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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
321/424

鬼手・凶手

~承前






 地球の地上に眩い光が見えた。

 推定数百万トンの巨大な宇宙船が地上に落下したのだ。

 その威力は戦域核をはるかに超える規模で、近隣の都市全てが飲み込まれた。


「……神の放ったメギドの炎か」


 無線の中にオーリスの声が聞こえた。

 最近になってつくづく思うのだが、オーリスは相当なインテリだ。

 そして、妙な部分で非常に信心深いところがあるのだが……


「文字通り硫黄と火の雨だぜ」


 オーリスの言葉にステンマルクがそう応えた。

 何のことか理解出来ないテッドだが、一つ解る事がある。


 それは、今頃地上は大変な事になっている筈だ。

 全長1000メートルクラスの巨大船は墜落エネルギーの次元が違う。

 巨大なきのこ雲が大気圏外からも十分目視できるレベルだった。


「遊んでいる暇は無いぞ。次だ」


 エディの言葉が聞こえ、テッドは我に帰って速度を落とした。

 秒速35キロのまま飛ぶより25キロ程度に落とす方が機動戦は有利だ。

 敵の弾幕を躱すのに増速と言う選択肢を増やしておける。

 これがどれ程有利なことかは説明するまでも無い。


「どんどん撃沈しろ。その為に来てるんだからな!」


 マイクの言葉を聞くまでも無い。

 テッドは手近にいたシリウス船の艦橋に280ミリをお見舞いした。


 一瞬だけ防御火器が沈黙し、その間にロニーとディージョがエンジンを撃つ。

 推進力を失ったその巨大質量が仇になり高度を落とし始めた。


「一丁上がりってな!」


 追越気味な進路をとったヴァルターは、艦首スラスターエンジンを潰す。

 その爆発の反作用で艦首をうんと下げたシリウスの戦列艦は空気抵抗を増やした。


「よしよし! 次!」


 ウッディは次の目標に狙いを定め、280ミリを連射した。

 静止軌道上にいたシリウス艦艇は各個で地球周回軌道へ遷移した。

 こうなれば最早タコ殴りにして落とすだけだ。


 喜望峰からインド洋の辺りで猛烈に攻撃を加えたシリウス艦は墜落しつつある。

 徐々に速度と高度も落とし、地球を一周半程度回って地上に堕ちる筈。

 彼等は中国への墜落を避けるような努力などする筈も無かった。


「行ったぁ!」


 ヴァルターが手を叩いて喜んだ。

 通算12隻目のシリウス艦艇が中国大陸に墜落した。

 今回は沿岸部の人口密集地帯なのは間違いない。


「今頃地上は大騒ぎだぜ」

「だろうな」


 楽しそうに言うジャンとステンマルク。

 だが、その地上は想像を絶する事態になっていた。


「さて、めぼしい所にはだいたいプレゼントを届け終わった。そろそろ今日の授業を終りにしよう。全員帰投ルートに入れ。残弾がある者は行き掛けの駄賃に使い果たしてから来い。いいな」


