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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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愛とAIの違い

~承前






「……なんか地球側が凄い事になってるっぽいね」


 ワスプ艦内のレポートを読んでいたウッディは、ガンルームの中でそう言った。

 第六次中東戦争と呼称されている紛争は、どうもカタが付きつつあるようだ。


 そろそろ6月に入ろうかとしている頃だが、この1ヶ月で随分と歴史は進んだ。

 コロニー防衛戦闘からも既に6週間が経過し、艦内の空気は弛みつつあった。


「そういやぁ……さっきアルジャジーラの映像付き見たけどさ――」


 話に割って入ったヴァルターは、ついさっき見た映像を思い出していた。

 延々と300年に渡って揉めてる中東全地域の和平プロセス。

 それは、延々と続く暫定合意と、その破壊的な破綻の繰り返しだ。


「――万民が納得する和平合意なんて無理だよ」


 双方が激しくいがみ合う現状では、何処かにしわ寄せを作るしか無い。

 矛を収めるには収めるだけの理由が必要なのだ。

 だが、今回に限って言えば問題が複雑だった……


「あいつらにしてみりゃ簡単だよな。火に油を注げば良いんだから」


 吐き捨てるように言ったディージョが読んでいるレポート。

 それは、第六次中東戦争に介入したシリウス軍の行動だった。


 シリウスよりやって来た彼らは、聖地メッカへの巡礼だと通告してきた。

 この場合、地球連邦政府も信教の自由を思えば邪険には出来ない。

 結果、シリウス軍が堂々と地上戦力を持ってメッカ郊外へと降り立った。


 誰もが唖然とする中、イスラム教を崇拝するシリウス人達がメッカを目指した。

 ただ、その巡礼の次に彼らが行ったのは、イスラム第3の聖地への進軍だった。


「そりゃ……イスラエルの正面戦力と比べて10倍だからな」


 溜息混じりにそう言ったステンマルクは、ウンザリ気味の表情だ。

 中東地域において最強と呼ばれるユダヤ軍だが、戦は数が原則だ。

 ランチェスターの会戦の法則そのままに、絶望的な実力差が発生した。


 イスラム側勢力に対し、シリウス軍は全力を持って加勢したのだ。

 そして、エルサレムにあるイスラームの聖地『岩のドーム』を目指した。


 そもそも、エルサレムはアブラハムの3宗教に共通する聖地。

 約10光年を飛び越えて巡礼に来た彼らを、ユダヤ教とキリスト教が拒否した。

 それがシリウス軍進撃の発端だった。


「戦争の切っ掛けなんて、いつの時代も宗教か金か女だ」


 呆れるようにジャンがぼやくのだが、問題はそこでは無い。

 宗教戦争は絶対的に泥沼化し、しかも困った事に信教の自由がある。

 だが、本当に問題を複雑化しているのは、連邦軍の内情だ。


 この地域の連邦軍は、その大半がイスラム教徒なのはやむを得ない。

 従って、彼らは心理的に対シリウス戦闘を拒否しているしシンパシーを覚える。

 そして、むしろ支援し出す者すらいるのが現状だった。


「けど……これさ、この先困るよね」


 ウッディが言うのは戦争の影響の広がり方だ。

 各地から戦力を結集しシリウス軍に対抗したとしても、それは宗教戦争になる。

 ヘタをすれば連邦に参加している各国が雪崩を打って離脱しかねない。


 問題の本質は、その離脱しかねない国家の大半が産油国と言う点だ。

 枯渇すると言われ続けたまま、それでも中東は200年以上産油し続ける。

 地球における全ての産業のガソリンスタンドなのだ。


 つまり、シリウス軍のエルサレム巡礼を拒否した時点でチェックメイトだった。

 連邦軍は組織だった抵抗をする事が出来ず、散発的な抵抗に終始した。

 結果、イスラエル軍は圧倒的戦力差に押し潰され、すり潰され完全に瓦解。

 20世紀末より着々と入植し続けていた東エルサレム全地域が焼き払われた。


「……こりゃぁさぁ」

「あぁ。相当な()()()が残るだろうな」


 ディージョの言葉にヴァルターがそう返した。

 サンドハーストにおける地球の歴史教育を受けた彼らは、その中身を理解した。

 突き詰めれば、地球の中世から近代における戦争の全てはこれだった。


 地球人類における宗教を俯瞰的に眺めると、最も暴力的な宗教はカトリックだ。

 レコンキスタや十字軍遠征における活動を見れば、その実態は言わずもがな。

 宗教という大義名分を隠れ蓑とし、単なる経済戦争に突入しているのだ。


 つまり、反キリスト教、反カトリックが、シリウスを侵入させた。

 敵の敵を味方に付ける愚を犯した結果、事態は複雑化した。


「これからどうなると思う?」


 オーリスはレポートの画面を閉じながらステンマルクに聞いた。

 そのステンマルクは腕を組み、しばらく考えてから言った。


「まず大事なのは、ユダヤ系がもう一度流浪民になるだろうな。そんで悪い事に、連中は欧米各国首脳を恨むだろうさ。支援しなかったって。けど、その理由なんて考慮しない。要するに、損か得かしか見てないから」


