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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
315/425

ROAD-NINE:ルーシーの旅立ち 04


~承前






「ちょっと待って。意味が解らない」


 基本的には頭の回転が良い娘の筈のルーシー。

 だが、母キャサリンの言葉はその理解の範疇を超えていた。


「貴族のクローンって……シリウス社会の貴族ってなに? ヘカトンケイル?」


 陸軍幼年学校の中で、基礎知識としてのシリウスを教育されたルーシー。

 その知識の中にあるのは、シリウス社会の中で民主に崇められる存在だった。


 シリウス開拓の最初期に志願して残った調査団のなれの果て。

 16名が残り、地球から第2陣が到着した時には8人だけが生き残っていた。

 愁いを帯びた郷愁を纏いつつ、彼等はこう呼ばれる。


 始まりの8人。或いは、16人……と。


「ヘカトンケイルは……貴族とは呼べないね」


 混乱するルーシーに向かい、サンドラはきっぱりとそう言いきった。

 何となくオーラが違う女性(ひと)だとルーシーも思うサンドラ。

 そんな人物が『ちがう』と言い切った以上、何らかの根拠があるのだろう。


「あなたがシリウスの社会を何処まで知っているかに因るのでしょうけど……」


 何処からどう説明して良いのか解らず、当のキャサリンも混乱していた。

 話の取っ掛かりを求めで思案を重ね、貴重な時間を浪費して思索を重ねる。

 その結論として最初に口を突いて出たのは、シリウスの現状からだった。


「まぁ、順番に行こう。2225年。私はシリウスの片隅の、人口1000人足らずな小さい街で生まれた牛飼いの娘よ――」


 母キャサリンは正真正銘のシリウス人だ!

 それはルーシーをして衝撃以外の何ものでもなかった。


 シリウス軍の制服を着ているし、それに、話す言葉ですらシリウス訛り。

 工作員としてシリウスに溶けこんでいたのだ……と、ルーシーは思ってた。

 だが、その思い込みを本人が見事に粉砕している。


 地球において様々な反地球闘争をしかける黒幕的存在。

 シリウスの反地球キャンペーン側に母が所属している衝撃は、計り知れない。


「――家は生活が苦しく、私は満足な勉強も出来ないまま育ち、母親は私が10歳になる前に病死してて――」


 ルーシーはその言葉を黙って聞いていた。

 大きく目を見開き、その後悔の愁いを帯びた告白に耳を傾けていた。


「――父は私に学ばせる為に、あの頃近くにあった最大の都市サザンクロスの親戚へ送り出されたの。シリウスで牛飼いをしていても未来が無いって父は知ってたのよ……」


 そこから始まったキャサリンの人生トーク。

 驚きの余りに表情を硬くするルーシーは絶句を通り越す衝撃だった。

 やがてシリウス内戦が始まり、キャサリンはサザンクロスから疎開する。


 ただ、その疎開先にも暗い影は落ちた。


「激しい戦闘が目の前で発生し、私が乗っていたバスはRPGの直撃を受けエンジンが爆発した。バスは全ての電源を喪い、ドアの電磁ロックは2度と開かなくなった。その状態でバスは炎上を始め――」


 目を伏せたキャサリンは、首を振って呟いた。


「――私を含めた多くがその炎に焼かれた。戦闘終了後にシリウス軍が救助の来たけど、私はトリアージの段階でブラック判定を受け、後は死ぬのを待つばかりだったのよ。ただね、そこで出会ったの」


