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黒い炎  作者: 陸奥守
第三章 抵抗の為に
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宇宙での激闘

 誘導ビームに導かれて着艦した大気圏外の空母は、艦の全長が400メートルを軽く超える巨艦だった。

 誘導指令の指示に会わせ進路を取り、ターゲットに導かれ自動着艦のスイッチを入れたジョニー。バンデットは搭載されたAIにより自動で着艦を決めた。


「全員その場で聞け。これから大気圏外戦闘用のエンジンに転換し、武装を整えて再出撃する。目標はキーリウス上空に展開する連邦宇宙軍の対地攻撃艦だ」


 エディの言葉を聞きながらジョニーはナビゲーションモニターの縮尺を変えて場所を把握していた。サザンクロス付近の上空を航行する空母から見れば、キーリウスは遙か彼方と言って良い距離だ。だが、大気圏外飛行用エンジンを積んだバンデットは恐ろしい能力を発揮する。ならばきっと指呼の間だとジョニーは思った。


「なぁジョニー」


 モニターに気を取られていたジョニーはヴァルターの声で顔を上げた。ジョニー機の隣で装備換装を受けていたヴァルターは、やや青い顔をしながら小刻みに震えていた。


「どうしたんだよ」

「俺たち…… 宇宙に居るんだぜ」

「だから?」

「だからじゃねーよ!」


 不思議そうに首を傾げたジョニー。ヴァルターは興奮冷めやらぬ表情になっている。ヘルメットを脱いでいたヴァルターはキャノピーの外を指さして、心底楽しそうな顔で見ていた。


「見ろよ! すぐそこに星があるみてぇだ!」

「そりゃ宇宙だからな」

「醒めてる奴だな! そうじゃねぇって。ニューホライズンの地べたで見上げていた星空の真ん中に俺たち居るんだぜ!」


 この自転でジョニーもヴァルターの言いたい事をようやく理解した。


「どれ程見上げても手の届かなかったところに居るんだよ!」

「言われてみればそうだな!」

「俺たち、遂にここまで来たんだぜ!」

「志願した時は300人くらい居たんだけど…… あんなに居たんだけど」

「そうなんだよ!」


 新鮮な感動に震えているヴァルターは少し感極まって涙を流していた。そんな姿を見ているジョニーも改めて感動を覚えていた。いつもいつも虐げられていた貧しい農民の自分がキラキラ光る戦闘機に乗って宇宙に居る。その事実に少なからぬ衝撃を受けている。


「ふたりとも感動するのは良いがちゃんと地上へ帰れよ」


 エディの言葉が聞こえてきて我に返ったジョニー。コックピットのモニターにはエンジンの機種が変わった事を示す表示が浮かび、その制御コードをロードしながらセッティングファイルを読み込ませた。


「よし。全員終わったな。早速だが行くぞ。休憩している暇は無い」


 空母のメンテナンスデッキを移動した501中隊のバンデット。ジョニーは電磁カタパルトにフックし撃ち出される時を待った。同時に発艦出来る6機が先に撃ち出され、ジョニーやヴァルターの番が回ってきた。


「50115 発艦準備良いか?」

「発艦準備良し!」

「Ready!」


 一瞬眩い光を見たジョニーは背中をコックピットシートに押し付けられる程の急加速で宇宙へと叩き出された。同時に背後からとんでもない音と振動がやって来て、堅いシートバックに背中が押し付けられるほどの加速度を感じた。


 ――ブースターユニットだ!


 座学で学んだ大気圏外戦闘用のブースターユニットだと気が付いたジョニー。バンデットはグングンと加速していき、第二宇宙速度に達したところで爆発するような音を立てブースターが切り離された。


「全機集合!」


 エディの言葉に導かれジョニーは先発グループの中へと入っていく。


「これから向かう先ではシリウスの例のロボとやり合う事に成る。例のロボの大気圏外バージョンだ。機動性については余り心配ない。我々の方が余程高機動型を与えられている。ただし、火力が今までとは全然違うだろう。そして、宇宙の場合は絶対距離感が狂ってしまう。大気の揺らぎが無いからな」


 トクトクと説明を続けるエディの声を聞きながら、ジョニーは戦闘支援モニターに今まで無かった物が浮かび上がっているのを見つけた。『開花線』と名付けられたその表示はまるでハイビスカスの花の様に一点から広がっている。

