表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
301/424

ROAD-SEVEN:サンドラの野望01


「あの()は現地に着いたかね……」


 ボソッとこぼしたバーニーは、静かにコーヒーカップを降ろして空を見上げた。

 シリウスの光が降り注ぐ基地の中には、穏やかな空気が広がっていた。


 平和とは次の戦争の準備期間に過ぎない。

 そして、平和を享受したければ戦争に備えねばならない。

 人類の歴史を紐解けば、それは真実として厳然と存在する。


 爆発的な進歩を遂げる戦争と、絶望的な停滞を見せる平和の繰り返した。

 太古の昔から言う様に、戦争と平和は表裏一体なのだ。

 そして、戦争の最中の方が余程人類は博愛的に振る舞うのだ。


 平和な時には問われない罪。

 人道上の罪という漠然とした概念は、戦争の時ほど目立つのだった。


「上手くいくと良いけど」


 何処か心配げな声で漏らすリディアは、両手の指にひかる指輪を見ていた。

 すっかり魂を引っこ抜いてやった男達の貢物がキラキラと光っていた。


 思うがままに男を転がす悪女キャラの染みついたリディア。

 だが、その実体は、それなりに男を満足させるものだ。


 魔性の女を気取るつもりは無いが、むしり取るばかりが脳じゃ無い。

 時にはそれなりに飴玉もしゃぶらせてやらねばならない。

 男なんか簡単な生き物とは言うが、実際には女よりも余程繊細だ。


 そんな男達を振り回しながら、リディアは孤独な道を歩いていた。

 良い男を廻りに侍らせていれば、同じ女から反感を喰うものだから。


「そりゃ心配ないさ」


 何処かに淋しさを漂わせるリディアを見ながら、バーニーはそう嘯いた。

 独り身なリディアの孤独感は、バーニーもよくわかっている。


 社会というシステムを究極的に表現するなら、それは自己責任の一言に尽きる。

 自分の好きな事を追及し貫くには、他人からの批判を全て飲み込む義務を負う。

 その正誤など時代や宗教や多くの価値観に委ねられるのだから。


 畢竟、雄と雌の葛藤と闘争が社会を作り上げ、歴史は夜に作られるもの。

 リディアは己に必要な結果を得る為の事をしているに過ぎない。

 尻軽女だの魔性の女だの言われたところで、どうという事は無いのだ。

 だが。


「でも……サンディは」

「アレはねぇ……」


 リディアとバーニーは向かい合わせに座って溜息をこぼす。

 ワルキューレの中にあって、サンディは何処か浮いている存在だ。

 気位が高く自尊心が色濃い。


 けして仲間を見下すような事は無いのだが、何処か一本の線を引いている。

 本音を漏らさず理想と建前に生きている様な部分があるのだ。


「アレは……地球からシリウスへ流れ着いた欧州王家の血縁でね」

「……へぇ」

「地球で革命の嵐が吹き荒れた時、国民が廃止を選んだ王家の血を引く娘だったらしいよ。本人が言わないんだからそれ以上は解らない。ただ――」


 冷めて酸味の混じるシリウスコーヒーを飲み干し、バーニーは空を見上げた。

 極めつけに青い空は、シリウスの放つ光線波長の賜物だ。


「――軍籍台帳の記録を見れば、あの子は最終的には厄介払いでシリウスへ送り込まれてるようだ」

「……生存闘争に敗れたって事?」

「廃止されてなお存続する王室家は多いが、その中には有象無象の奴らが混じってるって寸法さ。王家って箔が欲しくていろんな奴ら紛れ込む。その中にな」


 バーニーは肩を竦めながら苦笑した。

 そこに込められている意味は自嘲と苦悩だ。


 没落貴族にもコミニュティがあり、その中には大物と言われる男もいる。

 そんな存在達へ取り入るなら、女を宛がってやるのが手っ取り早い。

 男と女がそこに居れば、一線を越えてしまうのはやむを得ないのだ。


 その結果、望まれない子が産まれ、最初は愛を受けて育つ事になる。

 だが、その愛もやがては消え失せてしまうものだ。やがては……


「望まれずに生まれた子の厄介払い……」

「そうさ。おまけにまだ幼い頃から、お前は王家の血筋だとか特別な存在だとか、そんな歪んだ人格形成を受ける事になる」


 バーニーの語るサンドラの半生に、リディアは言葉を失った。

 世が世なら、彼女は王家にあって王妃や姫と呼ばれた存在だった。

 そして、或いは運命の偶然で女王になっていた可能性もある。


 彼女がいつも見せる、何処か相手を見下しているような態度の理由はそれだ。

 だが、苛烈な運命は彼女に奴隷同然の身分を与えてしまった。

 シリウスへと棄民された彼女は、その中でアイデンティティの崩壊を起こした。


「サンドラがバーニーに見せる姿って」

「まぁ、そう言う事だろうな」


 サンドラは狂信的なレベルでバーニーに忠誠を見せている。

 それこそ、私の為に死ねと言われれば笑って死ぬレベルだ。


 失ってしまった自らのプライドを、バーニーの忠誠に換骨奪胎したサンドラ。

 壮絶な己の野望とバーニーの頼みを持ち、彼女はグリーゼへと旅していた。











 ――――――――推定日時 地球歴2260年 5月23日

           グリーゼ571星系 重力緩衝地帯

           駆逐艦フユツキ 艦内時刻 13時45分過ぎ











「まさか君が来ているとは思わなかったよ」


 キャサリンやドッドと歓談していたエディ。

 だが、そこへ姿を現したサンドラの存在に驚いた。