『であった?』と語尾上げで聞きかえしたルーシー。

 キャサリンはコクリと首肯を返し、ルーシーはチラリとジャンを見た。


「パパと?」


 シリウス軍士官であるキャサリンと連邦軍士官のジャン。

 このふたりが出会うなら、もはやそれしか無いとルーシーは思った。


 父母の馴れ初めの話だが、キャサリンは間違い無く代理母と言った。

 つまり、その場でジャンが手引きし、母はレプリになった……


 だが、その問いにキャサリンは首を振って否定の意を返した。

 そして、僅かに笑みを浮かべ、真実を語った。


「ワルキューレと呼ばれるシリウス軍の中のジョーカー集団に。最初のシリウス生まれであるビギンズの相方として、シリウス社会の中でビギンズの為に駒を集める女に……ね」


 それが後のバーニーであるとキャサリンは語った。

 アダムの骨から作られた、男に都合の良い存在である奴隷のような女ではない。

 彼女はアダムの情婦ではない自由な女だ。シリウス社会の中のリリスだ……と。


「彼女はある意味、自らの意志と決意とをもって生きる、自由と奔放の象徴よ」


 僅かに動いていたキャサリンを見て、バーニーは救済する決断をした。

 例えそれがラザロ兆候だったとしても、生きる意志に見えたのだ。


 脳を含めた僅かな状態となったキャサリンにバーニーは問うた。

 生きるか、それともこのまま死ぬか。好きな方を選べ……と。

 但し、もし生き残ったとしても、相当な修羅の道になると……


「その時に……」

「そう。私は脳だけが取り出されてレプリの身体に入った。最初はあり合わせの身体に入り、半年待って自分のDNA型から再構築した身体に入った。それで……」


 その女の下で、キャサリンはレプリカントの身体に乗り換えた。

 シリウス解放義勇軍の戦士として生まれ変わったキャサリン。


 それは、ルーシーの中のロマンを掻き立てるような響きだった。

 話の続きを催促するように、ルーシーは笑みを浮かべ話を聞いた。


 だが……


「でもね、良いことばかりじゃなかった」

「そうなの?」


 キャサリンは微妙な表情を浮かべてルーシーを見た。

 レプリの身体に脳が馴染むかどうかは、やってみなければ解らない。


 脳移植を経て意識を取り戻しても、鎮痛剤や抑制剤を飲み続けるケースもある。

 生身の身体は胎児の時期から脳と身体が馴染むので、まずありえない事だ。


 だが、レプリへの脳移植は、他人の身体を乗っ取るようなもの

 

