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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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大気圏外実習


「やっぱここが一番落ち着くわ」


 明るい声でそう言ったディージョはやたらに上機嫌だった。

 タロン中隊の面々は、現場実習の大義名分で宇宙に上がった。


 そもそも、宇宙で必要な知識や経験は、嫌と言うほど実地で経験している。

 今日この日に宇宙へ来たのは、切羽詰まった地球側の事情だった。


「お前ら遊んでる暇無いぞ!」


 ヘラヘラ笑いながら緊張感の無い声で言うのはステンマルクだ。

 急いでシェル装備を整えた面々は教官の到着を待つ。

 シリウス側は大攻勢を予告していて、連邦軍は迎撃体制だ。


「しかし、俺たちよく出撃できるな」

「そりゃあれさ。何とか俺たちを封じ込めたい側も、いよいよケツに火がついた」


 ヴァルターの言葉にウッディがそう答える。

 火星軌道より向こうにはシリウスの艦隊が勢揃いしている筈だ。


 夥しい数のレプリ兵と腕利きの親衛隊が投入されるらしい。

 シリウス側は盛んに宣伝工作していて、地球側の厭戦気分を煽っていた。


「レプリカントの兵士が100万人だって?」


 ウンザリ気味にヴァルターがこぼし続ける。

 今日の彼は中隊の愚痴担当だ。


「そう言うなって。サザンクロスでも同じ位いたぜ?」


 テッドはそう言ってヴァルターを宥めるのだが……


「つまり、もう戦いは始まっているってこったな」


 オーリスは冷静な声で言った。

 宣伝合戦で相手の戦意を削ぐのは常套手段だ。


 少なくとも、現状において戦略的にはシリウス側が勝っている。

 地球侵攻作戦の実施がなった時点でシリウス側は戦略的には勝利した。

 連邦軍にそれを止める実力が無くなった事を、精一杯に喧伝できるからだ。


「なんか舐められてんな」


 ディージョは嗾けるようにヴァルターに言った。

 実際にはその通りで、認めたくない現実と言う奴だ。


「実際に地球側は一体じゃないからね。仕方がないよ」


 ディージョだって腹に据えかねていると察したのだろう。

 中隊の良心とも言うべきウッディは、そう口を挟んだ。


 実際にはシリウス側に見透かされている。

 地球側の内情がドタバタなのを見透かされている。

 それを中隊全員が感じているのだ。


「現場で戦う俺たちにしてみりゃ迷惑な話しっすね」


 ロニーのボヤキが全てだ。

 地球の大気圏外でシリウスを待ち構える者達にしてみれば、それが本音だ。


 政治家は人民の代表だが、力の代理は軍人が背負う。

 その軍人は、一体どこを見て戦えと言うのだろうか。

 要するに地球側の世論が割れているのだから、統一見解は出しえない。


 それならば現状維持を図れば良いとやって来た結果がこれだ。

 事なかれ主義に徹し、どっちのサイドからも批判を受けぬようにやって来た。

 その結果としてシリウスは実力を蓄え、戦力を整備し太陽系まで進出した。


 明確に敵対する者へどっちつかずな態度を取って来たのだ。

 あやふやな対応をしていたその結果を拒否することなど出来ない。


「早め早めに何とかしときゃ良かったのにな」


 相変わらずヴァルターはぼやき担当だ。

 今日はどうも虫の居所が悪いらしいとテッドも苦笑いする。


 だが、そんなタイミングでワスプガンルームの戸が開いた。

 その向こうに立っていたのはエディだった。


「……お前たち、教官が来たのにそれか?」


 ――あっ!


 全員の顔色がさっと変わった。

 あくまで促成士官教育中なタロン中隊なのだ。

 こんな態度は許されない。


ATTENTION(気をつけ)!」


 ドッドとウェイドの居ないクレイジーサイボーグズの発令はジャンの役目だ。

 ガンルームの中で整列した中隊は、全員一斉に敬礼した。


「よろしい。まぁ、気を抜いていたようだが次は無いぞ?」


 ハハハと笑いながらホワイトボードの前にエディは立った。

 それを見てとり、ジャンは着席の令を発する。


 士官らしくなってきたなと笑ったエディは室内をグルリと見回した。

 全員が期待に胸を膨らませる乙女のような顔になっていた。











 ――――――――地球標準時間 2270年 2月1日 

           太平洋上空 高度700キロ 

           強襲降下揚陸艦 ワスプ艦内











 地球周回軌道ではなく太平洋上の静止軌道で待機中のワスプ艦内。

 凡そ4ヶ月ぶりに中隊に顔を見せたエディは、やや老けた様子に見えた。

 テッドたち8名がブリテン郊外で学んでいた間、エディ達は姿を見せていない。


 ――どこに行っていたのだろうか?


