ROAD-SIX:エディの思惑11
~承前
「エディ達……大丈夫かな?」
不安げな言葉をヴァルターが吐いた。
降下挺でエーリヒトップに戻ったヴァルターはすぐに全身チェックを受けた。
オーリスと同じく、スズメバチエイリアンに全バラにされたのだ。
各部のチェックは多岐に亘り、整備中隊は真剣に作業を行った。
――――少尉
――――率直に言って驚異的なレベルです
――――ノウハウを知りたいくらいのレベルです
整備中隊の責任者である技術曹長は、組み立て精度をそう表現した。
普通に考えても過剰レベルの組み立て精度が出ているのだった。
――――こう言っちゃなんだけど……
――――快適だよ
遠慮がちにそう言ったヴァルターだが、技術曹長は苦笑するばかりだ。
技術の進歩に終わりは無いと言うが、それをまざまざと見せ付けられたのだ。
整備中隊に所属する者達は、新しいマニュアル作りの必要性を感じていた。
ただ、今はそれをしている暇など無い。
構造体を破壊されたロニーとオーリスは有り合わせの部品で整備を受けた。
重要部品の類はスペアがないので、オーリスは修理完了にはならない。
リアクターは復旧出来ず、電源ケーブル無しでは動けなくなっていた。
「まぁ、テッドもいるし大丈夫だろう」
新たに貼られた人工皮膚の弛みを気にしつつ、ディージョはそう呟く。
二の腕辺りの皮膚が弛んでいて、急激なダイエットを行ったように見える。
整備班は『徐々に収縮します。ぴったりだと引きちぎれる可能性が』と言った。
それを聞いたディージョも『了解』と応えたのだが、やはり不安だ。
整備中隊との信頼関係は万全だが、それでもやはり不安は残る。
「すぐにでも戻りてぇっすね」
あちこちを補修したロニーは、どこか不安げな顔で言う。
他でもない、中隊長であるエディが地上に残っているのだ。
例えなんの心配も無い状況だったとしても、やはり地上に向かうべき。
そんな気配りや配慮の意味をロニーは覚えていた。
あのジャングルを独りで切り抜けたロニーは、人間的な成長を遂げていたのだ。
困難が人を鍛える。逆境は覚悟を教える。凪ぎの海は船乗りを鍛えないのだ。
孤立無援の状況で全てを覚悟し行った決断は、人間的な成長をもたらしていた。
「まぁ、エディに限ってなんの心配も要らないとは思うが……」
嘯くように言うマイクは、貼り終わったばかりの人工皮膚を確かめている。
ディージョとは違って見事な貼り込み具合だが、それでも若干の弛みがある。
使いながらだんだんと弛みの取れる素材なのだから、コレばかりはやむを得ない。
「あのスズメバチたち。何が目的だろう」
不安げな言葉を口にしたオーリスは、電源ケーブルを恨めしそうに見ていた。
まさに首輪を巻かれた犬の状態だが、命を繋ぐにはこれしかない。
「当人達に聞くしかない事だな。きっとエディが上手くやってくれるさ」
マイクの言葉に皆が頷く。
彼らに出来ることと言えば、一分一秒でも早く整備を完了することだ。
そして、何らかのトラブルが起きた時に備えるしかない。
「運の良さだけは並みの人間の三倍近いからな」
マイクの言うそれは、誰もが感じることだった。
強烈な強運の持ち主であるエディは、地上でスズメバチと対峙しているのだった。
――同じ頃
「では、本来我々とは出会うはずの無い遭遇であったと、そう言うことで間違いないですかな?」
やや強めの口調で言ったエディは、胸を張ってスズメバチを見ていた。
あの大気変換システムの内部で話を続ける中隊は、6人だけの分隊規模だ。
――――貴官の認識で概ね問題ない
――――我々は本来ならば異なる場の時空にいる
話の内容が高度すぎ、テッドは半分も理解出来ていない。
とにもかくにも、まずは勉強しよう……と、そう思っていた。
だが、そんなテッドでも理解出来ることがいくつかある。
このスズメバチたちは、全く異なる世界の住人達と言うことだ。
エディはそれをフィールドと表現したが、その辺りの理解が弱いのだ。
ただ、それもある意味では仕方がない事でもある。
量子論的な場の概念は、物理を学ぶ上でも相当高度な理論と言える。
同じ時空のなかに複数の世界が共存し、影響しあっているという考え方だ。
――――我々の存在する場はそなたらの場とは異なる
――――だが、相互影響はかなり強くある
――――それは理解してもらえると思う
スズメバチ達の文明は、地球人類文明と比べ数百年レベル先行していた。
少なくとも地球人類文明では、異なる場への干渉を行う事は出来ない。
半ば偶発的な、それこそ、出会い頭の衝突事故的な事は出来ても……だ。
「我々の科学的な知見では、まだまだ理論しか存在しない事象ですな」
自嘲気味にそう言ったエディだが、スズメバチたちは首を振りながら言った。
先ほどからそれを見ていたテッドは、この動作が肯定の意味だと理解した。
――――厳しい道を歩む時
――――どれ程の困難であっても振り返れば些事
――――そんな経験は貴官らの文明にもあろうかと存ずる
このスズメバチたちは相当気を使っている。
発せられる言葉の端端に、その気配をテッドは感じた。
少なくとも、相手を怒らせないように、関係を悪化させないように……だ。
――なんの目的があるんだろう?
