ROAD-EIGHT:フレディの覚悟03
~承前
一度報告を終えたエディは、旗艦バンガードのメスデッキに居た。
大型艦故にその内部には余裕があり、メスデッキでは新鮮な物を食べられる。
――美味いな……
応対した下士官により果物を提供され、エディはそれを摘んでいた。
地球から遙々やって来た、桃か杏かのどちらかだった。
サイボーグの体内にある有機転換リアクターは有機物なら何でも電源に変える。
故に、正直言えば中身など何でも良いのだ。だが、食事とはある意味神聖な事。
身体を動かすエネルギー源として取り込むのだから、生身と変わらない行為だ。
――さて……
――どうしたものか……
エディが頭を悩ますのは、現状におけるフレディの状態だ。
記憶が持たない以上は紙にまとめるしか無い。
だが、まとめてしまえば物的証拠となる。
あのボーンを処分するのに危険な橋を渡ったのだが、今度はそれの証拠隠滅だ。
どうしたものか……と思案するも、正直言えば余り取れる選択肢は無い。
――いっそ頭自体を乗っ取ってしまうか……
エディの脳裏に物騒なプランが浮かぶ。
だが、それをするには色々と障害が多い。
エディにはエディの思惑があり、最終的に辿り着くべき目標がある。
その為の協力者として骨を折ってくれたロイエンタール卿はもう居ない。
出来るものならフレディを協力者に仕立て上げたいが……
「あの頭じゃなぁ……」
ボソリとこぼして溜息ひとつ。
正直言えば、全く持って役に立たない木偶の坊だ。
恩を売って協力者に仕立て上げるには、あの頭が問題だった。
何せ、どんな手を打ったところですぐに忘れてしまうのだ。
それでは全く意味がないし、恩義のひとつも感じまい。
――サシでやり合って……
まずは話をしよう。
その上で、あのフレディの頭が何処まで役に立つか確かめよう。
正直に言えば期待するには少々酷なコンディションだ。
だが、カードゲームは手持ちの札で勝負するのがルール。
フレディは言うなれば札山の管理者なのだ。
味方に引き入れて起きたいのは言うまでも無い事なのだが……
「少佐」
唐突に声を掛けられ、エディは少々無様に驚いてしまった。
サイボーグとは言え生身と同じようにビクッと反応することはある。
驚いて振り返ったエディの前に立っていたのは、あのマーシャル参謀の手下だ。
「どうされましたか? 中佐殿」
エディがそう声を返したのは中佐の階級章を付けた男だった。
ネームシールにはグラハム・リーの文字があった。
「……少々込み入った問題が発生した。ついては、至急司令官室へ同行してもらいたい。クリアランスクラスSの問題だ」
S級クリアランスともなれば、それは絶対部外秘級の機密事項だ。
それこそ、情報を取り扱う将校にしてみれば、漏洩を防ぐ為なら死ねのレベル。
怪訝な表情を浮かべつつも、同行希望の言葉は依頼では無く命令だ。
「面倒な事態ですか?」
探りを入れるべくそう漏らしたエディ。
リーはメスデッキの辺りを見回し、小声で言った。
「……このメスデッキに窓が無いのを神に感謝するレベルだ」
その言葉に『まど?』と怪訝な声音で返すのが精一杯のエディ。
リーは僅かに首肯しつつ、小声で続けた。
「一般兵卒だけで無く、事情を知らない将校にも見せられない問題だ」
そこまで聞いて察しの付かないエディでは無い。
要するに、フレディが完全に死んだか、良くて目を覚まさなくなった。
フレネル・マッケンジーという人格が失われたのだろうと思った。
「弔問ですな」
「いや、そうでは無い。閣下はご健在だ。問題はソレでは無く、君が係わる……」
そこから先の言葉を飲み込んだリー中佐は、エディの背を叩いて急かせた。
時間的な余裕が無い問題だと気が付き、幾何かのチップを置いて席を立った。
大型艦であるバンガードのメスデッキは、バイタルパートの中央にある。
艦が総体を保てないレベルのダメージを受けた時、生存者を収容する為だ。
それ故に、出入口のハッチは二重の分厚いものだし、窓の類いは一切無い。
気密を保持する為の装備が徹底されている状態だった。
――やれやれ……
内心でそうぼやいたエディは、バンガードの中を急いだ。
フレディの執務室はバイタルパートから独立したところにある。
