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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SIX:エディの思惑16

~承前






 ――いったい何があったのだろう?


 同じ問いを悶々と考え続けているテッドは、寝床の中で思案に暮れていた。

 艦内消灯となる夜間だか、船は24時間生きている状態だ。


 居住室エリアの中、宛がわれた小さな寝台の中でテッドは思いを馳せた。

 あの未知のエイリアンが何者で、何を目的にしているのか。

 なぜこのグリーゼ辺りで戦闘に及んでいたのか。


 そして。


 ――――ありとあらゆる点で、特別な存在なんだと思い知らされた


 アレックスの言ったこの一言が心の中にリフレインしていた。

 エディが特別な存在なのは嫌と言うほど知っている。

 ニューホライズンを発つ前、あのヘカトンケイルから直接託された。


 我らの吾子を護り給え……と、そう依頼を受けたのだ。


 ――特別な存在……


 答えの出ない問いをグルグルと考え続け、もう2時間を過ごしている。

 基本的には寝付きの良い人間で、寝床へ潜り込めば3分と掛からず眠りに就く。

 そんなテッドが考え込むというのは、実際余程のことなのだろう。


「……行くか」


 それしか無い。

 テッドは常にそうやって体当たりで生きてきた。

 自らの経験則に従って生きるなら、手段は常にブレないのだ。


 のっそりと起き出したテッドは、仲間を起こさぬよう兵員室を出た。

 本来なら個室を与えられる士官だが、ここではただのお客さんだ。


 仲間にもクルーにも迷惑を掛けぬよう静かにエディの部屋へ向かう。

 隊長であるエディだけが私室を与えられているが、小さな部屋だ。


 ただ、その私室は部屋とは名ばかりの存在だった。

 同じデッキの奥にある比較的大きな兵員室の中をカーテンで区切っただけ。

 相部屋になる者が居ないだけの部屋がエディの私室だった。


 ――あれ?


 エディの私室にまだ灯りが点っている。

 部屋へと近づいたテッドは、そこで足を止めた。


 部屋の中から小さな声が聞こえたのだ。


 ――エディ……

 ――誰と話してるんだ?


 さすがに声が小さすぎて上手く聞き取れない。

 聴覚センサーのゲインを調整し、ノイズキャンセラを最強にする。

 これでも上手くは聞き取れないのだが、断片的な言葉が聞き取れた。


 ――ん?


 それは、テッドの知らない言語だった。

 単語が全く理解出来ないのだ。


 独特の韻を踏むセンテンスの構成は、あのスズメバチの言葉を思い出させた。

 だが、その時点でテッドはハッと矛盾に気が付いた。

 いままで見落としていた矛盾だった。


 ――スズメバチの言葉はリズムだったはず……

 ――じゃぁ……


 あのグリーゼの地上の施設から何処かへ飛ばされた時だ。

 セミ型のドローンから聞こえてきた言葉は、明確な言語だった。

 リズム型では無く、地球人類と同じ言葉。


 ――え?


