが、総勢15名の戦闘要員を飲み込んで余裕がある。
これで一気に鉱山へ殴り込みを掛けるとかで、片道45分ほどの低空飛行だ。
「そして、こっちはうちの新入りで見習いのトニー。この3人で第1中隊を指揮する事になった。とりあえず全員自己紹介してくれ」
唐突に切りだした関係で、全員が一瞬だけ動きを止めた。
ただ、こんな時に最初に切り出すのは決まって英国人だ。
意地と度胸とミルクティで七つの海を制した男達の遺伝子は健在らしい。
「じゃぁ自分から。ドンです。ドン・イーリィ、国籍はブリテンです」
ブリテン人らしい長身のドンは敬礼を添えてそう言った。
こんな部分でもジェントルに振る舞う事を心掛けるのは、流石紳士の国だ。
「グラントリーです。グラントリー・キャクストン。同じく英国バーミンガム出身ですが、実はアメリカ育ちです」
ドンと同じく長身のグラントリーが挨拶した。
テッドはふと気が付いたように言った。
「グラントリーのニックネームはグランでいい?」
ニックネームはハミルトン大将の受け売りだ。
だが、海兵隊全体で一体感を求めるやり方だとテッドは気が付いていた。
故にここでもテッドはそれを求めたのだ。
これはきっと後で効いてくる。
何の根拠も無い事だが、テッドはそれを確信していた。
「あ、それで良いです。言いやすいですね」
笑みを浮かべて首肯しながらグランはそう言った。
そんなグランの隣に居た男が続いた。
「ハンス・ファン・デル・リンデン。フランス出身。ハンスと呼んでください」
南欧系の顔立ちをしたハンスは、やや恰幅の良い体型だ。
デブでは無いが痩せてるとは言いがたい。
「モルテン。オランダ出身です。英語は苦手ですが努力します。モリーと」
「ティースです。仲間からはディスと呼ばれてます。私もオランダ出身です」
オランダコンビの二人だが、モルテンの方は黒人だ。
移民と混血の進む欧州らしく、ティースもカラードに近い肌の色だった。
「イタリア出身のエンニオ・ウジエッリです。ニックネームはニオ」
イタリア人らしい面長で細身のニオが挨拶し、ジャンはニヤリと笑っていた。
そんな調子で自己紹介が続き、後半戦も順調に進んだ。
スペイン出身のベニーことベニート。
同じくスペイン出身のヘルことヘラルド。
この二人はどう見たってラテン系だと解る容姿だ。
スカンジナビアからはますフィンランド出身のアイモ。
それとスウェーデンからはノルドとグリー。
最後に挨拶したのはロシア出身のキール。
以上12名の部下を与えられ、ジャンとテッドは首肯しあった。
「オーケー。まだ寄せ集めの集団だが上手くやろう。全部で15人しか居ないが、実際の話としてこれくらいの方が上手く回ると思う」
ジャンが言うとおり、僅か15人で中隊はあり得ない話だ。
だが、軍隊の最小単位は、時代や戦術と共に変遷し進化してきた。
そして今では個人携帯レベルの兵器が高性能化し、数は力が通用しないのだ。
ならばどうするか?の結論が、少数精鋭となる。
指示がグループの中でくまなく届くのは、5~8人が限度と言われている。
その最大数の8人でもボルトアクション時代の50人中隊を圧倒出来る戦力。
武器の進化と技術の進歩が僅か8人で圧倒的な火力を実現した。
ボルトアクションの時代に編成された一個連隊でも圧倒出来るかも知れない。
そんな凄まじい戦力を個人が持つからこその15人中隊だった。
「さて、悪いが勝手に決める。ハンス、ニオ、ベニー、ヘル、アイモ、ノルド、グリー。この7人は俺と一緒のAチーム」
一斉にイエッサーが帰ってきて、ジャンもニンマリと笑った。
そのメンバーを見れば、ジャンが何を考えたかは誰だってすぐにわかる。
