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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-NINE:ルーシーの旅立ち 05


~承前






 陸軍軍楽隊の演奏がルーシーを現実へと引き戻した。

 その意識は僅かの間に回想へと耽っていたらしい。


 軍楽隊の演奏はこの国を1つに結ぶ絆。合衆国国家だった。

 見事な伴奏にのせ、カデット達は絶唱するように合衆国国家を歌う。

 そして同じように、その場に出席していた合衆国軍関係者や父母らも歌う。


 叫ぶようなその歌声は、大陸の乾いた風に解けて消えた。

 しかし、その理念とプライドは歌う者達全ての胸に暖かな火を燈す。


 |スターズアンドストライプス《星条旗》


 それは、様々な人種や宗教や思想の差を越え産まれた、団結する国家の象徴。

 一晩中激しい砲撃を受けた砦の上に翻る一枚の旗だった。

 そして、複雑に積み重ねられた多種多様な価値観を縦に貫く精神的な柱。

 独立を勝ち取るための闘争を経て、理想を追い求めた民衆のシンボルだ。


 強い信念と熱い愛国心の象徴。

 如何なる困難にも立ち向かう精神の象徴として翻る星条旗。

 自由と平等とを掲げる国家精神の根本は歌詩の一節にあった。


 "In God is our trust!"

 (我等の信頼は神の中にある)


