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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SIX:エディの思惑15

~承前






「……男性型21名に女性型8名だってな」


 やや重い口調で呟いたディージョは、その言葉に溜息を添えた。

 エーリヒ・トップ艦内のガンルームは、どちらかというと重い空気だった。


 未知の文明圏で栄えたふたつの勢力が、目の前で派手に砲撃戦を演じた。

 その戦後救助に当たったテッド達の努力も、思ったほど実を結ばなかったのだ。


「結果論として出来るだけの事はしたんだ。後は運命だよ」


 アジア系特有の達観とでも言うのだろうか。

 ウッディは速報として上がってきたレポートを読みながら言った。


 テッドとエディの行った操作により、巨大なデブリ同士の激突は回避された。

 ただ、それでも激しい接触となったのはやむを得ない部分がある。

 基本的なベクトルは一切ねじ曲げられないのだ。


 故に、最後は衝突するしか無い。

 激突し、その運動エネルギーを解消するしかない。


「速報の映像を見る限りは――」


 左目を押さえて映像を再生するヴァルターは、テッドを見ながら言った。

 エーリヒ・トップに収容された双方の生き残りとは、身振り手振りの会話だ。


 如何なる文明圏でもボディランゲージは有効なのだろう。

 多少の問題はあるようだが、いまは彼らも落ち着いていた。


「――感謝されてると思って良いぜ」

「……だと良いけどな」


 30名近いエイリアンを救助した形だが、同じ程度の遺体も収容してある。

 戦闘中の死者か、それともデブリ同士の接触かは解らない者も居る。


 だが、ガンルームの空気を重くしているのは違う理由だ。

 テッドが勢いよく押し出したデブリの中から収容された遺体のひとつ。

 それは、明確に女性型と解る生物的なデザインを持っている者だった。


 そして……


「俺が押さなかったら……彼女助かったのかな?」


 ボソリと呟くテッドは、出口の無い問題に苦しんでいた。

 巨大なデブリの接触面近くにあった小さな気密区画。

 そこがその女性型遺体収容の場所だった。


 そして問題なのは、そこがテッドの行為が無ければ安全だった可能性が高い。

 デブリの中にいた生存者を救うべく、テッドとエディはデブリを回転させた。

 その結果、接触時の強烈な打撃力が一点に掛かってしまう場所だった。


 運動エネルギーの全てが曲げモーメントの最大湾曲点に集中してしまった。

 そしてその気密区画は()()がある状態でねじり上げられた。

 中に逃げ込んでいたその女性をねじり潰す形で曲がっていたのだ。


「吐きだした血は真っ赤だったらしい」

「……って事は鉄の酸化還元型だな――」


 ヴァルターの言葉にウッディがそう返した。

 血液の色は酸素を運ぶ媒体の素材によって左右される。


 地球人類の血液は鉄の酸化還元による酸素運搬故に赤く見える。

 銅を使えば青だし、レプリのようにアルミを使えば白く見える。


「――案外、地球人に近かったりしてね」


 ウッディの軽口は、ある意味でテッドの心に残った傷を抉った。

 だが、それを意に介さずヴァルターが畳み掛けるように言う。

 着々と知識や知恵を付けつつあるヴァルターの成長の証だ。


「最終的には同じような姿に進化するって奴?」

「そう。それそれ。収斂進化っていうらしいんだけど――」


 我が意を得たりとウッディは大袈裟に頷いた。

 チームの小僧軍団にあって一番のインテリであるウッディは腕を組んで言う。


「――結局、こうやって文明を築けるだけの身体的特徴って、似てくるんだろう」


 ウッディは無思慮に言いたい事を言っている。

 だが、テッドには解っていた。これもウッディなりの気遣いだ。


 その場の空気を読まず、厳しい事を平然という。

 だがそれは、誰もが解っている事を、言わずに黙っていることを言っただけ。

 我慢する側も気を使う側も、双方が肩の荷を降ろす言葉。


「……そうなんだろうな」


