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黒い炎  作者: 陸奥守
第三章 抵抗の為に
32/424

負けの中の勝ち


 ――リョーガー大陸 ニューアメリカ州 旧州都サザンクロス上空

    シリウス標準時間 7月7日 午後




 3日間ほど行われた卒業試験でロボット撃破11のスコアを上げたジョニーは、宇宙軍のパイロットとしてニューホライズンの空を飛んでいた。いずれキチンと教育を受ける事になるが、今は戦力が足りない状態だから……と、そのままバンデットのパイロットとなって地上攻撃に参加しているジョニー。

 この日はサザンクロスの上空へと出撃し、都市部の片付けに精を出すシリウスのロボを片っ端から血祭りに上げる攻撃に参加した。


「おぃ小僧! あんまり調子に乗るなよ」


 無線の中に響いたアレックス大尉の声は笑い声が混じっていた。パイロット教育センターを離れたジョニーは再び501中隊へと編入され、予想通りエディ率いる部隊のメンバーとなっていた。

 もっとも。最盛期には50人を超える大所帯だった501中隊も今は僅か15人だけの少数精鋭集団になっている。エディ率いる面々の器用さは特筆に値し、士官だけで無く下士官までもが実に上手くバンデットを飛ばしているのだった。


「俺の隊に居る以上はどんな兵器でも上手く使いこなせないとダメだからな」


 編隊の先頭を飛ぶエディは笑いながらバブルキャノピーの中で後方を振り返っていた。高度1万メートルに達する高々度だが、エディの口には酸素マスクが当てられていない。

 不思議そうに見ているジョニーの眼差しの先。エディと同じくマイク大尉やアレックス大尉もマスク無しで普通に空を飛んでいた。


「さて。忘れる前に今日の目標をはっきりさせておこう」


 バンデットのコックピットにあるマルチモニターに地上の様子が映し出された。この日の攻撃目標はサザンクロスの北側に設置された、シリウス軍の最大集積地だった。事前に撮影された地上偵察衛星の画像解析によれば、例の戦闘用ロボットが一個大隊クラスで揃っているらしい。

 この全てを破壊しサザンクロスを復旧させるシリウスの邪魔をするのが当面の日課になりそうだった。ただ、ジョニーの興味は実際にはそんなところでは無く……


「エディは最初からこれに乗れたんですか?」


 自分自身が3週間を要したバンデットの操縦技術の習得をエディ達はいつの間に行ったんだろう?と思っていたのだ。


「不思議か?」


 どこか嗾けるようなマイクの声にジョニーもヴァルターもコックピットの中で頷いているだけだった。


「俺たちは士官学校で全員鍛えられたからな。下士官はそれぞれに出身母体の中で航空機の操縦訓練を受けている。あとは機材転換訓練を行えば良いって事だ」


 アレックスの声に驚きを隠せないジョニーは、隣を飛ぶヴァルターと目を見合わせた。パイロット候補生となって3週間を共に暮らしたヴァルターもまた無事にバンデットのパイロットになっていたのだった。


「さて、おしゃべりはこの位にして、仕事を始めようか」


 エディの声に気を引き締めたジョニー。編隊の全てが緩降下体勢になる中、そっと右手を伸ばしてコックピットにあるターゲットスコープのダイヤルを調整し、地上に見えるロボの群れを視界へ捉えた。


「リーダー機は過去のケースだと青い頭の奴が勤めているケースが多い。だから先ず群れのリーダー機を潰す。そいつを潰してから外側のロボから破壊する」


 エディの声を聞きながらコックピットの中で戦闘手順を再確認したジョニー。各武装の安全装置を外し、併せて通常の航空力学で可能とされる可動限界を大きく越えるバンデットの核心――可変バーニア噴射――ギミック制御電源を入れた。

 この装備によりバンデットは大気圏内でも圏外でも同じような空中運動性を手に入れた。従来の航空機でもエンジンの噴射ノズルを制御するベクターノズルによって空中運動性能の大幅な向上を手に入れていた。だが、何処まで行ってもそれだけではは航空機なのだ。

