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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
331/424

ロクサーヌの試練<前編>

~承前






「さて、時間は有効に使おう」


 ワスプへと帰還した降下艇は、その足でアグネスへと向かった。

 その時、降下艇にデカい機材を積み込んだのだが……


「……シミュレーターですか?」


 身体中のアチコチをボロボロにしたウッディがそう言う。

 かつて幾度も訓練を重ねた戦闘シミュレーターが鎮座していた。


「どうせ身体の修理中は脳が暇になる。だからそこで訓練する。どうだ?」


 解りやすいだろ?と言わんばかりのエディ。

 だが、テッドはその実を解っていた。


 ――ロクサーヌだ……


 彼女の身体がどれ位で壊れるのかのデータは取れた。

 つまり、彼女自身がそれと上手く付き合う為の訓練だ。


 幾らサイボーグとは言え、その機体は壊れないわけじゃ無い。

 時には機械的な故障をするし、稼働不能な事態になることもある。

 サイボーグの機体に関して言えば、全員が徹底した訓練を積み重ねていた。


 もちろんロクサーヌだって、その機械の身体になった時点で学んでいる。

 だが、それで戦闘出来るかと言えば、全く次元の異なる問題だ。


「飽きることは無いだろうさ」


 フフフと不敵に笑ったエディ。

 だが、サイボーグの支援を行うアグネスに到着した時、テッドは知った。

 身体のオーバーホールが始まると同時にシミュレーター訓練を始める作戦だ。


 シミュレーターマシンは率直に言ってただ者じゃ無い。

 脳殻を直に接続する超感覚没入型と呼ばれる完全な環境再現型の機材だ。

 機体の主電源を落とすと、全感覚遮断(オールブラックアウト)が起きる。

 その状態でシミュレーターに接続されたテッドは、新しい世界にいた。


 量子コンピューターをクラスター化して平行起動させる仕組み。

 結果として、そこにダイブする者は何処までもリアルな世界を感じる事になる。

 それこそ『現実(リアル)』を造り出す程のものだった。


「全員集合!」


 マイクの声が聞こえ、テッドは振り返って走り出す。

 何処までも続く草原のど真ん中にいて、チームのメンバーが揃っていた。

 揃いの戦闘服に身を包んだ士官達だ。


「なにここ! すごい!」


 目を輝かせるロクサーヌだが、全員それを薄笑いで眺めていた。

 彼女はこれからエディ・マーキュリーという人間の真実を知る事になる。


「ロクサーヌの訓練をかねてもう一度始めからやり直しだ」


 マイクは何処か上機嫌でそれを宣言した。最初に始めたのは空挺降下の練習だ。

 本来なら訓練塔を使った基礎から始めるが、シミュ訓練はいきなり降下する。

 要するに、気合と度胸と根性をショック療法で叩き込むのだが……


「凄い! 高い! 綺麗!」


 いきなり降下艇に乗り込んだロクサーヌは、そんな言葉を連呼した。

 そして、ヴァルターとテッドの支援を受けて、見よう見まねでパラを背負う。


「さて、まずは飛んでみるか……」


 細かい話は何もせず、エディはいきなりロクサーヌを上空で突き落とした。

 そのすぐ脇にはヴァルターとテッドが居て、チーム全員がサポートに付いた。


「両手両脚を広げろ! 身体に風を受けて減速だ!」

「こうだね旦那!」


 ヴァルターと同じ姿勢で降下する彼女は下手な男より度胸がある。

 気合と根性ならベッドの上で磨いてきたのだろうとヴァルターは思った。

 そして、テッドはニヤリと笑って思い出す。


 土壇場になった時の強さは女の方が余程あるものだ。

 飛ぶしか無いとなったとき、二つ返事で勢いよく飛び出せるのは女だ。


「予備減速はこっち!」


 パラの引き紐など使い方を空中で教えられたロクサーヌは、鳥のように舞った。

 ただ、一発で全てが飲み込めるほど優しいことじゃない。


 最初のジャンプでは間違えていきなりメインパラを広げ、仲間とはぐれた。

 2回目のジャンプではキチンとパラを背負えて無くて、空中でパラから外れた。

 3回目ではパラシュートが開かずのろしで終わり、その対処を学んだ。

 4回目の時は上手くパラが開いたものの、着地をマズッて両脚を破壊した。


 それらの失敗を繰り返す都度に降下艇の中からやり直しとなり、実践で学ぶ。

 失敗したばかりで何が悪かったのかをしり、改善策を授けられてもう一度だ。

