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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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エディ流攻撃講座

~承前






 ――いくら何でも無茶だな……


 何処までも素直な印象として、テッドは外連味無くそう思った。

 視界に見えるシリウス艦艇は凡そ70隻で、その大半が突撃艇だ。


 アクティブステルスモードはレーダー波を完全に打ち消し合ってエコーを消す。

 しかし、実視界に見える世界までは消し去ることは出来ない。


 ――消し去るつったってよぉ……


 この艦艇の全てがシリウスの憎悪なのだろう。

 コロニー船で脱出したシリウス人は許さないと言う思いの発露だ。


 実際、見せしめ的な威力を期待しているのは上層部でも一握りかも知れない。

 本当にシリウス離脱を許せない人とは、そう願いながらも叶わなかった側だ。


 出来るものなら地球に帰りたい。或いは、この閉塞した社会を出たい。

 そう願った人々は、現実問題としてシリウス人の大半なのだろう。

 だが、シリウス入植者の中でも成功した者からすれば、それは裏切り者となる。


 そして、次にそれを願う者が現れないよう、強い手段で見せしめにする。

 純粋なまでの悪意の結晶。それが巨大なミサイルを腹に抱えた突撃艇だ。


「全員ミサイルを撃ち尽くしたな?」


 エディの声が弾んでいる。

 楽しいのか?と訝しがったテッドだが、エディは何時もこうだったと思い出す。

 ピンチはチャンスと言うが、絶体絶命な極上の窮地に飛び込んでいくのだ。


「空になったポッドだって速度が乗れば弾頭だ。無駄にするなよ」


 アレックスまでもがイカレた声で叫んでいる。

 これで相手を殴るのか?と考え、ニヤリと笑ってポッドを持ち替えた。


 ――さて……


 コロニー船に追いすがるシリウス艇はそれなりに速度が出ている。

 それを相対する様にシェルは秒速35キロで飛んでいた。

 つまり、すれ違いざまの絶対速度は凄まじいことになる。


 編隊の先頭を飛ぶエディは、突撃艇の進路上にミサイルポッドを流した。

 そこへ頭から突っ込んでしまえば、突撃艇はミサイルごと大爆発を起こす。

 こりゃいい手だ!と驚きつつ、テッドも同じように次々とポッドを手放した。

 総勢12機のシェルがそれをやれば、48艇の突撃艇を屠れる計算だ。


 ――残りは……


 単純計算で残りはおよそ30。

 そのうち、母船と思しき大型艦が3隻なので、実数的には30を切るだろう。


 ――――追跡していって280ミリを叩き込んで……


 作業手順の再確認的な事を思案していると、無線にロニーの声が響いた。


「やべぇっす! 1隻撃ち漏らしやした! すいやせん!」


 ……おいおい


 テッドが苦笑いを浮かべる中、エディは遠慮無い声で言った。


「かまわん。それより母船をやる。あれの主砲は厄介だ。確実に黙らせろ」


 ――え?


 突撃艇を何とかした方が良いんじゃ無いか?

 あのミサイルだと確実にコロニー船の外角を破壊するだろう。

 そうなれば……


「エディ。先に突撃艇を何とかした方が……」


 テッドは怖ず怖ずとそう提案した。

 だが、そこに返ってきた声は意外なものだった。


「それも重要だが、突撃艇のミサイルは一発だが母船の主砲は30斉射以上出来る筈だ。3隻なら100斉射に達するはず。つまり、あそこに突撃艇が100隻いる勘定だが、どっちを叩くのが重要だと思う?」


 意外なことに、そんな丁寧な説明をマイクが行った。

 新鮮に驚いたテッドだが、それにアレックスが付け加えた。


「もっと言えば、母船を失った突撃艇は何処へ帰る? 母船に集中攻撃を加えた場合、突撃艇が支援に戻って来る可能性がある。サクサクとミサイルを放って返ってくる事になろうが、コロニー船には連邦軍艦艇がエスコート中だろ?」


