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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SIX:エディの思惑13

~承前






 テッドにとって、それは全く未知の経験であり冒険だった。

 電子的な座標誘導が全く無い状態で、宇宙を飛んだのだ。


 最初にシェルに乗ったときも、その前のバンデッドの時にも無い事。

 地球にしろニューホライズンにしろ、GPSの誘導システムは完璧だ

 それが存在するのを前提に教育されたのだから、今は本当に心細い。


 言うなれば目隠し状態で歩くようなもので、頼むべきはジャイロコンパスのみ。

 後は気合と度胸と培ってきた技術が全てのデタラメなソーティー。


 ――勘弁してくれよ……


 内心でそんな泣き言を漏らしつつ、それでもテッドは飛んだ。

 あまりにも広大な空間の中をシェルは超高速で飛んでいた。


 不安を心の底に押し込め、無明の闇を手探りで飛ぶ状態だ。

 先頭を飛ぶエディ機はスロットルを絞り、惰性で飛んでいる。

 それを見たテッドもスロットルを絞りつつあった。


 ――冗談じゃねぇ……


 テッドの内心は忸怩たる思いで一杯だ。

 きっとエディだって同じ想いだと思った。


 だが、それを億尾にも出さずエディは出撃した。

 率いられる中隊の面々も、正直言えば面白くないのだろう。



 ――――……これは、個人的なお願いだが……



 唐突にガンルームへ姿を現したヴィレンブロック大佐はそう切り出した。

 どんな言葉が飛び出すのかとテッドは身構えていた。

 ふと隣を見れば、決然とした表情でヴァルターが大佐を見つめている。


『だよな――』と、胸のうちでそんな事を呟いたテッド。

 言われる事は分かっていたが、それでもヴィレンブロック大佐を見た。


『しかしよぉ……』


 無線の中にディージョのボヤキがこぼれた。

 誰が最初にそれを言うのか。テッドはそれがロニーだと思っていたのだが……


『あぁ言われちゃ行かねぇ訳にもいくめぇよなぁ』


 ディージョの言葉を聞きながら、テッドは改めて内心の細波を感じた。

 部屋に入ってきたヴィレンブロック大佐は、やおら軍帽を取って言ったのだ。


 ――――ここに居ないはずの君らに……

 ――――これを言わなければならない自分を呪う


 その言葉を聞いたテッドは、検めてハッとした表情を浮かべていた。

 本来テッドたちクレイジーサイボーグズは、ここには居ない筈なのだ。


 故に、エディが持ち帰ったあのスズメバチからの提案も、握り潰される。

 居ない筈の人間に提案が出来るわけも無いのだから、仕方が無い。


 だが……


 ――――この先を偵察に行って欲しい

 ――――だが命令は出せない

 ――――君らに命令を出せば記録が残ってしまう


 誰にも責任が発生しない形で出撃するには、自主的な行動をするしかない。

 だが、少なくとも飛び切り危険なミッションである事に代わりは無い。


 地球文明をはるかに越える戦闘があった現場へ行って来い……


 それは、人を人とも思わない酷い話。

 人を舐めるのもいい加減にしろ……と。

 俺達を消耗品扱いするのもいい加減にしろ……と。

 誰もがそう思う話だ。


 故に、エディは艦内に居た上層部達の横っ面を引っ叩いていた。

 出撃しても良いから命令をよこせ!と言い切っていた。

 つまり、出撃命令を出したと公式記録を残せと言う事だ。


 そしてそれは、後にスキャンダルになりかねない危険な橋。

 火の無いところに煙を立て、どんな無理筋であっても必ず大騒ぎに発展させる。

 やがてそれは己の身を焼き滅ぼす業火となり、それで失脚するかも知れない。


 エディは全部承知でそれを言い切った。

 『……命令とあらば喜んで出撃します』と。

 つまり、共犯に成れとそう啖呵を切った。


 エディの行なっていた個人的な復讐劇の、いわば共同正犯だ。

 そして同時に、その言葉はエーリヒ・トップ艦内のシリウス派焙り出しだ。

 シリウス陣営に尻尾を振る者にすれば、ここでポイントを稼いで起きたい筈。


 それを逆手に取り、言うに言えない一言を言わしてポイントをガリガリと削る。

 シリウスから送り込まれた工作員や、シリウスと繋がっている者を見つけ出す。

 結果、至る結末は一つだ。失脚ではなく粛清の対象となるのだ。


 ――――表現が違うだけで言っている事が同じなのは重々承知している

 ――――だが……


 ヴィレンブロック大佐は頭を下げた。

 頭を下げる習慣の無い文化圏の男が、深々と頭を下げたのだ。