 その表示が何を意味するのか必死で思い出していたジョニーだが、立ったまま半分くらい寝ていた座学の時間に聞いた言葉を思い出した。


 ――これが機動限界だ。これをはみ出すと機体が崩壊する


 一瞬背筋にゾクリとした悪寒が走り操縦桿(スティック)を握っていた手を解いて、もう一度柔らかに握りなおした。宇宙空間で機体が崩壊すれば死一直線だ。どう頑張ったって大気圏に落ちていくか真空中を永遠に彷徨うことになるだけ。


「注意するべき点は一つだけだ。バカ正直に真っ直ぐ突っ込むな。いいな」


 11名の部下から帰ってきた返事を確かめ、エディはメインエンジンのスタンバイを命じた。その声を聞いたジョニーはコックピットの中にある膨大なスイッチの中から正確にメインエンジンのコントロールダイヤルを見つけ出し、まるで外科医が腫瘍を摘出するような丁寧さでダイヤルを回した。

 コックピットの中に伝わるメインエンジンの轟音が一際大きくなり、まるで力をため込む猛獣のようにグルグルと轟く音を上げはじめた。


「全機戦闘加速用意! 5! 4! 3! ……」


 タイミングを合わせないと編隊から置いて行かれてしまう。点では無く面で戦う空中機動戦の場合は、その穴が命取りになる。エディ機と無線リンクされているジョニー機のメインエンジンが一際大きな咆哮を上げた瞬間、ジョニーの意識は身体を抜け、光も音も無い世界へと取り残されたような気がした。


「2! 1! IGNITION(点火)!」


 今までとは次元の違う強烈な加速度がジョニーを襲った。世界の全てが真っ暗になり音が消えた。ただ、背中に伝わるシートバックの無骨なフレーム形状と不愉快極まりないメインエンジンの小刻みな振動だけが背骨に伝わってきた。


 ――ウソ……だろ……


 吸い込んでいた息の全てを強制的に吐き出され、胸骨ごと押しつぶされるような錯覚に襲われる。ほんの数秒間の強烈な加速を経たあと、コックピットの速度計には毎秒18キロの表示が出ていた。瞬間的に経験した加速度は13Gに達したようで、小さなモニターには加速成功の文字と共におめでとうという小さな祝福が浮かび上がっていた。


「すげぇ」


 ボソリと漏らしたジョニーの双眸に瞬く星空が戻ってきた。だが、その世界はいままでと大して変わらない。全ての目標物はゆっくりと動いていて、自分が一瞬の間に20キロも進んでいるという実感は、無い。


「ジョニー、ヴァルターもだ。落ち着いて聞け。いま、バンデットは毎秒20キロ近い速度で進んでいる。何かにぶつかれば即死以外の何物でもない。人間の反応速度では障害物の回避など到底不可能だ。機体のAIが自動回避するだろうから操縦への介入を示すランプが点いた時はAIに操縦を預けろ」


 エディの声を聞きながら、ジョニーはコックピット内のマルチモニターを見つめてた。戦闘支援情報の表示されたそのモニターには『敵機の存在する可能性が高い領域』が雲のような表示となって示されていた。

 まだ距離が有りすぎ、バンデットの戦闘支援コンピューターはレーダーのエコーをどれ程分析しても、明確に『敵機とそれ以外の塊』を識別出来ないで居る。つまり、接近してやり合ってみるまでは、それはシリウス側の兵器なのか、それとも単なる岩の塊なのかを認識出来ないのだった。


「現在キーリウスの上空には宇宙軍の戦列艦が結集している。シリウスがそこに攻撃を加えるようだ。我々はその戦列艦の防空を担当する。艦砲射撃の邪魔にならないようにな。酷い戦闘になるだろうが、それぞれ頑張ってくれ」


 背中に聞こえるバンデットのエンジンはカラカラと乾いた振動を伝えてきていて、再点火する為の種火だけが灯っているアイドル状態だと思った。ニューホライズンの重力に牽かれ落下しない程度に遠心力を得たまま進んでいく各機。