 全身隅々まで。それこそ、指先足先。

 髪の毛一筋の先まで整った姿のサンドラ。

 その姿は、民衆の手本足るべき貴族の姿だ。


「ご無沙汰しております。ビギンズ陛下」


 サンドラはまるで淑女の様に丁寧な振る舞いを見せた。

 ただ、公式にはエディ=ビギンズを知らない者が多い筈。

 エディは一瞬だけ困惑する表情を見せ、室内をグルリと見回した。


「出来ればそれは…… やめてくれるとありがたい」

「……ですが」


 何かを言いかけたサンドラに手を翳し、止めろと言う意思を見せたエディ。

 室内ではエーリヒトップとフユツキの首脳陣が深刻そうな会話を続けている。


 いったい何の話か?と誰もが思うものだ。

 だが、高級将校同士の会話は聞かないフリをするのがマナー。


 誰もが真剣に聞き耳を立てていて、サンドラとエディの会話はスルーされた。


「……で、バーニーはなんだって言うんだ?」


 シリウスから派遣された超光速船は地球へと立ち寄ってからグリーゼへ来た。

 ドッドとジャンだけで無く、キャサリンがグリーゼへと送り込まれたのだ。

 そしてそれに、お目付役状態なワルキューレが同行している。


 しかもその女は、エディも良く知る()()()()の女だ。

 普通に考えれば、バーニーからの伝言があるはずだし、無ければおかしい。


 サンドラの身の上はエディの耳にも入っていた。

 エディがそうであるように、バーニーもまた人材を集めている。

 来たるシリウス解放の日に向け、一芸に秀でた者を手下にしているのだ。


 だが……


「えぇ。その件なんですが……」


 正直に言うならば、サンドラの存在はイレギュラーと言える。

 本来であればシリウスの為に大義に殉じられる人材を集めるはずだった。


 だが、サンドラはワルキューレの中にあって最も我の強い存在だ。

 言い換えるなら、シリウスの大義では無く自分の野望を優先する女。

 ハッキリ言うなら、ワルキューレという組織に最も相応しくない存在だ。


「なんだ? 言いにくいことかい?」


 口籠もったサンドラの様子にエディは助け船を出した。

 ただ、それを見ていたキャサリンの表情が僅かに変わった。

 それは、良い事では無く悪い事への転換を示唆するモノだ。


「単刀直入に言わせていただきます」

「あぁ。その方が良い」

「私にもシリウスの王をいただけないでしょうか?」


 サンドラは真っ直ぐにエディの目を見つめ、そう言い切った。

 その言葉が意味するモノを瞬時に理解したのは、キャサリンとドッドだ。

 エディは僅かに思案し、一度キャサリンへ目をやって、再び思案する。


 脳内で組み立てられていく様々な可能性の全てが、エディに警告を発した。

 この女の持つ野望は危険すぎる……と、そう叫んでいた。


「……一応聞いておこう。何故だ?」

「私はきっと、その為にシリウスへ送り込まれた女でしょうから」

「君の出自は飲み込んでいるつもりだが――」


 エディの眼差しが鋭さを増した。

 まるで突き刺さるかのような、そんな目だ。


「――だからと言って何をするつもりなんだね?」


 キャサリンの目が怪訝の色を帯びてサンドラを見つめた。

 どこか軽蔑している目でもあるが、心配だと言わんばかりでもある。


「没落貴族の隠し子ですが、それでも私には貴賤結婚を行う意志はありません」


 貴賤結婚が何を意味するかは言うまでも無い。

 王位に就く事は永久に無いだろうが、それでもかつては一国の主だった。

 そんな一門の中にあって、その血を受け継いでいるのだ。


 それなりの出自でそれなりの家格が無い相手には嫁がない。

 もちろん、そんなところから婿も取らない。

 あくまで貴族出身者相手でなければならない。


 シリウスの社会が掲げる理想は万民平等だ。

 その社会にあって、サンドラは強烈なまでに貴賤思想を持っていた。


「ならば?」

「はい。おそらく私はこの社会にあって死ぬまで独り身でしょう。ですが、女としての責務を果たす事は出来ると考えました」


 何かを飲み込んだかのように表情を変えたエディ。

 サンドラが言わんとしている事の本質を理解したのだ。


 ビギンズはシリウス王として生まれたわけでは無い。

 あくまで自然発生的に、民衆の声によってシリウス王になっただけだ。

 そんなビギンズに、貴族としての正当性を与えようとサンドラは言っている。


 欧州貴族社会にあって、王位や帝位と言った者達の血筋を与える……と。

 地球に向かって正当な貴族としての扱いを求める大義名分を与える……と。


 そしてつまり、その道具として自分を使う代わりに、自分を認めろ。

 自分はあくまで貴族であるのだと、そう暗に要求している状態だ。


「……いやはや。参ったね」


 苦笑しつつもエディは腹の底で唸っていた。

 自分の売り込み方について、サンドラは全く隙を見せなかった。

 それだけで無く、ビギンズの配偶者としての立場を与えろと言わんばかりだ。


 そのポジションに最も近いのがバーニーである事を承知の上で……だ。

 妾でも後宮でも側室でも何でも良い。王のそばに侍らせろとサンドラは求めた。


「ひとつ聞くが……なぜそんな事をしようと思い付いた?」


 エディは怪訝な声音でそう尋ねた。

 だが、サンドラは顔色一つ変えずに即答した。


「キャサリンです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