表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
334/424

アンドロイドも苛酷な道


 ――――典型的な閉じ込め症候群です……


 義体構造内科の医師が告げたその言葉に、ヴァルターは首肯を返すより他なかった。

 地球へとやって来たヴァルターは、その足でサイバーダイン社を尋ねていた。

 かつてドッドが世話になったと言うラボに来たのだが、どうにも打つ手が無い。


 そんな診断をされたヴァルターは、喰い下がることを選択していた。


「彼女はもう無理なんですか?」


 要するに、聞きたい答えはシンプルなものだ。

 YesかNoかで答えてくれるだけで良いのだ。


 何処までもドライな表現をするならば、要するに諦める理由をくれ……と。

 彼女のことを諦めて、おとなしく火星に帰る理由をくれとヴァルターは願った。


 折しもテレビでは全米をネットするABCニュースが盛んに戦火を伝えている。

 地球の地上でも火星でもシリウスとの激闘が続いていて、戦力が足らないのだ。

 シリウス軍は外太陽系に拠点を築き、そこを足がかりに車掛かりだった。

 後から後からフレッシュな戦力が無尽蔵に投入されていた。


 ――火星に戻りたい……


 そんな焦りが顔に出たのか、ヴァルターには凶相が浮き始めていた。


 ――――状況を掻い摘んで言いますと……


 サイバーダイン社の医師は、現状のロクサーヌを種と表現した。

 中身にはグツグツと強い生命力を持ったまま、固い種になっていると。

 そして、その種が芽を出すには、外部からの手助けがいると。


「もう少し具体的に」


 いつの間にか士官らしい思考回路になっているヴァルターは、要約を覚えた。

 普段の会話でも要点を押さえ、的確な言葉の選択が出来るようになっていた。


 その上で医師がまとめた所見を要約すれば、ロクサーヌの思い込みだそうだ。

 自分は死んだと強く意識したとき、脳に繋がっていたブリッジチップが死んだ。

 いや、正確に言えば、ブリッジチップに繋がっていた脳幹部分が死んだのだ。


 故に、今のロクサーヌを生かすにはサイボーグでは無理だ……と。


 脳と義体を繋ぐインターフェイスには、別の手段がいる。

 実際にはブリッジチップが無くともサイボーグにはなれる。

 サイバーダイン社のメカニックが話に割り込んできたのは、そんな頃だ。


 ――――これはドッド少尉の技術のフィードバックですが……


 医師では無くメカニックがきりだしたのは、ロクサーヌ救済の最終手段だ。

 ドッドが同じ状態になった時、サイバーダイン社は脳自体の改造に踏み切った。

 脳の構造を分解し、各部に生体センサーを貼り付けて脳をパーツ化したのだ。


 脳幹部分の機能が不全なら、小脳と大脳だけを生かせば良い。

 小脳までもが駄目なら、せめて大脳を生かせば良い。


 脳機能にブリッジチップを載せる足し算のオペレーションはもう出来ない。

 ならば引き算のオペレーションしかない。そしてここでは、脳のトリミングだ。

 機能しなくなった部分をそぎ落とし、生きている部分だけ使うのだ。


 失った部分はマイクロマシン技術の応用でシミュレーションさせる。

 その結果、脳の生きている部分が生体部品として生き長らえる。

 サイボーグが搭載するサブコンと脳自体をドッキングさせるのだ。


 ドッドやウェイドなど、502大隊のメンバーがだいたいこれに該当する。

 彼らはある意味で普通のサイボーグよりも高性能な存在であり、役に立つ。

 ただ、一点だけ大問題がそこに横たわっている事を除けばだが。


「それじゃぁ……人間を辞めるようじゃ無いか……」


 絞り出すようにそう言ったヴァルターは、それ以上言葉が無かった。

 レプリカントのテロが相次いだ時、地球ではレプリカントの製造が禁じられた。

 テロリスト達が次に目を付けたのはアンドロイドだった。


 スタンドアロンで動くアンドロイドを使ったテロだ。

 全身に爆発物を巻き付け、人を装って対象に近づき自爆する。

 その結果、レプリと同じようにアンドロイドにも厳しい規制が課せられた。


 『一目でアンドロイドだと分かるようになっていなければならない』


 その国際条約は、レプリ管理法との相乗効果で酷い話に化けていた。

 そもそも、レプリカント自体が医療用の移植ベースとなる代替部品扱いだ。

 それ故、脳機能の停止によるレプリへの乗り換えは、自動的に死亡扱いになる。


 だが、問題はここからだ。


 死亡扱いになった人物はレプリカントになっても戸籍的には蘇れない。

 言い換えるなら、人権を剥奪されレプリとして生きるしかない。

 幸いにしてレプリと違い脳は人の寿命を全う出来る。


 レプリのように8年程度で死なず、定期的に身体を乗り換えれば良い。

 だが、どこまであってもレプリはレプリだ。少なくとも地球ではその扱いだ。

 そして、レプリでは無くサイボーグになる場合も同じ扱いとなった。


 死んでサイボーグになったからには、戸籍が蘇らない。

 また、脳自体が機械化した場合は、完全にアンドロイド扱いになる。


 つまり、ロクサーヌは人としての立場を失いアンドロイドになってしまう。

 一目でアンドロイドと分かるような姿で無ければならない。

 ドッドやウェイドと同じく、ロボットのような姿で無ければならないのだった。











 ――――――――アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンフランシスコ

           西暦2271年 7月 22日 午後












 もし『運命』というものが本当にあるなら、それはきっとこう言う事だ……

 あのサザンクロスの攻防戦を経験した生き残り達は、嫌でもそれを知っている。


 ほんの一歩、いや、半歩に満たない距離の差で人の命が失われる。

 目の前を通り過ぎた弾丸が、隣に居た奴のこめかみに命中して即死する。

 上空からやって来た砲弾の類いが目の前に着弾するも、不発で生き残る。


 ……運が良い


 それは口で言うほど軽い内容では無い。

 生き残るか、それとも死ぬか。その境目は紙一重の差でしか無い。


 激しい銃撃戦の最中に無傷で生き残る者がいる。

 激しい砲爆撃を生き残ったが、戦闘終了後に瓦礫で押し潰される者がいる。


 その差は一体なんなのか?