 ――――私もロイエンタール将軍の仇を討ちたい

 ――――色々と問題があるのは分かっているが……

 ――――私も……エリオットの仇を取ってやりたいんだ


 その言葉に万の意味が込められているのをテッドは理解した。

 幾たびも超光速で旅をし続けた結果、この大佐は時に喰われていたのだ。


 同世代の男が将軍に上り詰める中、未だに大佐という階級で燻っている。

 だがそれは、胸を張って自慢出来るものだったはず。

 そして、かつては同じ階級だった男からの頼みを聞き、命令を受けていた。


 後から階級を上げてきた()()()()()では無い存在……


 重苦しい沈黙が続き、ややあってエディは小さく『解りました』と言った。

 そこにどれ程の葛藤があったのかとテッドは思いを馳せた。


 だが、これから先の事を思えば恩を売っておいても損は無い。

 そんな結論に至ったんだろうとテッドは勝ってに思っていた。


 ――――ひとつだけ忘れないで貰いたい事がある

 ――――絶対に戦闘に及ばないでくれ

 ――――つまりそれは生還する事を最優先にしてくれと言う事だ


 その一言で全員がヴィレンブロック大佐を見た。

 社交辞令では無く心からの本音でそう言っているのだと誰もが思った。


 ――――出発前にエドから連絡を貰ってな……


 エドって誰だ?と考えたテッドはハッと気が付く。

 連邦軍シリウス派遣艦隊司令官のエドワルド・ブロッフォ提督だった。


 ――――私とロイとエドは皆同期なんだ

 ――――まだNATO軍本部がブリュッセルにあった頃からの付き合いだ

 ――――幾度も国家のメンツの為に衝突したが……


 懐かしそうに目を細めたヴィレンブロック大佐は、天井を見上げた。

 涙を我慢してるんだとテッドは気が付くのだが、それを黙っておくのもマナー。

 僅かな間を開け、大佐は言葉を続けた。


 ――――ロイは良い男だった

 ――――いけ好かないブリテン紳士の見本の様な男だ

 ――――こうだと決めた事は絶対に曲げない男だった


 小さく溜息を吐いた大佐は、一度目を瞑って心を整えた。


 ――――君らの仇討ちを応援している

 ――――そして出来るなら、私もそれに絡みたい

 ――――故に……君らに行ってくれと言いたくは無い

 ――――だが、現実には君らしか出来ないミッションだ

 ――――難しいとは思うが……


 その続きをエディは手で制した。

 ヴィレンブロック大佐の表情が僅かに歪む中、エディは平然と言った。


「出撃準備に時間を要します。積もる話はまた今度にしましょう」


 その言葉が終わるやいなや、全員が椅子を蹴るように立ち上がった。

 クレイジーサイボーグズの団結心を見たヴィレンブロック大佐の表情は硬い。


 ――――すまない……


「我々の任務でしょう」


 エディの言葉は何処までも穏やかだった……










 ……ふと気が付いた時、テッドはレーダーの中がキラキラと輝いていた。

 細かなデブリが密集していて、取るに足らないエコーを返しているのだった。


『レーダーが宛てになる距離になってきたな』


 テッドはそんな言葉を漏らした。

 約100万キロの彼方へは、秒速40キロのシェルでも片道7時間を要する。

 生身では到底行えないロングミッションだ。


『該当エリアまで3時間だぜ?』


 ヴァルターは戦闘ログを解析し、そう言った。

 出撃から4時間ほどが経過した頃で、躍進距離は中間点を超えていた。


『全員気を抜くな。これから我々は未知との遭遇を果たす』


 エディは冗談めかした声音でそう言った。

 細波のような失笑が広がり、テッドも笑いを噛み殺しきれなかった。


 ほんの半日ほど前、未知も未知の存在と遭遇したでは無いか……と。

 どう見たって地球人類とはほど遠い存在と遭遇したでは無いか……と。

 昆虫がそのまま進化して知性化したような存在のエイリアンが居たのだ。


 それに比べれば……


『皆が言いたい事は解る。だが、はっきり言うぞ?』


 エディはわざわざ勿体ぶって話を切った。

 その話術に全員が言葉を飲み込み、事の推移を見守った。


『次に遭遇する相手が友好的じゃなかった場合は……どうする?』


 ――あ……


 テッドはその時点で事態の深刻さにやっと気が付いた。

 つい今し方まで戦闘をしていた所へ行くのだ。


 未知の存在であるエイリアンが燃え上がっていたとしても不思議では無い。

 2つの勢力が交戦に及んだ以上、負けた側が自棄になっている可能性がある。

 そんなところへノコノコと飛び込んでいこうというのだ。


 ――本気で勘弁してくれ!