 全身の疼痛と割れるような頭痛。内蔵を締め付ける不快感。

 そんな生理反応とずっと付き合い続けなければならない。


「ある意味、その後の方が酷かった。修羅の道ってのは伊達じゃ無いわね」

「生理反応を抑えて……ってこと?」

「そんな程度で済むなら大歓迎よ。レプリに生理は来ないしね」


 キャサリンの言葉にルーシーは首を傾げた。

 それは、まだルーシーには理解出来ない問題だった。


「身体中をなめ回されるように視姦される不快感だ」


 不思議そうにしていたルーシーを見かねたのか、サミールが口を開いた。

 そして、それに続きサンドラがぼやくように言う。


「こればかりはね、慣れるなんて出来ないよ」


 世の中に男と女が居る以上、避けては通れない問題。

 ただ、問題の本質はそこでは無い。実態はそれ以上に不快な物だ。


「シリウス軍には足りない戦力を埋める為にレプリの兵士が居るんだけどね――」


 レプリカントまで兵士として動員されるシリウス軍の宿命。

 絶望的な戦力差を埋める為の懸命な努力は、結果として悲劇を生む。

 つまり、レプリボディユーザーはレプリと同一視される不条理だ。


「――傍目に見て、レプリ兵とレプリボディユーザーに差がないのよ」

「……じゃぁ、ママも?」


 ここに至り、ルーシーは問題の本質を理解した。

 フィメールレプリが生きたダッチワイフ視されるのはある意味やむを得ない。

 脳こそ人間だが、その身体はダイナミックな男好みにデザインされているのだ。


 故に、レプリボディユーザーは男性兵士の性的な視線に晒される。

 その纏わり付くような視線に常時張り付かれる不快感は言葉に出来ない。


「いきなり押し倒された経験なんて数え切れないくらいね」


 もう酷すぎて笑うしか無いキャサリン。

 強姦は魂の殺人と言われるが、笑いながら言う姿にルーシーは言葉が無い。


「……ひどい」

「でしょ?」


 フフフと自嘲気味に笑っているが、それは強がりだとルーシーは思った。

 どれ程泣いたのか。泣いて泣いて泣き明かして、辛い朝を迎えたのか。

 その積み重ねた悲しみと悔しさにルーシーは震えた。


 ただ、実際にはそんな事など些事でしか無いのだ。

 震えるルーシーに向かって吐いたキャサリンの言葉。

 それは、シリウス軍の恥ずべき真実だった。


「ただね、本当に辛いのはそんな事じゃ無いのよ」

「え?」

「絶望的な階級社会のシリウスだとね、女は商品なの」


 人類開闢以来、最初の職業は売春婦と殺し屋だという。

 つまり、男女がそこにある以上、きっと避けて通れない問題だ。


 だが、キャサリンの語った『女は商品』の意味をルーシーは何となく理解した。

 それが必要な所へ女を宛がう。しかもそれは、軍という機関である以上……


「命令……なのね」

「そうよ。いろんな場面でね、それが出てくるの。派閥争いとかね」


 軍それ自体が派閥闘争の最前線だと言うのは、悪い冗談にしか聞こえない。

 しかし、キャサリンが語って聞かせる独立闘争委員会との暗闘は壮絶だ。


「議会の管理下にある軍に独立闘争委員会が思想管理将校を送り込む。彼等は赤軍将校と同じで、全く別の指揮管理系統になっている。軍の管理系統と独立闘争委員会とが激しく競合し、時には暗殺って手段も使われる……」


 キャサリンは幾つも例を挙げ、ルーシーにそれを教えた。

 シリウス軍の内情がどれ程腐っているのかというものだ。


 その中で、本当に酷いのはその独立闘争委員会の腐敗ぶりだった。

 人間的に腐りきった者達が己の欲望だけを優先する政治闘争を繰り広げる。

 シリウス社会の中で不満を持つ者達が、彼等の走狗に身を落とす。


 結果、シリウスの社会がとんでも無いディストピアになってしまった。

 アウトサイダー達の理想とするリベルタリアだ。


「そんな社会で女が生きて行くって大変よ?」


 キャサリンの言葉にルーシーが息を呑んだ。

 古今東西、権力が全ての社会においては、女の扱いなどひとつしかない。


「……じゃぁ、ママも?」

「私は……まぁ……」


 なんて説明しようかしら。

 そんな思案をしたキャサリンだが、最初に出てきたのはリディアの件だった。

 血を分けた弟の恋人。彼女が辿った話が特に酷かった。


 致死量スレスレの自白剤投与と終わる事の無い快楽の拷問。

 その果てに至った完全な人格転換。


 俄かには信じられない話を訥々とこぼすキャサリンの表情は暗い。

 ただ、その中で1つ、ルーシーは心洗われる思いをした。

 母キャサリンはその義理の妹の為に身体を張ったのだ。


 激しい暗闘の中でキャサリンは委員会の面々に呼び出され尋問を受けた。

 裏切り者と疑われ、強力な自白剤と電気ショック銃が使われた。

 その結果、キャサリンの内側にある凶暴な人格が目覚めた。


 誰も手を付けられない凶暴さをむき出しにしたキャサリン。

 闘争委員会が行なったのは、力尽くで拘束した上でのロボトミー処置。

 脳機能に支障を来たたキャサリンは、自我を喪った状態だった。


 そんなキャサリンの脳にAIチップが埋め込まれ、完全な人形化してしまった。

 自分の意志を喪った、生き人形としてのフィメールレプリカント。

 そんなレプリが辿る末路は1つしかない……


「じゃっ! じゃぁ!」


 目を見開いて驚くルーシーは、両目に涙をためていた。

 そんな娘の涙を拭い、キャサリンは続けた。


「ヘカトンケイルの1人が私を救おうとありとあらゆる処置を試みたのよ。脳だって再生するのだからね。AIチップを除去し、その代わりにマイクロマシンを使った脳機能の補助を試みた。だけどね、レプリの持つ抗体は……」


