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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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救助者

~承前






 無機質なバイタルサインモニターの音が響く室内にサイボーグがふたり。

 黙って生命維持機能付きカプセルを眺めている。

 ふたりの表情は硬く、思い詰めた様に眺めていた。


 強襲降下揚陸艦ワスプは、その機能の全てを戦闘に割り振られた(ふね)だ。

 地上へ降下する兵士のベースとなっている関係で、医療系は割りと手厚い。

 戦闘中の負傷を癒やし、軽傷ならば医療従事艦艇へ送ること無く快癒させる。


 その程度の機能は持っているものの……


「やはり厳しいか?」


 そう切りだしたのはエディだった。


 医療カプセルに入った少女……と言うには少々年嵩の女性を眺め、そう言った。

 全身を紫色にした彼女は、窒素による空気血栓を身体中に造っていた。

 その為、身体中のアチコチが大きく膨らみ、今にも破裂しそうだ。


「……さすがに真空中300秒は無理かも知れません」


 エディの声に応えたのはヴァルターだ。

 彼はこの女性の第一発見者であり、また、こうなった張本人でもある。


 それは、先のコロニー船団防衛戦闘での一幕だった。

 シリウス艦艇を攻撃した501中隊の面々は、あっという間に方を付けていた。

 正直に言えば、重装備で襲い掛かったシェルに対し艦艇は無力だ。


 遠く、大艦巨砲主義が航空機戦力の前に瓦解したのと同じ事。

 量子コンピューターの登場による戦争の様変わりが招いた航空戦力への回帰。

 それは、ドローンなどスタンドアローン兵器の無力化による帰結だ。


 AIにより『群れ』としてコントロールさせる兵器は通信が肝になる。

 だが、通信する以上はどんなに防御してもハッキングを受ける事になる。

 そして、量子コンピューターは、あっという間にハッキングを完了する。


 その結果、ハッキング出来ない『人間の頭脳』が介在する兵器に回帰する。

 訓練を積み重ねたサイボーグ兵士による超高機動型シェルは無敵だ。


「艦艇攻撃までは順調だったんだがな……」


 沈痛な物言いでエディが零す。

 それは、大型シリウス艦艇3隻を血祭りに上げた後に起きた事だった。


「まさかあそこまでするとは……」

「……それが戦争というものだヴァルター。覚えておくと良い」

「はい……」


 母艦を失ったシリウス側の突撃艇だが、一糸乱れぬ突撃を見せたのだった。

 波状攻撃を行う体勢となり、特定の一隻へ向け集中攻撃を開始した。

 突撃艇の抱えた大型ミサイル状の兵器は、ある意味で巨大な対戦車兵器だった。


「しかし……あのサイズのタンデム対装甲榴弾を造るとは信じられません」


 遠く20世紀初頭に誕生したクルップ式無反動砲兵器、パンツァーファウスト。

 モンロー/ノイマン効果を利用した成形炸薬弾頭兵器を単純に巨大化したものだ。


 コロニー船はそもそも強靱な外殻を持つ宇宙ステーションがベースだ。

 それ故に、直径10キロ近い構造体の外殻は、実に2キロ近い装甲に覆われる。

 宇宙を自由に飛び回る速度のデブリなどが直撃しても耐えられる構造なのだ。


 そんなデブリの衝突にも耐えられる構造にする事。

 内部に暮らす人々の生活を守る為、とにかく強靱に作る事。

 土台無理な要求を実現する為に、コロニーの装甲は考えぬかれた構造だ。

 