 ――そうか……


 戦術と戦略の違いは中々理解出来ない部分がある。

 だが、この時点でテッドもその違いを体感的に理解した。


 目の前の敵を何とかする術が戦術。戦闘全体の進行図を簡略に書くのが戦略。

 場面場面で努力を積み重ねても、戦略的に負けた時はどうしようも無い。

 つまり、最善の選択とは……


「……先々考えて戦えって事ですね」


 テッドは自分の中にストンと落ちた戦略の概念をそう説明した。


「なかなか良い回答だ。要約して答えるのも軍人に必要な能力だ」


 エディは割りと良い反応を見せた。

 気が付けば長い付き合いだが、エディは基本的に人を褒めない傾向が強い。

 テッドはそこにロイエンタール卿の影を見た。


 それは、正解を褒めるのでは無く、肯定された満足感で人を育てる手法だ。

 手本を示し、実際にやらせ、上手くいったと言う満足感を肯定する。

 突き詰めて考えれば、人間というものは否定される事が一番嫌なのだから。


「さて、シリウス艦まで指呼の間だが、何処から叩くのが正解だ?」


 エディは間髪入れずに課題を出してきた。

 一瞬だけ考えたテッドだが、先にヴァルターが答えた。


「真ん中ですか?」

「根拠は?」


 全く間をおかずに考察を求めたエディ。

 僅かに言葉に詰まったヴァルターは、素早く脳内で情報を整理した。


「えっと、真ん中を叩けば後ろは対応せざるを得ない。先頭はすぐ後ろの船がやられるのを我慢しなきゃならないんで、気が散る……とか」

「ヴァルター。回答ははっきり答えろ。正誤関係なくはっきりだ」


 エディの指導は全て同時進行だった。シェルで虚空を飛翔する時間も授業だ。

 サンドハーストで散々鍛えられた筈だが、実際には現場こそ最高の教育だった。


 なにせシェルでの戦闘は時間が無い。一瞬たりとも気を抜けない。

 そんな状況で機体を制御しつつ、随時更新される戦況図を見つつ……だ。

 常に自分の脳味噌をマルチタスクで走らせ、オマケに同時進行で戦闘する。


「それともう一つ。学んだ事は忘れるな。心のノートにしっかり書いておけ」


 秒速35キロで飛翔していたエディはスッと速度を落とした。

 マイクとアレックスも速度を落とし、戦闘モードに入ったとテッドは直感した。


 減速だけでなくここ一発で加速できる余力を残すこと。

 これこそが最強シェルパイロットである最大の秘訣だった。


 ――前に逃げる……


 そう。それは逃げるための余力だ。

 敵の放った弾幕をかわし、スッと接近するための余地が必要なのだった。


「ヴァルターの答案が正解だ。こんな時は真ん中から潰す――」


 ヴァルターの回答に正解が与えられた。

 コックピットの中でヴァルターはガッツポーズだ。


「――そして重要なのは、最初の一隻を通り過ぎる時だ。撃沈できないまでもしっかり嫌がらせをしておくのが肝心だ。例えば……」


 毎秒24キロで飛翔しているエディのシェルは、先頭のシリウス艦に接近した。

 そして、そのすぐ脇を通り抜ける時、艦首艦尾の操舵エンジンへ一撃を入れた。

 至近距離で炸裂系の弾頭を叩き込めば、操艦自体が不可能になる。


 つまり、最早シリウス艦は真っ直ぐにしか進めない船と言う事になる。

 そしてその針路の先にあるのは太陽だ。シリウス艦が出来るのは全力後退だけ。

 太陽の強力な重力により、凄まじい勢いで艦は引っ張られ続ける。


 重力の底を目指し、一直線に墜落するのだ。


 ――相変わらずえげつねぇなぁ……


 敵に与えるものはダメージと恐怖。行えるのは狼狽と回避。

 そうしておけばこちらに損は無いし、向こうは戦闘どころでは無くなる。


「……連中、あのままコロニーに突っ込まないと良いですね」


 ウッディはそんな事をぼそりと言った。

 相変わらず端々まで気が付く男だとテッドは思うのだが……


「そうだな。そうならないことを祈ろう。実際にはそれしか出来ない」


 エディもまた相変わらずエディだ。

 潔くスパッと割り切り、リカバリーで帳尻を合わせようとする。

 そんな精神をテッドは心底凄いと思うのだ。


「それより、全員2隻目を叩くぞ! 抜かるなよ! 5分で戦闘不能にする! それが終われば3隻目だ。徹底して叩け! 火星に墜落させるつもりでやれ!」


 マイクは全員の意識を一段上げるようにそう言った。

 2隻目3隻目を連続して叩き潰し、その後に1隻目に掛かるのだろう。


「さて、ここから先は行儀良くやるとするか。各機3機ずつ編隊を組め。前後左右から一斉に襲い掛かる。捻りを加えて螺旋を描きつつ接近しろ。向こうの防御火器に狙いを定めさせるとこっちが喰われるぞ。全機抜かるなよ!」


 エディの声が弾んでいる。

 ただ、この時点でテッドは勝利を確信した。


 ――我等の王に続け!


 気が付けば、リーナー中尉の言った言葉を思い出していた。


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