 これをやると人間はとにかく上達する。そして……


「ロクサーヌ! もう5回目だからそろそろ上手く降りろ!」


 エディの無茶振りは相変わらずだとテッドは思う。

 だが、そんな指示に『イエッサー』を返したロクサーヌは、そのまま着地した。

 全員が驚く中、エディは拍手しながら着地し、彼女を讃えた。


「よしよし。上出来だ。さぁ、次だな」


 普通はここでワンクッション置くのだが、それをしないのがエディの真骨頂だ。

 6回目の降下では、初めて戦闘装備を背負っての降下だった。

 効果速度は前回とは段違いに速く、おまけに重量があるので着地も難しい。


 この時は両脚と背骨を破壊し、激痛に叫び続けた。

 7回目の時は着地の衝撃でアチコチを破壊し、その痛みで意識を失った。


「しっかり引き紐を引いて減速させろ。サイボーグの力なら楽勝だ。人間だった頃なんて忘れてしまえ。ここに居る全員がマシーンだからな!」


 マイクがマンツーマンで指導に付き、ロクサーヌは力一杯に減速した。

 並の女性では出来ない動きで引き紐を引いた彼女は、空中でグッと減速した。

 ただ、それでも数回の失敗を繰り返し、12回目でやっと無事な着陸が出来た。


「うん、上出来だな。じゃ、次にいこう」


 またかよ……


 そんな表情を浮かべたロクサーヌだが、エディは一切考慮していない。

 最初にやったのは火器取り扱い習熟訓練のやり直しだ。


 サイボーグになって目覚めた後、兵士としての教育を徹底されたロクサーヌ。

 だが、その射撃の技術が降下中に生きるかと言えば、全く別の話だった。


「降下中だって射撃出来ないと駄目なんだよ。だからまずそれをやろう」


 ロクサーヌを含めた全員の視界がパッと切り替わり、再び全員降下艇の中だ。

 上手く降下出来たときの装備で降下艇を飛び出し、空中で銃を構えた。


「地上に的を並べてある。それら全てに命中させろ」


 この時ロクサーヌは一人で飛んでいた。

 サポートに付いていたヴァルター達は自分の課題に掛かったのだ。


 ――すべて一人でやれって事ね


 ロクサーヌは悟った。もう一人前にならないと駄目なのだと。

 そして、与えられた課題を全てこなせて当たり前にならなきゃ駄目なのだと。


 同じ機械なのだから、男女の性差など考慮してくれないのだと改めて認識する。

 何より、そうで無ければ自分の居場所が無いのだと気が付いた。

 つまりは、自分自身の生存闘争をやらねばならないのだが……


 ――見えた!


 高度5000程度から地上を目指し、的に当たるよう射撃しながら着地する。

 言葉で言えば簡単だが、その中身は本当に厳しいものがあった。


 ――当たらない!


 地上までの距離が有りすぎると的に当たらないのだ。

 近くなりすぎれば、今度はパラの制御に掛かりきりになるから射撃出来ない。

 つまり、敵を倒せないと言う事なのだが……


 ――――おめー やっぱ使えねぇな……


 ロクサーヌの脳裏にふとヴァルターが現れた。

 そんな言葉だけは聞きたくないと、本気で思う言葉だ。

 中身のどうこうでは無く『ヤバイ!』と思うワンシーン。


 ――もっと上手くやらなきゃ!


 そんな事を思ったロクサーヌだが……


「もっと降りてから撃って! まだ早いよ!」


 ロニーが珍しく素直な言葉でそう言った。

 咄嗟に『うん!』と叫んで高度をもう一度見た。

 地上まで1000メートルを切っていて、ここから先は度胸一発だ。


 言葉では説明出来ないタイミングでパラを広げる。

 ガクッと速度が落ちたとき、ロクサーヌは射撃を始めた。

 高度が500辺りになった時、面白いように的に当たり始めた。


 ――そうか……


 この間合いを見失わないように……と、そう思ったロクサーヌ。

 だが、その周囲ではヴァルター達がガンガンと的を撃ち続けていた。

 そして、そんな間合いでもパラを制御し、狙ったところへ着地する。


 ――凄いなぁ……


 自分自身の訓練というのも忘れてロクサーヌはそれに見とれた。

 直後、地上まで距離が無いことを思いだし、必死でパラを制御する。

 なんとかそれなりに着地したとき、的の周囲が大きくえぐれていた。


「外しすぎだな」


 余り声を聞いたことの無いリーナーにそれを言われ、ロクサーヌは小さくなる。

 だが、そんな彼女を見ていたエディはニヤリと笑いながら言った。


「じゃぁ、次はもっと上手くやろう。今度は動く的に対し撃つことにする」


 ――え?