「それが出来るのがシリウスの良い所だ。敵にも敬意を払えとはそう言う事だ」

「……はい」


 固いから壊れる。強靱故に割れる。

 ならば柔らかくすればいい。そんな発想の転換がキーだった。


 戦車などの装甲が高密度金属で出来ているのは論を待たない。

 だが、ユゴニオ弾性限界を越える砲弾の場合は、それを貫徹してしまう。

 そして、宇宙を飛ぶデブリの速度は、そんな砲弾を軽く越えるのだった。


 故に、コロニー船の装甲は最初から液体なのだ。

 常温で液体のまま安定する唯一の金属――水銀――を使った流体金属装甲。

 流体のまま金属に形を保たせる技術は、磁性流体制御技術の頂点でもある。


 そして、水銀をベースに本来解け合わない金属などを加えた合金技術。

 無重力環境ならではの特殊な方法で造られたそれは、常識を遙かに超える物だ。

 だが。


「最初の一撃で外殻装甲板を剥がし、二発目で水銀を蹴散らす。そして三発目でベースとなる基礎装甲を撃ち抜く…… やつら、相当研究してきましたね」


 ヴァルターが語ったシリウス突撃艇の攻撃手順はこれだった。

 最初のミサイルは外殻装甲を剥がす為の通常型弾頭。

 その次に使ったのは、巨大なタンデム榴弾だ。


 水中で銃を撃てば造波抵抗により弾丸は停止してしまう。

 それと同じように、デブリも流体金属部分で速度を殺すのだ。

 約1キロに及ぶアマルガム装甲は、秒速100キロ近いデブリをも止められた。


 だが、そこへ成形炸薬弾頭を打ち込めば、モーゼが海を割る如くになる。

 幾多の一撃を加え、水銀の装甲を剥がした後でベース装甲に再び一撃を入れる。

 その為に、莫大な数の突撃艇が必要だったのだ。


「シリウスの上空で戦闘した教訓が生きてるんだろう。奴らはこの20年で相当研究したのさ。コロニーを効率よく破壊する為の戦闘手順だ」


 腕を組んだまま重い声でエディは言った。

 あのニューホライズンに墜落させたコロニーとの戦闘で、強靱さを思い知った。

 コロニー船の出発を止めようと幾度も攻撃を加えた彼らは学んだのだろう。


「……あの毒ガス発生装置の中に居た男」

「そんな事もあったな」


 最早懐かしくすら思うそれは、ふたりの脳裏にハッキリと思い起こされた。

 コロニーの外殻に食い込んだ毒キノコのような装置。

 あそこに居たシリウス軍士官がコロニーの外殻を調べたのかも知れない。


「あそこでの知見が役に立つんですね」


 ヴァルターは改めてシリウスの社会が持つ自由さや闊達さに舌を巻いた。

 到達するべき目標の為には手段を選ばず事に当たるのだろう。

 だからこそ、あれだけの戦闘を平然と行えるのだろうが……


「基本的に彼らは自由だからな」


 エディは呟くようにそう言った。そこには何とも表現出来ない虚無感が漂った。

 固定観念にとらわれず、問題解決の為にゼロベースで物事に当たる姿勢。

 それは、地球からの棄民に近い入植者達が厳しい環境に立ち向かう武器だった。


 ある意味で団結し、自己犠牲と全体を優先する社会思想の果てにあるもの。

 なにより、必要な結果の為に最短手を取る事への抵抗が少ないのだ。


「しかし……そこまでコロニー船が憎いんでしょうか」

「……憎いだろうなぁ」


 ヴァルターの言葉にエディが沈痛な声音で応えた。

 全体主義であるシリウス社会が抱える負の側面とも言えるもの。

 それは、裏切り者への扱いの酷さだった。


「誰も逃げられない閉塞社会だからこそ、自己犠牲を讃える社会になる。だが、そこから脱出できるなら……解るだろ?」

「はい」


 絶望的に貧しく厳しく救いの無いシリウスの社会。

 だが、それ故に世界は美しく、人々は愛し合う。

 しかし、その絶対的な貧困から脱出出来るとしたら……


 釈迦の垂らした蜘蛛の糸に群がる悪党達の末路と同じなのだろう。

 地球側が提示した地球への帰還という救済がシリウス社会を一気に破壊した。

 誰もが我慢していた部分から、特定の人間だけが解放される。


 そんな時、人間の本性は一気に明るみに出てしまう。

 自分も助かりたい。他人を蹴落としてでも助かりたい。

 少々どころか、相当な非道に手を染めたとしても、救われたい。


「願望の正反対にあるものですよね」

「そうだな」


 ヴァルターのいった言葉が全てだった。

 救われないなら、救われる人間の邪魔をする。

 みんな我慢してるんだからお前も我慢しろ。


 そしてその先にある恐ろしい結実点。

 つまり、救われる者を許せない。救われるなんて許せない。救い自体が害悪。


 故に、死ね。


「最早コロニー船の邪魔なんて次元じゃ無い」


 エディはその光景を在り在りと思い出していた。

 コロニー船団の中で集中攻撃を受けた一隻は、あっという間に丸裸になった。

 そして、ベース装甲を引き剥がすように攻撃を受け続けた。


 その結果、内部が丸見えになってしまった。

 尚も執拗に攻撃し続けた結果、コロニー内部の区画が崩壊した。

 内部に満載された冷凍睡眠カプセルがブロック単位で宇宙に放出された


「あの時……マイクが……」

「珍しく金切り声だったな」


 その時、マイクは大声で『なんてこった!』と叫んだ。

 無線に響いた叫びは、ほぼ悲鳴だと皆が思った。


 だが、こればかりはもうどうしようも無いのだ。

 こぼれ落ちる水を手ですくうようなものだ。


 生命維持機能装置毎にブロック化された冷凍睡眠カプセルの区画建造物。

 それらが宇宙に放出され、次々に宇宙空間へバラ撒かれた。


 だが、問題はその後だった。カプセルに向かって突撃艇が突進していったのだ。

 そして、カプセル密度がある辺りで次々と自爆していった。

 高速で飛び散る破片をバラ撒きながら、カプセルを殺していった。


 絶対に殺してやる……と、純粋な殺意を見せたのだった。


 ――――先に突撃艇を全滅させろ!

