いかれた作戦
~承前
「第6次中東戦争だってよ……」
火星に進出したワスプの艦内。
ガンルームの中でニュースのヘッドラインを読んでいたジャンが呟いた。
21世紀初頭。商人上がりの男がアメリカ合衆国大統領に就いた事が発端だ。
イスラエルとパレスチナの300年闘争は、絶対に解決を見ない感情論だ。
どちらかが滅びるまで徹底的に行う撃滅闘争と化したそれは、泥沼状態なのだ。
ユダヤ教によってまとまるイスラエルの首都は何処か?
イスラエル国民はそれをユダヤ教の聖地イェルサレムとしてきた。
だが、ユダヤ教と反目するキリスト教徒などがそれを認めずにいたのだ。
何故なら、キリスト教においても同じく聖地であり、特別な場所。
あのレコンキスタで聖地を取り戻そう!と、激しく争った地でもあるから。
その為、公的には長らくイスラエルの首都はテルアビブだった。
ユダヤ人はそれを拒否し、我らの都は約束の地だとしてきた。 そもそもただの田舎町だったテルアビブは形式的な首都でしかなかった。
だが、前述の商人上がりな大統領は唐突に軽率な振る舞いをした。
商人らしく『現状を追認する』という大義名分でイェルサレムを承認したのだ。
その結果、反イスラエル陣営達を爆発させる導火線に火が付いた。
営々と300年に亘り錬成された憎悪は、遂に後戻り出来ないところへ来た。
「爆弾テロってレベルかよなぁ……」
同じ記事を見ていたオーリスもそう嘆くニュース。
それは、イェルサレムから離陸しようとした旅客機が爆破されたのだ。
火の付いた航空燃料が上空から降り注いぎ、文字通り火の雨が降った。
住宅密集地に機体の残骸と大量の砕けた死体が降り注いだ
何より、それなりに平和を謳歌していた人々が恐慌状態に陥った。
「この一連の動きってさ……」
「あぁ。間違い無く奴らが絡んでるな」
ウッディの言にディージョがそう応える。
地球周回軌道からは離れたが、メインベルトの向こうにはまだ居るのだ。
木星以遠の衛星群に前線基地を建設した、シリウス軍の地球侵攻作戦軍団が。
彼等シリウス連邦は中国の友邦国であり、中国は船を派遣している。
軍用船では無く民間船なのだから、臨検以外に手を出す根拠が無い。
そしてそもそも、交戦団体ですら無い中国船の場合に手を出せば外交問題だ。
つまり、シリウス側はある意味で堂々と地球に人を送り込める。
中国経由で地球に入った工作員は、地球各地で様々な活動を行っている。
それを取り締まる合法的根拠が一切無いのだから、本当に始末に悪いのだ。
「で、連中の件はともかくとして、俺達は?」
ヴァルターは不機嫌そうにタブレット端末をクレードルに戻した。
火星軌道周回航行も100周目辺りで数えるのを止めていた。
そろそろ飽きた。誰もがそれを感じていた。
出撃じゃなくても良い。訓練でも良いから出たい。
率直な物言いをするなら、それが本音だ。
「もうすぐコロニー船が火星軌道に入るそうだね――」
ウッディはヴァルターの使っていたタブレット端末を広げて言った。
火星周回軌道上へやって来るコロニー船は全部で9隻。
トータル14隻が出航し、満足に太陽系までたどり着いたのは11隻。
そのうち2隻は外太陽系で事実上拿捕された。
慣性のまま流されていたコロニーは自力航行不能となっていたのだ。
その為、天王星や土星辺りのシリウス勢力圏で入植者として扱われた。
当人達が望まぬ形の帰還は、事実上の裏切り者扱いだった。
「――なんか外太陽系でも相当な事があったみたいだけど……半数以上が無事到着したのは祝って良いよね」
拿捕された2隻以外の9隻は地球連邦の艦艇に保護されていた。
外太陽系における戦闘では、双方共に夥しい犠牲者が出たらしい。
ウッディの言う相当な事の正体は、事実上の撃滅戦闘の結果だった。
そして、双方共に手仕舞いを選び、シリウス側はコロニー船9隻を諦めた。
拿捕されていた2隻のシリウス人が目覚め始め、その対応に追われたのだ。
「んで、俺達は?」
本題を言えよと急かすようなテッドだが、それに応えたのはエディだった。
「ワイルドウィーゼルだ」
……え?
