ROAD-SIX:エディの思惑18
~承前
「……で、これを取引の材料にすると、そう言う事か?」
「まぁ、有り体に言えばそう言う事ですな」
「中々どうして……策士じゃ無いか」
嗄れた声で有り様を褒めたその声の主はヴィレンブロック大佐だ。
エーリヒ・トップ艦長室の中、大佐はエディ少佐と差し向かいになっていた。
多くのクルーが展望デッキで離れ行く小型艇を見ている時間帯。
艦長室の中では差し向かいでの密談が行なわれていた。
「ところで君は……彼らの言語が分かるのか?」
「まさかまさか……」
クククと肩を揺すって笑いを噛み殺したエディ。
「……そんな事が出来るわけないじゃないですか」
エディは明確な否定を返したのだが、それでも顔には笑みがあった。
内情はともかく、公式には出来ないと言う事にしてください……と。
無言で協力を要求する、爽やかな表情だ。
「君には本当に驚かされる事が多い。ロイも含め、多くが君を気に掛ける理由も、いまなら嫌と言うほど理解出来る。確かに君は――」
大佐は真っ直ぐにエディを見ていた。
自信あふれるその姿は、地球で見た王侯貴族のそれだった。
「――シリウスの王なのかも知れないな」
「いえ、正確には王だった……と、そんなところです」
「まぁ、実体は何であれ、君にはその資質があるようだ」
世界で最も影響力のある政治家と言えど、王侯貴族の前では緊張するという。
かつて、世界を意のままに出来るポジションとなった大統領も言ったそうだ。
目の前に立った痩せぎすの小男は、人ならぬ存在だった……と。
そんな気配を身に纏うエディは、30ページほどのレポートを持参していた。
艦内情報部の者と協力して聞き取り調査した、エイリアン達に関するモノだ。
それをいくつか捲って読んだ大佐は、表情を強張らせエディに問うた。
――――残された時間は?
……と。
「小官も細かな数字は把握出来ませんが、恐らくはあと40年ほどかと。多少前後するでしょうか、長くとも50年。恐らくはその程度で彼らの主力がやって来るはずです」
そのレポートに書かれた内容は、予備知識無しに読めばただのSFだった。
銀河を二分する勢力争いの最前線がここグリーゼだ……と、良くある話だ。
だが、そんな物語を読む者は、読み進めながら否応なしに真顔になる。
過去幾度かやって来ていた地球からの調査団が辿った末路についての報告だ。
「結果論として……地球人の輸出。人身売買と言うことか」
「500年を経て繰り返される奴隷貿易ですよ」
調査団の多くが奴隷推進派によって拿捕され、否応なしに商品化されていた。
彼らの勢力圏において売られた調査団のメンバーは行方不明だった。
「歓迎できぬ話だな」
「同感です」
「だが……」
ヴィレンブロック大佐が目を留めた一文にはこうある。
――――人口抑制の一環として一定数を輸出してはどうか?
正直言えば、それは歓迎せざるを得ない事態と言える。
そして、実はとんでも無いビジネスチャンスかも知れない。
現状の地球が陥っている本質的な問題の抜本的な解決に繋がる解決案だ。
際限ない人口爆発の結果として、絶望的な数での貧困層が溢れている。
地球が養いきれる適性数を大きく越え、限界人数も上回った。
生産可能な食料による十分な給養が成されぬ中、飢餓状態のまま死ぬ者は多い。
彼らを可能な限り養うべく計画された火星開発やシリウス開発は頓挫している。
人間らしい生活を送る為の措置は、いつの間にか独立闘争にすり替わった。
「もっとも困る事態は……言うまでも無いな」
「えぇ。シリウス独立派が奴隷推進派の尖兵となる事ですね」
「逆に、望ましい事態は……」
溜息混じりにこぼしたヴィレンブロックは、頭を抱えた。
シリウスを生け贄に差し出す事。そして、それをエサにすること。
最終的にシリウスを再征服し、その上で地球が彼らの救世主になる事。
それが失敗したなら、奴隷推進派にシリウスを差し出せば良い。
ボロボロの状態でエイリアンによる侵略を受け、夥しい数が運び出される筈。
地球はそこを叩くしか無い。そして、やはり救世主としてシリウスに君臨する。
どっちに転んでも無駄には為らないが、結託することだけは避けねばならない。
「そうなるように仕向けましょう」
「……君は前向きだな」
エディの姿勢を褒めたヴィレンブロックだが、至る結論は見えている。
どう頑張ったところで、人の心は割り切れないのだ。
故に、外部に共通の敵を作るしか無い。
そして、それらに抵抗する為に結託し、協力し、混ざり合う。
意思の統一を図り、緩やかな連合国家として再スタートする。
その先に待つ目標は、奴隷推進派グループと敵対する事だ。
