ROAD-SIX:エディの思惑17
~承前
漆黒の宇宙が見えるだけの展望デッキ。
そこは、普段なら乗組員の娯楽サロン的な使われ方をするスペースだ。
宇宙を走る船は潜水艦と同じく、気密が何より重要となる。
従って外を見る窓やキューポラなどは、どんなに小さくとも人気の場所だった。
そしてそれは、エーリヒトップでも同じことが言える状態だ。
およそ巡洋艦クラス以上の宇宙船には、必ず展望デッキが備えられている。
完全密閉空間である宇宙船で、息苦しさを感じるクルーが息抜きをする場所。
気を抜いて、ストレスを僅かでも低減させる場所。
そんな使われ方をする展望デッキだが、今日だけは全く違う使われ方だった。
「結局、意思の疎通は出来たのかな?」
ウッディは緩い調子でそう言った。
黒山の人だかりなデッキの最前列に陣取りながらだ。
「アレックスが言うには、情報部のスタッフがかなり頑張ったらしいな」
同じように緩い調子で言うディージョは、コーヒーカップを握りしめていた。
熱さはそれなりに感じるが、それ以上に壊れるギリギリを維持出来るのだ。
サイボーグになってからと言うモノ、こんな微妙な力加減が本気で苦手だった。
だが、スズメバチ型エイリアンに全バラにされ、完璧な再組み立てを受けた。
その結果として、驚くほど各部が快調だった。
サイボーグメンテナンス専門スタッフが驚くほどの仕上がり。
それは、高度な科学的知見と膨大な経験が積み重なったセンスの結晶だ。
何よりも言える事は、人間と機械との間を取り持つさじ加減の絶妙さだった。
「……へぇ。で、彼等はなんて?」
アレックスの言葉に興味を持ったウッディは、そんな問いを発する。
だが、それに答えたのはディージョでは無くリーナーだった。
いつの間にか展望デッキへと来ていたリーナーは、遠い目をしていた。
「彼等はそもそも、ひとつの国家だったそうだ。ひとつの文明圏の中で二つの陣営に別れ、その陣営同士が同じ目的で争っているとの事だ」
いきなり響いたリーナーの声に驚きつつも、黙って話を聞いたテッド。
あちこちから『へぇ……』とため息混じりの言葉が漏れる。
どんなに科学的な進歩があっても、結局は人間のやることなど同じに過ぎない。
それをまざまざと見せ付けられた気がしたのだ。
「しかし……」
ディージョは首をかしげながら言う。
「帰しちゃって良いのかな?」
「……と言うと?」
ディージョの言葉に反応したヴァルターは不思議そうにしている。
常に軽い調子の若者軍団だが、段々と思慮深さを身に付けていた。
「いや、勢力争いのなかで地球文明圏の争いに介入しないかなぁって」
――あ……
言われてみればその通りだとテッドも思った。
過去の歴史を振り返れば、人類史には似た話が山とある。
他所の紛争に介入し、代理戦争に仕立てあげるのだ。
地球とシリウスの対立に介入し、技術の提供をエサに陣営の仲間を増やす。
数は力。その一大原則は、どんなときにも変わらない。
「なんかしらの対策は……するだろうけどな」
腕を組みながらそう呟くディージョは、離れつつある小型艇を見ていた。
艇内の無線機を使って連絡を図るだろうが、その航海の無事は神のみぞ知る。
……或いは、無線で連絡を取り合い、帰還の算段が済んだ所で事故に遭う。
そんな流れをもテッドは考えた。だが……
「それよりさぁ……」
テッドはそれを口にせずにはいられなかった。
誰もが口憚っていた事は、誰かが言わねばならないのだ。
「わかってるって」
テッドの隣に居たヴァルターは、テッドの肩をポンと叩いた。
万の言葉を凝縮したそれは、『言うべきではない』と言う意思表示。
だが、それでもなお口にするならば……と、ヴァルターの示した賛意でもある。
「あのエイリアン…… 獣だった」
「……だよな」
ミイラを見た事があるのはテッドだけ。
ヴァルターを含め、知らぬ者ばかりの環境だ。
事実、テッドとエディがエーリヒ・トップへ戻った時、最初の反応は戸惑いだ。
総勢で30名ほどのエイリアンたちだが、その大半は獣の様相を持っていた。
地球人型の姿をしているのは僅かに3名で、大半の残りはイヌを思わせた。
「イヌやらネコやら……賑やかなもんだったな」
「トラっぽい姿もいたな」
監視カメラ越しにそれを見たディージョやヴァルターもそう言うばかりだ。
人ならぬ姿だが、それでも人だったのだろう……
「古い映画に出て来る想像上のエイリアンそのものだよな」
「あれも収斂進化なんだろうね」
ディージョの言葉にウッディがそう返した。
結局のところ、そう言う風に進化した獣と言うだけのことだ。
そしてもっといえば、地球人型をしたエイリアンが対等に接せられていた。
言い換えれば、彼らにとってその姿の相違は、違和感の無い物なのだ。