驚いて立ち上がったテッド。
同じように全員が立ち上がった時、ガンルームの入り口にエディが居た。
「シリウス相手にワイルドウィーゼルをやる。奴ら、手に入らないならいっそ全滅させようと腹を括ったようだ」
エディの言葉が終わると同時、ジャンが全員整列の号令を掛けた。
全員がパッと動き、ガンルームの中で皆が整列した。
「大変よろしい。着席」
エディは満足そうに笑った後、ガンルームのモニターに状況を表示させた。
メインベルトを横切っている最中のコロニー船は、あと168時間で到着する。
火星近軌道局は近隣当該エリアから各艦艇の退去を通告している。
この場所を空け、コロニー船を火星周回軌道に入れる作戦のようだ。
「コロニー船は天王星と木星で連続した減速スイングバイを行った。これにより現在の速度は常識的な範囲に収まっている。一般艦艇でも追いつける速度になったと言う事だ」
あのコロニー船は自前のエンジン推力を使い連続スイングバイを行った。
一般にパワードスイングバイと呼ばれる手法は通常では得られない速度になる。
これによりエンジンのみではあり得ない速度にまで加速していたのだ。
その減速を終了したまでは良いが、今度はシリウス船に捕まる事になる。
そしてそれは、シリウス側の破れかぶれを引き出す事になる。
「……で、あの」
不安げな顔で切り出したロニー。
エディは僅かに首肯しながら言った。
「シリウス側がコロニー船に手を出すだろう。我々はそこに介入し、接近してシリウス艦艇を撃沈する。向こうはアクティブステルスで電子の目を誤魔化すはずだ。だが、コッチがレーダーに映るように接近すれば、迎撃のために射撃管制レーダーを使うだろう」
――あぁ……
テッドも話の中身を理解した。
真っ暗闇の中で鬼ごっこをする時に、鬼に向かって懐中電灯を振り回す行為だ。
それによってレーダーに映らない相手に攻撃を行う作戦だ。
――まともじゃねぇ!
ゾクリとした寒気が背筋を駆け抜ける。
だが、逆に言えばアクティブステルスはそれしか対処法が無い。
撃たれてから攻撃するしか無いのだ。
故にワイルドウィーゼルは度胸と根性が必要になる。
敵にこちらをハッキリ見せて、手を出して来たら攻撃する。
「おっ…… 面白そうじゃねぇか……」
引きつった笑みを浮かべてディージョが笑った。
それに釣られヴァルターも笑いながら言った。
「ダンマリ決め込まれねぇようにせいぜい目立たねぇとな」
ヘヘヘと引きつった笑いを浮かべる面々。
何時も冷静なウッディが口を挟む。
「ところで、どうやって攻撃ですか?」
その問いにエディはスイッとウッディを指さして答えた。
「いいぞ! そう言う部分を気づけなけりゃ意味がない」
ウッディを一褒めしてから全員を見たエディ。
全員がやっちまったの表情だが、それでもエディは笑って続けた。
「アンチレーダーミサイルを詰めたガンポットをシェルにくっつける。向こうのレーダー波を得たら、そこに向かって飛ぶだろう。それでお終いだ。もし向こうが根性決め込んで無視してきたら、有視界戦闘になるだろうから280ミリを叩き込むし、ミサイルを無誘導でぶちかます。本当は荷電粒子砲が使えると良いンだが、あいにく技術部はそこまでの事をしてくれそうに無い。従って――」
腕を組んだエディは酷く悪い笑みを浮かべてから言った。
テッドはその笑みを何処かで見たと思って記憶を辿った。
その時思い出したのは、あのサザンクロスで撤退延期命令を受けた時だった。
――負け戦が好きなんだな……
そう。エディという男は負け戦を好む。
負け戦をどうやってひっくり返すかに挑戦するのだ。
――こりゃ参ったな
少しだけ溜息をこぼしテッドも笑った。
頭がいかれたんじゃ無いかと思うような作戦が始まろうとしていた。




