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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
330/425

もう一段上を目指して

~承前






 火星とは赤い惑星でテラフォーミング真っ最中……

 テッドの持っていた予備知識は、実際その程度だった。

 シリウス産まれのシリウス育ちで、太陽系の事は学問でしか知らない。

 地球が人類文明の揺りかごなのは解っているが、それ以上の感慨も無い。

 シリウス人として生まれ育ったテッドは、ここでは異邦人なのだ。


 ただ、この赤い砂漠の惑星は緑豊かな大地へと変貌しつつある。

 夥しい植林作業の果てに、この大地はやがて緑の大地に変わるだろう。

 植林され立ち並ぶ樹木の数と同じだけ、レプリの作業員を食い潰して。


 寿命を迎えた彼らは火星の大地に解けていく定めだ。

 全身に有機物を分解する細菌を塗りつけられ、乾いた大地の中へ埋め込まれる。

 レプリを埋めたそのマウンドには、1本の高札のみが立てられた。


 ――――やがてここに花が咲くだろう

 ――――火星の大地を創造(たがや)したレプリカントを忘れるな


 その下にレプリカントの呼称名が書き加えられ、稼働期間が掲載されていた。

 およそ8年の寿命である彼らだが、その多くは5年程度で死を迎えている。

 それだけ苛酷な大地だったのだと、後の者が思い出す(よすが)を残して。


「どうせならもっと早く変わってて欲しかったッス!」


 悪態を吐くロニーをロクサーヌがクスクスと笑っている。

 レプリカント・ナイジェルと書かれた高札にほど近い岩の上にロニーがいた。

 関節各部へ侵入した細かな砂は、まるでヤスリのようだった。


「動かすと全ての関節がゴリゴリ音を立てやがる……」


 本気で嫌そうな顔をしているステンマルクは、頻りに右膝を気にしていた。

 神が二足歩行能力を与え給うた生物は、その全てが膝に爆弾を抱える宿命だ。

 自重を四足に分散出来る獣ならばともかく、二足の場合は一瞬全体重が乗る。


 そんな状態で関節部に細かな砂が入れば、鏡のような軸受けに傷が入るだろう。

 細かな傷は応力の集中を生み、やがて金属疲労を起こして自壊する。

 有機的な自己再生能力付き素材ならばともかく、金属にそれは出来ない。

 つまり、使う側が気をつけるしか無い事なのだった。


「砂塵環境って本気でしんどいな」


 怪訝な表情になったオーリスは、両脚の全関節を労った。

 可動部分のグリスに溜まった細粒は、分解し清掃しなければ取る事が出来ない。

 動かしながら外へ押し出したとしても、外からは拭き取ることすら出来ない。


 そして、そんな状態でも訓練は続行され、その後は、もはや推して知るべしだ。

 パーツとパーツの境目がまるで線を引いたように見える加工精度の機体。

 隙間が少なければそれだけガタも少なくなり、関節部耐久性の向上に繋がる。

 何より、細々とした埃やゴミが入り込む余地が無くなり、摩耗しなくなる。


 だが、悲しい事に機械は摩耗する。その隙間には埃やゴミが入り込む。

 この赤い砂漠環境では、極々細かい砂粒が軸受けの隙間に入り込むのだ。


「なんかさ、作動部に紙ヤスリ掛けてるみたいだ」


 ウッディはそんな事を漏らしつつ、アレコレ考えながら身体を労った。

 オリンポス山麓の演習場を100キロ以上歩き、バッテリーも消耗していた。

 だが、本当に消耗していたのは、彼らの身体。機体その物だった。


「こうなると、あの装甲服を常時使いたいな」


 オーリスがぼやいた対象は、ロクサーヌ以外の全員が首肯した。

 スラッシュ島へ降下したときに使った、パワードスーツ張りの装甲服だ。


『……だよな』とステンマルクも首肯しながらぼやき返した。

 完全密封する構造の装甲服は、構造的に身体を完全に保護してくれる。

 また、装甲服自体にアクチュエーターを内蔵していて、磨耗を防いでくれる。


 生身の人間が使うには問題の多いパワードスーツそのものの装甲服。

 だが、サイボーグはパワードスーツと一体化出来るのだ。


「地上戦闘の時には常時あれを使えれば良いんだけど、そうも言ってられないんだろうな。実際の話しとして、突発戦闘とかありえるし」


 ジャンの漏らした言葉に皆が怪訝な表情を浮かべる。

 軍人である以上、戦闘はやむをえないのだ。

 そして、雨だろうが雪だろうが砂嵐だろうが、戦うときは戦うもの。


 サザンクロス攻防戦の時を思えば、砂嵐のみで済んでくれるだけありがたい。