 テッドはなんの気無しに相槌を打った。

 なんの打算的思惑も無い、素直な言葉だった。


 だが、その言葉には威力があった。

 心の中に蟠っていたドス黒い気持ちが、何かで洗われた。

 素直な言葉には力があるのだ。


 見殺しにしたのかもしれない。

 いや、見殺しでは無く殺したのかも知れない。

 その他の20人を助ける為に、1人を殺したのかも知れない。


 それが正しい行いであったかどうかは解らない。

 ただ、純粋に一人の死のみがそこにある。


「……あの女性型に夫とか家族が居れば、なんで殺したって言うんだろうな」


 テッドは心の奥にあった言葉を吐きだした。

 それは目に見えない血が滲む、言葉だった。

 自分の心を蝕み、見えない血を流させる刃だった。


「他の人間を何人助けても、その人にはたった1人の存在なんだ……」


 ガックリと肩を落とし、テッドはその事実に震えた。

 気を張らずとも常に威風堂々とした居住まいになるサイボーグが……だ。


「なぁ……テッド」


 黙って話を聞いていたリーナーが話を切りだした。

 テッドは気の無い顔をしてリーナーを見た。


「お前が助けた20人強の……あの異星人」

「……えぇ」

「あの家族は……大切に思っていた人は、お前になんて言うと思う?」

「…………………………」


 返答に困り、テッドは押し黙ったままリーナーを見た。

 そのリーナーは小さな紙片にペンを走らせた。


 片面にはDIE()と書き、反対の面にはHELP(救助)と書いた。

 その紙片をテッドへ見せたリーナーは『なんて書いてある?』と問うた。


「DIE……」

「俺にはHELPと書いてあるように見える」

「そりゃ……そっちから見れば……」

「じゃぁ、お前もコッチを見れば良いじゃ無いか」

「……え?」


 リーナーはその紙片をクルクルと丸め、一本の棒に見せた。


「この宇宙船はDIEとHELPが共存している。どんなことにも表裏があるように、どんな事にだって功罪があるモンだ。20人を助ける為に1人を殺した。それが許せないなら、その1人を助ける為に20人を殺すのか?」


 リーナーの吐き出した言葉に誰もが息を呑んだ。

 命の選別は許されないと言う建前と、命の選別からは逃れられないという現実。


「その土壇場に立った時、どっちを選択するのかと言う問いに正解は無いさ。ただな、両方とも間違いなのだ解ってるんだから、少しでもマシな間違いを選ぶのが正解の筈。どうだ? それは間違いじゃ無いだろ?」


 テッドは黙って首肯した。

 それしか出来なかったと言うのが正しいのだろう。

 それを見ていたリーナーは、満足そうに頷いて話を進めた。


「20人を助けたんだから仕方が無いって言っちゃいけないんだろうさ。ただ、それだけに捕らわれたら前に進めなくなる。だからこう考えたら良いと思う。20人を助ける為に1人を犠牲にした。次はもっと上手くやろう。次は犠牲を出さないようにしよう。それが出来るようになる為に……学ぼう」


 その言葉は余りに身勝手で手前味噌で自己中なものだ。

 だが、どんなに否定したって否定しきれない現実だ。

 理想は高く掲げるべきだが、現実からは逃れられない。


 なら、現実を受け入れるしか無い。

 そして、理想と現実の折り合いを付けるしか無い。


「全て助けるのが理想なんだとしたら、一人でも多く助けるのが現実だ。全部助けられないなら、一人でも多い方を助ける。それは仕方が無い事だ。だからそれを飲み込むしか無い。いまは飲み込めなくても、飲み込めるよになるしか無い」


 小さな声で『はい』とテッドは答えた。

 それ以上の反応をどう示せば良いか解らなくなっていた。


 だが、言いたい事は非情に良く理解出来た。

 理想のために現実は折り曲げられない。ならば、現実の為に理想を磨けば良い。

 そうすれば、現実はゆっくりと理想に近づく。そしていつかたどり着ける。


「いま、エディが全てを報告している。飲み込めないものを飲み込ませようと、頑張ってる。おそらく、艦の上層部は相当な無理難題を吹っかけられているはずだ。もっと言えば、このグリーゼ派遣艦隊の司令は、かなりの無理難題を押し付けられている筈――」


