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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
322/424

次の一手


「さて……」


 強襲降下揚陸艦ワスプの艦内、ガンルーム。

 クレイジーサイボーグズの前に立ったエディは切り出した。


「諸君らも一人前になったことだし、計画を大きく進める事にする」


 エディの言った言葉に全員が満足そうな笑みを浮かべた。

 サンドハーストで22週の教育を終えたテッド達は晴れて正式に士官となった。

 それまで書類上は士官だったが、実際には士官()()だったのだ。


 そもそも全ての士官は戦場でたたき上げられるのが宿命だった筈。

 だが、いつからか戦場における統率理論など、学問の方が多くなった。

 会戦を繰り返し経験を積むのではなく、その経験の教育が主になっていた。


 そんな士官や将校ばかりの時代に現場叩き上げ士官など認められる訳がない。

 テッド達はそれだけの為に、貴重な22週を浪費していた。


「現在、中東各国にはシリウスの工作員が大量に入り込んでいる。恐らくそう遠くない時期にシリウス軍は中東地域へ降下を行なうだろう。我々はそこに介入し、シリウス軍が無事に地上へ降りられるよう暗躍する」


 教育の過程で様々な戦術や戦略について学んだテッドだが……


「なんで地上に降りるのを支援するのですか?」


 学生よろしく手を上げて質問したウッディ。

 それは、余りにも当然の問いだった。


「宜しい、説明しよう」


 エディはガンルームのモニターに中東情勢を表示した。

 タロン中隊の地球近代史教育で散々学んだ内容が表示されていた。


「中東はこの3000年の間、ずっと争っている地域だ。シリウスはそこに介入する方針なのだろう。ユダヤとイスラームの衝突は、もはや双方が納得する形での和解など無理な段階まで来ている。要するにどちらかが滅びるまで争い続けるほどに恨み骨髄なのだが――」


 スクリーンの表示を切り替えたエディは、微妙な表情で言った。


「――シリウスにおける穏健派と急進派の争いみたいなものだ。どちらかの陣営が勝ちきるまで終りは無いと言って良い。そんなところへ介入するシリウス陣営は、どちらかを勝たせる為に加勢するだろう」


 エディの説明が淡々と続く。

 それを聞いているテッドは、段々と不機嫌そうな表情になってきた。

 余りにも卑怯なそのやり方を腹に据えかねるのだ。


「勝った側はシリウスに付けこまれる事になるが、当人たちはそれに気がつかないまま、敵を滅ぼす事に注力する。最終的に至れる結末は悲惨の一言だが、それでも彼等は勝ちたいのだろうな。もはや地球人類の特性と言っていいレベルだ」


 エディの言った言葉に微妙な失笑が漏れる。

 勝ちたい。或いは戦って勝ちたいと言う欲求は、生物の生存本能そのものだ。


「ここまでになった人種間・民族間紛争。いや、闘争と言って良いレベルの争いを穏やかに解決する方法はもう無い。だからこの場合、地球側が行なうべきは黙って介入させることだ。本来なら地球陣営は穏やかに結集するべきなのだが……」


