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黒い炎  作者: 陸奥守
第十章 国連軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊
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地球連邦軍海兵隊設立に向けて<後編>

~承前






「教官。この……派閥争いの本質って何ですか?」


 ヴァルターは半ば呆れるような口調でそう質問した。

 タロン中隊に配属され教育を受ける中で、最も重要視されたのは政治教育だ。


 凡そ士官という者は、目的の達成を何よりも重要視するように育てられる。

 その中で彼等は『何故それが重要なのか?』を自力で考える事を求められる。

 何故ならそれは、近代軍隊の宿命とも言うべきもの。

 シビリアン(人民による)コントロール(支配)の原則故だ。


 民主主義国家というものは、民衆の代表が集まり国政を行う。

 国会において真剣な討議をして国家の進路を定めるのが原則だ。

 そして、軍隊と言う組織はその障害を取り除くために使われる組織。


 つまり、軍は人民の要望を100%正確に読み取らねばならない。

 困難にぶつかり目標を達成できない時には、次善策を考えければならない。

 行ったけど駄目でした。次はどうしますか?なんて抜けた事は許されないのだ。


 次善策を考え、取れる限りの最善を希求し、目標に一歩でも近づく。

 その為に必要なのは『考える力』であり、社会全体を俯瞰する視点。

 社会が何をどう考え、どうしたいのかを読み取って行動する。


 それを実現する為、タロン中隊はディスカッション型教育を行っていた。

 討論させ、考えさせ、解決すべき問題は自分で気が付くように教え込むのだ。


「良い質問だね」


 ニンマリと笑った初老の教官は、スクリーン状に地球の現状を示した。

 一辺倒な詰め込み型教育では無く対話と導きによって教えを授ける授業。

 ブリテンの伝統的なカレッジ型教育では、教官は考える事を学生に求める。


「これを見たまえ。現状における地球国家の派閥を示しているのだが――」


 胸にチャールズの名札がある教師は、色分けされた地球地図を見せた。

 そこに表示されているのは青い連邦国家と赤い国連国家の色分けだ。


「――ざっくり言えば、旧国連の主要構成国が連邦化していて、これらの国家ではシリウスにおける権益の保護に熱心だ。もちろん我がブリテンもこちら側だがね」


 チャールズは赤い側の国を指さし渋い顔になった。

 それが何を意味するのかは、説明するまでもない事だった。


「それに対し、旧国連においてことごとく主流派に反対していた側がこちらだ。現状では中国とその傀儡国家だけの国連が形だけ残っている。まぁ、その中身は言うまでも無かろう。要するに中華連合だな。21世紀から始まったチャイナドリーム(中国夢)の行き着いた先がこんな形だ」


 それは中華人民共和国という300年に満たない国家の話では無い。

 黄河文明などと呼ばれ、地球人類史の中で最初期に文明圏を築いた地域の話だ。


「彼等はその昔に人類史をリードした先進文明の輝きを取り戻そうとしている。その為、強引とも言える手法で影響圏を広げてきた。一帯一路と呼ばれる政策は、要するに金の力で対象国家を骨抜きにし、地域への軍事プレゼン力を確保する重層的政策の総称だ」


 そんな説明に対し『それってつまりどんな手段っすか?』とロニーが言う。

 チャールズはよりいっそうにニンマリと笑ってロニーを指さした。


「例えばこうしよう。金に困ってる家に行って、『ほら、この金を使って問題を解決すれば良いよ!』と現金を差し出し、今度はその金で自分の家の物を売りつける。さて、返済の段になって返す金が無い時にはこう言う。『返済が出来ない?じゃぁウチのこの番犬を庭先に繋がせてくれないか?飯やら散歩やらはコッチでやるから良いよ』と。手を出さなくて良いし、むしろ関わらないでくれ」