 神の定めた摂理としての自由と平等。

 それを踏みにじる存在を合衆国は決して許さない。

 決して。決してだ。


 そして、合衆国国家は謳う。

 闘争による破壊と混乱を誇った者達を許しはしないと。

 邪悪なる野望を企てる者達は、彼等自身の血で贖われる……と。

 虐げられた人々の恐怖と絶望は、如何なる慰めも無意味だ。

 ただただ、勝利だけがそれを癒やすのだ……と。


 長々と続く国歌の中で、ルーシーはハッと気が付いた。

 その歌詞に歌われる理想と現実との葛藤に。

 何よりそれば、暴力による憎しみと復讐の連鎖だ。


 愛する人々を闘争の惨禍から守りたい。


 その理想に燃えた国民であって欲しいと国家は歌う。

 そして、神に祝福された地に勝利と平和が来る様に願う。

 ただ、そこに出てくるのは、戦い勝利する力を与えよ……だ。


 結局は戦うのだ。戦って手に入れるしか無いのだ。

 その現実を国歌に乗せ歌いながら、ルーシーは思い出した。


 ――――私はシリウスを手に入れる


 それは、全てをカミングアウトしたエディが漏らした目標だ。

 緩い表情のエディは、軽い調子だったがそう言明した。

 そこには揺るがぬ信念と折れぬ覚悟が見え隠れしていた。


 ――――シリウス人民を抑圧する者に鉄槌を下す

 ――――己の欲望をシリウスの目標にすり替えた者を決して許さない


 力のこもった言葉とは言いがたい状態。

 だが、その言葉には信念があった。そして、不撓不屈の覚悟だ。


 ――――棄民として入植せざるを得なかった人々を護りたいのだ


 エディは自らを鍋蓋のつまみと表現した。

 シリウスの社会は、産まれた所や人種や宗教による差異が無い。

 惑星文明圏の全てが平等に貧しく、同じように困窮している。

 そんな人々から頭1つだけ飛び出た存在こそが自分だ……と。


 そして、全てのシリウス人が持つ理想を護りたいのだと。

 昨日より今日を。今日より明日を。未来を少しでも良くしよう。

 日々を必死に生きて社会と世界を築き上げてきた人々を護りたい。


 そんなシリウスに捨てられた政治犯が全てを変えてしまった。

 多様性を求めつつ、自分達以外の思想を否定する矛盾の固まり。

 左派系リベラルと自称するただの我が儘集団達の復讐劇。


 地球から追放された、もっとも始末に悪い連中の反地球活動その物。

 そんな酷い活動こそが、シリウス独立闘争の本質だった。


 ――――彼等の信念は単純だよ

 ――――ただの復讐なのさ

 ――――それ以外の事なんかどうだって良いんだ


 自分達を追放した地球を見返してやる。

 そしてあわよくば、シリウスを使って地球を支配してやる。

 自分達を弾き出した地球の社会全てを破壊し尽くしてやる。


 そんな欲望を隠そうともしない最低の集団。


 ――――シリウスの社会を食い物にするただの悪党さ

 ――――地球社会におけるアウトサイダー達のリベルタリア

 ――――現状のシリウスはただのディストピアだ


 なんとも吐き捨てるようにそう言ったエディ。

 それは怒りでは無く悲しみだとルーシーは感じた。


 最初は理想に燃えた人々だったはず。

 だが、そんな所に入り込んだ奴らは、自分達に都合良く社会を変えたのだ。


 ――――私は指導者でも英雄でも無い

 ――――もちろんスーパーヒーローだとかそう言うモノでも無い


 自己否定の言葉を吐いたエディに対し、ルーシーは素直な言葉で問うた。

 真っ直ぐな眼差しで、『じゃぁ、何者なんですか?』と。


 ――――私は……死神だよ……

 ――――彼等を地獄へと導くただの死神だ


 スパッとそう言いきったエディは、ニヤリと笑った後で言った。


 ――――グリム童話にあるだろう?

 ――――神は依怙贔屓するし悪魔は人を堕落させる

 ――――だが死神だけは万民に平等だ


 ハッとした表情を浮かべたルーシーは、僅かに首を傾げた。

 そして『誰も平等にあの世へと連れて行くか……ら?』と尋ねた。


 ――――そうだ。死神だけは万民に平等だ

 ――――ポーンだってキングだってゲームが終われば駒箱へ帰る定めだ

 ――――だからね……


 手を差し伸べ、エディは自信あふれる笑みで言った。


 ――――力を貸してくれるかい?