 解るよな?と同意を求めるように、リーナーは柔和な表情で続けた。


「――その無理難題を解決するべく頑張っているが、言い換えればコッチの無理難題を押し付けるチャンスでもある。つまりは、これから先、エディが困った時に上手く立ち回る為の布石を打っているのさ。だから……」


 小さく溜息をこぼしたリーナーは、目を閉じて天井を見上げた。

 その瞼したには高性能センサーの眼がある筈だ。


 リーナーは何かを思い返している。

 テッドは直感でそう思った。


「落ち込んだって良い。迷ったって良い。反省して次に繋げれば良い。後悔に捕らわれ前に進めなくなった時、人は道を踏み外す。俺の経験的には、それが一番の悲劇に繋がる種だと思う」


 理解しがたい話を続けたリーナーだが、テッドはなんとなくそれを飲み込んだ。

 恐らくはリーナーも何をどう表現して良いのか解らないのだと思った。

 ただ、断片的に出てくる言葉を思えば、その実は理解出来る。


 必要なのは前進する事。

 人の死を受け入れ、その上で前に進むこと。

 自分のしでかした事を真っ直ぐに見ることだ。


「……エディ。大丈夫かな」


 テッドはボソッと漏らした。

 あの理解しがたいシーンを映像として再生し、艦の上層部に見せたはずだ。

 スズメバチ型のエイリアンから出された要求をしっかりと上にあげたはず。

 あとは上層部がどう判断するかでしか無い。


「まぁ、為るようにしか為らない。だからベストを尽くすだけだ。そうすれば先々失敗した時に、後悔のタネがひとつは減ってくれる。その為にも、物事は立体的に見るべきだ。ひとつの側の見方に拘泥すれば、真実を見失う」


 リーナーはそんな言葉で独演会を〆た。

 その言葉の意味がテッドには嫌と言うほど理解出来た。


 後悔しない為に全力を尽くす。

 それは、テッドの父親が常に体現していた理想の生き方そのものだった。


「……で――」


 話の場面チェンジを計ろうとしたヴァルターが何かを言いかけた。

 それとまさにピッタリ合うタイミングでガンルームのドアが開いた。

 ドアの向こうにはエディとアレックスが立っていた。


「おぉ、全員集まっているな」


 エディは軽い調子だが、アレックスは一際深刻そうだ。

 一体何があったのかと首を傾げざるを得ないのだが……


「あのエイリアン達。やはり同じ種族だった」


 エディは一方的に切り出し、自分だけが知っている情報を開示した。

 中隊の全員が同じ情報を共有する為の気遣いだった。


「同じ文明圏のものがふたつの陣営に分かれ争っている。その接触面がここグリーゼらしい。なかなか骨の折れる行為だったが、それでも意思の疎通を図ってきた」


 楽しげに言うエディは、懐から手帖を取り出して言った。

 未知の文明圏と意思の疎通を図った事実にテッドは震えた。


 エディはどうやってそれを行ったんだろう?


 答えの出ない問いが心の中に膨らんでいった。

 ただ、それを聞くには勇気が必要だった。


「で、まぁ、結果論だが、宇宙船を仕立て、彼らに自力で帰ってもらう事にするそうだ。異なる文明圏人種との交流は禁止されているらしいが、そうも言ってられないからな」


 ハハハと笑いながらエディはガンルームを出て行った。

 室内に残されたアレックスは、やや憮然とした表情になっていた。


「アレックス…… エディは……」

「……あぁ。エディな」


 何かを考え込むような素振りのアレックス。

 そんな彼に声を掛けたのはリーナーだ。


「一体何があったんだ? あんなに上機嫌なのも珍しい」


 不思議そうにアレックスを見ていたリーナー。

 だが、そのアレックスは一つ息を吐き出し、ゆっくりと切り出した。


「おそらく、近日中に私はアリョーシャと呼ばれる事になる。マイクは……そうだな。ブルとか、そんな名だろう」


 アレックスは至極真面目な顔でそう言った。

 アリョーシャとは、何ともロシアチックが言の響きだった。


「エディは普通じゃ無いと思ってきたが――」


 首を振りながら床へと視線を落としたアレックス。

 その背中には、言葉に出来ない懊悩が滲んでいた。


「――ありとあらゆる点で、特別な存在なんだと思い知らされた」

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