ペイバック(仕返し)
広大な牧場を一回りしたジョニーが家に帰ってきたとき、家の前はすっかりもぬけの殻になっていた。さっきまで居たはずのエディ達宇宙軍501中隊は影も形も無かった。
――――出掛けたのかな?
そんな事を思ったジョニーは、あまり深く考えずに家に入る。
「ただいま」
「お帰りジョニー 待っていたよ」
「……てめぇ!」
部屋の中に居たのは自警団の頭目、キングだった。
そして、その隣にはロープで縛られ猿轡されたリディアの姿。
瞬間的に頭が沸騰したジョニーだが、すっかり丸腰で居るのを忘れていた。
キングの手にはエディが使っていたM29があった。
「シリウスを裏切る野郎は許しちゃおけんなぁ……」
クックックと下卑た笑いを浮かべるキング。
「てめぇ!」
丸腰であったが迷わず襲い掛かったジョニー。
キングはリディアのこめかみに銃口を突きつけハンマーを起こした。
「殴って良いぞ」
数歩進んで足を止めたジョニー。
どこまでも下卑た笑いをしているキングはタバコに火をつけた。
「どうした? 殴らないのか? 遠慮するなよ ん?」
「リディアを離せ! 関係ないだろ!」
「それがどっこい関係あんだよ。この女は地球人に買われたのさ」
「なに?」
「ほら、見ろ」
リディアの胸のポケットに手を突っ込んで何かを取り出したキング。
テーブルの上には五百ドルほどの紙幣が散らばった。
「どうせ地球人に股でも開いたんだろ?」
キングの手がリディアの髪を乱暴につかんだ。
「俺にも股を開いてみろよ。そしたら助けてやるぞ」
リディアの目がこれ以上無いくらいの敵意をはらんでいた。
その目を楽しそうに眺めていたキングは手下に命じた。
「そっちのガキも縛り上げろ! 広場で見せしめにしてやる」
ニヤつく笑いでジョニーを見たキングの手下たち。
震えるほどの怒りに真っ赤な顔をしているジョニーは拳を握り締めた。
リディアのこめかみには銃口が突きつけられている。
広場へ連れて行かれれば殺されるし、ここで暴れても殺される。
どっちにしても死ぬなら暴れた方が良い。
だが……
「キング。その銃を降ろせ。暴発でもしたらリディアは即死だ」
「じゃぁ素直に縛られろ」
「早く縛れ。あと、銃を降ろせ」
静かに言ったジョニーだが、キングは突然激昂した。
「この糞ガキ! 俺に命令するな!」
キングは銃口をジョニーへ向け突然発砲した。
44マグナムの強い反動で銃口が跳ね上がり照準が狂う。
天井の辺りから鈍い音がして、薄いトタン屋根に穴が開いた。
それでもなお怒り狂ったキングはジョニーへ向けて射撃を続けた。
次々と天井や壁に穴があき、最後の一発になったところで撃つのを止めた。
「何でてめぇなんかに命令されなきゃイケねぇんだよ!」
最後の一発はシングルアクションを選択したキング。
ハンマーを起こし狙いを定めた。
――――当たるな
ジョニーは開き直った。
あの弾が当たれば即死は免れない。
蔑むように笑ったジョニーは声を出さすに唇だけで呟いた。
「撃てよ…… へたくそ……」
どこまでも蔑むような、相手を馬鹿にし切った笑みで見下したジョニー。
キングは再び激昂しかけ、その後でリディアの後頭部へ銃口を突きつけた。
「五秒後に殺してやる」
「……じゃぁ今やれよ」
「は?」
「今だ。今やれよ。早くやれよ! とっとと殺れよ!」
あらん限りの大声でジョニーは叫んだ。
血走ったような目でキングを睨み付けながら。
「どんな事があってもお前を殺してやる。リディアの仇を取るさ。どんな手段を使っても、絶対にお前だけはこの手で殺してやる!」
ジョニーの手から血の雫がポタリと落ちた。
力いっぱい握り締めた手の中、爪が肉へ喰いこんだ。
その迫力はキングの腕を粟立てるに十分なほどの殺気だった。
真っ赤な顔をしたジョニーが震えていた。
