一緒に来ないか?再び
~承前
コロニー船防衛戦闘から1週間。
地球連邦軍の懸命な努力により、9隻全てが火星周回軌道へ乗っていた。
ただ、そんな中に1隻だけ中破したコロニーがあり、側面に大穴が空いている。
内部からは凡そ3万人のカプセルを放出し、その捜索が今も続けられてた。
言うまでもなく、地球を頼った人々に対し地球が責任を持つためだ。
『テッド。悪いが先に降りる』
『あぁ、その方がいいな』
この日もクレイジーサイボーグズは火星周辺軌道をパトロール飛行していた。
ワスプを発艦し、戦闘した空域をぐるっと索敵活動の遊覧飛行だ。
だが、それと同時に救命信号を出すカプセルの探索も行なっていた。
可能な限り回収したいと言う火星政府の要望を受け、彼等は虚空を飛んでいた。
そんなある日……
『行けるか?』
『多分何とかなる』
ヴァルター機のエンジンが猛烈に不調で、パトロール中に何度も失火していた。
強烈な推力を誇るグリフォンエンジンだが、その中身は伝統的燃焼エンジンだ。
液酸と液水を反応させる燃焼方エンジンは、出力制御が中々難しい。
だが、簡単に高推力を得られるとあっては使わない手は無い。
人類開闢以来の伝統として、戦闘は『より速く』『より高く』が一大原則だ。
それ故、高価で気難しくデリケートなエンジンを使わざるを得ない。
足が遅くなれば、狙い撃ちの良い的なのだから。
『ヴァルター少尉、エマージェンシー着艦する』
ワスプの着艦管制に断りをいれ、ヴァルターは慎重に接近した。
現状のエンジンがとんでもないじゃじゃ馬だからだ。
推力を全開にするとエンジンが突然失火し、驚いて急激に絞っても失火。
急旋回を試みれば、遠慮なく一発で失火し再点火に手間取った。
もしこれが戦闘中なら、間違い無く死んでいたと空恐ろしくなる状態だった。
『昨日のテッドのあれ、試してみるわ』
『おう! 期待してるぜ!』
実は前日のパトロール飛行ではテッドのエンジンが同じ状態だった。
しかも、推力全開のまま一切絞る事が出来ない状態だった。
テッドはその状態でワスプへ接近し、ギリギリのタイミングで爆転したのだ。
慣性運動のエネルギーを完全に相殺するよう反対方向へ推力を加える。
これによりエンジンを絞る事無く運動エネルギーを殺しきる荒技。
それがどれ程の変態的な機動なのかは、言うまでも無いことだった。
『よっしゃ! 面白くなってきた!』
イカレた調子でヴァルターが叫んだ。
ただ、それがやけっぱちの咆哮である事は間違いない。
まるでバイブレーターの様に小刻みに震えながら、ヴァルターは距離を測った。
気合と度胸の一発勝負。爆転が速ければ船に辿り着けない。
そして、僅かでも遅い場合は……
――死ぬな……
強靭な外殻を持つ超光速宇宙船の場合、その外壁に衝突すれば木っ端微塵だ。
シェルは装甲まで削って軽量化しているのだから、外的応力にはめっぽう弱い。
だが、やはりテッドの向こうを張る技量のヴァルターだ。
心配していたテッドを他所に、一発で着艦を決めた。
艦内で救護の支度をしていたウッディが拍子抜けするほどだ。
『よしよし! 次は俺だ。テッド少尉。こっちは通常着艦だ』
テッドは通常着艦を宣言し、ぐるっと一周回ってからワスプに着艦した。
ハンガーの内部でビゲンを固定し、エンジンの種火を消せば任務は完了だ。
――――お疲れ様です少尉
ワスプの着艦補助がやってきてサポートしてくれる。
フライトレポートにサインを入れ、機を預ければ責任は艦クルーに移る。
『俺のハニーを頼むよ』
整備クルーの肩をポンと叩きヴァルターの機へ向かうテッド。
ビゲンのエンジン部に集った整備クルーは、ヴァルターを交え談義中だった。
――――これですね。少尉
無線の中に聞こえる声は、妙に甲高くてノイズが混ざった。
サイボーグとは違い、音声をマイクで拾うのだから自然とそうなるのだ。
『こいつが犯人らしいぜテッド』
整備スタッフが見つけたのは、エンジン機関部に突き刺さった小さな破片だ。
シェルのエンジンは強固な装甲で護られるが、どうしたって隙間が出来る。
その隙間から飛び込んだ破片がエンジンの燃料ラインに悪影響を与えたらしい。
整備班の解析に寄れば、故障の原因は2段燃焼サイクルの部分だ。
プリバーナー部の不調がエンジン失火の原因だった。
刺さっていた破片は燃料系統のパイプだった。
『治る?』
テッドは率直な声で聞いた。
ヴァルターもヘルメットーのバイザーを上げて見ていた。
――――大丈夫ですって!