 ――――カプセル回収はそれからにしろ!


 エディはそう指示をだした。

 ただ、破壊されたコロニー由来な大量のデブリとカプセルが漂っている。

 そんな環境で突撃艇を破壊すればどうなるかは……


「奴ら……全部見越してあの戦法をとったんですね」


 ヴァルターは悲痛な声を零した。

 シリウス側は全て承知で幾重にも渡る罠を張っていたのだ。

 全てが終わった時、カプセルの半数は何らかのダメージを得ていた。


 全て殺す為の、その純粋な殺意の結果だ。


 それでもクレイジーサイボーグズはカプセルを回収し続けた。

 例えそれが遺体であっても、地球の土になるようにする。

 仲間は絶対に見捨てないと言う精神の発露だった。


「回復するでしょうか……」


 ヴァルターは下唇を噛みながら呟いた。

 彼女は事実上ヴァルターが殺し掛けたのだ。


「後は祈るだけだ……神の御手に委ねろ」


 エディはそう言うしか出来なかった。

 漂うカプセルを回収している際、ヴァルターはうっかりぶつけてしまったのだ。

 カプセルは瞬時に破壊され、彼女は真空中に放り出された形になった。


 唯一救いだったのは、極低温環境状態だったカプセル内で彼女は冬眠していた。

 つまり、肉体的なダメージが全身に伝播する事が無かったのだ。

 ワスプに収容され、まずは冬眠状態の解消から治療が始まった。


 だが、それにより全身に空気血栓ができた。

 結果として、彼女はゆっくりと死につつあった。


 サイボーグ研究の成果として得られた脳を生かす技術だけで生きていたのだ。


「脳さえ無事なら……或いは……」


 ヴァルターは希望的観測を漏らした。ただ、そう簡単に事が運ぶはずが無い。

 女性型の戦闘用サイボーグはまだ造られて無く、主な需要は性産業だ。


 そもそも、女性型サイボーグなど、要するにセックスドールでしかない。

 そして、その大半はAIで動くダッチワイフと言っても過言では無い。

 生身の脳を移植したセックスドールサイボーグでは精神が持たなかった。


「祈れ。真剣に祈れ。純粋な祈りのみが神に届くんだ」


 エディはそんな虚無的な言葉を吐いた。

 ヴァルターは恨みがましい眼差しでエディを見た。


 欲しかったのは救済の言葉だが、出てきたのは突き放す言葉。

 その見事な違いは、ヴァルターをして絶望を感じさせるものだった。


「祈ったら……回復しますか?」

「さぁな。それは俺にも解らん。だが――」


 ヴァルターの肩をポンと叩いたエディは、薄く笑って言った。

 その眼差しが見つめる先の女性を慈しむように、静かな声で。


「――少なくとも俺は回復した。皆が祈ってくれたからな」


 その言葉にヴァルターは力が抜ける思いだ。

 仮にもビギンズであるエディなのだから、祈られて当然な部分もあった。


「それに、祈られたからと言って回復するとは限らんが、回復したものは全てがすべからく誰かしらに祈られているだろう。それは数じゃ無い。祈りの深さと純粋さだと俺は思うぞ」


 ……あ


 ヴァルターの頭の中で何かがカチリとはまった。

 それは、テッドの相方ともいうべきリディアの姿を思い出したからだ。


 とにかく酷い状態だった彼女も、テッドの献身的なサポートで復活した。

 アレと同じ事が出来るかと言われれば、ヴァルターだって尻込みする。

 しかし、自分がやらかした事の後始末を求められているのだ。


 今さらシリウス人と戦う事に抵抗など無い。

 敵だと認識すれば、アレコレ道理を考える前に力一杯にぶっ叩く。


 だが、敵では無く護るべき対象だった存在なのだ。

 それだからこそ、ヴァルターは回復を祈ってるのだった。

 仲間達も多数のカプセルを回収したのだが、破壊したのはこれだけ。


 その事実がヴァルターをジクジクと責めていた。


「まぁ、なんだ…… ちょっと酷い言い方をするが……」


 わざわざ一言断って切りだしたエディ。

 ヴァルターは振り返ってエディを見た。


「ここから先も戦闘は続く。その障害にならない範囲なら、何をしても良い。それだけは忘れるな。士官は背負うものが兵士よりも重いんだ。良いな?」


 釘を刺すようにエディはそう言った。ヴァルターは『イエッサー』と応えた。

 その返答に満足したのか、エディはメディカルルームを出て行った。

 後ろ姿を見送ったヴァルターは、改めてカプセルの中身を見た。


 全身がパンパンに腫れた女性は時折痙攣しながら治療を受けている。

 高圧酸素カプセルの中で純酸素を吸っている彼女は、意識不明のままだった。


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