 誰もそれを口にはしなかったが、何か工作をしていたのだと確信していた。

 その証拠に、この鉄火場が目前となる環境下においてチームは宇宙にいる。


 何処かの誰かを丸め込み、エディは何かをするつもりなのだろう。

 そしてそれは、エディが目標とする遠大な計画の一環だろう。

 テッドは何の根拠が無くともそれを確信していた。


「さて、じゃぁ早速だが実習の内容だ」


 エディが示したのは地球の近軌道に展開するシリウス軍の現状だ。

 およそ400隻の大艦隊が太陽系へと展開している。

 小型船が多いのだが、その大半は大型船から分離したモノだろう。


「何をするか分かる者は居るか?」


 考えるトレーニングはエディの授業でも同じだ。

 ただし、考える内容は地球市民の事ではない。


 最終的にシリウス独立を果たし、穏やかな関係を作ること。

 エディの方針は終始一貫ぶれてないし、揺るぎ無いモノだ。


「……シリウス船の攻撃ですね?」


 ウッディが最初にそれを言った。

 ただ、エディは微妙な表情でニヤリと笑った。


 間違いではないが正解でもない。

 エディのこの態度は、だいたいそんな意味だ。


 つまり、もっと考える事を要求している。

 正解に自力で辿り着けと促している。

 ならばもっと考えねばならないが……


「シリウス船を攻撃して……」


 ヴァルターの言葉に続きテッドが呟く。


「地球側が有利になるようにする為には――」


 テッドとヴァルターが顔を見合わせた。

 ふたりの脳裏に浮かび上がったのは、サザンクロス郊外の記憶だ。


 あの埃っぽい戦場でシリウス軍とやりあった日々を思いだし考える。

 そこに浮かび上がったのは、最終的に地球側の戦力を温存する戦い方。

 そして、次に繋がる結果を優先すること。


 ただ勝てば良いんじゃない。

 再戦の時に少しでも有利になるようにする仕込みだ。


「――例えば」


 ふと思い付いたそれは、少々物騒な話だった。

 だが、エディは平気でそれをやるとテッドは確信している。

 本来なら口にすら出来ない作戦だが……


「要するに、墜落をコントロールする……とか」


 それを言ったのはディージョだった。

 さすがのテッドも口にしなかった作戦だ。

 だが、少なくとも現状では連邦軍支持者を優先すべきだ。


 軍という暴力装置は、それを支配する文民の意向を最優先するべき。

 そして、現状においては連邦軍側のやり方に異を唱える側を……


「うむ。大変よろしい」


 エディはそれ以上の事を言わなかったが、全員がそれを理解した。

 つまり、地球上空までシリウス軍を呼び込み、周回軌道上で撃沈する。

 周回軌道を外れたシリウス艦艇は当然墜落するだろう。


 その墜落する先は連邦軍支持国家以外のどこかだ。

 仮にそれが特定の国家だったとしても偶然を装うのだ。

 そして、反地球連邦国家の国民に政府への疑念を抱かせる。


 エディがシリウスで行ってきた工作の本質はつまりこれだった。

 反ヘカトンケイル側を効率良く痛め付ける。

 そして、反地球活動をしてる連中が呆れられるように仕向ける。


 正か邪かと言えば邪の側の行為だろう。

 だが、綺麗事だけでは話は進まない。

 テッドを含めたシリウス人の全てがそれを解っていた。

 独立闘争委員会の走狗どもが何をしたのかを知っているからだ。


 だから、世界を変えるなら支配者達が立ち枯れるようにするしかない。

 支配者はそれを支持する側からへし折って行くしかないのだから。


「じゃ、事前ブリーフィングは終わりだ。これより実習に移る」


 エディはワスプ艦内のハンガーをモニターに表示させた。

 ブリテン空軍の識別マークが入ったシェルが映っていた。

 タイプ02のビゲンがロイヤルエアフォースカラーに塗られている。


「まさかここまでやるたぁなぁ……」


 ステンマルクがボソリと呟く。

 手回し良く仕立てあげられたシェルは完全武装だ。

 両手に140ミリを抱え、スペアのマガジンもガッチリ積んでいた。


「さぁ行こうか。くれぐれも気配りを忘れないようにな」


 教官は胸を張ってガンルームを出ていった。

 その直後、プッと吹き出しテッドが笑った。

 それに釣られたのかヴァルターもディージョも笑いだす。


 エディはエディだった。

 いつでも何処でも、どんな存在が相手でもエディなのだ。


 常に最短手で自らの目標を果たす。

 そして、その影響の全てを自分の為に使う。

 一切ブレる事なく、目的を果たすのだ。


「さて、久しぶりにやらかそうぜ!」


 何とも楽しそうにジャンが言った。

 その言葉にロニーが応えた。


「なんかひでえやり方っすね」


 今さら何言ってんだ?と言わんばかりの顔でテッドが見ている。

 ロニーは肩をすぼめて小さくなった。


「……けど仕方がねえ」

「そりゃ解ってますけどねぇ」


 割り切れないモノを強引にでも割り切る。

 きっと大人になる要件とはこれなのだろう。


 ロニーは今それを学んでいるのだとテッドは思った。

 そして、こんな反発すら出来ない環境で自分は学んだのだと気が付いた。


 シリウスの地上戦で感じた理不尽さや虚しさの全てがここに繋がっている。

 そして、現状を変えるための強さが欲しいと思った。


 あのエディのように……


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