ROAD-SIX:エディの思惑19
~承前
エディがブリッジへと上がった時、エーリヒ・トップのクルー全員が驚いた。
艦長であるヴィレンブロック大佐を侍従のように従え、ブリッジへ来たからだ。
実際にはエレベーターからたまたま先に降りたに過ぎない。
そして、気密扉のロックを外し、安全を確認する為に先に通っただけだ。
だが……
「状況は?」
そう発したヴィレンブロックの言葉に返答を忘れ、全員がエディを見ていた。
言葉では表現出来ない威圧感を全員が感じたのだった。
「……あ、重力震は解消しましたが現れた船舶は2隻です。ワイプインしてきたのはグリーゼの裏側辺りで、同方向へ向け航行中。速度が拮抗してますので追い付くことはありませんが追い付かれもしません。ただ、GPSデータがないので詳細進路の確定が出来ず、最終的進路の交差はあり得ます」
ブリッジにいた女性クルーが固い声でそう返答した。
その声音からも言葉使いからも、痺れるような緊張が伝わってくる。
大海原を潮と風とに導かれ走った時代より、船乗りは未知こそが恐怖だ。
霧と闇の中を嫌がる様に、認識出来ない存在は敵以上に恐い存在だった。
そしてそれは、歴戦の勇士でありヴェテラン中のヴェテランも同じだった。
更に言えば、それを警戒せぬようでは、船乗りの長は勤まらない。
グリーゼ周回軌道にあるエーリヒトップは難しい判断を迫られた。
つまり。接近するか、距離を維持するか……だ。
「……2隻だと?」
ヴィレンブロックの言葉までもが固くなった。
地球を旅立ったグリーゼ派遣艦隊にしては少なすぎる。
つまり、ここでヴィレンブロックは最悪のシナリオを予想したのだ。
あの、逃がしたエイリアン達の母船が回収に現れた。
ただし、回収するのは彼らの同胞だけでは無く、自分たち地球人も……
ゾッとするような想像をしたヴィレンブロックはエディの前へと進み出た。
3次元航海図の前に立ち、顎をさすって思案する。
「少佐……」
「……えぇ。恐らくは同じ事を考えました」」
アレコレと考えを巡らせるヴィレンブロックは押し黙ったままだ。
戦闘配置を宣言し、ハリネズミのようにしておくべきか。
それとも、警戒を解き友好的な態度を示しておくべきか。
仮にあのエイリアンの船が現れた場合、どう対処するかで今後の命運が決まる。
友好的な側だったなら迂闊な事はしたくないし、渡りを付けておきたい。
だが、仮にそれが敵対的だった場合は、問答無用で拿捕・拉致されかねない。
その先に待つのは、全員が商品化される悲惨な未来だ。
奴隷は人生の選択すらも自由が無い。
そんな人生の結末を迎える事になる。
ヴィレンブロックは硬い表情で振り返ってエディを見た。
厳しい判断を迫られる状況だが、無為に時間を浪費する愚は避けたい。
ならば……
「総員せ――『あ! IFF反応です!』
女性クルーの叫びにブリッジの空気が一瞬弛んだ。
ヴィレンブロックは表情を緩め、薄く笑ってエディと視線を交わす。
「君の持って生まれた運の良さは特筆ものだな」
「いつもそう言われますよ」
ふたりしてフフフと笑みを浮かべる。
だが、安堵するには早いと言う事を女性クルーが告げた。
「あっ…… IFFの返答はその内の片方だけです。連邦軍の識別コードを返してきました。もう一隻は……UNKNOWNですが……あれ?」
その一言は再びブリッジに緊張を呼び起こした。
ヴィレンブロックは滲み出るような緊張感をまといだす。
「通信圏内か?」
「あ……問題はありませんが…… あ、もう一隻の――」
先程までのレーダー管制担当な女性クルーとは違う、通信担当が切り出した。
その声は必死に隠そうとする声の震えを隠しきれてきなかった。
「――識別不能な船が発する識別信号は……シリウス軍です」
シリウス軍……
その言葉はブリッジにいるクルー全員を黙らせるものだった。
ここグリーゼまで来て戦闘はしたくない。やはり生きて帰りたい。
あまりにも沢山の事が一度に発生し、感情のコントロールが追い付かない。
しかし、明確な『敵』であるシリウス軍の存在は、全員を落ち着かせた。
