表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
329/424

ロクサーヌ実戦配備

~承前






「こりゃスゲェな!」


 驚いた声でディージョはそう言った。

 無骨な男性型サイボーグの指と比べ、女性型は細くて繊細だ。

 ちょっと力の加減を間違えれば、ポキリと簡単に折れそうなほど。


 ただ、その指は細い分だけしなやかに作られているらしい。

 じっさい、指関節の可動領域は左右にも広かった。


「つか、まじ似合うっすね! 似合うっすよ!!」

「馬鹿! 可愛い子はなにしたってサマになんだよ!」


 ロニー能天気な様子で無邪気に喜んでいる。

 それこそ、今まで見た事が無いレベルでハイテンションだ。

 ブレーキを掛けるテッドは、呆れて言葉がない。


 ただ、そんなロニーのテンションの高さも理解は出来る。

 後ろから抱きつきたくなる程にスタイルが良くて、しかも細身で美しい。

 もしリディアがサイボーグだったら……と、どうしてもそれを考えてしまう。


 ただ、ロニーを止めたテッドの言葉にジャンは遠慮なく反応を返した。

 女と見るや全力で口説きに掛かるラテン男の真骨頂だ。


「違ぇねぇ!」


 この日、501中隊にニューフェースの加入があった。

 クレイジーサイボーグズの面々がガハハと笑いながら盛り上がっている。


 ワスプのガンルームが以上に盛り上がっているのには理由があった。

 それは、アグネスから帰ってきたヴァルターの連れて来た新人だった。


「しかし…… 細いよね」


 ウッディまでもが楽しそうに眺める相手。

 それは、民生品の機体を使っているロクサーヌだ。

 脳移植から10日。一通りのサイボーグ教育を受け彼女はアグネスを離れた。

 そして、予定通り501中隊へ『配備』されたのだ。


「そうでもないです。ちょっとダイエットしなきゃ」


 ロクサーヌは恥かしそうにそう言うのだが、その理由は彼女の体型にあった。

 オリエンタルインダストリー社の標準型フィメール機体をベースとした身体。

 その中味は各所にMILスペック準拠の耐久性パーツを組み込んだワンオフだ。


 そもそも男性型と比較すれば、女性型機体は内部容量が半分程度しかない。

 そんな身体だが、有機転換リアクターは容量を削るわけにはいかない。

 したがって、その容積をひねり出すべく最大限に空間を稼ぐ努力をした。


 しかし、その結果として各所に無理が出ていた。


 当然の様にサイボーグに重要なバッテリーなどは納める所がなくなる。

 強引に増やすなら各部に皺寄せが出て、どこかを我慢せねばならない。

 各部のアクチュエーター出力を我慢するか、バッテリーを削る事になる。


 ただ……


「むしろ良いんじゃね? この方が女性型らしいよ」


 ヴァルターは遠慮なくそう言った。

 機械化したとはいえ中身は女だ。男女平等の社会だが、性差には配慮するもの。

 当然の様に『女性だから』でカバーすればいいと皆が考えていた。


 だが、それ以上に言えるのは、無意識レベルでこぼれるポイント稼ぎだ。

 現状のロクサーヌは、生身の頃と比べて一回り太い身体だ。

 そして、俗に男好みと呼ばれる肉付き感のボディラインだった。


「旦那……」


 困ったような顔でロクサーヌがヴァルターを見た。

 一般的な話だが、女性の考える『良いスタイル』も、男からすれば細すぎる。

 つい手を伸ばして、近くに引き寄せて、ギュッと抱き締めるには細いのだ。


 その観点のみでいえば、むしろ生身の頃よりもロクサーヌは肉付きが良かった。

 サイボーグ構造の権威であるアリシア渾身の調整によりそれが実現していた。


「だから、俺は旦那じゃねぇって。ロクサーヌが旦那を必要とするなら、それは俺じゃなくてエディや、もっと言えば地球連邦軍そのものだ」


 何処か突き放すように言うヴァルター。その本音をテッドは理解していた。

 つまり、ヴァルターだってロクサーヌは気になる存在だ。

 彼女とか恋人とか、或いは妻にしたいと思っているのかも知れない。


 だが、ロクサーヌの目が自分を見るのは歓迎しない。

 見られて嬉しいのは間違いないが、本当に見て欲しいのは違う。

 つまりそれは、()()()()()()()()()だ。


 自分の前に立って自分の側を見るのではなく、自分の隣に立って欲しい。

 そして、自分と同じ物を見て、聞いて、感じて、共感し協力して欲しい。


 自分だけに恋して愛してほれ込んでくれて溺れてくれるのも悪くない。

 だが、男が本当に欲しいのは、自分の相棒なのだ。


「……いけず」

「そう言うなよ……」


 ちょっと口を尖らせたロクサーヌと困った様子のヴァルター。

 きっと良いコンビになるとテッドは確信した。


「しかし、なんか目のやり場に困るよなぁ」


