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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SEVEN:サンドラの野望05

~承前






 ――私は間違ってない……


 悲壮な覚悟を秘め、サンドラは地球側の高速艦艇へとやって来た。

 艦名はエーリヒ・トップというそうで、かつて名うての船乗りだったらしい。

 自らのルーツに連なるドイツ系の名前に、サンドラの胸が騒いだ。


 ランチを降りて艦内へ一歩入れば、サンドラも認めざるを得ない現実があった。

 シリウス側艦艇とは仕上がりの次元が全く異なる造りの良さだ。

 地球側の企業が作る船は、隅々まで神経が行き届いていた。


 ――使いながら仕上げるって部分は無いのね


 シリウス船の作り込みの悪さは、もはやどうしようも無いレベルだった。

 そもそもの設計は良いのだろうが、作業員の資質的な問題で仕上げが粗いのだ。


 指示された作業をキッチリこなす。


 文字にすればそれだけで、ある意味、ごく当たり前の話ではある。

 だが、どうやって手を抜くかについての知恵ばかり絞る作業員ばかりだと……


 ――こんな連中を相手にしてるのね


 内心で溜息をこぼしたサンドラは、通路の周囲をそれとなく観察した。

 狭いながらもテーピングひとつない艦内は、気密漏れの心配も無いのだろう。


 部材の突き合わせ部分や溶接箇所など、気密シール箇所は余りに多い。

 シリウス船の場合はその全てを宇宙に出てから一つ一つ仕上げていく。


 真空中で空気を充填し、ミスト状のシール材を放出する。

 そうすれば気密漏れするところに自然と集まる仕組みだ。

 単純に方法論の違うとも言えるのだろうが、最初から手を抜いている所も多い。


 どうせあとから仕上げるんだから……


 それを知った作業員が手を抜くのは、シリウスの社会では良くある事だった。

 なにせ、地球上における生存闘争の敗者ばかりと言って差し支えないのだ。

 律儀で真面目で生産性が高く自律出来る人間なら、貧困層に落ちないのだから。


「お待ちしておりました」


 通路のどん詰まりでサンドラを待っていたのは、最先任上級兵曹長だった。

 士官の中で最低層な少尉だが、それでもサンドラは士官待遇を受ける。

 権威主義的な部分の強いシリウスの社会でも、もう少しフランクだ。


 ――士官は貴族……


 サンドラはその事実を前に胸が高鳴った。

 自分が貴族扱いされていると感じ、高揚感に包まれた。


「ありがとう……ございます」


 感謝の言葉を言い捨てそうになり、ギリギリで踏み留まった。

 貴族などシリウスの社会には居ない。皆が平等で公平なのだ。

 階級の差こそあれ、全員が同士であり兄弟なのだった。


 ――これではダメね


 いつの間にかその精神はサンドラに染みこんでいた。

 例え自分が何であれ、士官と下士官の差を乗り越えねばならない。


 同志として、同じ夢と目標を持つ者そして、互いに持たねばならない意識。

 つまり、敬意と真心。そして、友愛の精神を持ってなければならない。


「マーキュリー少佐は艦長室でお待ちです。ご案内致しますのでこちらへ」


 手を切るように鋭いズボンの折り目は、兵曹長の神経の細かさそのものだ。

 背筋を伸ばし、顎を引き、鋭い眼差しで艦内兵士の一切を取り仕切る存在。

 最先任兵曹長の手腕ひとつで、艦の統制は緩くも厳しくもなる。


 そしてそれは、艨艟の宿命たる戦闘を左右する艦の規律に繋がるのだ。


 巨大な船になればなるほど、一蓮托生の数も多くなる。

 様々な階層や文化や習慣の壁を乗り越え、乗組員はひとつの船に乗り込む。

 それらの違いを全て飲み込んだ上で、一糸乱れぬ統制を発揮し戦うのだ。


