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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
310/425

ROAD-EIGHT:フレディの覚悟04

~承前






「……ん、ンンン……」


 不意に鈍い言葉が漏れ、フレディは目を覚ました。

 目の前には心配そうに覗き込むエディの姿があった。


「……何が起きたんだ?」


 フレディは最初にそう言った。

 たった今、自分の身に起きた事を理解できず狼狽したのだ。


 恐怖に震える事こそ無いものの、正直言えば余り褒められた姿ではない。

 仮にも少将と言うポストにいる以上、鷹揚とした余裕が求められる。

 上官の狼狽は部下の恐怖に繋がるのだ。


「どうやら、閣下の脳が限界を迎えたようです」


 抑揚の無い声でエディは静かに言った。

 あまりプレッシャーになる言葉は拙いと思ったのだ。


 だが、真実を伝えるのもまた部下の義務。

 エディはここで手札を切り間違えるわけには行かないと気が付いた。


「どうやら……そうらしいな」


 フレディは溜息混じりにそう言った。

 ただ、その一瞬の間に起きた事をフレディは明確に記憶していた。


「……冥府の入り口とやらまで行ったようだ」


 最初はまず、音が遠くなっていって、やがて全てを失った。

 まるでボリュームを絞るかのように音が消えたのだ。


 そんなフレディの聴覚神経には、キーンともブーンとも付かない音が聞こえた。

 それは、表現しようのない耳障りな音だった。


「……臨死体験は全ての人種に共通する経験ですからね」


 エディが言う通り、フレディは間違い無く臨死体験をした。

 音が消え去ったあと、次に消えたのは色彩だった。視界から色が消えたのだ。

 全てがモノクロームになり、世界は色を失ってくすんだ灰色の世界になった。。


 続いて、その色彩の無い世界からコントラストが消えた。

 全てがグレーに成り、その直後に今度は砂嵐状態になった。

 視界の全てがノイズ塗れになり、何が何だか解らなくなった。


 そして最後にたどり着くのは、どこまでも続く漆黒の世界だ。


「外界の情報が消えるというのは恐ろしいモノだな」

「サイボーグが経験するオールブラックアウトがそれですよ」

「……嫌なモノだな」


 多くのサイボーグが口を揃える最低の感覚。

 それは、肉の身体を失った時に経験する臨死体験そのものだった。

 人種や性別や年齢と言った差異を飛び越え、同じような経験を皆がすると言う。


 それが何であるかは未だに解らない。

 一説によれば、人類に共通して仕組まれているプログラムだとも言われている。

 だが、そんなメカズムの話はどうでも良い。


 要するに、それが酷く嫌な体験なのだった。


「ただ、その暗闇の底に……」

「花が咲いていましたか?」


 フレディの告白にエディがそう言葉を返した。

 驚いてその顔を見たフレディ。


 片膝を付きフレディを見ているエディは笑っていた。

 その反対側には犬顔のエイリアンが居て、同じようにフレディを見ていた。


「#‘%~&~%$*+&%&%**$=~&*#&」


 何ごとかを言ったエイリアンはエディを見ていた。


「いま、こちらの人物はなんと?」

「効果があったようなので心配ないと」

「……効果?」

「えぇ」


 フレディの身体を起こし背もたれへと身体を預けさせたエディ。

 その表情には、何とも言えぬ余裕があった。


「閣下。先ほどの臨死体験。まだ覚えてられますか?」

「……え?」


 エディの言葉に酷く狼狽したフレディ。

 だが、ややあって『……あっ!』と漏らした。


「……覚えている」


 驚きの表情でエディを見たフレディ。

 エディは室内のモニターに歩み寄り、頚椎のケーブルバスにケーブルを繋いだ。


「これをご覧ください」


 モニターに再生されたのは、エディが見ていた世界だ。

 ソファーの上で倒れこんだマッケンジー少将をエディが揺すっている。

 だが、ややあってエディはエイリアンと何ごとかを話し込み始めた。


 言葉が一切理解出来ないので細かくはわからないが、間違いなく交渉中だ。

 ややあって話がまとまったのか、エイリアンはフレディに歩み寄る。


 ――え?