「モリー、ディス、グラン、ドン、キールの5人はテッドとトニーでBチームだ。俺の下は熱血ラテン系だが、異論あるか?」
古来、5人一組で行動し戦闘に当る隊の長。それを伍長と呼んでいた。
剣と槍と弓で戦った時代は、戦闘指揮が人の肉声のみの時代。
そしてそれは、古来より軍隊において最小のユニット規模となっていた。
「本来なら5人ずつ3チーム作りたいところだが、今はまだこれくらいの方が良いだろうと思う。火力的には俺とテッドで分隊支援火器を使う。まぁ、まずはやってみよう」
ジャンはそんな調子で部隊を編成した。
この時代の地上戦ドクトリンは、火力で敵を圧倒する物量の時代だ。
短時間に広範囲へ大量に弾をばら撒く事で相手を圧倒してしまう。
気合を根性を武器にとした時代から、高効率大量消費に切り替わったのだ。
「とにかく弾薬は持てるだけ持って行こう。余ったら持って帰ってくれば良い。足りないよりマシだから」
テッドはそんな指示を出して、全員に持てるだけ弾を持たせた。
実際、個人で携帯できる弾の数などたかが知れている。
しかし、弾切れになっての戦闘不能はいただけない。
いかなる事情があろうと戦闘を続行できる事。
それこそが海兵隊に求められている事だとテッドは理解していた。
「全員、戦闘服はしっかり確かめてくれ。防弾アーマーと上着の間に隙間を作らないように注意。少々のダメージを受けても、頭と胸が無事なら死にはしない」
ジャンの言葉の通り、彼ら歩兵の装備は驚きを通り越すレベルだ。
両腕両脚の装甲こそ無いが、胴体と首、そして頭部はスッポリ装甲の内にある。
至近距離で5.56ミリ弾を受けても、防弾アーマーはその全てを防ぐだろう。
膨大な運動エネルギーを熱に変えるアーマーは、その熱で発電までしていた。
科学力の結晶的なそのアーマーと口元だけ見えているヘルメット。
海兵隊歩兵の装備はハミルトン大将の肝いりだった。
「とにかく、不用意に死なない事だ。運が良ければコロッと死ぬけど、即死しなかったらサイボーグでまだ戦わせられるからな」
ジャンの言った笑えないジョークに全員が失笑した。
しかし、その言葉はサイボーグ達の本音そのものだ。
人の命が一銭五厘と呼ばれたり、兵士は畑で取れると呼ばれたりした時代。
その時代ならば兵士の命は消耗品と割り切る事もしばしばだった。
地雷原にはまった歩兵に対し、容赦無く踏みつぶせと命令された頃だ。
ただ、やがて個人の装備が充実し始め、育てるのにもコストが掛かり始めた。
見方を変えれば人の命がインフレし始めた頃、消耗品だと割り切れなくなった。
兵隊ジョークの定番である『補給申請書類に補充兵と書いてある』が消えた。
こうなると、歩兵に重要視されるのは勝つことから死なない事だ。
戦車のような装甲防御力を持つ撃たれ強い兵士の時代がやって来た。
その装備はとにかく重量が嵩み、やがてパワーアシスト機能が付いた。
この中隊にいる生身達は、全員がそんなパワーアシスト付きの戦闘服だった。
「さて、ここからは聞き逃さないよう注意が必要だ。集中して」
テッドは全員の注意レベルをひとつ上げるように促して切りだした。
先ほど、キャンプアンディの中で聞いた作戦目標についての説明だった。
「我々が斬り込むのはシュバルツバルト森林帯と呼ばれる森の中にある泥火山だ。火山と言っても火を噴くわけでは無く、まわりの地圧によって泥を拭きだしている近くの割れ目だな。だが、ここは火星の地下から大量の水と氷を噴出している」
デッキの壁にパネルを貼り付け、テッドはアリョーシャっぽく説明を続けた。