――――少尉達の身体と違ってコイツは構造が単純です
――――後は我々に任せてください
――――少尉は自分自身のメンテに掛かるべきですよ!
シェル整備を一手に引き受けるホンダ上級曹長は笑って言った。
航空機整備一筋40年の大ヴェテランだ。
『じゃぁ、宜しく。自分もメンテに行くよ』
『こっちもだ。明日またソーティーがあるから、よろしく頼みます』
ヴァルターとテッドは部下の労をねぎらい、その場を離れた。
そんな二人に敬礼を送り、ホンダ上級曹長は言った。
――――次の出撃までにはばっちり修理しときますから!
機体整備スタッフの懸命な努力によって出撃は支えられている。
そして、出撃したサイボーグの懸命な努力で任務は果たされる。
各々のポジションでベストを尽くすことこそ、軍隊の本義。
そんな彼らを上手く使う事が、上層部の重要な仕事なのだが……
――――こちらワスプ艦内統制
――――これより名前を呼ぶ者はデッキ3-8-13へ出頭せよ
――――501中隊ヴァルター少尉
――――繰り返す。これより名前を呼ぶ者は……
ワスプの艦内放送が全バンドを使ってヴァルターを呼び出した。
デッキ3といえばバイタルパート内部のメディックエリアだ。
『御姫様の御目覚めだぜ?』
気密エリアに入る前にヘルメットを取ったテッドが笑う。
棺桶のような個人向けエアロックに入ってワスプ艦内に入ったふたり。
ヴァルターは不自然に緊張していた。
「……文句言われるだろうな」
「仕方ねぇだろうよ」
その背中をポンと叩き、テッドはヴァルターに前進を促した。
1週間前、あの高圧カプセルに送り込まれて治療を受けていた女性。
メディックデッキから呼び出されると言う事は、間違いなく彼女だ。
「気合入れろよ!」
明るい声のテッドに送られ、ヴァルターはメディックデッキへとやって来た。
正直、気は重いし出来れば会いたくない。だが、そうもいかない部分がある。
――やっぱ、責任重大だよな
自分のしでかした事には責任を持つ。
別段難しいことを要求されている訳ではない。
ただ単純に『申し訳無い』と謝るだけ。
それで終わる筈だ。多少は恨み節を聞くかもしれないが……
少しばかりの逡巡を経てメディックデッキの扉前にたったヴァルター。
扉はスッと自動で開き、高圧カプセルの並ぶ減圧症治療室が視界に入る。
するとそこにはエディがいて、ガウンを羽織った女性と話し込んでいた。
「おぉ! 主賓が来たな。待ってたよ!」
エディに手招きされ近寄ったヴァルター。
そのヴァルターを女性が不思議そうに見ていた。
「やぁ!」
どう切り出して良いか解らず、ヴァルターはそこから始めた。
先ずは挨拶だろうと、そこから手を付けたのだ。
「あの……」
面食らっている。或いは、怒りに震えている。
冷凍睡眠状態から覚醒したらいきなり減圧症カプセルの中だ。
何があったのかは理解出来なくとも、心細さはあるだろう。
――先手だ!
会話をリードするしかない。
それによって窮地を乗り切るしかない。
「名前は?」
当たり障りないところと言えば、まずはこの辺りだろう。
ヴァルターはできる限り柔らかく微笑んでそう言った。
「……ロクサーヌよ」
カプセルアウトした彼女の声は、澄んだ泉のように透明だ。
無くなった筈の心臓がドキリとし、ヴァルターはオウム返しに聞いた。
「ロクサーヌ?」
「そう。これでもハインラインで一番の売れっ子だったのよ?」
――え?
