地球連邦軍海兵隊の誕生
~承前
「本当にこれで良いのか?」
リーナーと共に立つエディは、訝しがるようにそう問うた。
ヴァルターの火星帰還から更に半年だったある日の火星基地。
かつてエディの部下だったアンディーの名を冠する基地の中に二人の女が居た。
片方は全身を硬質プラスチックに覆われたガイノイド姿。
そしてもう一人は、やたらに胸の大きなデザインのコンパニオンサイボーグだ。
それらは共に機械化した女性特有の職業に就く為にアジャストされている。
だが、だからと言ってそれは、性産業など夜の仕事を意味するモノでは無い。
例えば秘書であったり、事務仕事などを補助するアシスタント。
或いは、立場ある人間がテロ対策に連れて歩く弾避けのディフェンスドール。
どうしたってその手の需要に使われる機体は無骨な姿をしているケースが多い。
威圧感ある大柄の男性型シークレットサービスでは相手を威圧してしまう。
それ故、女性型のサイボーグやガイノイドを連れて歩く需要があるのだ。
爆弾テロなどに遭遇した時、身を挺して重要人物を護る任務の女たち。
その中味となっている人格が男と言うケースも、実際には多々あるのだが……
「ワタシハ コレデ イイ」
機械音声で喋っているロクサーヌは、驚く程スレンダーな機体だった。
耐久性優先な機体を吟味した結果、彼女は驚く様な機体を使う事になった。
様々なショーにコンパニオンとして使われるガイノイドのボディだ。
この機体は産業展示会などで製品紹介をし続けるコンパニオンが使うモノ。
一日どころか1ヶ月立ちっぱなしでも疲れを知らずに仕事をし続けられる。
また、あり得ないデザインの衣服を纏いショーに出て製品紹介を行なう。
基本的に羞恥心などを一切無視した機体だが、そもそもはAI向け機体だ。
軽くて軽量かつ高耐久性で、しかも使いやすくハングアップしにくい。
また、細身の機体だが大容量電源という矛盾する要素を実現している。
そんな機体をベースに、脳殻容量を稼いでロクサーヌの頭が入っていた。
どうせ故障するんだから、素早く交換できるようにしてある。
産業用ガイノイドは、その辺りの割り切り方が絶妙なのだ。
「民生品活用とは言うが、これはこれで発想の転換だな」
エディが驚くそれは、ロクサーヌの電源対策だった。
そもそもコンパニオンやモデルたちは使う場所が限られている。
故に彼女達が使う機体は、無線充電システムで外部から給電している。
体内に収まっている電源の容量自体も丸1日は充分に動けるレベルだ。
機体の作動限界まで走り続けても電源は持つと太鼓判を推されている。
そんな機体を使っている彼女は、戦闘時に専用のバックパックを背負うのだ。
「この電源、驚く程小さいよね」
「ネツタイサク ガ イラナイ カラネ」
ロクサーヌの足下にあるのは、背中の専用マウントに乗せる電源パックだ。
機体内部に収めるのであれば熱対策など余計な器機を必要とする。
だが、外部に出してしまうのであれば、ラジエーターなど熱交換器で済む。
何も常時持っている必要は無い。必要ないときには取り外しておけば良い。
そんな結論に達したが故の機体だが、そのアイデアはルーシーの閃きだった。
ランドセル状のバックパックには大容量燃料電池が入っている。
燃料補給を行なって発電し、戦闘用装甲服の電源で補助する。
内部電源を最低限化する発想は、文字通りコロンブスの卵だった。
「……まぁ、上手くやったと褒めてやらないとな」
「ソウナノ?」
「あぁ。昔から言う様に、褒めてやらねば人は育たない」
腕を組んで満足そうにロクサーヌを見るエディ。
全身がほぼ黒に見える濃紺の外装な彼女は、文字通りガイノイド姿だ。
その状態で首辺りから上は普通のサイボーグと同じ頭部ユニットを乗せている。
ただし、その頭部ユニットはヘルメットと一体化したデザインだ。
顔が全て見えるわけでは無く、鼻の下辺りから顎が見えるだけ。
後頭部の隙間からは真亜色の髪がこぼれていて、それを無造作に束ねている。
ヘルメットを取れば素顔が現れるのだろうが、ロクサーヌは常にこの姿だ。
「けど、もう少し手入れした方が良いよ」
そのロクサーヌの髪を櫛で梳いて小さな飾り付きのゴムで留めたミシュ。
彼女は連邦軍女性事務官の衣装でロクサーヌの隣に立っていた。
「これで良し」
「アリガトウ」
ミシュリーヌは秘書などで使われる民生品の機体を使っていた。
一般的な生活では全く問題無く、作動耐久性はアスリートクラスの機体だ。
サイボーグ/アンドロイドの作動規格は国際規格で7段階に分かれている。