 その限界を大きく超える兵器の登場は、まだ多少の時間を要していた。それ故にこの兵器は旧世代兵器と新生代兵器の過渡期に存在を許される物となり得ていた。


「地上が見えるかジョニー」

「はい、見えます」

「そうかそうか。じゃぁ掛かれ」


 エディに見送られ一番最初の対地攻撃はジョニーが行った。次の瞬間、ジョニー12機目のスコアが記録された。打ち込んだ荷電粒子を使う砲によって機体構造の全てを破壊され、あえなく燃えさかる状態となったロボ。

 その後も続々と対地攻撃を行い続け、波状攻撃を繰り返すバンデットの前にシリウス軍は有効な手立てを持ち得なかった。普通に考えればシリウス側も航空戦力を繰り出すはずなのだが……


「なんでシリウスは戦闘機を持たないんだろう」


 ジョニーはぼそりと呟いた。続々と急降下しながらの攻撃中にだ。通常の戦闘機では失速してしまう急旋回や急上昇もバンデットならそれを可能とする。だが、その分だけ操縦には細心の注意を払わねばならないし、危険な橋を渡って難しいマニューバを行う時には何よりも勇気がいる。

 結局のところ、人類は重力を振り切ることなど出来やしないのだから。


「シリウスの戦闘機は数が足りない上に旧世代機ばかりだ」


 ジョニーの疑問に答えたのはアレックスだった。同じ様に黙々と地上掃討を続けているが、アレックスやマイクの動きはエディおように優雅で余裕があった。それは間違いなくヴェてランの振る舞いだとジョニーは思う。なんでこれ程に技量のある人たちが地上戦なんかやっていたんだろう?と疑問を抱えつつ、アレックスの説明へ静かに耳を傾けた。


「旧世代機?」

「そうだ。このバンデットの様に惑星上で宇宙でも使える高性能機を僅かしか持っていないし、その絶対数的においそれと使えないと言うことだ。キーリウスにある重工業地帯の防空任務が最も重要だからな。そっちに掛かりきりなのさ」

「つまり。連邦軍の方が有利と言うことですね」


 ちょっと安心したようなジョニーの言葉だが、アレックスでは無くマイクの声が聞こえた。クククと笑いをかみ殺し、ちょっと呆れるような声で言う。


「まぁ、しばらくはそうだろうな」

「しばらくってどういう事ですか?」

「そのままの意味さ。暫くすればシリウスは同じ物を作り上げるだろう」

「……どうやって?」

「そ……


 何かを言いかけたマイク大尉の声が掻き消され、凄まじい爆発音がサザンクロスの上空に響き渡った。激しい衝撃波と耳をつんざく轟音にジョニーは一瞬だけ空間座標を失いかけギリギリで踏み留まる。

 その視界の中に見えたのは、従来のロボよりも更に巨大な四本足で歩く象の如きロボだった。相当の重量があるのか、大地を踏みしめる都度に土煙を巻き上げ、地下構造物がある場所では地面を踏み抜いてしまっている。

 だが、本当に恐るべきはそんな事では無く、その巨象の胴体部分左右だ。3段に別れたデッキには大量の野砲が搭載され、左右上空へ向け対空砲撃を繰り返している。また、正面部分には象の鼻にも見える様な巨大な砲身が装備されていた。


「こりゃ凄い物を作り上げやがったな」


 嬉しそうな声を上げてエディが急降下している。真上から一気に接近し荷電粒子砲を続々と撃ち込んでいた。眩く光るエネルギービュレットが巨象の背に吸い込まれていき、ややあってから再び大爆発を起こしている。


「胴体の内部に弾薬庫がありそうだな」

「通常型の野砲だけに弾薬がぎっしりなんだろうさ」


 アレックスとマイクの二機もエルロンを捻って真上から急降下を行った。地上を歩く巨象型ロボは12機ほど見えている。その装備と火力を思えば連邦軍の拠点へ突入し破壊する為の物だろうとジョニーは察する。


「シリウスだってオリジナルを作れるのか」

「あのロボはそもそもオリジナルだぞ?」

「しかし、ベースがあっただろ」

「それもそうだが」


 アレックスとマイクが賑やかに会話しながら突入した。胴体下部の砲を打ちながら急降下し、ギリギリの所まで接近してから機首を起こして逃げに入る。その空中運動性はいかなる戦闘機でも追随出来ない物だと思うものの、後方から撃たれる砲弾や機銃弾の速度に勝るかと言えば決してそうでは無いとしか言いようが無い。