軍務にある者が持つべき覚悟と諦観を思い起こさせたのだ。
「さて、事と次第によってはパトロール任務に出てもらうようだが……」
「やむを得ませんね。シェルの根本は船外作業機ですから」
ヴィレンブロックの言葉にそう返したエディは苦笑を添えていた。
割りきりの早い男だと感心するヴィレンブロックだが……
「連邦軍側艦艇より入電です」
通信担当の女性クルーは、上ずり気味な声を発した。
だが、艦長が眼差しを送って『読め』と指示を出すと、彼女はそれを読んだ。
「本艦は連邦軍近軌道警備隊所属。駆逐艦フユツキ。貴艦の艦名と所属を求む」
通信手の読み上げた内容は、艦長とエディの表情をより一層厳しい物に変えた。
地球における近軌道警備の範囲は、月の公転内を意味する。
そんな所に居る筈の駆逐艦が、なぜ今になってグリーゼに現れたのか。
少なくとも余り良い事では無い。それ位は察しが付くのだが……
「……艦名を返答しろ」
「よろしいのですか?」
通信手である女性クルーとて、現在が隠密行動であるのは理解している。
故に、素直に返答しても良い物かどうか思案したのだ。
だが。
――ん?
エディはふと、妙な違和感を覚えた。
IFF反応をキャッチしなかったのだろうか?と、そう思った。
例え惑星の裏側であっても、単純な2進数による平文通信に過ぎない筈。
そんなIFFなのだから、艦の情報も伝わっているはずだ。
戦時体制では無いので、そこまで暗号化を施してない。
「……大佐殿」
「あぁ……」
そっと声を掛けたエディだが、振り返ったヴィレンブロックは厳しい顔だ。
合戦準備を発令するべきかどうか迷っている様にも見える。
実体弾頭を打ち出せば、グリーゼの重力に引かれてグルリと回り込む筈だ。
「アラート。フェーズ……ファイブ」
ヴィレンブロック大佐の短い言葉がブリッジに流れた。
戦闘態勢への移行を命じたその言葉は、艦内の空気を一変させた。
「私も出撃に備えます」
「そうだな。スマンが協力してくれ」
「お安いご用です」
ややぞんざいな敬礼を送りエディはブリッジを離れた。
その後ろ姿を見送りながらヴィレンブロックは更に思案した。
重い沈黙が流れ、意を決したらしい艦長は手をに入り締めて言った。
「フユツキの僚艦について問いただせ。あと、グリーゼへの目的もだ」
短く『ヤボール!』と回答した通信手が交信回線を開く。
ヴィレンブロックは妙な胸騒ぎが収まらなかった。
長い船乗り生活の中で身についた危険を察知する能力の数々。
その全てが背一杯の大声で危険を叫んでいた。
――――――――同じ頃
「おいおい! どうなってんだよ!」
悪態をこぼしながらシェル向けの装甲服に袖を通すヴァルター。
その向かいではテッドが背中のサスペンダーベルトを直していた。
「なんか碌な予感がしねーな」
「やめろよ。不安が増すってモンだぜ」
テッドの言葉に不快感を返したディージョは、グローブの気密を確かめていた。
ごく僅かな気密の綻びでも、万が一にも宇宙へ放り出された時には命取りだ。
噴出する空気が推進力を生み、何処か遠くへ漂流することになる。
「とりあえず片方は連邦軍所属らしいけど……」
ウッディは配信された戦闘情報に目を通しながら言う。
赤外で配信されたその短信には、2隻のうちの片方がシリウス軍とある。
展望デッキからシェルデッキへとすっ飛んできた501中隊の面々。
そのどれもが緊張の面持ちでシェルの出撃準備中だ。
このグリーゼまでシリウス軍が出張ってきた理由。
それはきっと、あの死にかけなシリウス独立闘争委員会の首魁の為だろう。
「ボーンの野郎は既に死んでるんだけどな」
「息子の方はな」
不快感溢れる物言いで吐き捨てたテッド。
それに合いの手を入れたヴァルターは、苦笑いだった。
既に死んで失われているのだが、公式には生死の境をさまよっている。
スライム化した者の回復などあり得ないから、それが全てだ。
問題は父親の方なのだろう。
シリウスの社会に於いて、ボーン一派にいるが為に既得権益を持っていた連中。