 砂の後に雨が降り出したりしたなら、もうそれだけで泣きたくなるだろう。

 雨に濡れ砂塵が内部へ入り込めば、嫌でもオーバーホールだ。


 テッドはふと思いだした。エディは首元にバンダナを入れている事を。

 あのサザンクロス戦の最中は、アレックスもマイクもリーナーもやってた。


「……って言うかさ、シェル戦ばっかやってたから実感沸かなかったけど」


 テッドは怪訝な顔になってヴァルターを見つつ言った。

 何かを思い出した顔のテッドに、ヴァルターはその内実を見て取った。

 そして、ハッと気が付き頷きながら言葉を返した。


「エディ達はこの条件以下でシリウスの地上戦やってたんだよな」


 このふたりはまだ生身の頃に酷い地上戦を経験している。

 それが分かっているからこそ、皆は黙ってその言葉を聞いた。

 得がたい経験をして学んだ筈の2人から、何かを学び取る。

 言葉にせずとも見て習う。見習いの本質がここに有った。


 ――――必要な()()を学び取れ


 その意図に気付いた皆がエディを見た。

 やや離れた所で地図を見つつ、アレコレとブリーフィング中のエディ。

 その隣には地上航海法で頓珍漢な事ばかりしていたディージョが絞られている。


 目印のない地上において、GPSの支援を受けずに目的地まで辿り着く能力。

 それは、何時如何なる時代であっても受け継がれるべき、大切な能力だ。

 帆船から動力付きに変わっても、本当の船乗りを育てるなら帆船から鍛える。

 羅針盤を装備する時代になっても、天測を行い自分の座標を計算で求める。

 便利な道具で最初から覚えると、それを失った時にどうにもならなくなる。


 太古より受け継がれてきた様々な技術は、すなわち積み重ねられた失敗の経験。

 夥しい犠牲を払い、大切な存在を失い、人類が学んできた教訓そのものだ。

 そしていま、サイボーグの機体を使う彼らはソレを学んでいる。

 産業革命以来、機械と上手く付き合う方法を職人達が伝えてきた。

 彼らはその『機械を上手く使う一大原則』を、身を持って学んでいるのだった。


「……なぁヴァルター」


 テッドは腰のポーチからサイボーグの補修キットを取りだした。

 その中から出したのは、チューブ状の容器に入った粘性のある軟膏状グリスだ。


「これさ、背中のバッテリーハッチヒンジに塗ってくれ」

「……あっ!」


 テッドとヴァルターが思い出したシーン。

 それは、サザンクロス攻防戦の最中、立て籠もった時にエディが行った事だ。


 背中と言わず腹部と言わず、人工皮膚に隠された整備ハッチにグリスを塗る。

 そして、実は塗る前に古いグリスを拭き取っていた。

 グリスには細かな砂が付いていて、エディはウンザリ気味な表情だった……


「エディ達はこれをやってたんだよ」

「……なるほどなぁ」


 エディとヴァルターは自分の手が届かない背中辺りを互いにグリスアップした。

 それを見ていた面々が、同じようにグリスアップしていた。

 ロクサーヌの背中はヴァルターが塗り、彼女は何処か嬉しそうだった。


「……なんだ、もう秘密に気付いたか」


 ディージョを絞っていたエディは、全員がやっていた事に目を細めた。

 自分で経験し、自分で考え、自分で対策する。

 その試行錯誤の積み重ねこそが成長の本質だ。


「それをしているとだいぶマシになるが……実はもう一つ対策がある。それも自力で見つけろ。自分自身の身体が壊れる前にな」


 エディは思わせぶりな言葉を吐いてその場を離れた。

 まだ何かあるのか?と怪訝な顔のテッドとヴァルターは、首を捻る。

 しかし、その答えが出る前にマイクが出発を告げた。


「前進するぞ! 今日の夕方までに20キロは最低でも進む!」


 ちょっと洒落にならないペースで進み続けるチームの面々は荷物を背負った。

 途端に身体がギシギシと音を立てる。それは、背骨に相当する部分の悲鳴だ。

 重量のあるものを背負えば、それだけ身体に負担が掛かるもの。


「なんかわっちだけ装備少なくて申し訳無い……」


 ロクサーヌは自分の背負っている背嚢が小さいことを気に掛けた。

 しかし、そのロクサーヌとて、実際には動きが悪い。

 戦闘用サイボーグと違い、民生型ベースの彼女はよりいっそう酷い状態だ。


 そもそも、こんな酷い環境で使うはずの無い機体を使っている。

 全く持って優しくない自然条件の下、あり得ない使い方をしているのだ。


「また砂が入りやがった! ペッ!」


 ジャンが悪態を吐きながら口中洗浄液を出して吐き出した。

 そんな様子を見ながら、テッドはもう一つ学ぶものの正体を思案した。


 ――エディは何を学ばせたいんだ?