 その為には、部下から信頼と尊敬を集める上官足らねばならない。

 最先任兵曹長とは新兵から不断の努力を重ね、9階級も昇進した存在だ。

 それは口で言う程生易しい事では無く、運と実力の両方が必要になる。


 ――この男は……


 規律良く歩くその背中には、鷹揚とした空気があった。

 厳しくも優しさと愛があるのだろうとサンドラは考えた。

 部下から信頼される上官としての振るまいを常に意識しているのだろう。


 ――凄いな……


 言葉を飲み込んで感心していたサンドラだが、案内する兵曹長の足が止まる。

 改めて視線を周囲へ走らせれば、そこにはマホガニーの扉があった。


「艦長。スローンです。お客人を案内致しました」


 扉の前で要件を伝えると、扉の向こうから『入れ』の声が聞こえた。

 兵曹長は失礼しますの声を添え、扉を開けてサンドラに入室を促した。

 そして、自分はその中には入らず、艦長室の前に立つ事を選択した。


「自分はここで」

「おぉ、スマンな」


 スローンに一瞥し、エディは艦長室の扉を閉めた。

 そして、サンドラに椅子を勧め、自らも腰を下ろした。


「わたしは機械だから疲れも苦痛も感じないが、君は困るだろう?」


 エディでは無くビギンズを前にしているのだ……

 サンドラはその意識をけす事無く、あくまで淑女を気取った。

 それこそが彼女の矜持であり、また、誇りだった。


「いただけるんですね?」

「何を? 馬鹿な事を言うな」


 のっけからバチバチと火花の散るような会話が弾けた。

 サンドラの表情に厳しさが混じり、エディは傲岸な笑みを浮かべた。


「ビギンズ君も大変だな。ヤンデレ相手では」


 ヴィレンブロック艦長は心底忌々しいと言わんばかりの様子だ。

 一途な女と言えば聞こえは良いが、目的の為なら手段を選ばないのは問題だ。


 しかもその女はシリウス軍の中で一定の配慮を受けるヘカトンケイルの親衛隊。

 少尉の階級も、正直言えばあまり関係無いと来たモンだ。


「まぁ、君も焦るのは解るが、先に言っておくべき事があったのを忘れていた。だから良い機会なので言っておこうと思う。ちょっとショッキングだろうが、落ち着いて聞くと良い」


 静かに切り出したエディは、グッとサンドラを見てから笑みを消した。

 ニヤリと笑うのでは無く、その逆をやられると、人はどうしたって不安になる。


「まず、ビギンズの胚はここには無い。持ち歩くはずも無いし、どこにあるのかは私も知らない。もっと言えば、私にはそれを管理する権限も無いのだよ」


 エディの吐いた言葉はサンドラにとって途轍もない衝撃だったようだ。

 一瞬だけ驚いた顔になったが、その直後には呆然としていた。


「次に、その胚だが、おそらく残りひとつだろう。私はおそらく8人目を使った筈だが、頭の中身だけはオリジナルなはずだ。キャサリンの件で記憶の連続性と言う部分を君も考えたろうが、それ以上に、実はもう一つ重要なファクターがあって、実は私がそれを引き継いでいる」


 何を言ってるんだ?と、不思議そうなサンドラ。

 その表情にしてやったりの顔となったエディは、畳み掛けるように続けた。


「それと、その残りひとつは大事な使い方が予定されていて、仮に私にその使い方を決められる権限があったとしても、現段階では全力で拒否するだろう。つまり、君がどう振る舞おうと、どう暴れようと関係無い。流れゆく大河に石を投げ波紋を広げても、川の流れは絶えず続く。ソレと同じ事だ」


 いい加減にしろ……と、エディが言外にそう言っていた。

 お前の我が儘に付き合っている暇は無いと、そう突きつけたのだ。


 だが、だからといって『はいそうですか』と引き下がるサンドラでは無い。

 クククと笑いを噛み殺すような顔になって言った。


「……では、残念ですが人質は」


 ――――殺すぞ?