 それは……、いや、それを言葉にするのは、些か勇気の必要な事だった。

 愛と勇気が織りなす少年少女の物語ならば良いのだろう。

 だが、良い大人がそれを口にするのは憚られる事だった。


「これは……現実なのか?」


 フレディの漏らした言葉は、どこまでも素直な物だった。

 軽金属特有の鈍く光る身体が一瞬だけ輝いた。

 それと同時に一切の制御から解かれた筈の身体がビクッと震えた。


「間違いなく現実です」

「これはつまり……」

「そうですね。最も簡単な表現をするなら――」


 もったいぶる様に言葉を一度きり、エディは間を置いてから言った。


「――マジック(魔法)ですよ」


 それが何を意味するのか。

 フレディだって分かっている。


「……マジック(手品)


 それは決して手品などではない。

 間違いなく魔法だとフレディだって分かっている。


 神の摂理を飛び越える奇跡。不可能を可能にする奇跡。

 それは、大人の持つべき常識や良識と言ったものの対極にあるものだ。


「恐ろしいものだな……」

「そうですね」


 噛み合っている様でかみ合わない会話にフレディが苦笑いを浮かべる。

 ただ、そのフレディは姿勢をただし、エイリアンに向け真剣な顔になった。


「どうやら私の件で手を煩わせたようだ。心から感謝する」


 その言葉は自動翻訳機が翻訳する前にエディが翻訳していた。


〔心から感謝すると、上官が述べている〕

〔それには及ばないと伝えてください。そして、本来なら謝るべきはこちらです〕


 エディは一瞬だけ考えたが、そのままの言葉をフレディに伝えた。

 フレディは『何の謝罪を?』と言葉を返し、エディの言葉を待った。


「……地球からの先遣隊が辿った末路についてです」

「恐らく事前に聞いていたであろうが、すっかり頭から抜けている」

「では、改めて……」


 エディは仕切りなおしの様に要点を整理しフレディに伝えた。

 まず、この地が二つの陣営に分かれるエイリアンの最前線と言うこと。

 そして、その二つの陣営に分かれた理由が、地球人の処遇と言うこと。

 四速歩行生物から収斂進化した彼らに取り、ヒトは奴隷と言うこと。


 そして、ひとつはヒトを奴隷のまま使う、資産として扱われる陣営。

 もう一つの陣営は平等に扱っていると言う建前を堅持する陣営。

 このグリーゼに派遣された地球人は、結局奴隷側の陣営に収容された……


「なんと言う事だ……」


 言葉を失ったフレディは、ソファーの上で拳を握り締めた。

 その内心に溢れる感情がなんであるかは、当人にしかわからない。

 だが、黒人に生まれたフレディの精神は、その奥底に奴隷制への嫌悪がある。


 それは、例え億兆の言葉を並べ説明されたとて理解出来ない事。

 奴隷と言う仕組みの本当の悲しさを知っているのは、奴隷の末裔だけだろう。


「彼らは……どうなった?」


 そう問うたフレディ。

 エディは〔可能な限り教えて欲しい〕とエイリアンに依頼した。


〔我々が知っている限り、凡そ2000人が奴隷として連行されたようだ。彼らの中には夫婦であったり親子であったり、そう言った家族もいただろうが、全て入札により売り払われ、それぞれ臨まぬ新しい人生になったようだ〕