「おめぇら何してやがる! とっととふん縛れ!」
キングの手下がジョニーを縛り上げた。
だが、何をされてもジョニーの怒りに震える眼差しはキングから動かない。
「今夜ゆっくり殺してやる」
勝ち誇ったように言ったキングだが、ジョニーの目から逃げるように家の外へと逃げ出した。手下に追い立てられ小汚いバスに押し込まれたジョニーとリディア。派手に塗られたバスだが整備は悪く、エンジンは今にも止まりそうだ。
「おい! あのボロ屋に火をつけろ!」
「てめぇ!」
「どうせてめぇは死ぬんだ。家なんかいらねーだろうが!」
ジョニーを見ずにそう言ったキング。
案外小心者だとリディアは思った。
遠ざかる窓の外に黒い煙が立ち昇る。
数々の記憶が詰まった家が少しずつ煙になってシリウスの空に溶けていった。
「チクショウ! チクショウ!」
ジョニーだけが悔しさに震えていた。
――――同じ頃
ニューアメリカ州 州道86号線
グレータウンからサザンクロス方向へ40キロ付近
ぼんやりと空を見上げていたエディ。
怪訝そうな顔でそれを見ているマイク。
アレックスも何かを言いたそうだ。
「……なぁエディ」
痺れを切らしたのはアレックスだった。
何かを言おうとして口を開きかけたのだが、エディは手でそれを制した。
「……実は俺も胸騒ぎが収まらない」
エディは厳しい表情を浮かべつつ、胸のポケットから何かのメモを読んでいる。
州道86号線沿線のメモと、そして都市間距離表がそこに貼って有った。
うっすらの延びている顎の無精ひげをさすったエディ。
ふと、何かを思いついたのか、運転席のマルコを呼んだ。
「マルコ! Uターンしてくれ」
「どこへ?」
「さっきのシリウス人の家へ行く」
「……やっぱりか?」
「あぁ」
事前情報に有った自警団の人員規模からしたら、あの家にやって来た面子では人数が足りていない。つまり、まだ何処かに自警団が居るかもしれないし、もっと言うと、何処かで見ていたかもしれない。
ところが501中隊は遠慮なく戦闘をしてしまったが為に、何処かで盛大に仕返しを受ける可能性がある。そして、エディは迂闊にもまとまった現金を置いてきてしまった。
「間に合うと良いな」
「あぁ」
怪訝な表情のアレックスは無線の通信状況をワッチし続けていた。
「なんか電波が飛び交っているか?」
「いや、静かなもんだ」
「このエリアじゃ無線電話もあんまり普及していなさそうだ」
車列は向きを変えて再びグレータウンへと走る。
その途中、エディの目は黒い煙を捉えた。
「……まさか」
何も言う前にマルコはアクセルをグッと踏み込んだ。
装甲車はグッと速度を上げ、外部に装備された様々な物がヒューヒューと鳴り出す。
「エディ……」
不安そうな声でマイクが呼んだ。
「あぁ。手遅れかもな」
「だけど」
「そうだ。確かめるまでは諦めない。それが俺達だ」
一時間近く走ってきた道のりを三十分少々で引き返したエディたち。
だが、ジョニーとリディアの家は激しく燃え上がっていた。
「リック! クリス! スター! とにかく火を消せ!」
手持ち機材で消火を試みるが、火の勢いがかなり強く鎮火には程遠い。近くに手近な水源も無い関係で放水もままならない。さっき見たこの家の水源は外の井戸だけだ。エディは考える前に井戸の中を覗いた。もしかしたら死体が放り込まれているかも……と考えたからだ。
「ここの水はまだ生きてる! 水を汲むぞ!」
装甲車についている燃料用の手回しポンプを持ち出したマイクは、井戸の中へ給水パイプを投げ込んだ。
「水を送るぞ!」
「いいぞ!」
マイクの向かいではリーナーが同じ様に手回しポンプのハンドルをぐるぐると廻し始める。井戸の中から吸い上げられた水は勢い良くホースから吹き出し始めた。
「よーし!良いぞ!」