 全員がその言葉を首肯しながら聞いていた。

 そして『その後はどうなるんすか?』とロニーが代表し続きを促した。


「まぁ、石油は全部イスラムに押さえられる。イスラム勢力はシリウスと一体化せざるを得ず、その次は地球経済への影響が深刻になるだろうが――」


 ウーンと考え込んだステンマルクはジャンを見て言った。


「――その次は何処に手を出すと思う?」


 テッド達若い世代より微妙に年上なジャンのグループは、その先を考えた。

 そして『まぁ……』と切りだしたジャンは、ウンザリ気味に言った。


「南米とかロシアとか、別の石油とレアメタル資源を押さえに来るんじゃ無いかなと思うよ。結局、戦争継続能力を絶つのが目的だろうからな」


 戦術と戦略。

 それは一見複雑なようでいて、突き詰めれば至極単純な事だった。


「材料が無ければ兵器も作れねっす」


 ロニーは相変わらずの軽口だが、言った内容は真実だ。

 どんなに技術が良くても、加工が精密でも、結局最後は材料だ。

 それを、その根元を押さえてしまったら、もう、どうにも動けないのだ。


「あ、そういやぁヴァルター」


 ジャンは何かを思い出したようにジャンを指さした。


「なんすか?」

「昨日の定期補給で地球からコンテナ届いてたろ」


 薄笑いのジャンが言ったそれは、ヴァルターにとっても重要な出来事だった。

 この4週間の間にロクサーヌの様態はますます悪化し、死を待つばかりだった。


「脳移植は今日?」


 ウッディも確認する様にそれを聞く。

 それは好むと好まざるとに関わらずサイボーグ化された面々には微妙な話だ。


 ロクサーヌはエディに誘われて501中隊へ志願の形になる。

 だが、その中身については大きく異なっていた。

 なにより、自分の意志でのサイボーグ化だ。


 ただ、そこには大きな問題があって……


「どんな姿なんすかね?」


 ロニーは遠慮無くそんな言葉を吐いた。

 それを聞いていたテッドは、ロニーを後からひっぱたいた。


「おめーは少し考えろバカ野郎!」

「ンな事言ったって兄貴! しかたねーですよ!」


 少しむくれつつもロニーはそう反論する。

 何故なら、ロクサーヌの為に用意されたのは、いわゆる一般型だ。


 連邦軍仕様の戦闘用サイボーグにフィメール型は存在しない。

 男性兵士を対象に使われる救命の為の最終手段が機械化だった。


 つまり、ロクサーヌは非戦闘用の民生機を使わざるを得ない。

 顔や体付きこそ再現はされているだろうが、その中身は少々問題だ。


「地球上で女性型のメカニカルボディって言やぁ……」


 そっち関係に強いオーリスとステンマルクは表情を強張らせている。

 一切の配慮を抜きに言えば、女性型サイボーグの需要は性産業が全てだ。


 街を歩けば男が振り返る扇情的な体付きのボディ。

 大きな胸と尻の間にはキュッと締まった腰がある。

 ただ、結果論として身体中央部の空間容量は絶望的に足りない。


 戦闘用サイボーグは問答無用で長時間のスタンドアロン動作が求められる。

 基本的には充電無しでも7日間168時間程度の活動時間が必要だ。

 有機転換リアクターはまだまだ小型化されて無く、何処かに妥協がいる。


 バッテリーを削るか、リアクターを無くすか。

 その究極の選択が出来ないなら、外装型のバッテリーを背負うしかない。


 いずれにしても、()()()に行く女なら諦めるもの。

 逆に、そっち系の業界に行かないのであれば、上手く使うしか無いもの。

 絶望的な現実を突き付けられ、ロクサーヌは選択せねばならない。


「……多分アレだよな。オリエントインダストリー社のシリーズ物」


 ステンマルクの言ったそれは、最初のサイボーグを作ったメーカーだ。

 今ではイヴMark-Iと呼ばれる最初の女性型サイボーグ機体。

 それは、AI作動型セックスドールをベースに、脳移植したものだった。


「しかしさぁ……イヴとは良く名付けたよな」


 オーリスの言葉は半分呆れ声だった。

 アダムとイヴが全ての人類の祖先とされる創世神話からの命名。

 ただ、それ自体は大きく間違ってるわけじゃ無いのだ。


 AIで動く自律動作型セックスドールは、要するに動くダッチワイフだ。

 寂しい男の欲望の捌け口として。或いは普通の風俗に飽きた好き者向け。

 そんな使い道に提供される高性能機体だが、その時点で技術蓄積が始まった。


 やがてそれは、全てのサイボーグのベースとして結実する。