 キャノピー越しにふと見上げたニューホライズンの大地は、各所がまだまだ斧の入っていない原生林の植生を見せていた。そして、その大陸が切れるところは真っ青な海が広がっている。


「ニューホライズンって綺麗だな」

「ホントだよ。綺麗な星だ」


 ジョニーとヴァルターはどこかうっとりとニューホライズンを見ている。森の中に転々と存在する都市には幾つもの線が繋がっていて、森を横切ったり海を渡ったりしながら別の都市と繋がっていた。


「アレなんだ?」


 ヴァルターが地上に何かを見つけた。リョーガー大陸を抜け海を越えた後、それほど大きくない扇型の大陸上空へと差し掛かったときだ。大河が海へ注ぐ辺りに広大な砂漠にも似た荒地が広がっている。

 その荒地には崩れたビルのような岩が幾つも並んでいて、大河の中洲に出来た都市を思わせる形だった。


「あれはインカルウシ遺跡だ」

「遺跡?」


 説明したエディの言葉にヴァルターが反応した。


「考古学者の話では推定20億年程度前に栄えていたらしい文明の痕跡だ。相当巨大な国家を形成していたらしく、この大陸全体に文明の痕跡が残っているのさ。ここは戦争協定により地球側もシリウス側も一切手出ししない事になっている。この文明を築いた先住民族に敬意を示す為にな」

「だけど、俺は学校じゃニューホライズンは若い星だって習いましたが」


 ヴァルターは新鮮な疑問を口にした。


「最初期にこの星へ降り立った者たちの調査ではそう言う報告が上げられたんだ。だが、いよいよ深く調査していくと、この惑星の旧先史文明と呼ばれる先住文明は一度完全に滅んだらしい事がわかってきた。地層調査によると20億年以上前にすでに文明があり、その文明は大体3万から4万年程度の期間を経て高度な社会を築いた事がわかってきた。だが、ある時一斉に人々の生活の痕跡が消えている。その時代には一気にCO2や窒素酸化物が増えている。つまり……」


 淡々と歴史の授業をしているエディの声が楽しそうだとジョニーは思った。そしてそれ以上に上手く表現できない感情が心を埋めていた。眼下に広がる広大な草原を馬で駆けているシーンを創造し、ジョニーは胸が熱くなった。

 何頭もの馬を並べ、笑いながら草原を駆けて行く501中隊の面々。先頭にはエディが漆黒の馬に乗っていて、カゥボーイハットを被ったまま走っていた。その後ろにはアレックスとマイクの両大尉が続いていて、その後ろにジョニーがいた。


「おぃジョニー。聞いてるか?」


 エディの声で我に返ったジョニーは『もちろんです!』と大きな声で答えた。


「まぁいい。で、この大陸にいた先史文明の人類は滅んだか別の星へと旅立ったんだろう。手段はわからないがな。それからおよそ20億年掛けてこの星の自然環境は再生した。我々がいま見ているこの惑星の生態系は旧先史文明の時代から僅かに残った生物が独自に進化を遂げて再生した姿だ」


 まるで学校の授業の様に話をするエディ。ろくな教育を受けていないジョニーとヴァルターは、目を輝かせてエディの『授業』を聞いていた。


「さて、お勉強タイムは終了だ。ここからは仕事の時間になる。一気にカタをつけるぞ! いいな!」


 ヘッドマウントディスプレイ越しに見ているジョニーの視界へ敵機情報が浮かび上がった。エンジンスロットルを目一杯前方へと倒し込むと、ジョニーの機体のエンジンが再び猛獣のような絶叫を上げ始めた。

 まだ連邦軍の宇宙艦艇までは距離があるものの、そこへ向かって進軍するシリウスロボには追いついていた。速度はバンデットのほうが圧倒的に速い。ジョニーはふと思う。この場合、速力こそが最大の武器だと。


「全機! かかれ!」


 エディのGOサインが出た瞬間、ジョニーは猛然と突っ込んでいった。大きな螺旋を描く機動のシリウス機を目で追いながら、オートホーミングのミサイルを発射する。だが、その直後にエディの怒声が飛び、瞬間的にジョニーは首を竦めた。


「ジョニー! 話を聞いてないのか!」

「いや、でも!」

「バカ正直に真っ直ぐ突っ込むなと言ったはずだ!」


 叱られた内容を確かめたジョニーはすぐさま大きな螺旋機動を取った。スラスターの噴射で減衰する推力をメインエンジンで補いながらの複雑な機動だ。酷いECM環境下なのでホーミングミサイルは電波ではなく熱赤外線を追跡している。

 太陽や惑星の放射する赤外線に釣られる事無く飛んでいったミサイルがいくつかのシリウスロボに命中しロボが爆散するのを見たジョニー。だが、同時に息も呑んでいた。


 ――でけぇ!