「アレックス! マイク! ミサイルに気をつけろ」

「そうだな。砲撃だけじゃ無さそうだ」

「ビーム兵器も厄介だぜ」


 ある程度高度を取って距離を取りつつ地上戦力を削っていく3機。ジョニーはふと悪戯の虫がわき起こって操縦桿を倒し機体を横へ滑らせると、捻り込みを加えながら三次元運動で垂直に降下をはじめた。


「おいおいジョニー!」

「小僧! 無茶すんな!」


 アレックスとマイクが止める中、ジョニーは一気に急降下しつつ荷電粒子砲の狙いを定め次々と打ち込んでいる。2発3発4発とたたき込み、5発目になったところで一瞬巨象の動きが止まったのが見えた。

 慌ててスティックを引いて機体を上昇側へ持って行くジョニー。後方からは凄まじい爆発音が響き、間違い無くあの巨象が吹き飛んだのだと思った。


「小僧! 今のは良い一撃だが次は一言先に言え! 良いな!」


 マイクの怒声が響き、思わずジョニーは大声で『イエッサー!』と答えていた。


「まぁいい。スコアを上げる事が大事なんだ。残りを片付けよう」


 エディの声で地上掃討が再開され、巨象はエディとマイクとアレックスが全て片付けてしまった。その周辺にいたロボ達はジョニーやヴァルターも参加し、次々とスクラップにしていく。

 およそ2時間ほどの戦闘が終了したころ、地上には消し炭となったロボ軍団の残骸が広がり、その上空を悠々と501中隊は飛んでいた。


「帰投しよう。今日は良い戦果だった」


 上機嫌のエディに率いられジョニーは帰途につく。想像を絶する能力を持った兵器だと改めて感心すると共に、シリウス側に同じ物が登場しない事をジョニーは祈った。それが無駄な祷りである事など百も承知なのだが……







 その一週間後




 ――リョーガー大陸 サザンクロス地域上空

    シリウス標準時間 7月14日 昼前





 長く伸びるコントレイルを見上げながら、ジョニーは中隊の4番機ポジションを飛んでいた。共に飛ぶエディは恐ろしいほどの腕前のパイロットで、ジョニーが舌を巻くような事を平気でやる度胸の持ち主だった。

 サザンクロスの上空を飛び回り次々とロボを破壊し続けた501中隊のバンデットたちだが、かつてはサザンクロスの街を我が物顔で歩いていたあのシリウスの戦闘ロボは影も形も無かった。


「おぃエディ! もう何処にもいねぇぜ!」


 少し不機嫌そうな声でマイクが叫んだ。キャノピー越しに地上を眺めるジョニーも同じ事を思っている。とにかく目を皿のようにして地上を観察しているのだが、サザンクロスの街の何処にも戦闘ロボの姿は無かった。


「まるで死んだように静かだな」


 アレックスの声が無線に流れ、ジョニーは編隊の逆サイドを飛ぶヴァルターと目を見合わせた。推定で300機以上居たはずのシリウスロボだが、そのうち122機を破壊しエースの座に納まったジョニー。

 エディは自らの持てる全てをジョニーへと教え込んでいたのだが、その甲斐あってかジョニーは配属から僅か1週間で戦闘ロボ122機だけで無く飛行戦闘兵器17機と戦闘車両300両以上。そして地上拠点や弾薬集積地点7カ所から撃破確実判定を取っていて、文字通りスクラップの山を築いていた。


「そろそろ次の街へ行っても良いんじゃ無いか? エディ」

「自分も同意見だ。マイクが言うとおりシリウスの進軍ルートを潰していこう」


 マイクとアレックスはエディにそう具申している。だが、当のエディは何かを探しながらサザンクロスの上空を飛んでいた。


「何を探しているんですか?」


 我慢ならず聞いたヴァルター。その声にエディはこもった笑い声を返した。


「なんだかんだで小型のヘリや無人機をいくつか撃墜しているが、その拠点を探しているのさ。どこかにあるはずだ。俺たちが飛んでいる時には姿を見せず、俺たちが帰った後に動き出している」