その中でアスリートクラスは上から3番目に強靱な機体になっていた。
もっとも、このレベルの機体ですら戦闘用には不向きとされている。
切羽詰まれば戦闘にも参加するだろうが、常識的には無理だろう。
故にエディは、まずロクサーヌで様々な実験を重ねて行こうと方針を立てた。
その結果をミシュリーヌにフィードバックしていくのだ。
ただ、そのフィードバックには戦闘経験が含まれている。
つまり、記憶の共有化の大義名分を与えたのだった。
「しかし、上手く行くのか?」
怪訝な声音で聞くドッドは、腕を組んで首を捻った。
記憶の共有化なんて作業は誰もやった事が無いことだ。
同じ時間に異なる記憶が共存する事自体、人類は未経験な事なのだが。
「まぁ、その辺りはこれからやって行くしかないよ。ハングアップしても寝て起きれば良いのさ。何とかなる」
ドッドと共に火星へ進出したウェイドは、腰に手を当ててそう言った。
アンドロイド/ガイノイドボディの中で、ウェイドだけが素顔を出していた。
茶色いベレー帽には炎の中で踊るブリキの人形が見えている。
502大隊のペットマークに書き記された文字は、デッドエンドダイバーズだ。
「で、そっちはどうなんだウェイド。使えるのは居たか?」
「えぇ、現段階では7人ほどがオペレーション中です」
「そうか、じゃぁ、Dチームは12人だな」
Dチーム。
いつの間にかそう呼ばれている彼等は、既に死亡している実験中隊だ。
501大隊もそうだが、実際には中隊規模ですらなく小隊か分隊規模だ。
しかし、書類上は501大隊、502大隊であり、その下に唯一の中隊がある。
つまりは、いずこかの大隊長の指揮下に入る事無く、独立した集団だ。
そして、502大隊の502中隊は、501大隊と一体運用される。
書類上とはいえ面倒この上ないが、生者と死者の境を付ける必要があるのだ。
502大隊は死亡宣告された兵士が蘇った存在なのだからやむを得ない。
アンドロイドの身体はサイボーグ以上に高性能なサブコンを搭載している。
そのサブコンがハッキングされ乗っ取られた時、容赦なく破壊措置を取る為だ。
なぜなら、死者に生存権などありはしないのだから。
「ならば来週には最初の連携戦闘を行なう。シュバルツバルト森林の帯氷水鉱山でシリウス系労働者とレプリが蜂起すると言う情報をキャッチした。まず彼らを暴れさせ、然る後にこれを鎮圧し、設備を奪回する」
エディの発した言葉にリーナーがニヤリと笑った。
そして、ドッドもウェイドもコクコクと首肯しつつ満足げだ。
「いよいよですね。少佐」
めったに喋らないリーナーが楽しそうにそう言う。
その出撃は特別な意味を持っていた。
「地球連邦宇宙軍。その海兵隊の初出撃だ……ここまで長かったな」
感慨深そうにそう呟いたエディは、火星の空を見た。
だいぶ薄くなったとはいえ、それでも砂塵を帯びて赤い空だ。
地上施設は未だ完全気密な物が多く、サイボーグには過酷な環境といえる。
だが、逆に言えばこの環境でも満足に戦闘できる事を示さなければならない。
そうする事でしか、自分達の有用性を説明できず、独立集団で居られない。
「まぁ――
エディが何かを言いかけた時、基地の伝令役がやって来た。
――――少佐殿。司令がお呼びです
「あぁ、解った。出頭する」
首肯と共に右手を振り、付いて来いのジェスチャーを浮かべたエディ。
全員がそれに従って基地の中を移動すると、アチコチから視線が飛んできた。
アンドロイド姿の兵士はそれだけで物珍しいが、そこにガイノイドが居るのだ。
誰だって興味を持つし、正体を知りたいと思うもの。
だが、その先頭には少佐が居るのだから、ジロジロ見るのは憚られる。
――――あれ……全部機械だぜ……
ヒソヒソ声で会話しているのが全部聞こえるのはやむを得ない。
生身と比べれば異常な聴力の持ち主ばかりだ。
僅かに振り返ってニヤリと笑ったエディ。
ロクサーヌは楽しそうに笑ってミシュリーヌを見た。
ある意味で裸姿のロクサーヌの方が、よほど堂々としていた。
「あぁ、少佐、ご苦労だ」
基地最上階の大きな部屋へ吸い込まれた一行は、大柄な黒人の出迎えを受けた。
動きの硬さから余り使い込んでいないサイボーグだと誰もが理解した。
「だいぶ良くなりましたね」
「まだまだだよ、少佐たちに比べれば、本当にブリキのオモチャレベルだ」
そう笑うのは、重篤な状態から回復したフレネル・マッケンジー少将だ。
フレディはエディと共に奥の部屋へと移動した。
燦々と光の降り注ぐ明るい室内には大きなテーブルがコの字に配置されていた。
その際奥あたり。
