表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
292/425

ROAD-SIX:エディの思惑12

~承前






 エディとテッドが船に戻ってきた時、エーリヒ・トップの艦内は大騒ぎだった。

 IFFに反応しない艦隊が、突然レーダー上に現れたのだ。


 まだかなりの距離がある状態だが、少なくとも味方でない以上は対策がいる。

 味方でないが敵とも限らない。完全にアンノウンの存在だ。


 ただ、その問題がより深刻に捉えられているのには理由がある。

 現れた艦隊は2つのグループに分かれていた。

 まだまだ距離が有るので、細かい情報が掴めない。


 広大な宇宙の中で、芥子粒のような存在が集まっているに過ぎない。

 レーダーエコーを解析しても、コンピューターが導き出す結論はあやふやだ。

 存在の可能性を示す雲のような、ぼんやりとした可能性論的なモノだった。


「対応は艦の中枢に任せる。我々はメンテナンスだ」


 エディの判断は極めて真っ当で、現実的なものだった。

 サイボーグは生身と違い自然治癒が絶対あり得ない。

 それ故に当然の事でもあった。


 だが、そんな時にこそ試練はやって来る。

 いつの間にかテッドはそれを覚えていた。

 間違い無く出番がやって来る。それも、望まない試練のような出番だ。



 …………敵の正体が不明なので偵察に行ってくれ



 距離が有り、また正体が掴めない以上はそうなるのだろう。

 遠い昔、軽装騎兵が軽い手合わせで相手の実力を探ったように……だ。


 下手をすれば余計な刺激をしてこちらが全滅する。

 だが、接近しなければ実情を掴めないので、刺激するのを覚悟で接近する。

 気合と度胸と根性が試される、クソのようなミッションだ。


「出撃しなくて良いのか?」


 修理を終えたマイクは遠足前の子供だった。

 ソワソワとした空気を纏いつつ、それでもエディにお伺いを立てていた。


 基本的にこのマイクと言う人物は好奇心の塊だ。

 未知のモノであれば、まずは見てみたい。

 出来るものなら触ってみたい。そんな心理だ。


 エディの手下にあって双璧とも言える二枚看板のひとり。

 対となるアレックスがどちらかと言えば静的な人物故にその印象は色濃い。


 活動的で活発で、そして何処か無鉄砲さを内包した行動派だ。

 だが、場数と経験を積んだ分だけ慎重さと冷静さを兼ね備えている。


「出撃したいか?」

「いや、そんなつもりは無いが……」


 エディの言葉を否定したマイクだが、全員がそれに苦笑いを浮かべていた。

 マイクの顔には今すぐ出撃したいという意志が滲み出ていた。


 ――ウォーモンガー(戦闘狂)……


 テッドは内心でそう呟いたが、実際はそのテッドとて出撃を覚悟していた。

 ふたつのエコーは二個艦隊と言う可能性がある。

 どちらかが本体で、もう一方がサポート艦隊だ。


 万が一にも遠距離砲撃戦に及んだ場合、こっちはまず勝ち目が無い。

 こちらは一隻だけで向こうは艦隊だ。その戦力差は如何ともしがたい。


 そして、本気で撃ち合った場合、コッチは被弾したら即ゲームオーバー。

 だが、向こうは仲間の犠牲を顧みず攻撃し続ければ良い。

 勝ちきってから味方を救出し、死者を収容するのだ。


 戦闘らしい戦闘にならずとも、結果的にはゲームオーバーになる。

 それ以上の結果は望めず、それ以下の可能性は幾らでもあるのだった。


「少なくともヴィレンブロック大佐はヴェテラン中のヴェテランだ――」


 独り言のように呟くエディは、自らの左腕を動かしながら言った。

 肘関節に()()()()()でもあるのか、微妙な表情で動きを確かめていた。


「――いきなり戦闘に及ぶとは思えないし、また、回避努力をし続けるだろう」


 実際問題としていきなりの戦闘はあり得ない。

 相手を観察し、その実力を探り、落としどころを慎重に見極めるのが肝要だ。


 敵対的存在だったとしても、まずは戦闘を避ける努力をする。

 ストレスの溜まる選択ではあるが、戦闘に及べば人が死ぬ……


「彼我距離は軽く100万キロを超えている。レーダーエコーとて誤差が出ているはずだし、そもそも――」


 アレックスは事態の概要を元に分析をしている。

 だが、その言葉の途中で艦内放送が流れた。

 艦長であるヴィレンブロック大佐の声だった。


 ――――我が忠勇なるドイツ宇宙軍乗組員の諸君

 ――――並びに、美しき母星地球の為に戦う諸君

 ――――どうやら我々は望まぬ形で別文明との遭遇を果たしたようだ


 ……望まぬ形

 その一言の重みをテッドは嫌と言うほど感じた。

 つい先ほど、事態を飲み込めぬ程の衝撃を受ける出会いをしたばかりだ。


 相手の出方を見て振る舞いを考える。

 或いは、対処法を考察し、それを実践する。

 そんな事が出来る撃ちはまだ平和なんだと知った。


 時には問答無用で戦わねばならない。

 その事実を前に、テッドの無くなったはずの心臓がキュッと痛みを発した。


 ――――現在、本艦前方凡そ100万キロの辺りで激しい戦闘が行われている

 ――――我々の知る如何なる技術をも凌駕する出力での砲撃戦だ


「……はぁ?」


 抜けた様な声でそれに反応したアレックス。