 思わず『何をするのですか?』とルーシーは聞き返した。

 素直なその反応は、エディの笑みに凄みを足していた。


 ――――簡単さ。シリウスを食い物にする奴らを根絶やしにする

 ――――ただ、単に死んでもらうんじゃ無い

 ――――重要な事だからしっかり聞いてくれ


 浮かべる笑みに凶悪さが混じった……

 それを見て取ったルーシーは、寒気を覚えると同時に笑っていた。

 ビギンズだと名乗った男の内心を手に取るように解ったのだ。


 悔しさや悲しさだけで無く、不条理や理不尽さへの反感。

 それら全てを内包した、現状への苛立ちと怒り。


 全てを壊してやる……


 強い意志は波動となってルーシーの心を揺り動かしていた。


 ――――全ての人民から嫌われ詰られ

 ――――絶望の淵へと堕ちてから死んでもらう


 それは究極的な仕打ちだとルーシーは思った。

 やるだけの事はやった……とか、そう言った満足感や充足感の対極だ。


 ――――産まれて来た事を後悔しながら死ぬのさ……


 エディが言った最後の言葉にルーシーもまた悪い笑みを浮かべた。

 理屈ではなく本能のレベルで『楽しい』と感じた。


 心を折ってやるのだ。魂を磨り潰してやるのだ。

 己のやって来たことの全てを否定されながら、絶望に包まれて死ぬ。


 その愉悦にルーシーはただただ頷くのだった。






PALADE(全体)! MARCH(進め)!』





 鋭い声の号令にルーシーは我に返った。

 そして、整列していたカデット達は隊列を組んで行進を開始する。

 国旗宣誓を終えたかれらはには、最初の試練が始まろうとしている。


 これからの4年間、彼等彼女等は想像を絶するストレス環境に曝されるのだ。

 それは、人の命を預かって戦争の現場へと出向く事になるカデットの宿命。

 能力無き者を早めにふるい落とし、優秀な人間だけを集める手段だった。


「行ったようだね」

「えぇ……」


 チャールズは隣に座っていたジャンへ言葉を掛けた。

 本来であれば高級将校ばかりが座る貴賓席へ入れるような立場ではない。


 しかし、そんなジャンはチャールズの招きでそこへ座っていた。

 何とも居心地の悪い環境な筈だが、この時ばかりは全く問題なかった。

 なぜなら、そのジャンの隣にはエディが居たのだ。


 同じように見守っていたエディは、将官席で高級将校の握手攻めに会っていた。

 ロイエンタール卿の死から20年が経過し、歴史の1ページになっている筈。

 だが、その影響力はまだまだ絶大で、家督相続人に挨拶に来るのだ。


「叔父上の件は……実に残念だった」


 かつての部下や教え子たちだけでなく、その庇護下にあった下級士官たちだ。

 彼等は経験を積み重ねて出世し、今は軒並み将軍級まで上り詰めていた。


「叔父上は最後まで現役に拘ってました。幸せな最期だったことでしょう」

「そうだな。1人の武人として戦って死にたいと何時もおっしゃっておられた」


 名も知らぬ米陸軍の将校は、涙を堪えるような姿でそう漏らした。

 胸のネームプレートにはマイヤーズの文字があり、エディはその正体を知った。


 米国を長らく護ってきた軍人一族の中の一家。

 数多くの参謀を排出した名門中の名門であるマイヤーズ家の男だ。


「ところで少佐、あのカデットの娘は?」

「実は……余り大きな声では言えませんが」

「君の親類かね? それも……」


 マイヤーズの遠まわしな表現は、高級将校の間にある噂そのものだった。

 遠くグリーゼまで行った帝国陸軍少佐の気に掛ける存在。

 彼女はロイエンタール卿の隠し子が産んだ孫娘かも知れない。


 ルーシーを預かっていたチャールズは真相を語らずにいたのだ。

 高級将校同士の紳士協定として真相は闇の中にあった。

 故に、多くの者が勝手な解釈をして、ポイント稼ぎに出ていたのだ。


 エディの正体は知らずとも、その扱いは誰もが熟知している。

 ロイエンタール卿と並ぶ地球連邦軍重鎮衆が特別に気に掛ける男だ。


「私の口からは言えない事でありますが……噂に限りなく近い存在だと思っていただければ結構です。ロイエンタール卿の精神を24世紀に伝える存在になるやも知れませぬ。小官としても、あの子は上手く育ててやりたいと思っております」