 その言葉は同士人口で通訳され、フレディは表情を強張らせた。

 多くの黒人たちが語り継いできた奴隷貿易の歴史がここにもあった。


「……まだ生存しているのか?」


 フレディの興味はそこに移った。

 生きているなら救出せねばならない。


 軍務にある者の持つ、義務感と正義心がフレディを駆り立てていた。

 エディはそれを通訳し、エイリアンが手短に答えた。


「大半が生存して居るはずだが、死亡した者も居るはずだ……と」


 短く『そうか』と答え押し黙ったフレディ。

 それを見ていたエイリアンは、エディに向かって切り出した。


〔我らも向こうも半ば紳士協定として第三勢力への手出しを禁じている〕

〔あぁ。それは先ほど聞いたな〕

〔だが、彼らの社会は急速に疲弊しつつある〕

〔疲弊?〕

〔あぁ〕


 エイリアンは表情を硬くして続けた。


〔経済規模としては我らの方が200倍近く巨大なので、ジワジワと滅びに瀕死ている。だが、本当の理由は社会の腐敗だ〕


 社会の腐敗という言葉にエディは首肯を返した。

 まるでその光景が見えるようだと、自嘲気味に笑った。


〔小人が権力を手にすれば、まるで竜になったと勘違いする〕

〔如何なる文明圏でも良くある話だ〕

〔特権階級が富を貪り、イタズラに民衆を虐げてる結果、離反しこちら側に寝返る惑星が余りに多いのだ〕


 そこに見え隠れるものは、いつの世でも繰り返される光景だった。

 リンカーンが言ったように、その人間の本性を暴くには権力を与えてみる事だ。


 人間的に小さな存在ほど、握った権力で尊大に振舞おうとする。

 結果、その権力が統べるものは腐敗し疲弊して行く。

 シリウスの社会を牛耳る者達が良い例だとエディは思った。


「彼はなんと?」

「要するに、地球人を浚った連中が地球に手を伸ばそうとしていると……、大幅な要約ではありますが、それを危惧していると言っています」

「……歓迎せざるる事態だな」


 ウンザリとした表情のフレディ。

 エイリアンは自らの胸の前で両手の拳をつき合わせ衝突の警告を行なった。

 そのあと、今度は両手を開き合掌する形になった。


 そして、右手を拳に、左手を掌にして、フレディへと差し出した。

 闘争か友好か。その答えを言葉ではなくジェスチャーで迫った。


「少佐。これは地球の態度を求められていると思って良いか?」

「そうでしょうね」

「ならば……」


 フレディはエイリアンの掌に触れた。

 左手を伸ばし、地球式の挨拶である握手を行った。

 そして、右手をそれに沿え、ポンポンと叩いて見せた。


〔これは、あなたたちの文明圏では友好の印と捉えても良い行為ですね?〕

〔あぁ。間違いなくそうです〕

〔良い回答をありがとう〕


 そのまま立ち上がったエイリアンは、窓の外を指差した。

 外に見えていたのは、バンガードよりもはるかに小さな船だ。


 だが、その船の向こうには、遠くに存在する宇宙船が見えている。

 大気の揺らぎが無く、どんなに遠くてもはっきり見える宇宙だ。

 その船が見えると言っても、とんでもない距離にあるのは間違いない。


 エディとフレディは解っていた。

 その宇宙船がとんでもないサイズであると言う事を。

 このバンガードの10倍以上のサイズなのだと言う事を。


 恒星間飛行を行う為なら、結局は大型船にならざるを得ないのだろう。

 その驚くべき技術力をまざまざと見せ付けられたのだった。


〔本来ならもっと歓談したいのだが、実際には我々も接触を禁じられている〕

〔でしょうね〕

〔あなたの前世が何であったかは聞かない事にしておきます〕


 本気で名残惜しそうな空気を漲らせるエイリアンは、ジッとエディを見ていた。

 視線を切るのが勿体ないと、そう言い出しかねない空気だった。


〔……大騒ぎになるのは不本意だよ〕


 エディはここで本音をこぼした。

 赤心こそ人の信頼を得る最良の手段だからだ。


〔我々に伝わる伝承が真実なら、まぁ、そうでしょうね〕

〔そうしておいてくれるとありがたい〕

〔我々も今回は生存者を救出してくれたお礼に来ただけですから……〕


 もう帰るよ……と、そんな空気を全身から出したエイリアン。

 一緒にいた同僚らしきエイリアンも表情が変わった。


「貴重な話をありがとうと伝えてくれ。そして、これからの地球がどうすれば良いかを教えてくれた事に感謝すると」