 両手を広げ中国のやって来た一帯一路の真実を語るチャールズ。

 その結果何が起きたかは、地球地図を見れば嫌でも解る。


 一帯一路と名付けられた帯状の地域に中国の基地が点々と残り着々と広がった。

 最初は小さな軍港なり拠点でしか無いのだが、そこに莫大な中国マネーが入る。

 そうすると、今度は中国資本の企業や組織が進出し、着々と地域を蝕んでいく。


 そして、気が付いた時には軍港が巨大なチャイナタウンになっているのだ。

 もちろん言うまでも無い事だが、その街最大の権力者は中国人になる。

 地域の住民は奴隷の様な境遇で働かされ、その給与は元建てで支払われる。


 最終的にその地域なり国家なりが大量の元で乗っ取られ、国家機能不全に陥る。

 やがてその国家に中国の傀儡政権が樹立され、通貨発行権まで乗っ取られる。


 力ずくで欧米国家圏に対抗しようとした中国のやり方。

 それはまるで、シリウスを支配する地球のやり方その物だった。


「でも、なんでそこまで……やるんですか?」

「それはね……要するに人類史における栄枯盛衰の法則だよ」


 チャールズが次に示したのは、地球人類史で主導権を握った国家の歴史だ。

 遠くローマ帝国の時代から冷戦を勝ち抜いたアメリカまでの大きな歴史。

 そこに書き込まれている一大鉄則は、今の時代も有効だ。


「簡単に言えば、それはもう一言”舐めるな”とそう言う話だ」


 そう。

 人類開闢以来、脈々と続く支配者の文法はこれに尽きる。


 人類史の中でパクス・ロマーナを実現したローマ帝国。

 産業革命で世界を支配しパクス・ブリタニカを実現したブリテン。

 巨大な軍事力と資本力で覇権をとりパクス・アメリカーナを達成したアメリカ。


 その全てに共通するのは、自国に対し舐めた態度を取る国家を焼いてきた事だ。

 力による破壊と制裁。その裏にある物は、覇権国の庇護下における繁栄。


「舐めんな……って、ヤクザじゃ無いんですから」


 テッドは溜息混じりにそう零す。

 だが、チャールズはウンウンと首肯しながら応えた。


「いや、ヤクザの方が優しいだろうね。なにせ覇権を取った国家は敵対勢力に対し徹底した攻撃を加えた。ローマ軍隊は当時世界最強だった。ブリテンは海上輸送力の封鎖を行って対抗してきた国家を干殺しにした。そしてアメリカは、文字通り敵対国家を焼き払った――」


 チャールズはピンと指を1本立てて言った。

 渋い表情になり、薄笑いを浮かべながら。


「――ザ・ワン(頂点)、そしてオンリー(唯一)スプリーム(最強)。アメリカを彩る形容詞には事欠かない。だが、アメリカという国家を最も象徴する物は何かと言えば、それはもう経済以外の何ものもないのだよ」


 チャールズが示したのは、国際社会におけるGDPのグラフだ。

 18世紀の後半からアメリカのひとり勝ちが延々と続くグラフ。

 そこに描かれているのは、対抗馬となる国が覇権を取る前に潰される構図だ。


「相手国家の全てをドルで支配するだけの経済的な実力があったんだ。軍事力を背景に経済で相手の国を支配したのだよ。そして、言う事を聞かない相手には、国連軍を編成し国際社会の全てを動かして焼き払った。アメリカの言う事を聞かない国家がどうなるかの……いわば見せしめに焼かれた国家は多い」」