 ある者はそれを『運』だと言い切り、別の者は『運命』という。

 だが、エディは事ある毎に『運の良い男』だと言っている。

 故にそれは運命では無く運だとヴァルターも考えていた。


 だが……


「どうしたの?」


 穏やかなロクサーヌの声が頭上から降り注ぎ、ヴァルターは顔を上げた。

 アメリカ合衆国。カリフォルニア州、サンフランシスコのベイエリア南部。

 かつてはシリコンバレーと呼ばれたこのエリアの一角にヴァルターは居た。


 サイバーダイン社のラボの一角に居を構え、ヴァルターは生活していた。

 エディの命を受け、新たな機体の開発に乗りだしたチームの支援が任務だ。

 ただ、その内実はロクサーヌの為の機体開発その物だった。


「あぁ…… これを読んでいた」


 ヴァルターはページをスクロールさせていたタブレット端末を見せた。

 そこにはシリウス軍大攻勢の文字と共に炎上するルール工業地帯が写っていた。


「……どこ?」

「ヨーロッパと呼ばれる地域だ」

「ふーん…… 知らない場所」


 そのタブレット端末を真剣に読み始めた横顔を見ながら、ヴァルターは思った。


 ――可愛い……


 と。

 それはまるで、愛らしい小動物が愛嬌を振りまくような姿だ。

 見る者を魅了するような、そんな愛らしさを計算抜きに行う姿。


「……シリウス軍は順調なのね」

「いや、慌ててると言うべきだと思う」

「なんで?」

「火星から支援が来ないからさ」

「……そっか」


 ベルトの外側までを支配下に置いたシリウス軍は、正直やりたい放題だ。

 そんな彼らが次に狙ったのは、火星への浸透だった。


 ただ、火星に展開した連邦軍との攻防は長期化し、今は星の配置が悪いのだ。

 火星から見た地球は火星を置き去りにして太陽の裏へ行ってしまった。

 しかし、その地球は太陽とシリウスの中間にある。


 つまり、火星に派遣されたシリウス軍は完全に孤立しているのだ。

 その関係で地球の地上にいるシリウス軍は自活を求められていた。

 火星攻略に向け派遣された艦隊は、ことごとく撃破されていたのだから。


「タロン攻防戦の結果だけど、でもやっぱりシリウス軍も辛いだろうね」

「……地球側は?」

「まぁ、こっちも辛いのには変わりないが、地球は公転が早いからね」

「早いとどうなの?」

「最接近した時に効率よく戦力を投入しないと機会を逃す。逆に言えば――」


 ヴァルターは手を伸ばし、抱き寄せることを選択した。

 されるがままに抱き寄せられたロクサーヌは、ヴァルターに抱きついた。


「――シリウス側の戦力投入タイミングが読めるから、護るのには有利だよ」

「そうなんだ……」


 ヴァルターに抱き寄せられ、嬉しそうな顔で身体を預けたのはロクサーヌ。

 火星での訓練から早くも1年半が経過し、彼女は姿を変えていた。


 黒ベースのセパレート型な水着形状のカバー付き胴体。

 ニーハイブーツのようなデザインの両脚。

 肩口から手首までの袖付きな上着状に見える上腕カバー。


 可動部分にはカーボン繊維に覆われていて、放熱バイパスが走っている。

 通常型サイボーグと同じく人工筋肉の貼られた顔と長い髪。


 だが、そんなデザインの彼女はどう見たって機械に見えた。

 各所に着いたパーツのパーティングラインが目立つのだ。


 ――他人には見られたくないよな……


 サイバーダイン社のラボで目を覚ました時、彼女は酷く混乱した。

 シミュレーター訓練からほぼ1年が経過した頃だった。

 そこから本格的な機体の構造研究が開始され、程なく初号機が出来上がった。