「はい」


 そのフレディの言葉ををままに伝えたエディ。

 犬顔のエイリアンは牙を見せるように唇を持ち上げていた。


 それが笑顔だと知らなければ、威嚇しているように見える表情。

 ただ、フレディもどうやら理解したようだ。


「マーシャル参謀。お客様がお帰りになる」


 室外に居たはずのマーシャル大佐を読んだフレディ。

 ドアが開き、その向こうにはマーシャル参謀が立っていた。

 フレディはスクリと立ち上がり、エイリアンを誘った。


 先ほどとうって変わり、フレディの動きは滑らかだ。

 ドアを開けたマーシャルは、ただただ驚きの表情だった。


「色々と有意義な話が出来た。使節団の方がお帰りになったら、ちょっと込み入った話をする。参謀全員を集めて置いてくれ」


 間違いなく快復したとマーシャルは思った。

 だが、自体はそれほど改善した訳ではないと知るまで、時間は掛からなかった。






 ――――――1時間後






「では、要するに奴隷だと?」

「そう言う事だな」


 フレディはエイリアン達から聞いた話の全てを伝えた。

 それがどれ程に受けいれがたい話だとしても……だ。


 軍人は究極のリアリストであり希望的観測や願望に基づく行動は避けるもの。

 手堅く確実に事を成すのが一大原則であり、それ基づいて計画を立てる。

 作戦とは、前線兵士達の命が掛かったギャンブルなのだ。


「対抗措置が必要ですね」


 マーシャル大佐は沈んだ声で言い切った。

 あの技術に対抗するには、現状では弱すぎると思ったのだ。


 ただ、ソレとは全く違う次元で感心もしていた。

 マッケンジー少将が快復していたのだ。


 記憶する力を取り戻し、込み入った話でも堂々巡りをしないで済む。

 やはり、基本的に明晰で地頭が良い存在なのだから、部下も助かるのだ。

 この将軍が現役でいる限り、連邦軍の未来は明るい。


「しかし……頭痛が酷いな」

「全くです」


 君もか?と驚く様な様子でマーシャルを見たフレディ。

 フレディの話を聞いていたエディも苦笑いだ。


「この頭の奥に何かがぶつかって痛いんだ。まるで高圧線がスパークしているかのようだよ。どうにかならないモノかね」


 本音で愚痴をこぼしたフレディだが表情は明るい。

 頭痛の種はエイリアンだけで無く、低酸素症が招いたモノでもあった。


「少し休憩しましょう。欲を掻いては事をし損じます」


 エディは静かな口調でフレディを諫めた。

 どうしたって欲が出るモノだが、完全回復とは言いがたいのだ。


「そうだな」


 止めるなよ……と恨みがましい目でエディを見たフレディ。

 エディは涼しい顔だった。


「2時間程休憩とする。後ほどまた集まってくれ」


 そのフレディの言葉で一旦休会となった参謀陣会議。

 各参謀が部屋を出て行く中、フレディはエディを呼んだ。


「少佐。君の名前は……伏せておいた方が良いのだね?」

「えぇ、もちろんです。敵に……シリウス陣営にばれるまでは……」


 目の前にいるサイボーグがビギンズだ。

 その事実にフレディは震えた。


 また、このビギンズはただならぬ前世を持っている。

 得体の知れないエイリアンと普通に会話し、相手を納得させて追い返した。


 そしてそれ以上に大きいのは、人類共通の敵を作り出した事だ。

 目に映る全てのモノが真実だと言う訳では無い。

 しかし、間違い無く彼らは数百万キロ単位で大規模砲撃戦をやったのだ。


 あのままに地球側艦艇とやり合えば、少なくない犠牲を有無だろう。


「……つまり、シリウスの統一の為にはエイリアンも必要だと」

「まぁ、そう言う事ですな」

「なる程な」


 エディの見せた深謀遠慮にフレディは舌を巻いた。

 ロイエンタール将軍の愛弟子なのだから、先々への布石は抜かりない。


「あなたの夢が叶うように手伝おう……いや、手伝わせてくれ」


 フレディの態度がガラリと変わった。

 それは、他ならぬフレディの欲だとエディは思った。


 だが、それすらも利用して生きて行かねばならない。

 エディの覚悟に当てられたフレディの中が変質するのをエディは感じていた


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