 ラテン系なジャンがそう言うだけの理由。

 それは、ロクサーヌの胸部にあった。


 セックス産業に使われる機体だけあって、胸の膨らみは実に豊かだ。

 機体内部の容量が絶望的に足らない状況でアリシアが目をつけたのはここだ。


 男と女のボディラインは明確に異なる。

 ジェンダーシンボル的なバストの膨らみは、男には無い『無駄な容積』だった。

 それを見抜いたアリシアは、機体内部の機器配置を上下逆さまにしたのだ。


 通常であればリアクターは胸部トラスに組みつけられる。

 そして、男性型の骨盤部にはバッテリを収めてあるのだ。


 しかし、ロクサーヌの場合はそれを逆さまに配置した。

 広くて深い骨盤部分にリアクターを納め、胸部は全部バッテリーに当てた。

 男性型より一回り以上小さな基礎フレームの内部は高密度実装の見本市だ。


 ただその関係で、脳殻ユニットの非常時向け固体ブドウ糖を入れる場所がない。

 男性型の場合はバッテリーを保護する緩衝材としてゲル状のブドウ糖を入れる。

 アリシアはそのゲル化ブドウ糖をバストの中味にしてしまったのだ。


 見事に膨らんだFカップ級の乳房は、ロクサーヌの脳を守る生命線になった。

 生身の女の乳房と同じく、揉めば柔軟性を発揮する柔らかなものだ。

 それこそ……


「なぁ、それさぁ、揉んでいい?」


 連邦軍の標準となっている野戦服に身を包んだロクサーヌ。

 だが、その上着とズボンを吊るすサスペンダー越しに見ても胸の膨らみが解る。

 しっかり支えてくれる下着を着けてはいるが、歩けばどうしたって上下した。


 ニマニマと下卑て笑うジャンは、その膨らみを揉みたいと言った。

 真正面から女を口説くのに命を掛けるラテン系の本領発揮だろう。

 それにヴァルターが発火するのだが、ジャンは遠慮なく笑っていた。


「駄目に決まってんでしょ!」


 間髪入れず怒り出すヴァルターの姿にテッドが大笑いした。

 当のロクサーヌもまた、何処か嬉しそうに笑っている。


「惚れた旦那が妬いてくれるって女冥利に尽きるわね」


 ウフフと笑ったロクサーヌは、ヴァルターの腕に自分の腕を絡めた。

 彼女はアグネスの艦内に居る時から、ヴァルターの事を旦那と呼んだ。

 亭主や夫ではなく旦那。つまり、その存在に対するパトロンの意味だ。

 いつ死んでもおかしくなかったロクサーヌを死の淵から救った存在故だ。


 ヴァルターは『それを言うならエディだろ?』と言った。

 だが、ロクサーヌは頑としてそれを認めなかった。


 ――――わっちは旦那がいーんです


 それがどんな感情なのか?と問われれば、恋愛とは微妙に違うと言うだろう。

 しかし、ロクサーヌにしてみれば、ヴァルターの存在は今を生きる理由だった。


「女は大事にするもんだけどさぁ……」


 困ったようにこぼすヴァルターだが、正直言えば満更でもない。

 それを見て取ったロクサーヌが笑えば、チームの中に華やぎが生まれる。


 何時も何時も男しかいない、埃臭い男所帯なクレイジーサイボーグズ。

 だが、今日だけは何処か浮ついた空気が漂うのだ。


 そんなガンルームにエディが来た事で空気がガラリと変わった。

 マイクとアリョーシャを連れているエディは、地上の向けの戦闘服だった。


「さて、全員揃ってるな――」


 室内をグルリと見回したエディはニコリと笑ってロクサーヌを見た。

 何度かウンウンと首肯し、その姿を足元から頭のてっぺんまで眺めた。


「――なかなか似合ってるな。格好だけは問題無さそうだが……」


 だが……の間が空く時は、だいたい碌な事じゃない。

 もはやテッドを含めたクレイジーサイボーグズ全員がそれを知っていた。


 そもそも、この意地とプライドの塊であるブリテン人もどきは性格が悪い。

 誰もが『ここまではするまい』と言う線が、エディにはスタートラインだ。

 最近ますますロイエンタール卿に似てきたなとテッドは思うのだが……


「ご覧のとおり、ロクサーヌが我が501中隊に加わる事になった。現在は色々と事務手続き中だが、そんな事はこっちには関係ない。我々は我々の流儀で事態を進行させる。ゆえにまずは、ロクサーヌの耐久テストを行なう事にする」


 ……これからだよね


 チーム全員の表情がスッと真面目な顔に切り替わった。

 そんな切り替えの速さと全員の真面目な顔は、ロクサーヌの胸をキュンとさせた。


 だが、それに続くエディの言葉に、彼女は思わずゴクリとつばを飲んだ。

 そんな生理的反応など必要なくなったとはいえ、無意識にそれをやってしまう。


「ロクサーヌが女性である事に些かの疑問も無い。だが、我々は芸人でもパフォーマンス集団でもなく、シリウスと地球とを守る軍人だ。従って我々を使う側はロクサーヌを女ではなく機械だと考え指示を出す。故に、今回はちょっとハードだ」