 余り良い出来とは言えないテッドの頭だが、それでも一つ解る事がある。

 アレは明確に()()()()()()と言う事だ。

 罠か、若しくは追跡者を混乱させる為のもの。

 それを放った存在がそこに居る。


 そして……


「そこに居るのは誰だ?」


 エディは気配に気が付いたらしい。

 一瞬焦ったテッドは、直後に素直になっていた。


「エディ。まだ起きてますか?」

「なんだ…… テッドか」


 テッドはそのエディの言葉が許可だと思ってカーテンを捲った。

 そしてそこで、足が棒のように動かなくなっていた。

 エディはあの施設の地下で拾った剣を抜いていたのだ。


「……何をしてるんですか?」

「あぁ。この剣の手入れをしている」


 楽しそうに鼻歌など唱い、抜き身の剣の刃先を磨いていた。

 ただ、テッドは気が付いていた。先ほどまでのエディとは空気が違う……と。


「……俺、剣のことは良くわかんないけど」

「見事なモンだろ?」


 素晴らしい出来映えのその剣の刃先は、眩く光る程に磨き込まれていた。

 吸い込まれるような……とは言うが、顔の映るレベルな刃先は妖艶だ。


「素材としては未知の金属だが、クロームが配合されているのは間違い無い」


 刃先を磨き終わったエディは、その剣を鞘に収めた。

 いつの間にかその鞘も綺麗に磨き込まれていて、エディが何をしたか理解した。


「……エディは剣を使えるんですか?」

「勿論だとも。地球の兵学校では剣術を習う」


 椅子から立ち上がって一歩下がったエディは、テッドの前で剣を抜き放った。

 しかと柄を握りしめるエディの手は胸の前に当てられ、剣が垂直に立った。


「地球では騎士道と言い武士道と言い、武具を操る者にその哲学を教えるんだ」

「……哲学?」

「そう。武器を取り扱う者が備えるべき、まぁ、心得だな」


 エディはまるで舞うように剣を振った。

 その姿をテッドは美しいと思った。


 蝶が舞うように、鳥が羽ばたくように、剣と身体が一体に為って動いた。

 何処にも無駄が無く、自由自在に舞うのだった。


「武器を扱えば人が死ぬ。だが、軍人は殺すのが商売というわけじゃ無い」


 わかるか?と、そんな眼差しでエディがテッドを見た。

 そのテッドは混乱の極みにあって、考え込んでいた。


「殺すのが商売ってのは死神のポジションだ。軍人の本分は戦う事では無く護ることと教えられる。護るべき存在の安寧を確保する為に、軍人は自分の命すら差し出す事も厭わない……ってな」


 スッと剣を鞘へ収めたエディ。

 たったそれだけの事だが、テッドは目を見開いていた。

 その動きに全く澱みも迷いも無かったのだ。


 まるで、はじめからそうだったかのように。

 幾度も幾度も触って扱って馴染んだ道具のように。

 それが()()()()()()()()()()()()()()かのように。


 なんの違和感を感じさせることも無く、スッと剣が鞘へ収まった。


「奇麗……ですね」


 どう表現して良いのかわからず、テッドはそれを『綺麗』と言った。

 そして同時に、なんだかエディの存在がずっと遠いところに離れてしまった。

 上手く表現できないが、エディとの距離感を見失っていたのだ。


 ただそれは、自分の勘違いだとすぐに気がつく。

 自分が離れたのではなく、最初から超絶に離れた存在だ。

 改めてそれを見せ付けられた気がしたのだ。


 本質的には正しくないのだろう。だが、確実に存在する部分。

 持って産まれた資質の様な部分で、エディは全く違う次元の存在なのだ。


「なにを畏まってるんだテッド。何かあったのか?」


 エディの声が優しげだ。

 何となくだが、それでもテッドはホッとした心境だった。


「……あの、何か上手くいえないんだけど――」


 テッドは内心に浮かんだその言葉を言うべきかどうか逡巡した。

 言ってしまえば引っ込みの付かない事になる。

 だが、それでも、一度でも思ってしまったことは、もう誤魔化せない。


「――エディは……エディは一体『俺の正体か?』


 エディは遠慮なくそんな言葉を返した。

 薄笑いを浮かべ、優しげな眼差しでテッドを見つめながら……だ。


「そうだよな。確かに……まぁ……そうだろうな」


 ウンウンと首肯しつつ、エディは一人唸っていた。

 全く力みを感じさせない、自然な姿でだ。


「なんだか上手く言えませんけど、最近思うんです。エディは、なんと言うか、物語に出て来るような、作られた存在なんじゃないかって。想像の世界に居て、普通の人間とは余りに隔絶された存在なじゃないかって」


 テッドが搾り出した言葉は、言いたい事の半分も表現出来てはいなかった。

 ただ、それを責めるのは酷と言うものだろう。


 人はそれぞれの常識の中で生きている。

 テッドはテッドの持つ常識や世界に対する感覚の中で生きているのだ。

 そしてテッドは、自らの持つ世界への認識からはみ出した存在を前にしている。


 ありえない事態を前にしているのだから、間違いなく難しい問題と言える。

 そんな状況で言いたい事を端的に要約するのは、実際、相当困難だ。


「……まぁ――」


 エディもエディで深い溜息を吐いた。ただ、その姿には威があった。

 狭い室内で対峙しているはずなのだが、エディを見上げている様に錯覚した。

 人智を超えた大いなる存在を前に、平伏しているかのような心境だった。


「――実際、自分が何者かと問われて、それを簡潔に表現できる者など居ないさ」


 ――あ……


 エディの言葉がスッと胸に染み込んだ。

 言われてみればその通りだと思った。


 自己紹介や自己表現じゃなく、自分が何者かを詳細に語る。

 そんな事は出来やしないし、自分は自分だと言うのが関の山だ。


「ただ、テッドが迷っていることはよく分かる。俺だって最初にロイエンタール卿を前にしたとき、上手く言えないが、圧倒的な存在だと思ったもんさ」


 エディは自然にニコリと笑った。

 だが、その笑みを見たテッドは直感した。


 ――嘘だ!