 高性能戦闘機であるバンデットを投入した連邦軍はジリジリと戦線を押し返しつつある。だが、総体としてはシリウス軍の攻勢に晒され続けていて、不本意ながら後退し戦線を立て直すケースは余りに多い。


「ここからシリウスを押し返す以上、心配の種は潰しておきたいって事だ」

「心配……ですか?」

「そうだ。俺たちが前方へ進んだ後、後方からひょっこり姿を出して暴れられると面倒だろう?」


 エディの心配の理由を理解したヴァルターはジョニーをチラリと見た。視線を受けたジョニーはエディの引いているコントレイルを眺めながら、その深謀遠慮に舌を巻いている。

 全ての可能性を否定せず真剣に検討する姿に、ジョニーは指揮官という役割の重責とプレッシャーを思った。何かあったら全ての責任を被らねばならないのだ。


「大きく散開してサザンクロス全部を対地攻撃用の地上モニターカメラに納めて見たら良いんじゃ無いですか?」

「俺の考えだが、それをやったら穴蔵に隠れたまま出てこないと思うのさ。俺たちの編隊が通り過ぎた後でひょっこり顔を出す」

「……あ、そうか」


 新鮮な驚きを口にしたジョニー。しかし、その言葉を聞いていたアレックスはジョニーの気が付いた事を的確に指摘した。


「真下ばかり見ていたらダメだぞ。真下は自分の目で見れば良いんだ。航過した後にこそ注意しないとな……」


 説明を続けていたアレックスの声を遮るようにして、マイクは突然甲高い声で奇声を上げ急降下していった。各バンデットのモニターにはマイクのガンカメラが捉えている敵の姿が映っている。ビルの出口から姿を現し、小型無人機を出そうとしているシーンだ。


「アレに狙われると厄介だな」


 笑いながらぼやいたエディの声が終わる前にマイクは地上拠点へ荷電粒子砲を撃ち込み続けていた。501中隊から飛行隊へと姿を変えた面々は全部で15機の小所帯なスコードロンだが、その戦闘力は恐ろしいほど高いのだ。

 その彼らとて無人の自立戦闘機と戦うのは面倒極まりない。地上に居るウチに潰すに限ると言うのが正解なのだろう。


「ジョニー、ヴァルター」


 エディの声が聞こえ返事を返した二人の目が地上からエディ機に注がれた。


「楽しいだろ?」


 突然妙な事を言い出したエディは、燃える地上を見ながら笑っているのだった。












 ――リョーガー大陸 ニューアメリカ州 ザリシャグラード

    シリウス標準時間 7月18日 午前





 ザリシャグラード郊外にあるバンデットのハンガーで出撃前のブリーフィングを行っていた501中隊は、急遽出撃中止の通達を受けた。サザンクロス近郊のシリウス軍を撃退し、都市部の奪回へ向けて地上軍が進行する直前だったにもかかわらずだ。


「どういうことだ?」


 流石のエディも少々不機嫌な様子で話を聞いている。

 受話器の向こうで説明を続けている戦務幕僚は小さな溜息をつけ沿えて、現状における連邦軍の窮状打開策を話していた。


「何で出撃できねぇんだろ?」

「さぁな。お偉いさんたちの都合じゃねーか?」

「まぁ、そんな所だろうけどさ」


 攻撃目標が記載された地図を見ながらボソボソと会話するジョニーとヴァルターのふたりは、受話器を耳に当てながら表情を曇らせるエディを見ていた。


「……それは余り穏便な手段とはいえませんな」


 受話器の向こうに居るらしい存在に向かって遠まわしに抗議しているエディ。受話器を握るその手に力が入っているのか、プラスティック製の受話器からはギリギリと軋む音がこぼれている。


「……甚だ不本意ですが参謀本部の決定とあらば仕方がありません。プランの変更を受諾します。引き続き支援をお願いします」


 目を閉じ軽く首を振って受話器を戻したエディは501中隊全員を集めた。


「参謀本部の戦務幕僚は艦砲射撃を通告してきた。いままでも小規模な艦砲射撃を行ってきた連邦軍だが、今回の決定は承服しかねるものだ」


 心底嫌そうな顔になったエディはマイクとアレックスを順に見てから、ジョニーの目をジッと見た。その眼差しにグッと奥歯を噛んで覚悟を決めたジョニー。エディはそれを確かめてから口を開いた。