 喪った脳機能を補填する為にマイクロマシンが投与された。

 地球ではとっくの昔に使用が禁止された、人体改造技術だった。

 だが、それこそが悲劇の根幹だった。


 レプリの身体には珪素系生物に対する強力な免疫系が用意されている。

 その抗体がマイクロマシンの存在と競合したのだ。


「マイクロマシンの動きを止めようと抗体がそれを包み込み、マイクロマシンはその抗体の活動を止めるべく、内部で科学的な転換を行なった。その結果ね……」


 やがてキャサリンは生物としてのフォルムを失うに至った。

 全身のタンパク質を形作るアミノ酸の暗号情報そのものが書き換えられていた。

 その結果、全身のタンパク質は煮凝りのようなゲル化を始めていた。


 更に困った事に、そのゲルの内部にマイクロマシンが生きていた。

 つまり、巨大なスライムそのもに変質していたのだった。


「……嘘でしょ?」

「本当よ。その後も酷かったんだから」


 そこから先の展開は、本当にジェットコースターのようだった。

 連邦軍内部の手引きとシリウスを導くヘカトンケイルの思惑。

 それらが複雑に絡み合い、キャサリンは地球へとやってくる。


 罪滅ぼしに……とヘカトンケイルが手配したのは、DNA情報からの再構築だ。

 地球のタイレル社で新しい身体が用意され、キャサリンは再び脳移植を受けた。


「ただね、その時点で切り取られた脳は再生していなかった。だから、色々と刺激を与えるべく処置が施されたのだけどね、その中にあったのは、シリウスで厳重に保管されている……要するに重要な人物のクローン受精卵を産み落とす為に代理母になることだったのよ」


 キャサリンは笑みを浮かべ、遂にカミングアウトした。

 黙って聞いていたルーシーは『それが……わたし?』と聞いた。

 押し黙ったキャサリンは重い沈黙を挟み、躊躇いがちにゆっくりと首肯した。


「……そう。あなたは誰よりも苛烈な運命を背負うシリウス人の――」


 キャサリンの瞳から一筋の涙が流れた。


「――その苛烈な運命を分かち合うべき存在……誰が聞いたってはた迷惑な宿命を背負って生まれてしまったの。ただ普通に産まれてくれば楽だったのに……と、己の運命を呪いながら生きる宿命……」


 その衝撃的な一言は、ルーシーから一時的に全ての感情を消し去った。

 感情をうかがい知れる表情の一切を消失し、呆然となったルーシー。


 そんな愛娘の手を取り、キャサリンは涙をこぼしながら詫びた。


「ゴメンね。本当に……ゴメンね。私の為に……あなたを苦しませる事になって。私が助かる為に……あなたを踏み台にした……ずるい私を許して。あなたにどれ程恨まれても、それだけの事をしてしまったの……私は……私は……」


 絞り出すように詫びるキャサリンの言葉は、ルーシーに感情を取り戻させた。

 代理であろうと無かろうと、ルーシーにとって母なる存在はこの人だけなのだ。


「大丈夫よ。ママが謝る事じゃないし。ただ、私は……誰なの?」


 直球勝負で自分自身の正体を探りに来たルーシー。

 一体どんな言葉を並べれば、この子は納得するのだろうか?