 同じように間抜けな表情で放送を聞いているマイク。


 テッドは思わず中隊の面々をグルリと見回した。

 クレイジーサイボーグズのメンバーは、誰一人として愉快そうでは無い。


 ――――双方併せ凡そ100隻の大艦隊だ

 ――――本艦は傍観に徹する事とする


 ヴィレンブロック大佐の声にエディが深く首肯した。

 小さな声で『それが正解だな』と付け加えつつ……だ。


 腕を組み黙ってその声を聞く姿は、まるで王のようだとテッドは思った。

 部下が上げてくる報告を黙って聞きつつ、その実をイメージする姿だ。


 ただ、その間もヴィレンブロック大佐の言葉が続いていた。

 テッドは黙って事の推移を見守っていた。


 ――――他の惑星系文明同士が衝突しているのか

 ――――それとも異なる文明が衝突しているのかは解らない

 ――――だが、ひとつだけ言える事は、我々の出る幕では無い


 艦内放送を聞きながら思案するエディは、ガンルームのモニターを点けた。

 CICからやって来る情報を表示させた時、その砲撃戦の会戦距離に驚愕した。


「100万キロ離れての砲撃戦か……」


 エディが言葉を失ったのも、ある意味で仕方が無いことだ。

 地球文明圏における艦砲の到達距離は、その10%にも満たない。

 100万キロを到達する前に、宇宙の真空へ荷電粒子などが溶けてしまうのだ。

 実体弾頭を射出するならばともかく、出力的にそれが精一杯だった。


 そして、実体弾頭の場合はまた別の次元で問題があった。

 全く無誘導の場合は、速度の問題で100万キロ到達出来ても時間が掛かる。

 ほぼ光速で跳ぶ荷電粒子(ビーム)砲と違い、実体弾頭は加速限界があるのだ。


「相当な出力で撃ち合ってるんだな」


 何時も無口なリーナーがボソリと漏らした。

 単純に計算しても、砲の出力は100倍近くある。

 ヴィレンブロック大佐が言う通り、出る幕では無いらしい。


 ――――事の推移を見守る事にする

 ――――乗組員は全員戦闘態勢のままだ


 誰かがボソリと『まぁそうだよなぁ』と漏らした。

 それも仕方が無いと誰もが思った。


 戦ってどうにか成るような相手ではないが、油断して良い訳でも無い。

 喧嘩を吹っかけられたなら全力で買うだけだ。

 その後の事は、その後になって考えれば良い。


 後の事を考えて戦えるほど生易しい相手ではないのだから。


「さて、駄々話をしている暇は無い。各自セッティング出しに掛かれ」


 エディは場の空気を入れ換えるようにそう指示を出した。

 だが、同時にそれは全員に不安のタネをバラ撒く行為でもあった。


「……やっぱ覚悟しとけって事ッスね?」


 中隊の中で末っ子ポジションに居るロニーなどは露骨に嫌そうな顔だ。

 遙か彼方の戦闘が終わったら、そこへ行けと言われるのが確定していた。


「実際はどうだか解らないが――」


 ロニーの頭をグリグリと押さえながら、エディは言葉を続けた。


「――恐らくは様子を見に行けと言われる事になる」


 ハハハと乾いた笑いをこぼし、皆がその様子を見ていた。

 当のロニーとて『仕方ねぇっす』とぼやいていた。


 ただ、そんなタイミングでガンルームの艦内電話が鳴れば、全員が真顔になる。

 電話を取ったアレックスは、一言二言言葉を交わした後、エディを呼んだ。


「エディ……」

「あぁ。予測の範囲の中だ」


 そのまま受話器を受け取り話を聞くエディ。

 テッド達は押し黙ってその背中を見ていた。


「……えぇ。はい。それは承知しています。……そうですね。……えぇ、それに付いては努力義務の範囲かと。えぇ……。えぇ……。まぁ、それも宜なるかな」


 テッドは黙って隣のヴァルターを見た。

 そのヴァルターも微妙な表情でテッドを見ていた。


 二人は視線で会話をかわし、再びエディの背中を見た。

 いつもと全く変わらないはずの背中だが、そこには鬼が棲んでいた。


「……命令なのか要請なのかハッキリしてください。要請であれば我々中隊はきっぱり拒否します。少なくともシェルは生身が飛ばしてください」


 普段からは想像も付かない強い口調でエディが言った。

 その態度はエディが何を聞いたのかを雄弁に語っていた。


「我々は便利屋ではありません。ですが、便利屋のように使うならそれなりに命令を発令してください。我々はそれに従って出撃するだけです」


 エディは胸を張ってそう言いきった。

 そして、そのまま受話器をホルダーに戻そうとした時だった。


「エディ少佐。話がある」


 唐突にガンルームのハッチが開き、ヴィレンブロック大佐が姿を現した。

 全員が慌てて椅子やテーブルから飛び上がり、敬礼で艦長を出迎えた。


「今さら言わなくても解ると思うが……」

「大佐殿も辛い立場ですね」


 ヴィレンブロックに同情を寄せたエディ。

 その姿は外連味無く美しいとテッドは思った。


「まぁやむを得まい。それより……『解っています』スマンな」

 

 ヴィレンブロックの言葉を遮って言うエディは、爽やかな秋空の様な表情だ。

 全てを承知で振る舞う勇気と強さは凄い……とテッドは思っていた。


「……命令とあらば喜んで出撃します」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