 やっと自分の事としてそれに気が付いたテッドだが、もう手遅れだ。

 より一層の注意を払っているのだが、それにも限度がある、

 シェルのバトコンは戦術的撤退を提案していた。


『なんか……うっすら見えてきたな』


 こんな時、ウッディは空気を読まない事を言う。

 読めないのでは無く読まない。良くある話だが、その差は大きい。


 悪気のある言葉ではないが、少なくとも歓迎はしない。

 誰もがそう思っているが、誰かが言わなければいけない言葉。

 ウッディは進んでそれを引き受ける役目だ。


 損な役回りだし、結果として疎まれる事も多い。

 だが、それを言葉にしておくのとおかないのでは天と地ほどの開きがある……


『先の戦闘の痕跡だ……』


 ウッディの言う通り、酷い戦闘が行われたのは間違いない。

 大出力での砲撃戦を行ったのだろう。

 その犠牲者や戦死した者達が漂っているエリアに近づいている


『行きたくねぇなぁ……』


 ステンマルクは嘘偽り無い本音を口にした。

 誰だって歓迎せざるる事だろう。

 幾多の死体が漂うエリアに超高速で突っ込むのだ。


『整備班に苦労を掛けることになるな』


 リーナーは相変わらずボソリと呟く。

 だが、それを聞いたテッドは、珍しくリーナーが饒舌だと思った。


 テッドはまだまだ思った事を口にしてしまう子供っぼさの抜けていない。

 そんなテッドから見れば、リーナーは大人らしい慎重さがあるように見える。

 言葉を選び、無駄なことを言わず、波風を立てない。


 何より、常にエディの役に立つことをのみを考えているのだ。


 ――すげぇなぁ……


 それ以上の言葉は無かった。

 死体の漂うエリアに突入すれば、機体の各所がえらいことになる。

 それを綺麗に洗い落とし、整備し、再出撃に備えるのは整備班の義務だ。


 誰もやりたがらない仕事だが、やらなければ行けない仕事。

 それを押し付ける事になるのをリーナーは恥じていた。


 紳士


 その言葉をテッドは噛みしめた。


『うーん……』


 鈍い声を漏らしたロニーは、コックピットの中で悶えていた。

 やはり気乗りのしないミッションなのだから仕方が無い。


『どうしたロニー。小便でも我慢してるのか?』


 マイクの冷やかしが無線に流れ、全員が大笑いした。

 サイボーグに小便タイムがある筈も無く、ただただ笑うだけだった。


『んじゃ、ちょっと便所行ってきまっす』

『おぅ! チャッチャ済ませて来いよ!』


 短い会話でもうひと笑い。

 マイクの放つ緩いジョークは、中隊の中に蟠っていた空気を吹き飛ばした。


 どうしたってメンタル的に重くなるようなソーティーなのだ。

 こんな部分で気遣いすることも大切な振る舞いだった。


『さて、状況を再確認だ。幸いにして大出力ビーム砲などの危険性は無い』


 アレックスはモニターを弄りながら切り出した。


『戦闘行動は収束を見たようだ。双方共に手仕舞いし、離反方向で脱出している』


 戦域戦術情報を眺めるテッドは、そのモニター画面に見入った。

 広大な戦闘空域は、双方100万キロ単位で距離を取っての砲撃戦だ。

 その破片や残骸は推進力による慣性運動を維持したまま双方が接近している。


 推定で3時間後には衝突し始めるだろう。

 そのど真ん中へ突入しようとしているのだ。


『見れば分かるが……面倒な事になりそうだ』


 ――これが面倒ってレベルかよ……


 内心で悪態をこぼしたテッドは、忸怩たる思いを飲み込んだ。

 リーナーの振る舞いに紳士を感じたのだから、成長せねばと思ったのだ。


『とにかく衝突に気をつけよう。それと、生き残りを見つけた場合は――』


 ――えっ?


 顔を上げてモニターの中のアレックス機を見たテッド。

 エディと同じようにスロットルを絞り、慣性運動で飛んでいた。


『――出来る限り収容を試みる。何かしら情報が得られる可能性がある。双方の陣営共に収容しよう。それが重要だ』


 信じられない言葉を聞き、さすがのテッドも言葉が無かった。

 だが、それに続くようにエディが切り出し、黙って耳を傾けた。


『全てに恩を売るチャンスだ。無駄にはしないぞ?』


 その言葉に『あぁ、なるほど……』とテッドは納得していた。

 そして、そんな自分がとにかくおかしかった。

 酷い人間になったモンだと、そう自嘲しているのだった。

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