解りやすく丁寧なもの言いを続け、相手に言い含めるように染みこませるのだ。
「その泥火山の地下には大量に水の氷があるらしい。シュバルツバルト森林帯は黒い森なので太陽の熱を効率よく集めている。その熱で氷を溶かしているが――」
パネルを差し替えたテッドは、身振り手振りを交え始めた。
とにかく情報の齟齬が無いように注意を払わねばならないからだ。
「――氷ごと切り出して各所へ送り込んでいる。火星の大気が熱くなり始めた最大の理由が水と氷だからな。従ってここをシリウス側に抑えられると非常に辛い。ベルトから重金属の多い小惑星を運びこみ星の地下を埋めつつ、水と氷を生産中だ」
大気の厚みや温度が辛い火星だが、本当に辛いのは重力が弱い事だ。
その為、火星の地下にとにかく重金属を運び込む事を優先して続けている。
地球人類は既に数億トンレベルで岩石を火星に持ち込んでいた。
だが、正直言えば重力の差など誤差レベルだ。
「ここを占領しているシリウス軍を排除し、施設を奪回し、水の生産を再開する」
テッドの声に被せるように、ジャンはそう言って全員に作戦の真実を告げた。
生身の兵士達は全員が首肯しつつ、それを理解したらしい。
「現場到着まで残り10分だ。もう一度戦闘装備をチェック。そして、銃をスタンバイしろ。ロックンロールだ!」
ロックンロール。
それはチャンバーの中に弾丸が入っていて、すぐに撃てる状態を指すスラング。
ただ、この第1中隊に関して言えば、その意味は大きく異なってくる。
「これ、マガジンデカイッすね」
ハンスが漏らした一言に、全員がニンマリと笑った。
中隊のうち、ハンスとニオ。そしてモリーとディスが装備する自動小銃。
それは、弾が全て12番ゲージのフルオートショットガンだ。
ドラム状のマガジンにショットシェル45発を収め、毎秒5発を撃つ銃
わずか9秒で全てを撃ち尽くすが、その射程に入った的は完全に木っ端微塵。
ショートバレルなので散界がどうしても大きくなる仕組みだった。
「撃つ方向に気をつけてくれ。味方を撃つなよ? 俺とジャン以外は即死だ」
テッドの軽口にニオが笑って言った。
「大丈夫ッスよ! 撃つときは全部向こうに叩き込みますから」
その言葉に全員が再び笑った。
そして、ショットガンでは無い銃を持つ面々はサブマシンガンを装備している。
11.5ミリの45口径拳銃弾を打ち出すサブマシンガンだ。
「こっちもドラムマガジンなら安心なんですけどね」
ベニーの言った言葉に、同じくサブマシンガンを持つヘルとアイモが言う。
「けどドラマガだと予備が2個だぜ。昔ながらのマガジンなら、10本持てる」
「ドラムマガジンは肝心なところでジャムるからな。おれはバナナが良い」
ジャンチームのサブマシンガン組3人は、全員がバナナマガジンだ。
それに対しテッドチームのサブマシンガンを装備するグランとドンは苦笑する。
「やばいぜ」
「ジャムったら支援してくれ」
このふたりは喜んでドラムマガジンを装備していた。
バナナマガジンは45発だが、ドラムマガジンは200発を収容する。
ただし、最後までスムーズに撃てるかどうかは神様だって解らない。
安定した環境であれば撃ち尽くせるのだろうが、なにせ戦闘なのだ。
手荒に扱うだけで無く、落ちたりぶつけたり、時には敵を殴るだろう。
銃が武器である以上、ひ弱な仕組みでは困るのだ。
「結局、最後はこれなんだよな」
全員の会話を聞いていたグリーが最後にそう言った。
ノルドやドン。キールとトニー。そしてテッドが笑う。
7.62ミリの自動小銃は、信頼性溢れるH&K製だった。