独立したデスクの奥にエディを呼んだ人物がいた。
「なかなか似合いますね」
「そうかい? そう言ってくれると娘に自慢したくもなるよ」
ハハハと軽快に笑いエディへと歩み寄った男。
それは、地球からやって来たチャールズ・ハミルトンだった。
「まぁ、予定通りだが、地球連邦軍の海兵隊司令官を拝命したよ。これまた予定通りに火星駐屯となる。地球では地上軍が対処できるからな」
一方的に要件を話し出すのは将官級の特徴といえる。
ただ、この時エディはハミルトンの変化を見逃さなかった。
「とりあえず、昇進おめでとうございます。大将」
ニヤリと笑ったエディの言葉にチャールズも笑っていた。
そして『こっちへ来い』と手招きし、自分のデスクへと誘った。
「どう言うわけか望まぬ昇進をしてしまってね、これで上がりだと脅されている感覚だよ。従って――」
デスクの上に並べられたのは幾多の新しい階級章だった。
それが意味するところをエディはすぐに知った。
「――ランクアップして面倒ばかり増えるのが自分ひとりなのは些か面白くないからな。全員昇進してもらう。嫌とは言わせんぞ?」
その言葉が終る前に司令官の書斎へ何人もの男達が入ってきた。
ブルとアリョーシャに率いられた501中隊の面々だ。
「さて、まずは君だ。エイダン・マーキュリー少佐。貴官の海兵隊着任及び機械化歩兵連隊の連隊長着任を命ずるが……まさか拒否はせんよな?」
何とも軽い調子で昇進式が始まった。ただ、だれもそれに異論はなかった。
それがチャールズの配慮である事は明確で、全員が仲間だとする儀式だった。
「……やむを得ませんね。ですが、連隊長でも現場に出ますよ?」
「それも当然だ。なんせ海兵隊は臨機応変を持って本分となすからな」
ハハハと二人して笑い、チャールズはエディの襟と肩の階級章を張り替えた。
少佐のまま20年以上を過ごしたエディは、この日やっと中佐へ昇進した。
「次は君らだ。マイケル・スペンサー大尉、アレクセイ・トルストイ大尉。君ら二人は少佐を命ずる。スペンサー少佐には戦術担当を、トルストイ少佐は情報戦略担当を、それぞれ命ずる。ただ……」
僅かに表情を曇らせたチャールズは、困ったような顔になって言った。
「いつまでも姓名で呼ぶのは本意じゃない。ニックネームを付けたいんだが」
チャールズの提案に『ニックネームか……』と呟いたマイク。
その言葉を聞いたジャンは、間髪入れずに提案した。
「んじゃ、ブルで良いんじゃないか? 今だって十分ブルドッグだし」
ブルドッグの言葉に全員が笑った。もちろんマイクもだ。
そして『覚えとけよ?』とジャンを指差して歯を見せていた。
「よろしい。ブル少佐。よろしく頼む。で、トルストイ少佐はどうするか?」
それに応えたのは以外にもエディだった。
自信溢れる笑みで言う言葉に、全員が『以外だな……』と、そんな表情だ。
「アリョーシャにしよう。定番だが言いやすいだろ?」
どうだ?と問うようにアレックスを見たエディ。
そのアレックスは『全く異論ありません』と応えた。
「よろしい。じゃぁアリョーシャ。これからも面倒な仕事を頼む」
アレックスはエディの言葉に笑みを添えた首肯を返す。
それに続き、チャールズは少尉達を全員集めた。
「で、ジャン少尉以下の古株は全員中尉へ昇進だ。ここで新たに加入した訓練中の5人を含め、新人は少尉として任官してもらう。誰か異論はあるか?」
全員にそれを問うたチャールズ。
だが、ヴァルターはロクサーヌを見てから手を上げて言った。
「彼女を含めた502の面々はどうするんですか?」
公的には死亡した事になっているメンバー故に階級があるのはおかしい。
だが、軍隊と言う仕組みは階級で全てが決まるのだ。
「それに付いてだが、フレディと相談した結果、名誉階級と言う扱いを取る事にする。書類の上では兵器扱いになってしまうが、私はそうは考えないし、フレディも同じ意見だ。従って、ウェイド少尉とドッド少尉には順を追って少佐へと昇進してもらうが……」
チャールズはニコリと笑ってロクサーヌを見た。
「ロキシーは名誉少尉としての待遇となる。もちろん将来的には昇進をしてもらうし、実際に少尉としての待遇を得られるように配慮する。なんせ私が言うんだから間違いない。そして、ミシュリーも少尉任官だ。まぁ、徐々に実績を積上げよう」
様々な問題を内包しているが、それでも海兵隊は立ち上げられた。
シリウスとの闘争において、その最前面に立つ攻勢の組織だ。
ロイエンタール将軍の死去以来、色々とやりにくかったエディ。
だが、海兵隊と言う組織はエディに再び翼を与えるのだった。