「ニューホライズンにおける各工場など重化学工業地帯へ限定的に行ってきた艦砲射撃だが、キーリウスを初めとするシリウスの重化学工業地帯全てへ大規模砲撃を行うそうだ。そしてそれだけでなく、都市部や流通系統にも拡大する事になったらしいな。今日はルドウへ行くはずだったが、その計画は取り消しにされた。2時間後の予定だが宇宙軍の艦艇により、大気圏外から総力艦砲射撃が開始される事になっている。ルドウの街は地図から消える事になるだろう」


 エディの言葉にあんぐりと口を開いたままのジョニー。ふと隣を見たらヴァルターも呆然とした表情だった。


「諸君らがショックを受ける気持ちは良く分かる。実際、あの攻撃手段は人道的とは言いがたいもので、核反応が無いだけの戦略核と同じ威力だ。我々はとんでもない事をしようとしている」


 エディの目に浮かび上がった諦観は己の無力さを呪うものだけではなかった。間違いなく膨大な量で犠牲者が生まれ、そして、大量の難民や築き上げてきた工業地帯という財産が灰燼に帰する事になる。


「とりあえず今日の午前中は臨時休暇だ。昼寝なり食事に行くなり好きに過ごして良い。午後からはルドウへ飛ぶ。それまで英気を養ってくれ。解散」


 力なく解散を宣言しトボトボと歩き去ったエディ。その辛そうな背中を目で追ったジョニーはどう声を掛けて良いのかわからなくなっていた。だが、そんなエディに声を掛けるマイクやアレックスもまた辛そうなのを見て、なぜだか解らないけど501中隊の士官たちに親近感を感じるのだった。





 その午後。

 ルドウの上空を飛んでいた501中隊の面々は、ルドウ市街地へと降り注ぐ光の柱を見ていた。大気圏外の宇宙船が惑星の地上へ向けて大質量の砲弾を撃ち込む艦砲射撃は、少々の構造物など一撃で木っ端微塵にしてしまう威力だ。


「こりゃ凄いな……」


 ボソリと呟いたヴァルターの言葉にジョニーは身を堅くしている。燃えさかる炎はまるで世界を焼き尽くす劫火だ。栄えていたルドウの街がシリウスに陥落して約2ヶ月。シリウス側の拠点となっていたルドウは地図から消え去った。残されたのは巨大なクレーターだらけの地上だった。


「これで勝ちって言えるのかな」


 ボソッと呟いたジョニーは地上を見下ろして言葉を失っていた。ルドウの街に人が帰ってくることは無いだろう。シリウスへ入植した人々の築いた街はもう無くなったのだ。

 複雑な感情を抱えて言葉を失っていたジョニーを見かねたのか、エディは改まった声音で静かに語りかけた。


「良いかジョニー」

「はい」

「勝たなくって良いんだ」

「え?」


 エディの口を突いて出た余りに意外な言葉にジョニーは混乱する。そんな空気を感じたのか、中隊無線の中に失笑が漏れた。


「そのまんまの意味さ。勝つ必要は無いんだ。ただ、負けさえしなければ良い」

「どういう事なんですか?」

「勝ちきってしまうと恨みを買うだろ?」


 妙な笑い声を上げたエディ。そんな声を聞きながらエディ機を見ていたジョニーは、ルドウの空をハイレートクライムしていくシリウス戦闘機を見つけた。ブースターを抱えたかのような姿で宇宙へ向けて駆け上がっていくその機体は、訓練所の座学で学んだシリウスの宇宙空間向け戦闘機だった。


「むしろ勝たない方が後の為には良いって事だ。程よく勝って勝ちすぎず上手く媾和する。それで平和になるのが一番良い。そう言う事だ」


 急激に機首を起こし宇宙へ向けエンジンを吹かしはじめるエディのバンデット。それを見た中隊の全機が一斉にエディ機を追跡しはじめる。ニューホライズンの大気圏内でしか戦闘を行ってないジョニーとヴァルターは一瞬だけ『ヤバイ』と顔を見合わせた。