 続きはお前だと言わんばかりにアレックスへと目配せしたエディ。

 僅かに首肯したアレックスは、全員の視線を確かめ切り出した。


「火星の地上にシリウス側の拠点が発見された。場所は――」


 アレックスがモニターに表示させたのは、火星の地上マップだ。

 まだまだ惑星改造が進行中だが、そんな中にあって各部に拠点が築かれていた。


「――このタルシス海沿いにあるタイレル社の敷地だ。現状では小規模なレプリカント生産拠点だが、将来的には相当な規模の工場になる事が予想されている。シリウス側はここにチョッカイを出しているらしい。我々はそこを急襲し、シリウス軍を排除する」


 アレックスの言葉には一切澱みはなかったが、室内は僅かにどよめいた。

 一切の作動テスト抜きにロクサーヌを実戦に送り込むらしい。

 ヴァルターは僅かならぬ不快感を見せたのだが……


「……もちろん、ロクサーヌがまだ碌にテストされて無い事は承知している。そして、その機体がMILスペック準拠とはいえ、民生型である事もな。従って今回はまず、火星の地上にある演習場へと向かう事にする」


 再びモニターの表示を変えたアレックスは、休む事無く説明を続けた。

 畳み掛けるように言葉を発し、それを聞いて考え咀嚼して理解する。

 これもまたロクサーヌの訓練だとヴァルターは気が付いた。


「太陽系最大の火山オリンポス。この山麓には広大な演習場が設置されている。現状では連邦軍の敷地になっているが、将来的にはオリンポス山の斜面を使って巨大なマスドライバーを作る計画だ。まずはそこへ向かい、しばらく訓練を積み重ねる事にする。期間は1週間ほどだ」


 マップ上の表示では、演習場から急襲拠点まで指呼の間だ。

 ロクサーヌ以外の全員がこの時点で作戦の肝を理解した。


 状況を観察し、向こうが油断している時を見計らって急襲するのだろう。

 いきなり降下すれば向こうも身構えるだろうから、その前に油断させる作戦だ。


「まともな地上戦を経験しているのはテッドとヴァルターだけで、残りはやりあった事がある程度だろう――」


 その言葉の意味をテッドは一瞬理解できなかった。

 だが、瞬間的に思考を巡らせた時、その本質に気が付いた。


 ――負け戦を経験していない……って事か


 地上戦における最大の教訓。それは撤退戦における戦い方そのものだ。

 サザンクロス攻防戦で経験した、絶望の中に希望を探すような戦闘。

 それを経験しているのといないのでは、大きく中味が異なった。


「――地上戦はシェル戦以上に臨機応変が重要だ。何より、まず生き残るって覚悟を決めなければならない。ただ、それ以上に重要なのは……」


 アレックスは、エディやマイクを見た後で言った。

 その言葉に全員が引きつった表情になる言葉を。


「砂塵舞う地上において、故障せずに戦い続ける術を全員が身に付けることだ。つまり、ロクサーヌの耐久試験を大義名分に、諸君ら全員が故障するまで地上における行軍訓練を積み重ねる。はっきり言う。全員故障させるのが目的の訓練だ」


 アレックスの言葉が終った後、誰もが唖然とした表情になっていた。

 それでは作戦の戦術的/戦略的両面において、目標達成は不可能だろう。

 だが、それを甘受してでも行なう酷い訓練……


 ――もしかして……


 テッドはふと、この作戦自体を失敗させるのが目的なのかもと仮説を立てた。


 そもそもサイボーグの場合は身体自体が免疫機構などを持っている訳ではない。

 機体内部に侵入した砂塵などは、掃除をしない限り取り除けない。

 つまり、そんな極限環境に送り込まれ、そこで限界まで使われ故障する。


 作戦は失敗し、シリウス側は目的を達成したと喜び、油断する。

 エディの見せる深謀遠慮にテッドは舌を巻くしかない。


 だが、チームの面々はテッドとは異なる反応を見せた。

 ロクサーヌの御供で楽な戦闘を期待した面々は、『またか!』の表情だ。

 エディはいつでもエディであり、ここでも十分エディだった。


 まさに鬼手仏心を地でいく苛烈な訓練。

 だが、将来的に必ず必要になる事なのだろう。


「さて、出発は1時間後だ。全員準備しろ。一時間後にハンガーデッキへ集合」


 それだけ残しエディはガンルームを出て行った。

 全員が敬礼でそれを見送り、ロクサーヌも敬礼していた。


 基礎的な振舞い方や受け答えなどはサイボーグの構造学と一緒に学んでいる。

 だが、軍隊生活はここからスタートするのだった。


「さて、ロクサーヌと一緒に訓練しようか……」


 ジャンは沈んだ声音でそう言った。

 そんなラテン男の姿が面白かったのか、ロクサーヌはクスクスと笑っていた。


 そんなやり取りを見つつ、テッドは思った。

 こうやってメンバーを増やしていくのかも知れないな……と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