 およそ地上戦を行う為の知識と経験は、失敗と後悔の中から学ぶしか無い。

 それが出来ねば、実際には死ぬだけ。行動不能で擱座して死ぬだけだ……


「全員横列二段! 前進!」


 エディの指示が飛び、全員が進み始めた。

 定期的に砂塵の舞い上がる砂嵐がやってくる環境をだ。


 ウンザリ気味の顔をした彼らは、定期的に戦闘服をバサバサと叩いている。

 各部に詰まった埃を払う為だ。だが、テッドは内心で『あっ!』と気が付く。

 ほんの一瞬だが、マイクが不思議な動きをしたのだ。


 瞬間的にそれを見たので視界に映像を再生し、その動きの正体を見つけた。

 マイクは一瞬の間に戦闘服の最も外装に当たる部分へ水を掛けたのだ。

 思えばエディとマイク、そしてアレックスとリーナーだけが水筒を持っている。

 基本的に水分補給の必要が無いサイボーグなのにだ。


 ――もしかして……


 エディは戦闘服の仕立てを思案した。

 背中はワンピースの布だが前側は隠しボタンになったジャケット構造だ。

 その下に着るTシャツ状の肌着は、サイボーグ向けの静電気が起きないタイプ。

 だが、チラリと見えたマイクの下には、普通の布が巻き付けられていた。

 そしてそこに水を掛けていたのだ。


 ――静電気と湿式フィルター!


 よく見ればエディ達はブーツの内側にパンツの裾を入れている。

 そして、布と布を縫い合わせてあるところに水を掛けていた。

 身体の動きに合わせ負圧になる衣服は、その隙間から埃を吸い込む。

 そこに水を掛けて湿らせておき、繊維を膨張させて隙間自体を狭くする。

 更に、その繊維が呼吸する際に水分で埃を絡め取る。


 ――こうすれば……


 ニヤリと笑ったテッドは、補修キットの中から洗浄用精製水を取りだした。

 そして、ヴァルターだけが見える角度で、思い付いた事をやった。

 一瞬だけ目が合ったふたりは、ニヤリと笑ってアイコンタクトする。


 ――――それか!


 テッドの所作を見て取ったヴァルターの顔に喜色が浮かぶ。

 そして、まわりから見えない角度で同じ事をやった。

 途端に埃の侵入量が少なくなり、テッドは戦闘服の上着にも同じ事をした。


 ――なるほど……


 思えばエディはサザンクロス戦の時もその前後も、常に上着を綺麗にしていた。

 それにはこんな意味があったのか……と、驚きつつ感心したのだが……


「あっ!」


 唐突にステンマルクが声を上げ、地面の上に倒れ込んだ。

 その右膝は、僅かに曲がった状態で動かなくなっていた。

 どうやら関節が完全に固着したらしい。


「無理に動かすと完全に関節を破壊するぞ」


 マイクは自力で対処しろと言わんばかりに言った。

 その為の訓練なのだから、必要な事だった。だが……


「おぃ大丈夫か?」


 歩み寄ったオーリスが手を貸そうとしたとき、その背骨辺りから鈍い音がした。

 前屈みになって腰や背中に力が入ったのか、力の掛かった部分が破断した。

 パキンともポキンとも付かない音が響き、そのままオーリスは動けなくなった。


「おいおい、ヤバイんじゃね?」


 ジャンはオーリスとステンマルクを引き起こす。

 しかし、そんなジャンも背筋を伸ばした時に背中から異音を発した。


「そろそろ全員限界か?」


 ニヤリと笑ったマイクがチームの中をグルリと見る。

 オーリスとステンマルク。そしてジャンが行動不能に陥る。

 その3人の応援に出たディージョは、一歩踏み出して動けなくなった。


「やばい…… 俺もだ!」


 エディに絞られ動き回っていたディージョは股関節に来たらしい。

 そして、ウッディとロニーの両肩は、先ほどから動きを悪くした。

 テッドとヴァルターも動きは鈍いが、上着の各所に水濡れの跡があった。


「……気付いてたのかテッド」

「サザンクロス戦の時を思い出したんだけど……」


 良く気付いたな……と、アレックスとマイクは笑っている。

 ただ、当のエディだけは若干不満げな表情だった。


「何故黙っていた?」

「……経験するのが一番じゃないかと思って」


 テッドの率直な回答にエディは幾度か首肯を返した。

 そして、テッドをヴァルターの順番に見てから言った。


「指導教官としてはいい手だが、今回はタイミングを見て言うべきだったな」

「それは……情報の共有ですか?」


 テッドでは無くヴァルターがそう応え、エディは満足そうに首肯した。


「そうだ。学んだことをチームの中で上手く拡散させていくのも将来的に必要になるだろうからな。次はもっと上手くやれ。もう一段、上を目指して成長しろ」


 ふたり揃って『はい』と返事したテッドのヴァルター。

 その光景を眺めていたロクサーヌは、このチームの素晴らしさを知った。

 何より、そんなチームから誘われたことに心から感謝したのだ。だが……


「さて……」


 エディが動き出そうとしたとき、ロクサーヌも僅かに動いた。

 その直後、バキンポキンと賑やかな音が響き、ロクサーヌが擱座した。

 身体中アチコチの関節を破壊し、行動不能になった。


「やはり無理があるかなぁ……」


 あくまで民生品のボディなのだ。どれ程スタイルが良くても意味がない。

 必要なのは耐久性と稼働持続時間であり、それ以外はついでだ。

 やむを得ず迎えを呼んだエディだが、ワスプへと戻る道すがら思案し続けた。

 ロクサーヌをなんとか形にしたいのだが、その手段が思い描けないのだった。

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