 より丈夫に。より滑らかに。よりメンテナンスフリーに。

 脳移植を受けた性産業向けサイボーグは、メーカーを巻き込み進化した。


 それは、イヴの名に恥じないものだった。


「全てのサイボーグの発展ベースだもんな」


 ジャンもまたそんな言葉を漏らした。

 その女性型セックスドールの機体から男性型が産まれた。

 ボディ部分の空間容量と四肢の太さにより、内部構造がより柔軟になった。


 そして、それらが辿り着いた先は、戦闘用の重装備型サイボーグだ。

 人の身を遙かに超える能力を与えられたその機体は、戦闘自体を変えた。

 重武装した歩兵の戦闘能力がどれ程恐ろしいかと再認識したのだ。


「んで、オペは何時なんだ?」


 ステンマルクは気負いを一切見せずにヴァルターへ問うた。

 ロクサーヌの権利代理人として、彼は一時的に親権者となっていた。


「恐らくもうすぐ医療艦の中で始まると思う。俺の手が出せない領域だから」


 肩をすぼめてそう言ったヴァルター。

 全身を病魔に冒されていたロクサーヌは、脳自体がやられるまで時間の問題だ。


「まぁいずれにせよ、しっかり教えろよ?」


 ステンマルクにそう言われ、ヴァルターは苦笑いだった。

 しかし、そんなヴァルターはテッドを見ていった。


「ようやく……テッドに追いつけそうだ」


 テッドは思わず『はぁ?』と聞き返した。

 ヴァルターはその所作に首肯を返しながら言った。


「テッドの彼女……いや、奥さんと言うべきだよな。彼女の件でテッドが本気になってたのを見て、正直意味が解らなかったんだ。けど、女に惚れるとさ、なんかもう自分抜きでそっちに掛かりきりになるだろ――」


 上手く表現出来ない感情を言葉にしながら、ヴァルターは薄笑いだ。


「――俺もようやく、その気持ちの本質が解った」


 ……あぁそうか


 テッドはヴァルターの言いたい事を理解した。

 言葉で説明するものじゃ無く、感覚で理解するものだ。


 自分より大事な存在の為に、どんな手段でもとってやる。

 何より、嬉しそうに笑ってくれる笑顔の為になら、何でも出来るのだ。


「……上手くやってくれよ。俺とリディアみたいにならない様に」


 何気なくそう言ったテッド。

 その言葉にロニーが首を傾げた。


「兄貴、それどういう意味ッスか?」


 ロニーはロニーで、色々と人生の辛い部分を理解しているだろう。

 だが、テッドとリディアの辿った旅路を理解するには至っていない。

 何より、現状における辛さですらも……だ。


「まぁなんつうか……うん、そうだ――」


 テッドは少し恥ずかしそうに笑いながら言った。

 それは、間違い無く心の底から滲み出る本音だった。


「掴んだ手を離さないようにってエディに言われたけど、その通りでさ。掴んだ手って話の手は相手の手じゃ無いんだよ。幸せの手なんだよ。掴んだ幸せを手放さないように、しっかり掴んで……」


 解るか?とそんな目でロニーを見たテッド。

 その姿を見ていたステンマルクが言った。


「表情や態度だけじゃ無く、眼差しによっても人は意志を伝える。その全ての技術はセックスドールから始まってる。そんなボディに入るロクサーヌが幸せになるかどうかは……ヴァルター次第ってな」


 いきなりの難問を突き付けられたヴァルターは、表情がグッと硬くなった。

 他人の人生を背負うことになる辛さは、その裏に楽しさを孕むものだ。


「まぁいいさ。とりあえず明日まで出撃はないから、アグネスへ行ったら良いんじゃ無いか?」


 人生経験豊富なジャンがそう言うと、ディージョやウッディがサムアップした。

 もちろんテッドもサムアップし、ロニーは『行くべきっす!』と調子づく。


「……そうだな。うん。そうだよね。じゃ、行ってくるよ」


 皆に背を押されヴァルターはガンルームを出て行った。

 その後ろ姿を見送ったジャンがボソリと言った。


「シリウスが次に手を出すの…… ヨーロッパじゃね?」


 全員が『え?』という顔で驚く中、ジャンは言葉を続けた。


「欧州の北海油田が危ねぇ気がする。そしてその次は、きっとアフリカだ。地下資源押さえられて、地球はどうしようも無くなるんだろうな…… 今のうちに何とかしないと、そのうちどうにもならなくなる。けど、それまで一枚岩にはなれないんだろうなぁ……

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