 いかなる理屈でも説明の付かない部分での直感。

 それは、AIなどの類いには出来ないことだ。

 人間の脳だけが、生物の脳だけが持つ()()()という機能。

 その違和感と言うセンサーが、警報を発しているのだ。


「テッド」

「はい」

「感情を表情に出さないよう気を付けろ」

「あ……」


 エディが何を言わんとしているのか理解し、テッドは狼狽えた。

 見抜かれた。若しくは、見破られた。そんな心境だ。


「テッドが感じていることは、まぁきっと……うん。そうだな。きっと俺の核心部分を撃ち抜くことだろう。この俺自身が――」


 そこまで言って言葉を飲み込み、エディは薄笑いのままテッドを見た。

 その笑みは今まで何度も見た、あのエディ特有の傲岸な笑みがあった。

 相手を見下すような、値踏みするような、そんな眼差しだ。


「――いや、これですらも嘘になるな」


 目を細め、ジッとテッドを見ているエディ。

 そこにはテッドの知らないエディがいた。


「%#♯〒§‡◎#%◎▽%§♯♭*†◆☆∞⊇」

「え?」

「いま、何を言ったか解らないだろ?」

「はい」


 それは、今までテッドが聞いた、いかなる言語とも異なるものだった。

 だが、その言葉には聞き覚えがあった。グリーゼの地上で聞いた言葉だ。


 大気変換システムの中、何処かの文明が残していったホログラムメッセージだ。

 そして、未知のエイリアンの死体近くで拾ったスマホが再生した画像の言葉。


 ――やっぱり!


 テッドの直感は確信に変わった。

 エディはあの言語を理解していた。


「……で、なんて言ったんですが?」

「何も言ってないさ」

「……え?」


 小さく息をこぼしたエディは、視線を泳がせ思案した。

 何か言いにくい事を言おうとしているのだけはテッドにも解るのだが……


「本来であれば隠し事無く、全てを詳らかにするべきだろう。だが……な――」


 エディの顔が元に戻った!

 それに気が付いたテッドは、息を押し殺して話の続きを待った。

 エディの正体が何であるかを知りたいと、心から願ったのだ。


 だが……


「――知らない方が幸せな事もある。知らない方が上手く行く事もある。人間の持つ欲望の中で最も手の付けられない欲は、知識欲というモノだ。それは無限に広がり、際限なく情報を飲み込み続け、そして、一切の容赦無く今までのモノを壊してしまう凶暴さを備えている。だから……いまはまだ内緒だ」


 いたずらっぽい笑みを浮かべ、エディはペロリと舌を出した。

 とにかく優秀な作りの機体だが、舌の質感は本物と変わらない。


「いつか必ず、全てを話す。それまでは聞かなかった事にしておけ。いつの日か、必ず全ての事柄を理解出来る日が来る。そう言う事だったのかと、自然に理解出来る日が来る。その時まで回答を保留しよう」


 体良く躱された。はぐらかされた。真実を伏せられ、誤魔化された。

 そんな感覚がテッドの心を埋めていく。蟠って腐臭を放ち始める。


 だが、『でも……』と反論しかけた時、エディはポンと言い放った。


「全てを得る事は、全てを失う事と等しい。全てを知ってしまったら、全てを忘れてしまうかも知れない。現状それは望ましくない。だから……俺の預かりだ」


 エディはテッドの胸をドンと叩いて笑った。


「いまはそう割り切れ。いつか必ず、全てを教えてやる。良いな?」


 普段よりも増した迫力に呑まれ、テッドは首肯するしか無かった。

 エディが何者なのかと言う問いは、明確に回答されないままだった。

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