 艦艇を攻撃する為にやって来たシリウスロボは地上で見る姿と比べ縦横ともに2倍以上のサイズに膨らんでいた。外部に伸びるスラスターアームを持ち、その手には無反動砲や大口径の火砲を装備している。

 バンデットをワシや鷹とすればロボのサイズは象やサイを思わせるものだ。ただ、そのサイズゆえにジョニーはほくそえむ事を止められない。対抗発砲される火砲の火線を掻い潜り接近しつつ、会敵距離1000メートル程度の至近距離で荷電粒子砲を打ち込んでやる。

 大気圏外では荷電粒子の塊が大気に拡散していく速度が遅い関係で、出力を半分に絞っても大気圏内で使うより余程高威力だ。アレだけてこずったロボの装甲をいとも容易く貫通し、ロボは一気に大爆発を起こした。


「機体中央にリアクターがあるらしいな」


 いくつか攻撃したアレックスは早速ロボの弱点を見抜いたらしい。大きく重いシリウスロボの動きは鈍重で、その間を飛び交う501中隊のバンデットは飛燕の如き軽快さだ。火力ではなく速度が武器の全域戦闘機だが、敵を確実に倒す鋭い爪と牙はちゃんと持っている。


「間違っても取りこぼすんじゃないぞ!」


 快活に笑うエディの声を聞いたジョニーは爆発するシリウスロボの影を回って目星をつけた敵に接近した。速度計は相変わらず毎秒18キロ前後を維持している。その速度で背後に急接近すると、シリウスロボの対処能力を軽く超えるようだ。


 ――よし! 3機目!


 兵装セレクターのスイッチを弄り出力を絞ったジョニーの荷電粒子砲は、小口径化した事により更に貫通力を上げ、シリウスロボの弱点を正確に打ち抜く。間髪いれずに爆散したシリウスロボのコックピットからパイロットが投げ出されたらしく、完全真空中でバタバタと両手両脚を動かしているのだが、やがてその手足が止まり、ニューホライズンへと落下していった。


 ――あぁはなりたくないな……


 一瞬だけ心中で哀れみを覚えたのだが、その目の前には戦闘支援モニターがあって、戦域情報をリアルタイムに表示していた。戦列艦までの距離は1000キロを切っていて、10分も飛べば宇宙艦隊の領域へ到達するところまで来ていた。


「そら、もう少しだ!」


 マイク大尉の声に励まされジョニーは機首スラスターを使って直角ターンを決めつつ半ばスピンモードに陥っている気体を使って広角に荷電粒子砲を連続発砲する離れ業を決めた。

 咄嗟の思いつきでやった事だが、3秒で5機を破壊するスゴ技に、中隊の無線から祝福の声が沸きあがる。


「やるな! ジョニー!」

「今のは良い技だぞ小僧!」

「俺も真似しよう!」


 エヘヘとほくそえんだジョニーはエンジンのスロットルスティックを蹴り倒すように最大推力へ持っていく。アストロインダストリー社製の内部核反応型エンジン『アストロペガサスMark-Ⅶ』は恐竜の咆哮でバンデットを後部から蹴り飛ばした。


 ――ッグフ!


 瞬間最大加速度23Gをたたき出したペガサスエンジンはジョニーの身体からその精神を遠心分離してしまい、ジョニーの意識は一瞬にしてヴァルハラの草原を漂った。

 その直後、ジョニーの身体を預かっていたシートバックの電極が心臓付近にAEDの電撃を加え、全身の筋肉と腱と関節に強い痛みを発生させて強引にジョニーの意識をこの世界へと呼び戻す。


「ジョニー! いまのは良い加速だが死にたくなければ次はやるな!」

「イエッサー!」


 エディの声で我を取り戻したジョニーの目には、自分の機体へ向けて砲身を向けるシリウスロボが映っていた。もう一度期待をハーフスピンさせエンジンを目一杯吹かして瞬間移動に近いような急旋回を行う。


 ――ヤベ!