「俺もその銃を散々使ったけど……というか、サザンクロス攻防戦で5丁くらい使い潰したけど、とにかく丈夫だからな。ただ、銃身が熱いときは当たらないんだ」
テッドは遠い目をしてサザンクロス攻防戦を思いだしていた。
大口径自動小銃だけあって、敵を止めると言う目的では十分な威力だった。
「けど、中尉ならもっとデカい銃を扱えますよね?」
何を期待しているのか、トニーは遠慮無くそんな言葉を吐いた。
それが何を意味しているのか分かるだけに、テッドも笑うしか無い。
「まぁ、何度か使った12.7ミリは、とにかく強力だからな」
50口径のライフル弾は、ヘタをするとコンクリート壁ですら粉砕する。
使う場所によってはオーバーキルになるのだ。
「今回使う場所だ強力過ぎんだよ。ヘタしたら味方まで撃ち抜いちまう」
ジャンが漏らしたその一言に、全員が微妙な表情になった。
有効遮蔽物になりうる要件のレベルがグッと増してしまう大口径弾だ。
迂闊に撃てないんじゃ自分の身が危ない。
「壁越しに撃って2枚目まで抜いちまうとな」
ジャンの言葉にそう応えたテッドは、最後に腰のホルスターから拳銃を抜いた。
弾倉をオープンに出来ないコルトSAAは、一発ずつ弾を込める必要がある。
その弾倉へ6発の弾丸を込め、銃身をサラリと掃除してホルスターに収めた。
皆が持っている拳銃は9ミリの自動拳銃だが、テッドだけは違った。
それを初めて知った面々は、黙って見つめるしか無かったが……
「それ、シングルアクションアーミーですよね?」
アメリカ育ちのグランが静かにそう言った。
テッドは『そうだ』と応え、ガンスピンを行ってホルスターに収めた。
「これ、実は親父の形見でさ。親父はシリウスの田舎で保安官だった」
ニヤリと笑ってそう言ったテッド。
グランは幾度か首肯しつつそれに応えて言った。
「シングルアクションアーミー。別名はピースメイカーですよね」
「あぁ。敵の拳銃より一発多いってね。親父の自慢だった」
拳銃は最後のお守りのようなモノ。
それ故に、歩兵は拳銃を大切にするのだ。
「さて、そろそろパーティーの時間だ。全員準備は良いか!」
ジャンが大声でそう言うと、機内に『サー!』の声が響いた。
海兵隊の初戦と言う事で、全員が気合いを入れている。
「初戦だけど気負わなくて良いさ。確かに初めての戦闘だけど、いつものようにやろう。勝手に死なないように」
テッドの言葉でジャンは自分が舞い上がっている事を知った。
そしてエディのチーム分けの妙に気が付いた。
シリウスの地上戦を経験したテッドが第1中隊にいる意味を理解したのだ。
――――着陸3分前!
――――神のご加護を!
パイロットが機内アナウンスでそう告げた。
それと同時、テッドは全員に『メットをかぶれ!』と指示した。
「メットに戦闘支援情報が出てると思うが、それは俺とジャンが流している。とにかく味方を撃たないように注意しよう。それと、帰って旨いビール飲みたかったら負傷しない事だ。じゃぁ――」
テッドはジャンの背中をポンと叩いて小さな声で『出番だ兄貴』と言った。
「――行こうぜジャン隊長!」
兄貴の意味する所をジャンだってよく解っている。
その脳裏にキャサリンが現れ、ニコリと笑った。
「よし! 戦闘準備! 行くぞ!」
その声と同時、ティルトローター機は着陸し、ハッチがパッと開いた。
ジャンは全員が見える所でベルト給弾されるMG7のボルトを引いた。
カチャリと金属音を立ててチャンバーに初弾が入る。
その状態でセーフティを切り、ジャンはメットのバイザーを降ろした。
「前進!」
その指示と同時、全員が機を飛び出ていく。
連邦軍海兵隊の初出撃は、シュバルツバルト森林帯の小さな広場だった。