その連中が必死になって身の安寧を計っているのかも知れない。
何とかして首魁であるボーンを連れ帰り、権力闘争を勝ち抜きたい。
権力闘争に敗北する事は身の破滅に直結する。
地球人類が積み重ねてきた歴史を振り返れば、それは世の常と言える事だった。
「……んで、その親父の方はどうなったんだっけ?」
ストラップとハーネスを持ったステンマルクは、めんどくさそうに言った。
そう言えば聞いてなかったとみなが気が付いた。
本来なら同行しているはずのグリーゼ派遣艦隊に居るはずなのだが……
「あの状態で存命は考えにくいからな。恐らくは……」
オーリスの分析に皆が苦笑を浮かべる。
現実問題として、あそこまで真空にさらされた場合は蘇生など不可能だ。
あとは楽に死ねるよう手配をしてやるのだが。
「まぁ、その生死はともかく、死体くらいは引き渡さないとな」
「シリウスの独立闘争派も収まりが付かないだろうね」
ディージョとウッディがそんな分析を漏らし、全員が失笑した。
実績作りの為にも死体が要る。その為に彼らは来たのかも知れない。
「いずれにせよゾッとせん話だ。とにかく距離を取り様子を伺おう」
ふらりとシェルデッキに現れたエディは、唐突にそう言って話に混じった。
もしかして、今までそこらで話を聞いていたのか?とそう思うほど自然だった。
「シリウス側はなんと?」
テッドはまだエディとの距離感が狂っていた。
ただ、動かないことには改善しないのだから……
「いや、要求らしい要求は無いし、連邦軍側からも動きが無い。だが――」
サクサクと着替えを進めるエディは、あっという間にスタンバイを整えた。
テッド達が5分程度を要する着替えだが、エディはそれを2分でやってのけた。
――段取りと無駄の無い動き
テッドはその手早い動きの正体をそう分析した。
前もって何をすれば良いのかを理解してるからこそ、それが出来るのだ。
「――少なくともこんな所で遭遇したんだ。碌な事にはならないだろ」
エディの言葉には苦笑いを返すしか無いのだが、出撃準備は完了していた。
もはや行くしか無い。そう覚悟を決めたテッドはヘルメットを手に取った。
「……これも、もっと改良出来るな」
テッドの呟きに『だよな』とヴァルターが応える。
思えばこのグリーゼ進出は、様々な面で装備などの洗練を考える良い機会だ。
「ここまである意味、無我夢中だったからな」
ヘルメットを手に取り、しげしげとそれを眺めたヴァルター。
航空機向けに作られたHMDを組みこんであるが、サイボーグには不要な物だ。
自らの視界に直接表示出来るのだから、ある意味で邪魔なだけとも言える。
「まぁ、それも追々考えよう」
エディがその場を仕切り直し、出撃準備を整えた頃だ。
唐突にドアが開き、ここには居なかったマイクとアレックスが入ってきた。
「すぐにスタンバイする」
「ちょっと待ってくれ」
サクサクと仕度を調えるふたりの段取りもまた実に見事だ。
流れるように装備を調えていき、あっという間に出撃準備を完了した。
徹底的に鍛えられている人間の段取りの良さをテッドは改めて知った。
――スゲェなぁ……
自分の何がどう至らないのか。それを突きつけ得られた形だ。
ただ、事態は待ってくれないし、常に動き続けなければいけない。
きっとエディは何か手を打ったはずだ。
未来へと繋がるえげつ無い一手を。
「さて……」
飄々とした様子のエディは無線を使って出撃準備を告げた。
『こちら501中隊マーキュリー少佐。501中隊は出撃準備を完了した』
――――CICより501中隊へ
――――各員はシェル内部で待機されたし
――――状況の展開によっては出撃を依頼する
『マーキュリー少佐以下中隊全員が了解した。続報を待つ』
全員に聞こえる様に無線を使ったエディ。
その顔は笑っていた。
「さて、話の通りだ。抜かること無くやろう。上手く振る舞え」
全員がイエッサーを返すなか、テッドはエディの神髄を見た気がした。
全てに抜かりなく、常に望む結末へ向けて手を打ち続ける姿だった。