非常時には切り離して救命艇になる構造の一角に長官室があるのだった。
「少佐。ここから先、見たもの聞いたものは一切部外秘だ」
「了解です」
「それと――」
リー中佐はエディの目を見ながら静かに言った。
「――我々も全てを黙秘する……少佐の件についてもだ」
「……私の?」
「あぁ。ロイエンタール公は常々言っていた。エディ少佐は未来のシリウスにとって重要な存在だから、何があっても護るのだとね」
不意にロイエンタールの名前が出てきて、エディは言葉に詰まった。
そして、自分の正体を遠回しにばらした老公に苦笑いだ。
ただ、少なくともこの中佐を含めた現状の連邦軍内部には協力者が多い。
単純にビジネスの都合で存在が鬱陶しい向きも確かに居るには居る。
しかし、多くの連邦軍将校にしてみれば、戦争の早期終結こそ本音。
「……よろしくお願いします」
「あぁ。娘がまだ2歳でね。私も早く家に帰りたいからな」
力無く笑った中佐はエディの背を押して長官室のある一角へと入った。
二重の気密ハッチを抜け将官エリアに入ると、覚えのある臭いがした。
独特の生臭さで、ややもすれば獣臭さと言うべきもの。
「……まさかとは思いますが」
「おそらくその……まさかだ」
リーに先導され長官室へと入った時、エディは足を止めてしまった。
室内にいたのは地球からやって来た連邦軍の高官達。
そして、その向こうには全身を毛で覆った犬の顔をしたエイリアン達だ。
中央にいる犬顔のエイリアンはマホガニーレッドの体毛を持つ巨躯だ。
その姿は、あのスターウォーズのキャラを思い出す姿。
左右には黒い体毛の犬か狼のような存在。そして、一回り大きな虎顔が居る。
彼らの体毛は綺麗に撫で付けられ、上等な仕立ての服を着ていた。
少なくともペーペーの一般兵卒とは思えない容姿で、間違い無く将校だ。
「オォ! オマチ シテ イ マシ タ!」
少々聞き取りにくい言葉で切り出したのは、真ん中に居る犬顔だった。
スマホ程度のサイズになった小さなデバイスは、恐らく自動翻訳機なのだろう。
独特の抑揚と発音で綴られる言語が地球言語に変換されていた。
「ヨカッタ。アナタニ、アイタカッタ」
「会いたかった? 何故私に?」
エディは少々首を傾げ思案する素振りを見せた。
だが、その言葉を聞いた犬顔のエイリアンは、牙を見せて唇を持ち上げた。
――笑いやがった……
エディはとにかく笑うしか無かった。
そして、自分の正体がばれないように気を配る。
「……マーキュリー少佐。これは裁判などでは無いので正直に答えて貰いたい」
そう切り出したのはマーシャル大佐だった。
大佐を含め、5人の参謀全員がエディを見ていた。
「先にグリーゼの上空でこちらの文明圏の生存者を引き渡した際、貴官は通訳無しで会話したと聞いたのだが、それは事実か?」
マーシャルは至って真面目な顔でそう言った。
本音を窺い知ることは出来ないが、ふざけているわけでは無い。
それを解っているだけに、エディは一度目を閉じてグッと気合いを入れた。
――言うなよ……
内心でそう呟いたのは誰にも解るまい。
だが、エディが切り出す前に犬顔のエイリアンが何事かを言った。
すぐに翻訳機が作動し、抑揚の無い言葉が流れた。
「コチラ ノ カタヲ コマラセ ナイデ モライ タイ。ワレワレ ノ ドウホウカ モ シレナ イ。アルイ ハ、タイセツ ナソンザイカモ シレナイ」
……もうダメだ
力無く笑ったエディは、困った様なジェスチャーで戯けて見せた。
少なくとも、もはや手の施しようが無い所まで来ていた。
「さて……何からお話ししましょうか……」
その姿にフレディ自信が何かを察したらしい。
一瞬だけ考え込む素振りを見せ、辺りを見てからエイリアンをジッと見た。
「実は私には困った問題が起きていて……」
そう切り出したフレディは、幾度か首肯しつつエディを見た。
記憶の保持が出来ない以上は、込み入った話が難しいのだ。
「マーキュリー少佐。私をサポートしてくれ」
「おやすい御用です」
「参謀陣諸君らは退室願いたい。こちらの紳士と直に話をする」
マーシャル大佐は間髪入れず『ですが!』と声を出した。
だが、犬のエイリアンは拳を頭右へ打ち付けた。