 咄嗟に全てを見抜き、次に繋がる手を打っていく。

 そんな能力を鍛えたのは、他ならぬロイエンタール卿だった。


「……そうか」

「えぇ……」


 思わせぶりなモノ言いと、決して嘘ではない言葉遣い。

 ただし、それが真実であるかどうかは誰にもわからない。

 その要点を的確に抑え、必要な扱いを上手くゲットするのが肝要だ。


 相手が忖度したのなら、こちらに非は一切無い。

 忖度の罪を問う事は、愚かな存在であると自称するに等しい。


「思えばロイエンタール卿には沢山の導きを与えられた。その恩を返さねばならぬようだ――」


 マイヤーズはエディの肩をポンと叩き言葉を付け加えた。


「――まぁ、悪いようにはしない。あの子はステイツ最初の女性参謀総長になるかも知れないな」


 俗にガラスの天井などとも呼ばれる立身出世の限界。

 女性が上り詰められる肩書きには限界があるのだ。


「新しい歴史を刻む存在になれば……叔父上も歓ばれる事でしょう」


 行進でバラックへと消えて行くカデットを見送り、エディは静かにそう言った。

 そんな会話を聞いていたジャンは、他所を向きながらほくそ笑む。

 上官であるエディの百選練磨ぶりに驚きつつも……だ。


「あの子には参謀学を学ばせよう。経済学もあわせてだ。将来の連邦軍を背負って立つ存在に育ててやらねばならんな」


 ほくそ笑むジャンを見ながら、チャールズはそんな事を漏らした。

 多くの大人たちがその将来を渇望するルーシーの挑戦は始まったばかりだ。


「そういえばチャールズ。連邦軍に海兵隊を創設する話は聞いたか?」


 エディとジャン挟み、マイヤーズは話を振った。

 この場合、間にいる二人は口を挟まないのがマナーだ。


「あぁ、聞いている。これもロイエンタール将軍の置き土産だな」

「各国大臣の委員会から独立した即応集団だ。これは先々重要だぞ」


 連邦軍における方針の決定は、参加国の軍務大臣による委員会に委ねられる。

 かつてのNATOと同じように、多数決は無く全会一致が原則の組織だった。

 故に、連邦軍では意思の決定に手間を要する事が多く、煩雑さが問題だった。


「とりあえず現場で大暴れする戦闘集団が必要なのは常々感じているよ」

「ボヤのウチに火を消す為のファイヤーファイターだな」


 ふたりの将軍が気を揉むのは、その組織の中身だった。

 総身のデカイ連邦軍は、一つ一つの作戦に付いて幾つもの監査が必要だ。

 小規模な限定的作戦に付いても委員会の決裁を必要とする。


 いま問題になっているのは、全ての手続きをすっ飛ばし即応する組織だ。

 少数の武装集団による限定的な戦闘行動に対応するのにも委員会の決裁が要る。

 各国の利権や利害が複雑に絡み合う以上、委員会の全会一致が要るのだ。


「早めに行って火消しをする集団と言うことか」

「あぁ。それなら理解を求めやすい」


 連邦軍の中身に付いて頭を抱える事も多い二人だ。

 懸案事項の解決と言う意味で、率直に言えばありがたい。


「なぁチャールズ。ここだけの話だが、私は君を最初の海兵隊司令に推薦しようと思っているんだが……」


 マイヤーズはエディをチラリと見てからそう言った。

 つまり、ルーシーの将来に筋道をつけようと言う提案だった。


「……私にか?」

「あぁ。君なら実戦経験も豊富だ。それに……その方が()()()()()()()だろ?」


 それが何を意味する言葉なのかは言うまでも無い。

 ルーシーの正体を知る3人に、権限を与えるとマイヤーズは言っている。


「……即答しなきゃダメか?」

「いや、近日また委員会があるはずなので、その準備会合で話をする」


 この話が出る以上、ある程度は肉付けが終っているはずだ……


 ジャンやエディが驚くなか、チャールズは『わかった』と一言だけ答えた。

 つまり、もはや規定路線なのだと知ったのだった。


「あの子の為だ。まだまだ頑張るさ」


 呟くようにそう言ったチャールズ。

 エディはジャンを横目に見てからそっぽを向きニヤリと笑った。


『聞いたか?』


 サイボーグ向けの無線の中でエディは笑って言った。


『どうしました?』

『マッケンジー少将に恩を売れるな』


 エディの言葉にジャンもまたニヤリと笑みを浮かべた。

 全くエディを見る事無く、楽しげに入学式の余興を眺めている。

 ただ、その眼差しとは裏腹に、エディの腹積もりを聞いていた。


 まずはこのチャールズ・ハミルトンを海兵隊司令のポストに就ける。

 その下にマッケンジー少将を宛がい、将来の司令とする。

 全ての面でエディ=ビギンズの思惑通りに動く組織を作り上げる。

 しかもそれは、協力者が納得する形での、目に見える恩恵をつけてだ。


『上手く回って欲しいですね』

『心配するな。私は持って生まれて運が良い』


 悪い笑みを浮かべたままのジャンだが、エディは真面目な顔になって言った。


「さて、セカンドクォーターも佳境だな」


 シリウス独立闘争の争いはそろそろ場面チェンジになる。

 その言葉を聞いたマイヤーズは、何となくエディの正体を察した。


「老兵は去るものだ。君らに期待するよ」


 その言葉を残し、マイヤーズは席を立った。

 すぐに違う将官が現れ、エディに挨拶して行った。

 次から次へと現れる将軍級に驚きつつも、ジャンはエディの苦労を知った。


 ――おれも気合入れるか……


 軽い調子のラテン男だが、それでもジャンにとっては大切な存在だ。

 ルーシーの明るい将来を祈りつつ、エディの夢に思いを馳せるのだった。








 Road-NINE ルーシーの旅立ち



     ――了――




 第十章 地球連邦軍海兵隊 軌道降下強襲歩兵隊 へと続く


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