 ……うわぁ


 テッドは初めて世界における政治の真実を垣間見た。

 そして、その行き着く先が現状なのだと初めて理解した。


「中国はアメリカに潰されまいと必死で対抗措置を取ってきた。それに対し、アメリカは奴隷の国は奴隷のままで居ろとアレコレ画策した事が垣間見えるだろう?」


 21世紀の初頭に合衆国大統領となった男は商人上がりだ。

 だが、それ故に商機に聡くチャンスを見逃さない嗅覚がある。


 何より、損か得かの境目をしっかりと見極め、一気に攻め手を伸ばす。

 しかしながら、損が見える時は容赦無く損切りを行って次に備える。

 恐ろしい程に合理的な手法は、時に相手の精神をひねり潰すのだった。


「で、結局、その時の勝敗が付かなくて現状になってると言う事ですか?」


 ウッディの質問は現状における地球の政治体制の混乱を尋ねたものだった。

 シリウス側はメインベルトの外側まで完全勢力圏に置いた。

 それに対し、地球はどう対抗するべきかで一枚岩とは言いがたい。


 連邦派閥国家は中華連合に対し、連邦への参加を求めている。

 ただ、参加とは言ってもその実は要するに加盟しろと言う事だ。

 そしてそれは、加盟するだけで指導力を発揮する場面は一切無い。


 要するに、連邦の軍門に降れと、そう求めているに過ぎない。


 それに対し現状の中華連合系国連派閥は、あくまで対等合併を求めた。

 かつての国連常任理事国体制の様に、国連の運営について拒否権を求めたのだ。


「まぁ、単純に言えば地球上人類の4人に1人は中国籍だ。中国に勝ちきるのは相当難しいと言う事だな。それ故に、拒否権さえ認めれば譲歩すると中華連合側も強気なのだよ。そもそも、自国民を戦車で轢き殺しても平然としている面の皮の厚い連中だ。それ位の要求は朝飯前だろうね」


 中華連合が繰り返し要求してきた連邦に対する譲歩要求は簡単だ。

 我が国の国家主席を上回る権力は、その存在を絶対に認められない。

 多数決で決めるのだって困る。同等の権力を持つ国家元首が集まって決めろ。


 要するに、国家を独裁体制で導く中国型の政治に矛盾を生じさせるな……と。

 国家を支配する国家主席の顔が潰れるような形にしてくれるな……と。


 要するに、そう言う事なのだ。そして、全てが中国に参加すれば上手く行く。

 人類の4人に1人は中国人なのだ。数学的な矛盾は絶対に認めない。

 人類の多数決において中国が有利じゃ無きゃおかしいと言い切った。


「じゃぁ、現状において連邦側国家は中国抜きでやってる訳ですね?」


 確認する様にそう言ったディージョは、腕を組んで唸っていた。

 余りに馬鹿馬鹿しい話なので、不覚にも笑ってしまった……と、そんな調子だ。


「そうだね。彼等ははっきり言ったんだよ。シリウスと戦うのは構わないが、中国を抜いてやれ。中国には中国の利益があるってね。だが――」


 ウンザリ気味の表情になったチャールズは、地球連邦議会の公文書を出した。

 地球マークの入ったその文書には、なんとも頭を抱える文言が並んでいた。


 ――――国連は地球連邦政府を承認しない

 ――――地球連邦がシリウス側と交戦体勢に入った場合は相応の措置を取る

 ――――国連はシリウスの独立を承認し連合体制を結ぶ容易がある

 ――――この場合の国連は連邦軍と交戦する可能性を承知している


「これって要するに……中国によるシリウス承認ですよね?」


 テッドはそこに何とも言えない不快感を覚えた。

 この場合、中国が承認するのはシリウス人民を抑圧する側の事だ。


 強権的な中国政府と馬の合うシリウス政府のみを承認するのだろう。

 つまり、ここでも一帯一路が顔を見せる事になる。

 中国シンパのシリウス国家に中国資本を大量投入するのだ。


 飢え乾いているシリウスに中国からの巨大輸送船を送り込む。

 その積み荷は、彼等が本気で求めている物資だろう。

 燃料や弾薬だけで無く、食料や医薬品。そして嗜好品。


 だが、その全てが心を蝕む麻薬なのはテッドにだって解った。

 輸送船がシリウスに到着し、大量の物資を陸揚げする。

 だが、次の輸送は何時かは解らないのだ。


 彼等は次の中国系輸送船がくるのを指折り数え待つ様になる

 そうなれば、最早シリウス人民は中国の奴隷だった。


 目の前にぶら下げられたニンジン欲しさに、何でも命令を聞く馬みたいなもの。

 シリウスの奴隷化は、こうやって進められるのだとテッドは知った。


「まぁ、現状で確実に言える事は……地球連邦は進退窮まり、打つ手の無くなった状態だという事だよ。少なくとも地球連邦政府は対応に相当苦慮している。だが、敵は待ってくれないのだ」


