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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SEVEN:サンドラの野望04

~承前






「なんだって!?」


 やや裏返り気味な声を発し、テッドは驚きを露わにした。

 エーリヒ・トップを訪れていたキャサリンと歓談した後の話だ。


 シリウス船へ帰る姉キャサリンをジャンが『送る』と言い、エスコートした。

 その姿に夫婦という言葉を連想したテッドだが、違和感に苦しんでもいた。

 姉キャサリンがどうしても別人に感じるのだ。


 いや、男子三日会わざれば刮目せよと言うが、女子だって同じだ。

 随分と時間が経過し、あの酷い姿を思えば、宜なるかなとも言える。

 だが、成長だとか変化だとか、そう言う次元では無いモノを感じるのだ。


 別人。


 テッドはそう結論付けた。

 ただ、子供の頃の記憶を鮮明に覚えているんだ。

 もともと記憶力は良い方で、物覚えも上出来な部類と言える。


 そんな姉を別人の様に感じるのは、やはり出産経験だろうかとも思う。

 だが、胤ナシサイボーグとレプリカントでどうやって出産したのか。

 その実態を聞いてないテッドは、姉の背負ったモノを理解していなかった。


「いや、どうもマジ(本気)らしいぜ?」


 頭を掻いているドッドはプラスチックに覆われたロボットの姿だった。

 以前にも増して迫力のある姿だが、その動きは驚く程滑らかだ。


 これなら一般のサイボーグにもヒケをとるまい。

 そんな事を思う面々を余所に、ドッドは腕を組んで事態を思案していた。


 シリウス船へと帰っていったキャサリンと、それを送ったジャン。

 その二人を人質にすると、ワルキューレの女が一方的に宣言したのだ。


「どうしやす? 行って沈めちまいますか?」


 どうにも不機嫌なロニーが軽い調子で言う。

 シェルで出張っていって、寄って集って攻撃すればイチコロだ。

 シリウス船はグリーゼへと墜落し、その土壇場で救助に当たれば良い。


 ジャンだって場数を踏んでいるのだから、打ち合わせなど無くとも脱出する筈。

 そんな根拠の無い確信が皆にはあった。そして、エディのゴーサインを待った。

 容赦無くそれをやるだけの素養は、今のクレイジーサイボーグズにはあるのだ。


「やるのは簡単だが、もうちょっと事態を静観するべきだと思う」


 ウッディはチームの良心だとテッドは思う。

 常に冷静で、客観的なジャッジを下すのに迷いが無い。


「んで、あのウルフライダーの女はなんだって言うのさ」


 何処かウンザリ気味なヴァルターは、忸怩たる内心を遠慮無くこぼした。

 今にも喚き散らしそうな空気だが、そこまで子供でも無い。

 損得勘定を考えれば、迂闊な事はしないほうがいい。


「それが……」


 困った様な表情を浮かべ、ステンマルクは肩をすくめた。

 手にしている書類は、シリウス船へ同行した地球側人員の名簿だ。


「人質に手を出すつもりは無い。ただし、要求するものを引き渡さない限り、返還交渉には応じない。マーキュリー少佐の判断に任せる……とさ」


 要求するものって、なんだ?と、全員が首を傾げた。

 その実が分からないのだから対処のしようが無い。


 だが、少なくともジャンは人質に取られている。

 なんらかの対処は必要だし、放置していい問題でも無い。


「エディはなんて?」


 それが気になったテッドはエディの腹を考えた。

 ジャンを人質に取ってまで要求するものの正体だ。


 ウルフライダーの面々がエディの正体を知らないはずが無い。

 バーニー少佐が話をしているはずで、もし話をしていないなら……


 ――ヤバい相手か?