奴隷廃止派と呼ばれるグループと呼応し、身の安全を図るのだ。
「いずれにせよ、これからが重要になりますな」
艦長室のモニターには、順調に飛行する小型艇が表示されていた。
一気に速度を乗せ、彼らは距離を取っている。
奴隷推進派も反対派も、暗黙の了解で非交戦措置を継続中だ。
「せっかく拾った命を失いたくは無かろうなぁ」
「ですね。彼らだって帰りを待つ家族が居るはずです」
微妙な物言いに大佐の表情が歪む。
すっかり時に喰われたヴィレンブロック大佐は、親族全てが滅んでいた。
天涯孤独となったドイツ軍人の男は、奥歯を噛みしめ耐えていた。
「しかしまぁ……奴隷推進派の方に地球人型が一人も居ないのは傑作ですな」
「……そうだな」
それが意味するところは、説明されずとも肌感覚として理解出来るものだ。
地球人型は人の範疇に入っていないのだろうし、それらが奴隷なのだろう。
かつてのローマ帝国時代のように、強制的労働力としての奴隷では無い。
生きた有価証券とでも言うべき、財産としての奴隷なのだろう。
現代ではそれを、契約労働者という表現で誤魔化しているに過ぎない。
奴隷は生きる事すら他人に縋らざるを得ないのだ。
それは、人間らしい生き方とは到底言えないものだった。
「きみはそれを、あのヘカトンケイルに報告するのかね」
「そうですね。それも託されていますから」
「……そうか」
エディがヘカトンケイルの意向で地球に送り込まれているのは既知の案件だ。
やがて迎えるであろう地球との関係改善に向け、戦略的な一手だった。
ただ、その前に越えねばならない山は余りにも多い。
地球にもシリウスにも、飲めぬ煮え湯を飲むだけの理由が要るのだ。
対等和平、対等な停戦協定、対等な和平条約。そして、対等な国家。
それを実現する為には……
「君とヘカトンケイルと、そして全てのシリウス人にとっての理想的な落としどころの為に……」
ヴィレンブロックの眼がエディを貫いた。
その眼差しは『言え』と雄弁に語っていた。
ヴィレンブロックは気付いたのだ。
ロイエンタール卿は、何故全てを一人で背負い込もうとしたのか。
エドワルド・ブロフォ提督が何を託され、全てを被ろうとしたのか。
――――君は船乗りで居てくれ
そうロイエンタール卿から願われた大佐は、昇進を捨ててまで現役に拘った。
昇進の内示があれば問題行動を起こして昇進プランを自分で潰した。
そうまでして現役に拘り続けた、友の願いの正体。
「やはり、言わなきゃダメですか?」
「そうだな。君の言葉が戦友ふたりの命の価値と同等かを知りたいのだよ」
ヴィレンブロックの言葉に肩を揺すって笑ったエディ。
床へ視線を落とし再び顔を上げたのだが、その表情は傲岸な支配者そのものだ。
「地球側に勝ちきる。勝ちきれると言う安堵以上の厭戦気分を……まぁ要するに植えつけなければ……ならないのですよ。もう勝たなくても良いから、戦争が終わってくれればそれで良いからと、そう思うだけの理由を……ね」
エディは遂にそれをカミングアウトした。
シリウスの独立よりも、厭戦気分が勝る状態にしなければならない。
その為に、エディは裏切り者と呼ばれるリスクを背負ってでも地球側に来た。
ロイエンタール卿もエドワルド提督も、全てを承知でエディを支援した。
いつかやがて、裏切り者と罵られる事になるのを承知で……だ。
「……全て承知した。君の目指す目標の達成の為に、協力を惜しまないよ」
「痛み入ります」
改めて握手を交わしたふたりだが、そのタイミングで室内電話が鳴った。
コール元は、CICの情報担当将校だった。
――――艦長、強力な重力心を検知しました
――――おそらくは地球側の船団と思われます
――――あと数秒でこちらに現れるはずです
「解った。5分でブリッジへ行く」
立ち上がったヴィレンブロック大佐は上着の袖を通しながら言った。
その表情は、いつの間にか歴戦の勇士になっていた。
「少佐。君も来た前」
「願っても無い事です」
「もう少し、世界が優しさを持ていたならなぁ」
何とも腰抜けな事を言った大佐にエディは失笑をこぼす。
ただ、現実問題として、それを願わざるを得ないのだった。
「……同感ですね」
「甘いと言われなくて良かったよ」
ふたりして艦長室を出た所で、アンノウン艦隊出現の報が艦内に流れた。
一瞬静まりかえった艦内に、歓声が沸き起こった。
だが、艦内放送には『IFF反応なし』が流れる。
そして、瞬時に艦内が戦闘態勢に切り替わったのだった。
「……やれやれ。引退の日まで休まることも無さそうだ」
大佐の愚痴にエディは苦笑いを浮かべるばかりだった。