 驚きの余りに言葉を失ったロクサーヌ。

 しかし、そんな彼女の混乱を余所に、再び視界がパッと切り替わった。


「……もう上空だ」

「そろそろ疲れてきたか?」


 ロクサーヌの素直な言葉にエディが質問を返す。

 その問いの返答をどうしたものかと彼女は思案するのだが……


「身体は全然疲れてないんですけど……」

「機械だからな」

「えぇ……」


 精神的にはしんどくなってきた。ロクサーヌは正直にそう言いたかった。

 そんな弱音を許してくれそうに無い雰囲気で、言い出せないのも承知の上だ。

 もちろん、その弱音を聞いてはくれないと言う事も。


「さて、次は動く的になる。シチューエーションとしては――」


 エディは目の前に光る板を呼び出した。

 何も無い空間にタブレット端末の画面だけが浮かび上がる。

 それがシミュレーターのコントローラーだと皆がすぐに理解した。


「――そうだな、これが良い。敵陣の中へ空中から殴り込みをかける降下作戦だ」


 エディは端末を操作しながら状況を作っていった。

 ただ、その状況というのは……


「地上で市民に武器を向ける敵陣へ殴り込みを掛ける。まだ激しい銃撃戦をやるほどロクサーヌは慣れてない。従って――」


 宙に浮かぶ端末を叩き状況を作り上げるエディ。

 その表情に凶相が浮かぶのをテッドは見ていた。


「――再びあの……箱庭の世界へ行くか……今度は……もう少し状況を進めよう」


 一体何をしているんだろう?

 ロクサーヌは渋い表情でエディを見ている。

 正直に言えば、少し休憩させろ……とも顔に書いてある。


 だが、他のチームメンバーは全員がニコニコと笑っていた。

 話の中身が見えたのだ。


「よし、状況セッティングは完了した。再び上空5000メートルから飛び出す」


 その言葉を聞きながら、ヴァルターやテッドは一斉に装備の確認を始めた。

 2人の姿を見たディージョもウッディも、もちろんジャン達も確認を始める。


 生身の頃に本当に酷い地上戦を経験した2人。

 その苦い記憶と教訓とが、準備万端の精神を作っていた。


 ――私も!


 ロクサーヌも一斉に装備をチェックする。

 サイボーグ教育後のリハビリはブートキャンプ紛いのものだった。

 軍隊の中で生活していく為のイロハを学んだのだが……


 ――あっ!


 よく見たら、銃のマガジンが1本だけ空だった。

 使った記憶はもちろん無いので、これは隊長の差配だ。

 つまり、戦闘中に弾切れを起こしてパニクる為の罠。


「隊長。こっちのマガジンが弾切れです。補給したいのですが」


 少し固い言葉でロクサーヌは言った。そんな彼女をマイクが笑ってみていた。

 もちろん、アレックスも。そして、チーム全員も。


「隊長って言葉は新鮮だな!」


 ディージョの言葉が楽しそうに弾んでいる。

 なにか拙いことを言ったかな?と不安になったロクサーヌは周りを見た。

 サイボーグ中隊の全員が笑いながらエディを見ていた。


「……言われてみれば隊長なんて呼ばれた記憶がないな」


 エディ自身がそう笑った言葉。

 あの生身が沢山居た501特務中隊の頃から、エディはエディだった。


「次からエディを隊長って呼ぼうぜ!」


 ヴァルターが提案し、テッドが『そうだな』と返す。

 オーリスは『隊長じゃなくてボスが良いだろ』と提案した。


「面倒だからやめてくれ。今まで通り『じゃぁ、少佐(メジャー)で』ん?」


 エディの言葉に割って入ったロクサーヌがそれを提案した。

 全員が一斉にロクサーヌを指さし『それだ!』と言った。


「いいな、それ良いよ! メジャー! 格好いい!」


 ステンマルクが楽しそうにそう言うと、全員が一斉に首肯した。


「俺もメジャー目指すっす!」


 ロニーの声が降下艇の中に響き全員が笑い出した。

 その姿を見ていたエディは、困った様に笑うのだった。


夕方、後編を公開します

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