 一瞬、機体の各所から「ギシリ」と嫌な音がした。強靭な構造のはずのバンデットだが、連続して高G負荷を掛ければ金属は痛む。ただ、その音はかつて聞いていた、あのボロい愛車をふと思い出させた。

 既に死んで久しい父がニューホライズンへ入植した時、地方政府がくれたという祝い品のひとつだった車だ。アチコチを補修しながら乗り続けたジョニーだが、命のやり取りの真っ最中でしかも照準器のど真ん中にシリウスロボを捉えている真っ最中だというのに、車が今どうなっているのかを心配したりしている……


 ――9機目! 10機目もだ!


 荷電粒子砲の加速器が異常をきたしたと表示が浮かび、タッチパネルから加速器の交換を選んだジョニーは機体を真っ直ぐ飛ばす方向へ舵を切った。縦横いずれの方向だったとしてもGの掛かっている状態では加速器は交換できない。

 5秒ほどの直線飛行を1時間にも2時間にも感じたジョニーは交換完了の表示が浮かぶと同時にラダーペダルを蹴りつけつつスティックを倒し、錐揉みのような機動を行ってシリウスロボの背後へ接近した。


 ――11機目! ゴッツァン!


 発射トリガーを引き絞りシリウスロボを撃破したジョニーは、ふと目をやった戦闘支援モニターに敵機を示す赤い点が無い事に気がついた。タッチパネルになったモニターを操作し、このエリアに敵機がいなくなった事を確認する。


「それが最後の一機だ」


 エディの明るい声が流れ、ジョニーは初めて辺りを落ち着いて眺める余裕が出来た。爆散したシリウスロボの残骸が幾つも漂っていて、時々は急激に期待の進路が変わりAIが自動で回避しているのだった。


「間もなく掃除屋がやってくる。このエリアを離れるぞ。彼らの掃除の邪魔になるからな。戦列艦が結集しているところで補給を受ける」


 最大速力から順次速度を落とし、毎秒6キロ程度まで減速したところで戦列艦のエリアへと入ったジョニーは目を輝かせて周りを見ていた。巨大と言うには余りに大きすぎる巨艦が幾つもやってきていて、その周囲には太い砲身を持つ砲塔がケーブル接続され漂っていた。

 太古の昔。海に浮いていた戦艦の様に砲塔を直接船体に装備する事の無くなった時代だ。強力なリアクターを独立搭載した砲塔は弾薬が尽きるまで発砲し続ける事が出来る。


「お! 発砲警告が来たぞ!」


 楽しそうな声でマイクが叫んだ。各砲塔部分にある強力なライトが暗闇に包まれた地上を照らしている。地球文明圏における戦争協定により、艦砲射撃の前には事前警告となる予備発光が義務付けられていた。

 シリウス側とはそのような協定を結んでいると聞いた事は無いが、まぁ、紳士協定のような物だとジョニーは思っていた。


「発砲したな」


 エディの声が無線に流れた。宇宙空間では音は伝わらないし衝撃波もやってこないのだ。大気その物が無いのだから仕方が無い。だが、目の前で見る戦列艦の総力発砲は壮絶な迫力だった。


 ――すげぇ……


 言葉も無く呆然と見ていたジョニーは気がつけば戦列艦が大きく広げた光発電パネルの上にいた。一枚辺りが野球場ほどもある巨大な発電パネルは戦列艦と太いケーブルで接続され、そのパネルを何十枚と広げている。リアクターもフルパワーで仕事をしているのだろうけど、消費電力が勝っている状態ではどんな手段でも電力を補いたいのだろうと思えた。


『こちら戦列艦キリマンジャロ射撃管制! エリア4434の発電パネル付近にいる小型戦闘機パイロットへ通告! 発電パネルに影を落とすな! 今すぐ退去しろ! 邪魔だ!』


 いきなり広域無線で怒鳴りつけられたジョニーはあわてて機を発電パネルの裏側へと滑り込ませた。巨大なシリウスの光を燦々と受ける太陽光パネルは最大効率で発電をし続け、各砲塔へ電力を供給していた。