同時進行で半分崩れていた側を引き崩して延焼を防ぐ処置を施す。
家の裏手の牛舎に延焼するとジョニーの資産がまた目減りするからだ。
手際よく消火活動を開始し三十分ほどたった頃だろうか。
アレほど激しく燃え上がっていた炎は消え去り、消し炭の臭いが辺りに漂っていた。
「エディ。アチコチ全部探したが二人は居ないな」
辺りを確かめたアレックスはエディにそう報告した。
家の中を確かめていたエディも屋内に二人の死体が無い事を確かめた所だった。
「家の中に二人の死体が無いと言う事は―――
エディは改めて周辺を見回す。
牛舎に人気は無く、そして二人の姿も無い。
「案外、まとまった金が出来たから街にでも繰り出したんじゃないですか?」
何となくゲスの勘繰り的な口調でロージーが言う。
まるで冷やかすような言葉に皆が笑った。
「若い男と女だ」
「街へ行って美味いもの喰って酒でも飲んで」
「あとはしっぽりヤッてくるのがセオリーだろうなぁ」
ゲヒヒと下卑た笑いでにや付く連中を眺めるエディ。
「とりあえず街へ行こう。遊びに行ったならそれでも良いんだ。無事ならな」
ちょっと心配そうなエディ。
その横顔をマイクとアレックスがジッと見ている。
「エディ?」
何かを確かめるような言葉がアレックスから漏れる。
何を言いたいのかエディも理解している。
「いや、まぁ、なんだ。ちょっと気になるだけだ……」
心配そうに装甲車へ乗り込むエディ。
まだ多少燻っているが仕方が無い。
再び走り始めた車列の中で、エディは再び空を見上げた。
「段々と陽が傾き始めているな。日暮れは何時だ?」
「あと二時間だな」
GPSを見ていたアレックスはそう答えた。
「夜陰に紛れて街へ入れるな」
「そうだな。これで街へ突入するとかえって面倒だ」
単調なエンジンの音を聞きながらエディの不安は増していく。
そして、そんな時の不安感と言うのは往々にして当たってしまうのだった。
グレータウンの中心部へと向かって装甲車を走らせ、郊外からは徒歩で侵入したエディたち501中隊は、街中心部の広場に二人の姿を見つけた。
大きな教会にあるエントランスの高台で晒し者にされているジョニーとリディアは、仲良く並んで縛り上げられていた。ロープで縛られた痛々しい二人がエディにも見えていて、その前で、どう見ても堅気には見えない男がマイクを握っていた。
「聞け民衆よ! このふしだらな男と女が何をしたのか!」
ガヤガヤと人々の声がざわめく。
遠めにそれを見ていたエディは身近に有った服屋へするりと身体を滑り込ませると、ちょうど良いサイズの上着を一枚失敬して商店から出てきた。
「マイク。合図したら広場に突入しろ」
「なんだって?」
「良い機会だ。あのゴロツキどもを纏めて処分する」
「あぁ。そう言う事か。手間が省けて良いな」
戦闘服の上を脱ぎ、安物の上着を着て広場の中を進んで行くエディの姿は一般の民衆とほとんど変わらないものだった。上着の下には護身用のM19が一丁だけだが、ここでは問題ない。ショートバレルな拳銃とて近距離であれば充分な威力だ。
再びマイク越しにごろつきの声が響く。
「偉大なる始まりの五十人が抗戦の意志を掲げられてから二十年。我々自警団は高邁な地球人と戦い続けてきた。時には諸君ら無辜の市民に迷惑を掛ける事も有った。だが、それは全て我々シリウス人の為だった!」
どこからか『馬鹿を言うなー!ギャング!』の声が上がる。
だが、男は気にせず言葉を続けた。
「だが、この男女は事もあろうに地球からやって来たシリウス鎮定軍なる連中をここグレータウンへ引き入れたばかりか、それを防ごうとした我々の努力を踏みにじり、そして嘲笑うように反撃し、我々自警団の団員に死傷者を出すに至った。これは重大な犯罪であり! シリウス人民に対する反逆であり、そして、明確な犯罪である! 断じて許しがたい行為だ!」