 誰もがそれを思ってみるも、実際には何も言えない状態だった。


「妙な事を言うもんだな」


 そう切り出したジャンは、自信溢れる笑みを浮かべていた。

 その笑みを不思議そうに見ているルーシーは、眉間にシワを寄せていた。


「……なんで?」

「だってさ、自分が誰かなんて考えたって答えはひとつだろ?」


 スイッとルーシーを指差し、ジャンはそう答えた。

 その回答の真意をつかみ損ねたルーシーは、さらに混乱した。


「自分は自分だ。誰から生まれようと、どこで育とうと、自分以外の自分はいないし、他の誰でもない自分だろ?」


 軽い調子でジャンはそう言いきった。

 極々当たり前の事だが、改めて言われると腹も立つ。

 明らかに表情を硬くしたルーシーだが、ジャンは笑って言った。


「ルーは怒るとそんな顔をするのか」


 それは、母親ではなく父親の視点。父親にとって娘は永遠の恋人だ。

 骨の髄までラテン系な男にしてみれば、不機嫌な女もまた可愛いのだ。


「……へん?」


 口を尖らせながらルーシーはそう言った。

 だが、その表情は明確に変化していた。


 ――会いたかったんだ……


 ルーシーはそう確信した。

 ジャンもキャサリンも自分に会いたかったのだ。

 グリーゼという何処か遠くの惑星系へと進出していた筈の船に乗っていた筈だ。

 細かい話は聞いた事も無いが、様々なドキュメントでルーシーは知っていた。


 グリーゼへ往復で約20年を時に喰われつつも派遣された調査団の話。

 だが、実際にはルーシーがここまで育った12年ほどで往復している。

 つまりは、そのグリーゼへの派遣その物に裏があるのだ……


 ――なんだろう……


 言葉に出来ない機密事項を抱えたまま、ジャンとキャサリンは時間を飛んだ。

 遠くグリーゼへ進出し、帰ってきたのだ。


「要するに……私は誰のクローンなの?」


 その問いの答えに全ての真実がある。

 何の根拠も無いが、ルーシーはそれを確信した。


「さて……何から話そうか……」


 揉み手をして前のめりになったジャン。

 そんな家族をチャールズが窘めた。


「大切な話なのだ。まずは落ち着いたらどうかね」


 亀の甲より年の功と言うが、こんな時にも落ち着いて振る舞える強さがある。

 この12年をダッドと呼んできたルーシーは、流石だと驚いた。


「……でも、余り時間がないから」


 入学式まであと30分程だ。出来ればチャキチャキと片付けて欲しい。

 そんな希望を持ったルーシーだが、その姿を微笑ましく見ている者もいた。


「……本当に似ているな」

「えぇ。本当に似ていますね」


 小さな声でそんな会話をしたサミールとサンドラ。

 その言葉の中身が理解出来ないルーシーは黙って推移を見守るしか無い。

 ただ、説明されるでも無く教えられるでも無く、二人は黙っていた。


「あの……」


 その姿に何事かを感じたルーシーは、我慢ならず声を掛けた。

 だが、その姿にすら笑みを返すだけの2人は、優しげな表情だった。


「今、あなたの知りたい事の全てがここへ来るよ」


 そう答えたのはサンドラだった。

 肩に付けたワッペンは、ラッパを持ったピエロのマーク。

 その下には交差した煌めくティアラが見えている。


 ――パイドパイパー……


 一般にはハーメルンの笛吹きと呼ばれる11世紀の寓話。

 それば、子供達を連れ去るマグス(魔法使い)の物語とされている。

 つまりは、子供達をシリウス軍へと連れ去る役目を持った集団。


 ――アグレッサー?


 ルーシーはそんな仮説を立てた。シリウス軍の中で敵役をする者達だ。

 ただ、答えの出ない問いをグルグルと考えていた時、何処からか声が聞こえた。


 ――――この部屋だな?


 それは、ダッドに比べまだ若い男の声だとルーシーは思った。

 ややあって部屋の扉が開き、扉の向こうに幾人かの人影が見えた。

 同時にジャンとキャサリンが席を立ち、ルーシーも釣られて立ち上がった。


 ――あっ……


 言葉に出来ない感情が心の奥底にわき起こった。

 全てを縦に繋ぐ糸だと思ったのだ。


「おぉ! 随分若いがやっと逢えたな!」


 それを言ったのは、少佐の階級章を付ける長身の男性だった。

 隣にはやや背の低いシリウス軍の女性少佐が居る。


 ただ、ルーシーの眼差しは、その長身の男性に注がれていた。

 深い知性を感じさせる眼差しと優雅な身のこなし。

 グッと顎を引き、常に三白眼で相手を見る仕草。


 一言でいえば、傲岸な支配者の貫禄とでも言うのだろうか。


 相手を打ち据える強い意志を感じさせる眼差しに、ルーシーは気圧された。

 ただ、その姿に表現出来ない違和感を覚えてもいた。

 言葉では表現出来ない、異常な感覚だ。


「あなたは……」


 この人が全ての鍵を握っている。ルーシーはそれを直感した。

 キャサリンとジャンとが敵味方の壁を越えて手を携えた理由。

 ハミルトンが幼い娘を預かった理由。


 なにより、()()()()()()()()()()()