 エディは大きく旋回しワスプへの帰投ルートに入った。

 4つの戦闘団が広域に展開しているが、その間を縫ってテッドは飛んだ。


 機動力の次元が全く違うのを見れば、VFA101や102の面々は解るはず。

 クレイジーサイボーグズは太陽系に帰ってきたのだ。

 シェルの能力を極限まで引き出す最強のパイロットたちが……だ。


「おっと!」


 目の前にVFA104所属シェルが現れた。グレートスターズと言うらしい。

 普通に考えれば完全に衝突コースだが、テッドはヒョイと交わして通過した。

 全く無駄の無いその動きに、グレートスターズのパイロットが目を剥くのだが。


「なんだか上手くなっちゃいるけど……」


 すぐ目の前に居たシリウスの突撃艇に残っていた280ミリを叩き込んだ。

 2発目を直撃させると、エンジンが暴走したらしく大爆発した。

 地球艦艇を一撃必殺で撃沈する腹だったのだろう。


 相当な爆薬を積み込んだ自殺前提の特攻部隊なのかも知れない……


「あぁ。言いたい事は解る。随分とその……なんだ……お上品だな」


 テッドの本音にヴァルターがそう応える。

 生身の乗るシェルの動きはとにかくお上品なのだ。


 最大限よく言えば、それは、優雅で美しいと言う事になるのだろう。

 だが、競走馬を走らずに歩かせるようなものでもある。

 もっともっと激しい機動を行なって、敵を翻弄しながら攻撃できる兵器だ。


「ウルフライダー達に出合ったならなす術無く全滅だな」


 ディージョは遠慮なくそう言った。

 そして、彼女たちがここに居ないのはただの幸運でしかなかった。


 痛い目にあい手痛い犠牲を払い、プライドをズタズタにされてからが本番だ。

 ただし、その最初の会敵で全滅しなければと言う条件付だが……


「まぁ良いンじゃないか。上には上がいる事を知る事になるぜ」


 ジャンはそんな軽口を叩き、全員がハハハと笑った。

 この会戦の最初から参戦していたスペースランサーズのエースは7機撃墜だ。

 だが、後から戦場に割って入ったテッドは、1人で34機を撃墜している。


 同じようにヴァルターやロニーもバタバタと撃墜してスコアを稼いだ。

 もちろんディージョやウッディもだ。そしてジャンたちですらも。

 久しぶりの太陽重力圏戦闘だったが、テッドは酔う事も無く帰投した。


 アクティブステルスで隠れていたワスプへ……


「全員帰投後にデブリーフィングを行なう。いや、この間合いはホームルームだ」


 エディの言葉には迷いが無かった。

 人口密集地に次々とシリウス船を墜落させたと言うのに……だ。


 ――すげぇよなぁ……


 その精神の強さは常識では計れない。

 如何なる誹謗も中傷も全て担ぐ度胸が無ければこれは出来ないはずだ。

 そこまでして、エディは事を成したいのだろう。


 ――ビギンズか……


 それ以上の言葉がテッドには無かった。

 シリウス生まれ最初の存在。ビギンズとして生まれてしまった過酷な運命だ。


 自分自身がシリウス人であるのだから、せめてこの人の役に立とう……

 テッドはそんな事をツラツラと考えるのだった。






 ――――その6日後






 ワスプの艦上で相変わらず現場実習中だったタロン中隊は休日を迎えていた。

 純粋な戦争学校であるサンドハーストでも、休日は純粋に休日だ。


 タロン中隊所属であるテッドたちも、この日は起床時点からダラダラしている。

 地球上空会戦ではこちらの勝ちだったが、シリウス軍はまだ木星軌道付近に居る。

 その関係で警戒態勢は続いていて、チャウデッキなどは営業を休止していた。


「見ろよ。この前の記事が出てるぜ」


 ディージョが見つけたアースタイムズのヘッドラインには中国の記事があった。


「へー…… 犠牲者1億ってスゲェな」


 それを読むヴァルターも唸るような文字が並んでいる。

 添えられた写真では、地上が凄まじい事になっていた。


「質量100万トンを軽く越える宇宙船だからね。コロニー程じゃないにしても相当な一撃だったと思うよ。それに――」


 ウッディは記事の中である部分を指差した。

 そこに並ぶ文字は、ある意味で記事の信憑性を疑わせるものだ。


「――各地の都市では政府の発表に対し不信が募っているって……」


 そう、実際には約3億の人間が何らかの形で巻き込まれ死亡していた。

 人口爆発から急激な収縮を経験した中国は、それでも人口10億を数えた。

 その膨大な人々が国家指導部への不信を募らせ、不満を溜め込み始めた。


 大惨事で燃上した都市には人民の怒りという織火が残った。

 それは、革命への種火になりかねない。


 新政権は銃口から生まれるのが近代中国の伝統だ。

 そんな中国をコントロールする指導部は、結果として難しい対応を迫られた。

 中国人民に広がる反シリウス感情と国家指導部への不信感は危険な炎。

 それ故、中国共産党本部はシリウスへの国家主権認証を見送るしかなかった。


「しかしさぁ……」


 テッドは呆れた様に言った。


「連邦政府に対し中国上空での戦闘停止を求めた……って」


 クククと笑ったテッド。それにつられ全員が笑っていた。

 戦闘停止を求めたと言う事は、もう打つ手が無いのと同じ意味だ。

 きっとエディは遠慮なくそうするだろうと察しが着くからだ。


「忙しくなりそうだぜ……」


 ボソリと言ったジャンの言葉に全員が首肯するのだった。

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