唾を飛ばすようにして叫ぶ声に民衆から失笑が漏れた。
それだけでなく『それならお前らも有罪だ!』とか『家族を帰せ人殺し!』とか、そんな声がアチコチから漏れ始める。
「そうだ! その通りだ! この男女は断じて許しがたい! 我々に対する裏切りであり、民族に対する反逆行為だ! それだけでない! この男女は地球人から金まで巻き上げていたのだ! 見ろ! この大金を!」
男の手にはエディの渡したシリウスドル紙幣が有った。
「この大地にある物は全て人民の共有財産である! だが、この男女はその資産を独占し、秘匿しようとした! これこそもっとも許しがたい行為である!」
この辺りで民衆の声がヒートアップし始めた。
『お前が言うな!』
『では、その金を民衆へ配れ!』
『お前が欲しいだけだろ!』
そんなヤジが一斉に飛び交い始めた。民衆の声に明らかな罵声が混じる。
『弁護士も居ない人民裁判なんか出来レースの茶番だろうが! バカヤロー!』
一瞬の静寂を突いて酷い罵声が浴びせられた。その声に指笛が響き拍手が沸き起こる。しかし、次の瞬間。鋭い銃声と共にその声がかき消された。広場を見渡せるテラスの上に居た自警団の男は、ヤジを放った男性を射殺した。
「シリウスに流される血はすべてシリウスの為に。それが偉大なるヘカトンケイルのお言葉である! この不埒な男女の罪は血によってのみ贖われる! 人民の怒りを込めた銃弾が全ての不義に鉄槌を下すであろう! 死を持って罪を償うが良い!」
高台に座らされていたジョニーとリディアの二人は、その男によって蹴り倒され階段を転げ落ちていった。多くの民衆が助けに入ろうとしたのだが、自警団が銃を突きつけ民衆を押し留めた。
「ジョニー お前も見ただろう! 階段を転げ落ちるお前を助ける者は一人も居ないんだ! 地球人の手先として狗のように働いたお前の父親と同じ所へ送ってやる」
これ以上無いと思えるほどに怒りを込めた眼差しで睨み付けたジョニー。
その隣でリディアが震えていた。
「リディアもなァ こんな良い女を殺すのは勿体ねぇが…… 最初から俺に乗っかっていれば良かったんだ」
「だれがあんたなんかの上に」
「そんな強気の女は良いなぁ ゾクゾクすらぁ ヘッヘッヘ」
嘗め回すようにリディアを見ている男は何かを思いついたらしい。
「どうだ? 今ならまだ間に合うぞ? 俺に鞍替えしないか?」
「……早く殺しなさいよ!」
グッと歯を食いしばったリディアが汚らしくペッと唾を吐いた。
「フン! 馬鹿な女だ」
勝ち誇って腰へ手を当てて見下す男は、厭らしいニヤケ面で見下ろしている。
「知ってるか? 女って生き物は死んでからも十五分は生理反応を示すんだよ」
クックック……
かみ殺した笑いにリディアの顔から表情が抜ける。
「死んでからたっぷり可愛がってやる」
男が右手を上げると、自警団の中からライフルを持っている者が現れた。随分と古い木製のストックをもつ銃だ。オペレーションする自警団の男は手動でボルトを引いて弾を一発詰め込んだ。
リディアとジョニーが二人並んでいる前へ、自警団の射手が並んだ。
「リディア。すまない」
「ジョニー。愛してる」
「俺もだ。愛してるよ」
鼻から血を流しながらもジョニーとリディアは最後のキスをした。
リディアの口にジョニーの血の味が流れ込んだ。
「お別れのキスも済んだろう。良いぞ、やれ!」
グッと銃を構えたときだった。
民衆の中からフラリと安いスタジャンを着た男が歩み出た。
誰もがその動きを不自然だと思わなかった。
まるで風にあおられた枯葉が舞うようだった。
銃を構えた二人の男の間に割って入ったそのスタジャンの男は、リディアとジョニーに狙いを定めた銃へ手を掛けて何かを呟いた。
それだけだった。