 その全てを知っている筈だ……と、そう思ったのだった。


「君に会いたくてね。30光年を飛び越えてきたよ」


 その男性が一歩進み出たとき、ジャンは一歩下がって道を空けた。

 ルーシーは僅かに首を傾げ、父の振るまいを不思議そうに見た。


 ただ、一つだけ解る事がある。この男性は親族だと言う事だ。


「私はエディ。エイダン・マーキュリー。王立陸軍の特務少佐。そしてシリウス派遣軍団の特務機関に所属するエージェントの……サイボーグだ」


 バンカーヒルで学んだルーシーならば、王立陸軍の意味する所は解る。

 ブリテンの国王によって組織される、ブリテンの陸軍だ。


 そして、マーキュリー家と言えば、ブリテン貴族の中でも名門中の名門。

 遠く薔薇戦争の時代に端を発する騎士の一家であった。


 ただ、そんな事はどうでも良かった。

 ルーシーにはその男性が光り輝いて見えた。

 それこそ、電飾でも付いているかのようにチカチカとしていた。


「……シリウスの光だ」


 そう呟いたルーシーは、エディの瞳をジッと見ていた。

 碧く澄んだその瞳は、まるでシリウスの光だった。


「君はシリウスを見た事があるのかい?」


 エディはあくまで優しく問いかけた。

 その言葉にコクリと頷いたルーシーは、小さな声で言った。


「いつも夜空の中でシリウスを探してます。何処にいてもすぐに見つけられる」」

「……そうか」


 ウンウンと頷いたエディは、優しい笑みを見せながら言った。

 全てが上手く回っている……と、そう確信していた。


「君の姉を紹介しよう」

「……え?」


 自分に姉妹が居るのかと驚いたルーシー。

 だが、エディが紹介した傍らの女は、随分と年嵩だった。

 それこそ、母キャサリン以上の年齢だ。


「……ジョークですか?」

「いや、君が母と慕うキャサリンは……」


 エディは君が言えとばかりにキャサリンを見た。

 ルーシーもまた驚いてキャサリンを見ていた。

 だが、そのキャサリンは慈母の笑みを添えて語りかけた。


「私だって実年齢は44歳よ? レプリの身体はデザインが自由だからね」


 小さく『あぁ』と漏らしたルーシー。

 若作りでは無く、若さその物の姿になれるのだ。


「姉って……」

「私はバーニー」

「え?バーニーって…… あっ! リリス!」


 驚きの余りに言葉を失ったルーシー。

 このルーシーこそが母キャサリンを救った女だ。


「あなたが!」

「まぁね、コッチの――」


 隣に立つエディを指さしながら、バーニーは苦笑いを見せた。


「――エディの頼みじゃ断れないんだよ。シリウス人ならね」


 まだ話の見えないルーシーは、僅かに首を傾げていた。

 ただ、その姿を見ていたサンドラやサミールは、ニコニコと笑っていた。


「種明かしをしようか。知りたいだろ?」


 エディは傲岸な笑みを浮かべそう言った。

 思わず気圧されるようなその笑みに、ルーシーは身体を硬くした。


「私の名はエイダンだが、もう一つの名がある。それは……」


 勿体ぶるように間を開け、エディはニヤリと笑った。


「……ビギンズ」

「えっ……」


 唖然とするルーシーを前に、エディは躊躇無く言い切った。


「何度も死にかけた私はオリジナルの遺伝子をコピーされ、死なないように処置を受けた。仮に死んでも遺伝子が残るように、クローン胚を幾つも用意された――」


 バンカーヒル教育に出てきたシリウス闘争の歴史。

 その中に出てくる最初にシリウス人『ビギンズ』の壮絶な生の記録。

 産まれてすぐの頃から幾度も爆弾テロで殺され掛けてきたと言う話だ。


 それ故に、ビギンズは重篤に秘匿され、隔離されて育ったという。

 やがていつか、シリウスの社会をまとめる象徴となる為に……だ。

 故に、それを認めたくない側からは相当な恨みを買っていると言うが……


「――そのなかで、フィメール胚と呼ばれる……謂わばクローンのエラー品がいくつか産まれた。だが、失敗作などという表現は失礼極まりないだろ? 仮に同じ胚で産まれて来たとしても異なる人格の筈だ」


 そんな言葉を吐いたエディを見つめ、バーニーは嬉しそうにしている。

 惚れた男のそばに居る。たったそれだけの事だが、女なら何よりも嬉しい事だ。


「で、そのフィメール胚から成長したウチのひとりがこちらのバーニーで、別のフィメール胚から成長したのが……君だよ」


 ポカンとした表情でエディを見ていたルーシー。

 その背中をポンとキャサリンが叩き、ふと我に返った。


「じゃぁ……私は……」

「そうだ。君は女の姿で産まれたビギンズ。私のクローンだ」


 エディが発したその言葉に、ルーシーはただただ絶句するしか無かった。


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