 そう。太陽系までやって来たシリウス軍は、地球降下作戦を宣言していた。

 地球人類発祥の地から追い出された哀れな人々による一大反攻作戦だ。

 地球においてずっと風当たりの強かった中国は、これ幸いと荷担するだろう。


 良い悪いの問題では無い。やるかやられるか……だ。

 国連組織がどうのこうのでは無く、先々を見据えた歴史的な暗闘だった。


「故に我々連邦サイドは、時には非情な措置を取らねばならない。この場合には、中国のみに被害が出る戦闘が望ましいと言う事だ。なぜなら……」


 チャールズの言葉が一瞬遠くなった。

 え?と訝しがったテッドは、これは!と驚いた。


「連邦側の国民は、自分達に被害が出ない形での戦闘を要求するだろうからね」


 チャールズがハッキリと言い切ったそれは、決して褒められる物では無かった。

 ただ、中国が自分達の要望を通そうと力圧しする行為の逆サイドの話だ。

 中国に煮え湯を飲まされる側にしてみれば、同じ思いをさせろと要求する。


 そして軍隊は、自らを飼って下さる主権者様の要望に応える事になる。

 絶対に良くない事なのだが、戦争は時にいかなる非道をも肯定する。


 そう教育を受けたテッド達は、きっとそうなるだろうと確信していた。

 何より、あのエディがそうするだろうと、何ら根拠が無くとも確信した。


 何故なら、あのシリウスから来た宇宙船を焼き払った時を皆が見ているから。

 チャイナ系の軍属や関係者が大量に姿を現したのだから、エディには敵だ。


 そして、エディは敵に容赦を見せる事など絶対にあり得ないのだから……


 ――あっ……


 この時テッドは気が付いた。

 何故海兵隊を設立せねばならないか……をだ。


 海兵隊の本質はつまり、エディの私兵だ。

 エディが書いた画にそってシリウスが独立するための道具。

 言い換えれば、誰にも邪魔されずに目的を果たすための機関。


 地球の思惑を読み取り、それに沿った戦闘を行い、結果を出す。

 それだけで無く、その上で自分の目的を果たす。

 困難以外の何ものでも無いが、エディはそれをやるのだろう。


 各国の思惑が複雑に絡み合った連邦軍にあって、独立した機関として振る舞う。

 それを可能にするための隠れ蓑が……つまりは海兵隊と言う事だ。


「中国は折れますか?」


 単刀直入にジャンはそれを問うた。

 それなりに学はある筈のジャンだが、それでも聞きたかったのだ。


「さぁね。それは私にも解らない。だが、折れるかどうかでは無くて、必要だと思ったらへし折るんだ。それが国際社会の常識だ。そして、へし折られないために軍隊と言う組織がある。折る為の機関じゃ無い。折られないための機関だ」


 解るかね?


 そんな表情でチャールズは全員を見た。

 テッドは静かにウンウンと首肯していた。


 ここまでのエディを見ていれば、それは嫌でもよく解る事だった。

 相手をへし折る方法は幾らでもあるが、へし折られないために抵抗する。

 その為に造ったのが、この501中隊だと気が付いたのだ。


「まぁいい。来週は野外実習だが我が中隊の場合は宇宙と言う事だ。だが、君らの場合は必要あるまい。そこらの船乗りよりも余程船に精通しているし、グリーゼまで行ったなんて船乗りからすれば羨ましい話だ」


 純粋に冒険を求める船乗りはいつの時代にもいる。

 もっと遠くへ。何処か遠くへ。自分の知らない何処かへ。

 それを求め続ける人々だ。


「けど、正直一瞬ですよ」


 オーリスは次元飛行の真実を語った。

 一瞬で時間と空間を飛び越えてしまう宇宙の旅に旅情は無い。

 ただ、それでも羨ましいのだろうとは思うのだが……


「旅の中身がどうこうは言わないよ。その経験が貴重なのだ。そもそもこんな士官教育だって、平和な時代の名残なのさ。本来士官は現場で様々な事を経験し成長していく過程で昇進するものだ。戦果という結果を残してな。戦争の無い時代に士官をどう育てるかの結果がこれさ。つまり――」


 ニコリと笑ったチャールズは全員をスーッと指さして言った。


「――君らは得がたい経験を積み、宇宙軍海兵隊の創立メンバーとなるのだ」

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