軍人ならばそれが何を意味するのか、すぐに理解出来るものだ。
マーシャル大佐を始めとする参謀達は、その実を理解したらしく首肯した。
そして、1人ずつエイリアンに敬礼を送って部屋から出て行った。
最後の1人が部屋を出たあと、エディはそのドアを閉めた。
「さて、お話を承りましょう」
「イタミイル」
エイリアン達をソファーへと誘い、フレディはエディを呼んだ。
小さなテーブルを差し向かいにして、両者は向き合った。
犬の男はテーブルにその翻訳機を置き、ややボリュームを上げた。
長いマズルと長い舌のせいか、独特の発音体系になっているらしかった。
「アラタメテ、レイヲ、モウシアゲル。ワレラノ、トモハ、フタタビ、カゾクト、サイカイデキル。アレックス、モ、ヨロコンデ、イル」
途切れ途切れの言葉が続き、聞く側にもストレスが溜まるものだった。
ただ、その犬のエイリアンは辛抱強く、言語変換での意思疎通を図っていた。
「アレックスとは?」
フレディは間髪入れずに問うた。
記憶が持たないなら問題は先送りにしない方がいい。
フレディはメモを手にした、聞いたそばから書き込んでいる。
そんなフレディの姿に、エディは努力の人と言うフレーズを思い出した。
「シキカンダ」
「指揮官?」
「ソウダ」
メモ帳へアレックスの文字を書き込み、指揮官と書き添えたフレディ。
だが、その直後に驚愕の表情を浮かべエディを凝視した。
〔そのアレックスって言うのは、元はと言えば個人名だよね?〕
エディの口から理解しがたい言語が飛び出したのだ。
エイリアン達の使っている言葉そのものに聞こえ、フレディは言葉が無かった。
〔あなたは……いや、あなたの前世は誰ですか?〕
明確に嬉しそうな表情を浮かべるエイリアンは、今にも尻尾を振り出しそうだ。
〔それはまぁ……まだ内緒だな。それより、アレックスって言うのはあれかな?〕
ニヤリと笑ったエディは、エイリアン達が驚愕する一言を吐いた。
〔太陽王の……いや、リュカオンの左腕と呼ばれた存在からかな?〕
〔もしや……あなたは……いや、まさか……〕
エイリアン達の誰もが大きく目を見開き、驚きの表情でエディを見た。
そしてもちろん、フレディも驚いていた。
〔私はこの文明圏が初めて別の天体へ進出した際、その惑星で産まれた最初の存在として生きている。その前は……まぁ、色々と戦乱の時代を3度生きたな〕
理解出来ない言語だが、それでもフレディには解っていた。
エディが身バレする言葉を吐き、エイリアン達が驚いているのだ。
「少佐。掻い摘んでで良い。何の会話をしているのか」
「申し上げにくいことですが、自分自身の正体についてです」
エディは柔らかな表情のまま核心を伝えた。
「私はエイダン・マーキュリー。ですが、西暦2200年シリウス産まれです」
それは、予備知識のある者にはトンでも無い言葉だった。
フレディはそのメモの手を止め、ジッとエディを見ていた。
「ロイエンタール公が常々言われていた事は、こう言う事だったか」
連邦軍の内部にビギンズが居るらしい。
地球サイドは地球に都合の良いタイミングでビギンズを返すつもりだ。
そんな陰謀論めいた噂話は、それこそ過去何度も浮かんでは消えていた。
月にはUFOの基地があるとか、エイリアンと政府が接触したとかのレベル。
荒唐無稽な陰謀論と言う名のジョークそのものだ。
だが、木を隠すなら森の中と言う言葉もある。
数多のくだらない陰謀論の中に真実を混ぜてしまう手法は常に存在するのだ。
「そしてもう一つ重要な事なのですが……」
エディはあえてそこで言葉を切ってエイリアンを見た。
キラキラとした眼差しでエディを見ていたエイリアンは喜色満面だ。
〔あなた方の文明圏では、まだエリクサーを作ってるのかな?〕
〔やはりあなたは……〕
〔まぁきっと、私の前世はそっち側の生物だったんだろう。時代が違うがね〕
両手を広げたエディは、ソファーに深く腰掛けてエイリアンを見た。
その顔は緊張する青年士官ではなく、どこか鷹揚とした支配者のそれだった。
〔アレックスは……アレクサンドル・セルゲーエヴィチ・ジダーノフ。北部山岳地帯出身の男だった。そして……アレックスがいると言う事はジョニーとブルが居るんだろう?〕