「さて、彼らが何処へ行くのか知らないが、見てしまった以上は見逃すことなど出来ない。撃墜しろ。生かして帰すな」


 グングンと高度を上げる機体の中、ジョニーは戦闘支援パネルから機体モード設定を高々度に切り替えた。武装の照準AIなどにニューホライズンの自転補正を加え、そしてエンジンには酸化剤強制投入を行う。これでバンデットは大気圏外でも飛行出来るようになった。


「よし、追いついたな」


 荷電粒子砲の射程圏内にシリウスの編隊を捉えたエディは初弾を放って戦闘開始を告げた。501中隊は一斉にシリウス戦闘機に襲いかかる。ジョニーは重力の影響が弱くなった領域での空中戦に面食らいつつ、最初の撃墜を取った。


「なんか難しい!」


 無線の中に弱音を零し、それでも奥歯を食いしばって急旋回を決めもう一機撃墜している。空力的な降下で機体を制御する大気圏内戦闘とは違い、非大気圏ではバーニア噴射を使って姿勢制御を行いベクトルをねじ曲げるのだ。微妙な舵の加減だけで無く、当て舵戻し舵の具合まで考慮が必要だった。


「飛びながら覚えろ! お前なら出来る!」


 気休めのような言葉をエディからもらいつつ、ジョニーは編隊を組んだまま襲いかかった。501中隊の15機から見たシリウスの戦闘機は20機ほどだったようで、体制の整っていないシリウス側が混乱に陥っている中、交戦開始から15分少々で全機を撃墜した。


「まぁ、こんなもんだろう」


 上機嫌のエディ機に寄り添って編隊を取ったジョニーだが、初めての非大気圏戦闘に興奮冷めやらぬまま機体の状況を確認していた。そんな時、急に視界の中を横切った眩い光りにジョニーは驚いた。


「なんだあいつら!」


 緊張感溢れる声で絶叫したマイク。驚いて周囲を確認したジョニーの目は、更に高い高度から機銃を乱射しつつ突っ込んでくるシリウス戦闘機を捉えた。割と密集していた編隊に降り注いだシリウス側の銃弾は適度に散開していたようで、ジョニー機の背面部分に何発かの直撃をもらってしまった。

 幸いにして構造的に強い部分だったらしく飛行不能になる事は無かった物の、視界の片隅では突然の大爆発を起こしたバンデットが見えたのだった。


「タック!」


 エディが叫んだ瞬間、タックはバンデットのコックピットから投げ出されニューホライズンの大気圏へと落下していった。


「エディ! すまない! 俺はここまでらしい。後を頼む」


 直後、タックの座っていた椅子が真っ赤な炎に包まれた。あのままではニューホライズンの大気圏に落ちていって燃え尽きていただろう。だからその前に自爆したのだとジョニーは思った。大気圏との摩擦で焼かれて死ぬなんてまっぴらだ。


「くそっ!」


 忌々しげに悪態をついたエディだが、その言葉と同時にグーフィーが爆散した。文字通りの爆散で様々なパーツをまき散らしながら粉々に砕け散っていくグーフィー機は、コックピット部分が真っ赤に染まっていた。グーフィー機に一番近いところを飛んでいたマルコは砕けていくコックピットの中で絶叫するグーフィーを見た。そして、その向こうに冷たく光る大きな鎌をかざした死神を見た。


「あいつか!」


 そう叫んだマルコの機体へシリウス戦闘機の30ミリ砲弾が雨霰のように降り注いだ。各部に直撃弾を受け構造材ごとバラバラに壊れていくバンデットはパイロットの操作を全く受け付けなくなっていた。