 そう念を押すように言うサンドラの表情は妖艶だった。


 だが、まだサンドラは知らなかった。

 彼女の前にいる男は、筋金入りのサディストであると言う事を。


 そして、サディストはマゾを虐めても何も楽しくないのだ。

 真なるサディズムとは、折れぬ相手の根本を強引にへし折る所に神髄がある。

 恥辱と屈辱に歪む表情を眺める事こそ、恍惚級の愉悦なのだった。


「……あぁ、やむを得ないね」


 エディは事も無げにそう言いきった。

 そして、両手を広げながら『好きにしろ』と言わんばかりだ。


「今しがたジャンから連絡が入り、まもなくシリウス船の中で自爆するそうだ。キャサリンも一緒だと言っている。実にありがたい事だが、ビギンズとシリウスの未来の為に犠牲になると言い切ってくれた。まぁ、少々物騒な心中とでも言うのだろうかね。だが……その死を無駄にする事は出来ないな」


 勝ち誇っていたサンドラの表情がスッと冷えた。

 そして、それとは逆にそれを見ていたエディの表情が大きく変わった。


 相手を打ち据える勝利者の笑みだった。


「君が人質を処分するというならやむを得ない。だが、キッチリと報復はさせて貰う事にしよう。そうだな――」


 サンドラの前で揉み手をしながらエディは愉快そうにしている。

 どんな手を使ったら相手が嫌がるのかを真剣に考えている。


 サンドラはこの時点で嫌と言うほど悟った。いや、血を流す程に痛感した。

 この男だけは、絶対に敵に回してはいけない種類の人間だったのだ……と。


「――うん、そうだ。これが良い」


 ニンマリと笑うエディはサンドラを真正面に見据えて言った。

 その目には『覚悟しろよ?』と言わんばかりの光があった。

 

「先にこのエリアで、異星系文明同士の衝突があった。我々地球系文明とは次元の異なる科学力を持つ文明同士の衝突だ。数百万キロ単位でのディスタンスをとり、その距離で盛大な砲撃戦を行った。直撃を受けた艦艇は木っ端微塵だったよ。映像を見るかね?」


 エディは手近なモニターにケーブルを繋ぎ、自分の視界の記録映像を見せた。

 レーダー画面に映っているのは、300万キロの距離からの砲撃戦だ。


 地球側戦闘艦艇の持つ主砲クラスの荷電粒子砲が豆鉄砲に見える出力。

 推定で二桁は総エネルギー量が違うだろうと思われた。


「……凄い」

「そうだろう。さすがの私も肝を冷やしたよ。まぁ、この身体に肝は無いがね」


 笑えない冗談を飛ばし、エディは話を続けた。


「この両陣営の生き残りがこの艦内に居るんだが、彼らに他の生き残りがシリウスに居るぞ?と良い含ませて解放しよう。で、それにこう付け加える。非人道的な実験の対象にされているようだ。我々も手を出せないほどに武装していて、どうにも手が出せないんだ……とね」


 エディの言葉を聞いていたサンドラの顔から表情が消えた。

 そして、ワナワナと唇を震わせ、何事かを言おうとして言葉を飲み込んだ。


「それをあの異星系文明の両陣営に行った場合、シリウスの地上がどうなるか……楽しみだと思わないか? 壮大な実験だ」


 自分の手を汚さず、キッチリと報復するぞ?とエディは言った。

 それは、どんな脅迫よりもサンドラの心に響いた。


 シリウスの守人である筈のビギンズがシリウスを滅ぼすと言ったのだ。


「あなたは……シリウスの希望では?」


 絞り出すような声でそう言ったサンドラ。

 だが、エディは事も無げに言い切った。


「勝手に勘違いされても迷惑だ。たまたま最初のシリウス人として生まれただけの話で、王でも無ければ救世主でもない。ただの男さ。だが、何故か妙な勘違いをされていて、正直言えば少々迷惑だ。故に、綺麗さっぱり滅ぼしてしまおう」


 迷う事無くそう言いきったエディは、探るようにサンドラを見ていた。

 その内心を探り、本音を読み取ろうとするかのような姿だ。


 サンドラが慌てて目を反らした時、エディは小さくプッと笑った。

 彼女の振るまいが余りに衝撃的だったのだ。


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