それは、事実上のカミングアウトだった。
凍りついたような表情のエイリアンたちだが、エディは遠慮なく続けた。
〔記憶の古い階層だ。前の前の、その前くらいだと思う。まるで地層の様に積み重なった記憶は、断面的な解析が一切出来ないからね〕
エディの言葉を聞いていたエイリアンは、一瞬だけ首をかしげた。
〔どうした?〕
〔いえ……理解出来ない言葉が混じっていました。恐らくは時代的な言葉の(………………)か、または会話における(…………)の変化でしょう〕
〔なるほど。今の言葉にも私の知らない単語があった。まぁ――〕
肩を窄めながら笑うエディは、横目でチラリとフレディを見ながら言った。
〔――言葉は時代と共に変化する生き物のようなものだ。それは仕方がない〕
身を乗り出したエディは右手を差し出した。
握手を求めるようにも見える姿だが、指の先端は真っ直ぐに伸びては居ない。
まるで相手の指を巻き込むかのように曲がっている姿。
グータッチの指が若干広がった、衝撃を緩衝するような姿。
そんなエディの手に、エイリアンが同じような手の形で握手した。
親指の腹同士が密着する、独特の形だった。
〔ガルディア自由連合体。辺境派遣使節団長付き首席補佐官。アーサー・スロゥチャイムです。ちなみに、辺境派遣使節団長の役職名はレオンと言います。我々の仕事はこの惑星に存在した筈の異文明圏出身者を保護し、その母星へ送り届ける事でしたが……「一体何の話をしているんだ?」
フレディはついに我慢ならず口を挟んだ。
全く理解できない言語でのやり取りに音を上げたと言うところだろうか。
エディは握手の手を解くと、フレディに向かって事も無げに言った。
「いま、カミングアウトしたんですよ」
「カミングアウト? なんの?」
ニヤリと笑ったエディは、スパッと言い切った。
「私の前世のひとつは、君らの文明圏における統一王の一人だと……ね」
フレディの記憶には残らない……
それを確信してのカミングアウトだ。
フレディ自信がそれを確信していた。
そして、どこか見くびられている悔しさをも感じた。
「あと、出来るものなら彼らの科学で閣下の脳機能の改善をと思ったのですが」
「改善?」
「えぇ。もし、私の前世の記憶が確実なものであれば……死亡状態以外の如何なる重傷をも快復可能な、それこそ魔法のような薬があるはずです」
フレディはその言葉に表情を変え身を乗り出した。
僅かな可能性だが、それでも快復できるならありがたいことだ。
フレディの表情がパッと明るくなった事で、エディもそれを察したらしい。
僅かに座り直す仕草をみせ、エイリアン相手の難しい交渉に気を入れなおした。
フレディを手駒にするには最高の条件が揃ったのだから、当たり前だ。
恩を売り、その上で心を掴む。人誑しの本分を発揮できるタイミングだった。
〔こちらの男性がこの惑星圏へ派遣された船団の総責任者だが、色々あって脳に障害を負っている。その治療の為にエリクサーがあるならありがたいんだが〕
エディの言葉を聞いていたエイリアンは、残念そうに首を振った。
アーサーと名乗ったその男は、申し訳無さ層に肩を窄めた。
〔残念ですが……エリクサーを作る技術は失われました〕
〔失われた?〕
〔えぇ。再臨された王が世界を解放され、その役目を終えて世を去られた後に……再び世が乱れ、その時、エリクサーを作る技術の全てが破棄されました。王の秘薬と対になったエリクサーは失われたのです〕
あちゃぁ……
額に手を添えたエディは、頭を抱えるように嘆いた。
それは、フレディをして残念なニュースだと理解せしめるものだった。
「悪い話しかね」
「えぇ。閣下の快復をと考えたのですが……」
そのエディの言葉に、フレディは目に見えて肩を落としていた。
これを伝えるのは余り得策ではない。だが、下手な取り繕いは傷を深くする。
「残念ですが、その薬は……現状では無いと言う事です」
「……そうか」
悲痛そうに言葉を漏らしたフレディは、突然後ろへと倒れ込んだ。
目を開けたまま背もたれへと崩れ、そのまま動かなくなってしまった。
そのシーンを見ていたエディが思わず『死んだか?』と驚くシーン。
だが、動揺していたのは、向かいに座っていたエイリアンもだった。