「ジョニー! 次は気をつけろ!」


 リーナー少尉の声を聞いたジョニーは精一杯デカイ声でイエッサーを叫んだ。叫びつつも先頭に立つエディの後ろに続き、戦列艦が並ぶその奥の空母へと着艦したのだった。


「さて、一休みしたら再出撃だ。今日は長い一日になるぞ。へこたれるなよ」


 気密の取られたハンガーデッキへ固定されたバンデットの中。ジョニーは補給されてきた食事を飲み込むのに苦労していた。初めて体験した無重力の世界は手や顔がパンパンにむくんでいく酷い世界だった。


「なんか上手く飲み込めないな」


 ボソッと呟きながらペースト状の食事を終えたジョニー。機体の各所で整備点検に当るスタッフがチェックシートを持ってきたので、それに目を通しながら次の出撃目標を確認する。


『各バンデットパイロットに告ぐ! 本艦隊へ急速に接近するシリウス機を確認した。直ちに出撃し迎撃に当ってもらいたい!」


 微妙な表情でその声を聞いたジョニーは、不意に隣へ止まっていたヴァルターを見た。ヘルメットを取りモグモグと食事をしていたヴァルターも微妙な表情を浮かべている。ここまで生き残ってきた自信はあるが、それでも何処かで『次はやばいかもしれない』と言う恐怖を感じている。


「迎撃だってよ」

「今までは突撃だったのにな」


 ヴァルターと顔を見合わせたジョニーの背に冷たいモノが流れた。そして、助けを求めるようにふと目をやったエディ機の周りではエディ少佐を中心にマイク大尉とアレックス大尉がリーナー少尉を交えてブリーフィングを行っていた。


「中隊長殿。なんとか出撃回避してくんねぇかなぁ」

「随分弱気だな。どうした?」

「だって…… そろそろヤベェ気がすんだよ。ジョニーもそう思わないか?」


 弱気の虫に晒されたヴァルターの声は僅かに震えていた。

 実際には無理も無い話しで、つい先ほどまでは激しい艦砲射撃の続く中を飛び回っていたのだから。こっちの手勢が12機と知れば向こうは更に戦力を増強するだろう。

 そうなった時、次に生きて帰ってこれる保証はどこにも無いし、僅かばかりの恩賞と死んで貰える勲章が家族に届けられ、それ以上は顧みられることも無く忘れられていくのだから。


「……名も無き精鋭ってやつだな」

「は?」

「俺たちは名も無き精鋭って奴だよ。敵がどんなに強力でも笑って出撃するのさ」


 ジョニーと口を突いて出た言葉にヴァルターは思わず絶句した。どこか刹那的な物ですらも感じさせる言葉ではあるが、少なくとも後ろ向きでは無い事だけが救いだ。


『501中隊の諸君』


 無線の中に流れたエディの声。ふと顔を上げて無線に聞き入ったヴァルターは、どこか祈るような仕草だった。


「そういう訳で出撃命令が来た。我々は直ちに出撃し敵を撃滅する」


 エディの明るい声が聞こえジョニーは思わずもみ手をして出撃を喜んでいた。それを見ているヴァルターは小さく溜息を吐き、ションボリと小さくなっている。


「今回は宇宙軍の戦闘機と共同戦闘を行う。IFF(敵味方識別装置)をしっかり確認しろ。間違っても味方を撃墜するなよ。いいな!」


 全員が『イエッサー』の声を返し、エディ達士官がバンデットのコックピットに収まった。ジョニーは狭いコックピットの中でひとつ伸びをして身体の筋肉や腱をストレッチした後、大きく深呼吸して心を落ち着かせる努力を行った。


 ――リディアの隣へ帰るんだ…… 必ず……


 そう自分へ言い聞かせて、そしてバンデットのメインコンピューターを起動させた。コックピットを取り囲む計器類に灯りが点り、それを確認して被ったヘルメットのディスプレイに戦闘情報が浮かび上がるのを確認する。


「ジョニー機、発進準備良し!」


 無線の中に装置から強く宣言したジョニー。

 空母の発艦ハッチが開くのを今や遅しと待ち構えるその目には、恐怖の色など微塵も無かった。

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