 何となく嫌な予感を覚えるのだが、事態は立ち止まってくれない。

 シリウス船は本船団の到着を待って引き返すという。


 おそらくはあのゲル化している男を確かめるのだろう。

 途中で遺棄してたりしないか?と確認に来たのかもしれない。

 そう考えれば、あのボーンは案外人望のある男なのかもしれない。


 ただ、問題はそこではない。

 なんであのサンディとか言う女が、誘拐などやらかしたのか?だ。

 エディとバーニーで話が出来ているはずなのに、全部承知なはずなのに……だ。


「まだ何とも言ってきてないけど……」


 首を捻りつつディージョはそう言った。

 なんとなくだが通信関係に強いディージョは、中隊の中で通信手的な存在だ。


「案外、ジャンと直接話をしてるかも知れないぜ」


 事態の経過を眺めていたオーリスは、楽しいと言わんばかりの声音だ。

 予想外の事が次々と起きるグリーゼへの進出だが、これはこれで楽しい。

 派手なドンパチこそ無いモノの、頭を捻って事態の解決を図る案件ばかり。


 中隊の中でも頭の回転が良いオーリスには、これが楽しいらしい。

 意外だなとテッドも驚くのだが、そんなタイミングでジャンから通信が来た。


『俺だよ! そっちで取れてるか?』


 ノイズ混じりの酷い音声が無線に響き、中隊は皆で顔を見合わせた。

 張りのあるジャンの声には強い意志が漲っていた。


『なんかとんでもねぇ事になっちまったが、例のネーちゃんは本気だぜ』


 そりゃそうだろうさ……

 なにも、その場のノリや思いつきでやる事じゃないのだ。


『おぃジャン! 今、シリウス船の中だよな?』


 ドッドは確かめる様にそう言った。

 何らかの手段で脱出を計っていて欲しいと言う願望も込みだ。


『そうだ。で、残念ながら脱出は不可能だろう。バイタルパートの奥にある士官室に押し込められている。と言ってもまぁ、軟禁という状態だな』


 ジャンは淡々とした声で事態の経過を説明している。

 だが、その舞台裏ではサンドラとエディの直接交渉がある筈だ。

 それを直感しているテッドは、ジャンが時間稼ぎしている可能性を思った。


『でだ。幸いにしてここには女房がいねぇ。って事は、自爆を計っても問題ねぇ』


 ジャンはそう言い切って笑った。

 だが、その笑いは誰1人として賛同できないモノだ。


『バカ言ってんじゃねぇ!』

『そうだ! まず脱出を考えろ!』


 ドッドとステンマルクが間髪入れずに反論した。

 そして、一瞬遅れてオーリスが口を挟む。


『そこで自爆した場合、そのサンドラって女が逆上するかも知れないぞ?』


 癇癪持ちの男と逆上癖のある女は手強い。

 長い人生の中で山あり谷ありに生きていれば、幾らでもその手は経験する事だ。

 ましてや、その場の思いつきで軽はずみな事をする女が、まともな訳が無い。


『それに、サンドラがキャサリンまで手に掛けちまったら、ルーシーの将来ははどうするんだ』


 ドッドはルーシーの名を出して、思いとどまるよう説得を始めた。

 死ぬのは簡単だが、その後のことを思えばあまり良い選択肢とはいえない。


 ましてやルーシーは養子に出された状態なのだ。

 心配の種は尽きないものだが、それでもとびきりに心配の種だった。


『ルーシーって?』


 最初にそこ反応したのはロニーだ。

 女の名前と言うことで反応したとは思えない。

 だが、少なくとも下世話な興味では無いと皆は知っていた。


 こんな部分に関してはロニーは誰よりも真面目なのだ。

 どこか不遇な少年時代を過ごしたロニーは、他人の子供でも気になるのだった。


『……そうか、話をしてなかったな』


 隠すつもりはなかったが、ルーシーの話は出ていなかった。

 ジャンはキャサリンと結婚したとしか言わなかったのだ。

 そして、そのキャサリンもテッドにしか娘を産んだと話をしていない。


 ルーシーの身の上を話すには些か微妙すぎる点が多いのだ。

 もっと言えば、ビギンズの胚ではあるが、息子では無く娘。

 そして、公式情報としては、ビギンズの胚で生まれた子供は死亡扱いだ。


『なんか言いにくい事かもしれねぇけど』


 言外に隠し事はやめてくれと込めたテッドは、ジッとドッドを見た。

 覚悟は決めてあると言わんばかりの表情は、ドッドの胸を打った。


 否応無くサイボーグになってしまったブラザーズだ。

 全て包み隠さず話してしまうのが暗黙の了解事項だった。


『実は……』


 ドッドは覚悟を決めて全てを話した。

 そもそも、なんでキャサリンが地球へ行くことになったのか……からだ。


 新しい身体を得たキャサリンに託された物の真実。

 なにより、ルーシーの正体と、その未来への対応についてだ。


 地球にいる名家の子女として、養子に入ったことを告げた。

 アメリカ社会において一定の名声を得ている、少将の家だと。


『最終的には本人の為と言う事になるんだろうが……』


 どうにも歯切れの悪いドッドの言葉。

 それはそのまま、ジャンとキャサリンの迷いそのものだ。


 例えそれが赤の他人の受精卵だったとしても、キャサリンには実子だろう。

 受け入れがたいかどうかは男には理解出来ない事だが、腹を痛めたのは事実。

 文字通り血肉を分け与えられた形の娘を、母親が愛おしく思わないはずが無い。


『……マジかよ』


 テッドは唖然とした表情で天を仰いだ。

 狭い艦内ではあるが、それでも見上げるより他なかったのだ。


 情けない表情を仲間に見られたくは無い。

 もっと言えば、自分の表情から本音を読み取られたくない。

 本音を包み隠さず言えば、その役目がリディアで無くて良かったと思ったのだ。


 リディアには自分の子を身籠もって欲しい。

 女を独占したい男のさがなのかも知れないが、それでも……だ。


 サイボーグにそれが出来るかどうかはともかく、惚れた女が自分の子を産む。

 それはおそらく、もっとも本能的な部分での男の本音なのだろう。


『まぁ、要するにテッドの姉の問題は本人の生きる意志という部分なんだろうが、それにしたって凄い話しだな』


 感心する様に呟いたオーリスは、腕を組んで思案していた。

 問題の切り分けもそうだが、差し当たってジャンを救出する算段が重要だ。

 口にこそしないが、オーリスにしてみればジャンの方が大事なのだ。


 キャサリンとルーシーの件は、ある意味で放置しても構わない問題と言える。

 問題の相手がでかすぎて、正直に言えば現場士官の手に余す問題なのだ。


『で、どうする?』


 ジャンの意志を確かめたドッド。

 その問いに対する回答は、予想外の角度から降ってきた。


『問題の解決は私が当たろう。全員手を出すなよ?』


 声の主はエディだ。

 落ち着いた声音が無線に流れ、浮ついていたテッドの心が鎮まった。


『そもそも問題の根源は私だからな。私が解決に当たる。おかしくは無いだろ?』


 ハハハと笑い声を交え、エディは『今、コッチの船に呼んだ』と言った。

 誰を呼んだのかは考えるまでも無い事だった。


「平気なのかな?」


 無線では無く声を発したロニー。

 誰もがなんとなく、不安を覚えていた。

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