「マルコ! 脱出しろ! 救援に向かう!」

「やめてくれエディ! 先ずは自分が生き残ることを最優先してくれ!」


 無線の中が静かになったその先。ジョニーは無線の中にこぼれるマルコの呼吸音を確かに感じていた。


「マルコ! 良いから生き延びる努力をしろ!」

「俺はもう充分だ。充分シリウスの為に戦った。ここからは若い連中を鍛えてやってくれよ。きっとエディの役に立つだろうから!」


 タックと同じく爆散していく機体から放り投げられたマルコはフライトスーツの内側から拳銃を取り出し、自らのこめかみに突き付けていた。


「エディ! 今日までありがとう! 楽しかったよ! 人類万歳!」


 僅かな光がこぼれ拳銃弾がヘルメットの中にあったもの全てをグチャグチャになるまで破壊した。そのまま赤い尾を引きながらマルコはニューホライズンの空に溶けていった。


「……マルコ!」


 エディの声には隠し切れない怒りの匂いが漂っていた。僅か数分の間に501飛行隊は3名の戦死者を出した。残っていた最後の15名が12名になったのだ……


「敵を生かして返すな!」


 エディの声が珍しく怒っている。どんな時にも沈着冷静な男だと思っていたジョニーはそのシーンの珍しさに言葉を飲み込んでしまった。


「小僧! そっちへ行ったぞ!」


 マイクの声に弾かれ気を入れなおしたジョニーは急旋回しつつ突入してくる射線をかわし、スピンモードギリギリの線をなぞって進路を変えた。バンデットは空力を使った高空力学の支配下に置かれる戦闘機ではない。無重力に近い環境で自由自在に進路を変えられる小さな宇宙船なのだ。故に……


「オルゥア!」


 叫び声とともにジョニーは直角ターンをきめた。ぎりぎりまでエンジンを絞り、機首スラスターを一気に吹かしてスピンさせエンジンを全開にする。たったそれだけの事なのだが通常の旋回とは次元の違う急角度での進路転換を決めたのだ。

 シリウス戦闘機のバックを取ったジョニーは心からの怒りを込めて荷電粒子砲を打ち込んだ。敵機のど真ん中を打ち抜いたのか、機体を一気に爆散させたシリウス機がニューホライズンの大気圏へ落ちていく。


「よっしゃぁ!」


 裏技を掴んだかのように暴れ始めたジョニーは、最大11Gに達する極限の急旋回を繰り返した。頭蓋骨の中で血液が偏り視界がグレーアウトしたりブラックアウトしたりしている。

 そんな状態で一気に2機目を撃墜し3機目を探したのだが、ジョニーの目はシリウス機7機に囲まれているエディ機を捉えた。幾らなんでもアレはまずいと思い、救援に駆けつけようと機首を向けた時、ジョニーは自分の目を疑うかのようなシーンを見た。


 ――嘘だろ……


 11G旋回を行って身体中が軋んでいるジョニーの目の前。エディのバンデットは直角を大きく越える急角度での旋回を3回繰り返し、フェイントを織り交ぜつつシリウスの戦闘機を翻弄している。どう見たって人間が行える旋回ではない。


「ハハハハハハ!!!」


 高らかに笑いながら一瞬で3機を撃墜したエディ。その動きは到底人間技とは思えない角度で、推定20Gを超えるであろう急旋回を決め敵を翻弄し、引き続き包囲していた4機全てを血祭りに挙げた。


 ――スゲェ!


 目を輝かせて見ていたジョニーはその動きを真似しようとスティックを大きく倒しエンジンのスロットルを操作した。飛行支援コンピューターが操作に介入してくるのでスイッチを切り、マニュアルでの飛行を試みた。


 ――うおぉ!


 一瞬で視界がブラックアウトし、それだけでなく一瞬意識が飛ぶ。間髪いれずシート背面にあるバイブレーターが乱暴に背骨を叩き、ジョニーの意識は漆黒の宇宙(そら)へと呼び戻された。


「無茶をするなジョニー」


 気が付けばエディが隣を飛んでいる。時間にして僅か数秒だった筈だが、どうやってエディはここへ来たのだろうかとジョニーは思った。ただ、そんな思惑など無視するかのようにエディは中隊全てへ指示を出し始めた。


「このまま更に高度を上げるぞ。中軌道にいる空母に収容を受ける。エンジンを換装し高軌道戦闘に参加する。抜かるなよ!」


 エディの言葉を聞きながらジョニーはハッと気がついた。無我夢中でやってきたのだが、いま自分が居る場所はまぎれも無く『宇宙』だ。大気の殆ど無い世界に居るのだ。座学だけでしか学ばなかったところへいきなり放り出されたジョニーは改めてキャノピーの外を見た。膨大な星々が瞬く漆黒の大海をジョニーは飛んだ。


 ――リディアに見せてやりたいな……


 ふと、心の中でそんな事を呟いていた。

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