思わずそんな声を内心にこぼしたヴァルター。
ハインラインはジュザ大陸中西部にある巨大な歓楽都市だ。
乾燥した砂漠地帯に出来た巨大なアミューズメント都市。
それはまさに、シリウスにおけるラスベガス。
ギャンブルとショービジネスと飲食で栄える都市だ。
そして、一歩その裏に回れば、そこにあるのは人間の欲望を満たす為の産業。
売春と違法薬物と人身売買が横行するソドムとゴモラの街。
ロクサーヌと名乗った彼女は、そんな街で一番の売れっ子だったらしい。
その売る物と言えば……
「地球に行ってやり直そうと思ったの。けど、その前に駄目になりそう――」
あのパンパンに膨らんでいた身体はだいぶ萎んでいる。
だが、その身体に残る異常な肌の色は、体内深部の状態を示していた。
「――ドクターの見立てでは、持って1週間ですって」
フフフと笑ったロクサーヌは、心底寂しそうな顔になった。
長年に渡り身体を売ってきた彼女は、複数の病魔に冒されていた。
つまり、やり直すの意味は治療という意味だった。だが……
「トンだ手違いでひどい目に遭わせてしまって申し訳無い」
ヴァルターは率直に詫びた。
どうやらその方が良さそうだと気付いたのだ。
ロクサーヌと名乗った彼女は、男を手玉に取る遊女だ。
色街の中で一夜の春と恋を売る女。そんな女なら本音は絶対に出さない。
思わせ振りな言葉と態度で相手を弄ぶのも仕事の内だ。
そして、入れあげたマヌケから金を巻き上げる。
善悪の範疇とは別に、それは、大事な能力だ。
生きて行く為に必要な、生活力と言う名の才能だった。
「そんなの平気よ。死ぬ前にまともなお医者様に観て貰えて幸せだわ」
ニコリと笑った彼女は、まるで老婆のような両手を見た。
節くれ立って皺だらけになったその両手は、まるで100歳を思わせた。
「少しでも高く売ろうと思って身体中に張りを出す違法薬物を使っていたの。その結果、身体中がこのザマよ。どうせ死ぬんだから気にしないで」
その言葉にヴァルターがハッと気付いた。
彼女は、ロクサーヌは同情されるのを嫌がっているのだ。
見知らぬ男に股を開いて金を稼ぐ売春婦。
女郎と呼ばれ泡姫と呼ばれ、要するに最底辺のみっともない稼ぎ方。
だが、それを逆から見たとき、そこには違う景色が広がっている。
自分の身体に投資を続け、話術と閨房術で男を満足させる職人。
そこには絶対的な技術が有り、自分を相手に合わせられる秘術があった。
「……まぁ、例え何であれ、自分のしでかした事には責任を取らないとな」
ヴァルターはそんな事を嘯いた。
ただ、その言葉にロクサーヌがニコリと笑った。
「楼閣の芸娘に責任を取るなんて言うなら身請けでもして旦那になってくれる?」
……そうか
ヴァルターはやっと気が付いた。彼女は売られてこうなったのだ。
口減らしに女衒へ売られ、芸娘として育てられ、客を取って生きてきた。
現代の置屋の中で籠の鳥だった彼女が一発逆転を狙ったのだ……
「身請けするほど甲斐性が有るわけじゃ無い。それに俺はサイボーグで軍人だ」
「じゃぁ、妾じゃなくて良いからそばに置いて下さるの?」
まるでからかうようにウフフと笑うロクサーヌ。
だが、その顔には痛みを堪える脂汗が浮き始めていた。
内臓系の痛みに耐える彼女は、実際声を出すのも辛かった。
しかし、客ならぬ男と遠慮無く話の出来る環境が貴重だったのだ。
「……そうだな。それが良い。もし君が良ければ私の隊に来い」
何を思ったか、エディは突然そんな事を切りだした。
唖然とするヴァルターを余所に、顎をさすりながらエディは言った。
「実際、その身体はもう駄目だろう。君が機械でも良ければ、新しい身体を君にプレゼントする。まぁ、私の隊の者がしでかした事のお詫びだ。さっきも言ったが、私は地球連邦軍第501特務中隊の隊長だ。私の隊は全てサイボーグで構成された機関で、謂わば実験中隊だが……その中身はハイスクールみたいなモンだ。どうだ? 一緒に来ないか?」
エディは顎を引いた傲岸な支配者の顔で続けた。
「すごく……楽しいぞ?」