 その言葉を聞いていたテッドはハット気が付いた。

 あのグリーゼで遭遇したエイリアン達の一件だ。

 彼等はシリウスに帰ってくるはず。そしてその手は必ず地球に届く。


 そうなる前に地球は一枚岩にならなければ行けない。

 地球人類が全ての恨みを捨て、一致団結して事に当らなければならない。

 だが、火急の事態になったならそれが出来るなどと思うのは大間違いだ。


 会戦の勝敗が出る都度に、それはひょこりと顔を出す。

 あいつが! あいつらが!と顔を出す。そしてそれは戦線崩壊の最短手だ。


 だからこそ……


 ――エディは地球すらも救うつもりなんだ……


 シリウスだけでなく地球の命運をも背負い、エディはここに居る。

 もしかしたら、その全てを見越していた者がシリウスに居たのかも知れない。

 あるいは、地球陣営の上層部にもそんな存在が居たのかも知れない。


 だからこそ、多くがエディを生かそうとした。

 瀕死になったビギンズを救おうと地球へと送り込んだ。

 地球の側は救世主を育てようと全勢力をつぎ込んだ。


 そして生まれたのがエディと言う存在かも知れない……


「……このままでは地球はエイリアンと戦う前に自壊する。だからこそ我々は、この複雑に絡み合って固着してしまった地球社会を正常化する為に暗躍する」


 ――そうか……


 テッドは今、全てがクリアに見える位置に立った。

 エディが何とどう戦うかまで見えるような気がした。


 エディは地球に存在する根深い民族間闘争の全てを解決する気だ。

 その全てにおいて、シリウス独立派を悪者に仕立てて。

 結果として地球は一枚岩になり、シリウスは穏やかに地球と連合になる。


 その旅路が辿り着く結末は、あのエイリアンたちとの星間戦争。

 そしてそれは、まごう事無く地球人類の命運を掛けた生存闘争だった。











 ――――――――地球標準時間 2270年 4月1日 

           地球周回軌道上 高度700キロ 

           強襲降下揚陸艦 ワスプ艦内











「……で、まずは何から始めるんすか?」


 ロニーの問いはシンプルだった。

 要するに、能書きは良いから早く動こうと、そう言っていた。


「我々の任務はまず……」


 エディの示したプランがスクリーンに表示される。

 そこに映る文字は『火星』だった。


「……地球と火星は約2年半おきに再接近する。そして、もうすぐ地球はシリウスに再接近……と言っても太陽とシリウスの間に入ると言う事だが、その前に火星が横切る事になる。したがって我々の任務はしばらくの間、火星防衛と言う事だ」


 火星防衛と一口に言っても、テッドにはその意味がいまいち掴めないで居た。

 あの惑星はテラフォーミング計画により地球型惑星に大規模改造された。

 そして今はニューホライズン脱出者の定住先に指定されていた。


「って事はあれですか。しばらくは宇宙戦闘メインで」


 ステンマルクは何かを確かめるようにそう言った。

 だが、エディはニコリと笑って首を振った。


「いや、諸君らの大好きな地上戦もありえる」


 してやったりの表情でエディは言うが、それについて全員が渋い表情だ。


「……地上戦か」

「埃入るとなんか関節が引っかかるんだよな」


 オーリスとジャンが小声でそんな言葉を交わす。

 タロン中隊にいる時、ブリテン郊外の演習場で散々と模擬地上戦をやって来た。

 その時につくづくと全員が感じたのは、地上戦は歓迎しないと言う事だ。


 そもそもサイボーグは整備ハッチ各所などが呼吸する関係で埃が侵入しやすい。

 侵入した埃が繊維系なら良いが、細かい砂などの場合は関節部に異常を来す。

 最初は騙し騙し動いていても、段々と各部の動きが悪くストレスになるのだ。


 そして、行き着く先は自分自身の動作による自壊。

 内部構造の多くがシーリングされていないのだから、やむを得ないのだ。


「まずは火星に注力しようと言う事だが、その舞台となるのは火星全域だから安心して良い。宇宙でも地上でも万能に暴れまくると言う意味だ。その為に野戦演習を念入りにやったはずだぞ。サイボーグだからといって地上戦を免除されるわけじゃ無い。むしろ、壊れるまで徹底的にこき使われるからな。慣れるしか無い」


 エディの言葉は自分自身が経験した事でもあるのだとテッドは思った。

 そして、再びスクリーン上の表示を切り替えたエディを眩しげに見ていた。


 ただ、スクリーンに目をやれば、そこに現れたのは火星における主要産業だ。

 地上改造と平行して行なわれたのは、大規模な住宅都市建設。

 だが、それと同時に巨大な工場が幾つも立ち上げられつつあった。


「火星は地球の工場惑星として使われる事になる。これは諸君らも知っているだろうが、それと平行してレプリカントの研究や製造も行われる事になっている――」


 何とも物騒な事をエディが言い出した。

 レプリ研究といえばシリウスで行なわれてきた事だ。


 それが火星で行われると言う事は、つまり、シリウスに対しエサを撒く行為。

 つまり、地球侵攻作戦の尖兵を作る工場があるから奪いに来いと……


「――リスク分散といえば聞こえは良いが、万が一にもレプリの武装蜂起が発生した場合には惑星ごと焼き払うと言う事だな」


 その言葉に全員が『あぁ、なるほど』と首肯した。

 要するに、地球に向けた矛先の一部でも火星に向けさせればいいのだ。

 リスクの分散とはレプリの危険性ではなくシリウス側の事をさしている。

 そして……


「シリウス側にしてみれば、喉から手が出るほど欲しいレプリの最新技術だ。新しい工場が立ち上げられ、そこに展開される。これに手を出してくるシリウス側を纏めて叩く作戦だ。美しいほどにシンプルで解りやすいだろ?」


 ニンマリと笑ったエディ。

 ただ、ここから先は大変な事になる……と皆が思っていた。

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