地球の空が青い事をおかしいと思わないのと同じことなのだ。
空は青く、雲は雪の様に白く、太陽は黄色く眩く輝く存在。
それと同じように、獣の姿をした人が共存している事を疑わない社会。
「馬鹿な俺にはよくわかんねぇけどさ、でも、きっと豊かな社会なんだろうな」
希望的観測をこぼすようにヴァルターが漏らした。
不平不満が重なる社会なら、どこかで分断が起きるのだろう。
21世紀初頭は分断の時代と言われた。
それと同じように、社会の中で不平不満が溜まれば分断が起きる。
そして、その社会的な不満を解消する為に、不利を被る層が出る。
世界中のどこにでもある、おまじない染みた風習。
特定の存在を悪者に仕立て、それに向かって石かそれに代わるモノを投げる祭。
被差別層を付くって鬱憤の捌け口とする、追難の鬼を必要としない社会……
「いや、実際そうでもないらしいな」
展望デッキに姿を現したアレックスは、中隊にだけ聞こえるように言った。
隊長であるエディの参謀役として、様々な局面でサポートに回るインテリ。
その知識の豊富さと知見の鋭さに何時も舌をいている。
「……どういう事っすか?」
そのアレックスと見事なコントラストを見せるロニーは遠慮なく問うた。
解らないなら聞いて覚えれば良い。それはロニーなりの合理的精神だった。
「完全な意思の疎通が出来なかった故に確定情報ではないが――」
腕を組み、小さな声で切り出したアレックス。
テッドはその言葉の続きを、ジッと待っている。
「――彼らは同じ社会の中で、異なる主義主張を翳す陣営に分かれ永久戦争中だと表現した。永久では無く、単に非常に長いスパンなのかも知れない。ただ、終わりなき戦争という事だけは理解した」
――何処も一緒か……
テッドはそんな結論に達した。
結局のところ、人が争う理由など取るに足らない些細な事なのだろう。
あっちはこっちと違う。
たったそれだけの事で、終わりの無い永久戦争に陥るのだろう。
生まれたところや、肌の色や、掲げ敬う神の違いといった些細な事。
それだけで、人間は際限なく残酷になれる。冷酷になれるのだ。
いや、もっと正確に言えば、本性が露わになるのだろう。
「で、その主義主張の違いってなんだろう?」
腕を組んだまま考え込んでいるテッドは、その中身を思案した。
エディが直接聞かなかったのか?とも思ったのだが……
――あ、そうか
正体を隠しているエディは、意図してそれをやらなかったのだ。
あの、まか不思議な言語を操って会話したはずのエディなのだが……
「なんだと思う?」
更なる思考を促すように、いたずらっぽい笑みでアレックスが言った。
真剣に考えたテッドは、解らないと言葉にする代わりに首を振った。
降参だ……と、助け船を求めたのだが、アレックスは笑うばかりだった。
「……わかりません」
素直に降参を言ったテッドだが、アレックスは周りを見ていった。
どうしたどうした!と、どこか嘲るような笑みを添えてだ。
「だれか、解る奴は居るか? 正解だったら一杯おごるぞ」
アレックスの言葉に全員が首をひねった。
ただ、誰1人として口を開こうとはしなかった。
「……まぁ、そうだろうな」
僅かに落胆したらしいアレックスだか、同時に誇らしげでもあった。
迂闊な事をせず、ジッと事態の推移を見守る姿勢は重要なのだ。
「まぁ、簡単に言うとだ、社会的なコンセンサスが完全に二つに分かれているらしい。そしてそれは、我々の言葉で言うところの奴隷と言う事になるようだ――」
奴隷
その言葉に僅かながらもざわつきが起きた。
それほど広くない展望デッキの中では、内緒話も大変だ。
「――事の次第は良く解らないが、彼らの社会にあって獣の姿をしていない男は奴隷扱いされているらしい。それを解放するかどうかで、もうウン万年単位の闘争が繰り広げられていると言う事らしいな」
テッドは率直に凄いと思った。
全く言葉の通じない者同士で、どうやってこんなに難しい会話をしたのだろう。
それを考え始めたなら、幾らでも眠れない夜を越えていけると思った。
「それ自体はまぁ、そんなに問題じゃ無い。要するに彼らの社会での南北戦争だから、だまって見ていれば良い。問題は、その戦争の中身と言うべき存在が、我々地球人類とほぼ一緒と言う事なんだ。つまり……」
覚悟は良いか?
アレックの顔にはそんな色が浮かんだ。
ゴクリの生唾を飲み込み、テッドは斜めな角度でアレックスを見た。
絶対に碌でもない言葉が出てくる。
歓迎せざるる事態がそこまで迫っている。
それを確信する様な、微妙な表情。
正直に言えば、もうドンドン言ってくれよ!と、そう泣き言混じりだ。
「奴隷推進派が勝利すれば、我々は奴隷になるのかも知れないな」