 今にして思えば、最初に仕上がったその機体は酷いものだった。

 現状の姿とは似ても似つかぬ酷いデブだった。

 必要な器機を効率よく収める事が出来なかったのだ。


 ドッドとウェイドが協力し、高密度実装の艤装シミュレーションを繰り返した。

 その結果、ロクサーヌは生身の頃のスレンダーでしなやかな姿を取り戻した。


 しかし、アンドロイド管理法の制約は絶対だ。

 ロクサーヌは法が求める『一目でアンドロイドと分かる姿』を要求された。

 そして、そのガイドラインにはこうある。


 ――――いかなる機体形状であっても一目で認識出来ること

 ――――それが出来ない場合には、衣服を纏うことを禁ずる


 つまり、ロクサーヌは裸でいることを求められた。

 アンドロイドが人に化けることを禁じられているのだから、やむを得ない。


 だが、アンドロイドなのは姿だけ。その中身は人間だ。

 衣服をまとえないと言う事は、ヌードの姿で羞恥心に悶える事になる。

 故に最初、彼女はこの家から一歩も出ない日々が続いていたのだ。


「火星がヤバそうだな……」


 ロクサーヌと一緒にタブレットを見つめていたヴァルターは、そうぼやいた。

 出来るものなら今すぐにでも助けに行きたいのだが……


「じゃぁ行こうよ。私も役に立つから」


 最初は無意識に身体を隠していたロクサーヌも、今はだいぶ慣れたようだ。

 機体の開発が進む中、彼女の身体は随分と変化していた。

 それこそ最初は、まるでマネキン人形のような姿だったのだ。


「けど、電源ケーブルが無いぞ?」

「……あ」


 そう。今のロクサーヌは背中の背骨にそって幾つも受電ポートがあった。

 消費電力が大きすぎて、内臓電源だけではまかなえないのだ。


 それ故、彼女は何処に行くにもコンセントを必要とした。

 内臓電源での稼働時間は最長で2時間程度しかない。

 その結果、今は別の理由で引きこもりだった。


「もうちょっと電源容量増やしてからな」

「でも……」

「平気だって。エディは誰よりも運が良いんだから」


 今現在の研究では、ロクサーヌの為の小型反応炉が課題になっていた。

 スタンドアローンで最低でも72時間は動きたい。

 それを言ったヴァルターに、サイバーダイン社のエンジニアは苦笑いだった。


「こっちに行く? レエレ工業地帯」

「いや、読み方が違う。ルール重工業地帯だ」

「ふーん…… で、行くの?」

「命令さえあればね」


 敢えて『命令』という部分に重きを置いたヴァルター。

 ロクサーヌはそんなヴァルターに抱きついたままだった。


「それより、頭痛はどうだ?」

「今日は大丈夫だよ。だいぶ落ち着いた」


 脳の構造自体をばらしてしまったのだ。

 本来、脳は直接的に痛みを感じることが無い。

 だが、ロクサーヌは酷い頭痛を何度も訴えていた。


「そしたら、まずは地球の事を片付けないとな」

「……そうだね」


 シリウス軍はルールとドレスデンの両工業地帯を占領した。

 支援が無くなる以上、自前で何とかするしか無い。

 彼らの狙いは北海油田の生産拠点だ。油が無ければ戦争は出来ない。


 武器も兵器も生産には必要な事だった。


「シリウス軍はヨーロッパを席巻する腹だな」

「……真面目だよね」

「だよな」

「違うよ。あなたよ」


 ウフフと笑ったロクサーヌは、優しい眼差しでヴァルターを見ていた。

 ただ、その瞳は完全にガラス玉の光沢だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