テッドにはそれが飲み込めないでいた。
少なくとも、なんの目的も無く接触してくる事はあり得ないと思ったからだ。
――――実際の話として
スズメバチの空気が変わった。
敏感にそれを感じ取ったテッドは、思わず身構えていた。
――――我々がこちらの場に干渉し続けるのにも限界がある
――――従って本題に入りたいのだが
「結構ですな。承ろう」
――――こちらの場で使われている超光速移動手段をやめてもらいたい
「それは小職の掌握している権限を飛び越える問題だ。承りかねる」
――――それは重々承知している
――――我々も観測と観察を繰り返している
「持ち帰って上層部にその旨を伝えることにしたいのだが、よろしいか?」
――――貴官らの文明がある場から我々の場へと飛び込んでくる……
スズメバチの言葉を聞いていたテッドは『はぁ?』と気の抜けた声を漏らした。
少なくとも超光速船は力業で光速を越えていると思ったのだ。
「エディ。恐らくは開発中の超次元飛行船の事だと思う」
「あぁ。俺もそう思う。時限の壁を飛び越えるデバイスだ」
まだ直接は見ていないが、時限の壁を飛び越えるデバイスを持つ船がある。
その話は宇宙の船乗りなら誰でも知っている有名な話だ。
時に喰われる事も無く、安全に超光速飛行を行う事が出来る。
しかもそれは、従来の超光速飛行とは次元の違う驚異的な速度だという。
地球からニューホライズンまで僅か5日間の航海で到達するらしい。
異なる時限を高速道路のように使い、安全に飛行する船だった。
――――貴官らの使うその船は我々の場を経由する
――――その際に激しい衝撃波を発生させ各所に被害をもたらす
――――我々は幾度かその捕獲を試みたのだが不可能だった
――――何処に現れ何処で消えるのかが全く解らないのだ
スズメバチたちの言う言葉にウソは無さそうだ。
なんとなくそんな事を思ったテッドは、エディの横顔を見ていた。
額を手でさすりながら思案する姿は、真剣に考えている証拠だった。
「まず、そちらの次元へ迷惑を掛けている事を率直にお詫びする」
――――痛み入る
ふと気が付けば、このスズメバチたちは随分と言葉がこなれてきた。
言語サンプルが増えた事により自動翻訳の精度が向上したのかも知れない。
或いは、ディープラーニングによる言語変換効率の向上だ。
ただ、意思の疎通こそスムーズになっても、その中身が問題だ。
懸案事項の解決にやって来たのだろうが……
――向こうもある意味必死なんだ
ハッとそれに気が付いたテッドは、突然心が軽くなった気がした。
事態を正しく把握し、外連味無く正面から考える。
それが出来れば、余計なプレッシャーも気分の重さも無くなるのだった。
「そちらからの要望……いや、切実な事態については了解した。ただ、コレはやはり説得力という点で弱いと思う」
――――それも我々は考慮した
――――場の壁を越えてものを持ち出す事は難しい
――――だが、情報は質量を持たないのでこれを渡そうと思う
スズメバチは手にしていた何らかの機材を床に放り投げた。
余りにも無造作な行動だったので、一瞬それが爆発物かとテッドは身構えた。
だが、その直後に浮き上がったのは、巨大な3D設計図だった。
――――言語はそちらのものに変換したが不明な点もあろうかと存ずる
――――だが、充分理解出来るだけの科学的な知見はある筈
――――そちらの科学水準を大きく超えるものを持って帰って貰いたい
「……なるほど。さすがだ」
――――変換出来ない言語があった
――――だが言いたい事は理解している
――――我々の干渉はこれ以上出来ない
――――早急な対策を望む
「承る。厚情に感謝する」
――――最後になるがこの施設は我々が作ったものではない
「え?」
――――この施設の設備が強い影響力を持っているのでやって来た
――――我々がここへ来たのはあくまで偶然だ
「そうか。なら、この施設を改造したのは?」
――――それは我々も解らない
――――この転移ゲートだけが我々の設置した物だ
――――まもなくこちらの場への干渉を終える
――――それに伴い消えるだろう
「そうか、解った。こちらの場の問題だ。こちらで対処する」
エディは胸を張ってそう言った。
難しい事とは思うが、それでもやらなければいけない事だ。
――――そなたらの文明が末永く栄えん事を祈る
そう言うが早いか、スズメバチたちの姿が煙のようにフッと消えた。
そこにあった3Dプロジェクターもだ。
ややあって床面に書いてあった7角形のマークが消えた。
これで干渉が終わるのだとテッドは思った。
「……本物のエイリアンだったんだな」
ボソッと漏らしたウッディは、3Dプロジェクタがあった辺りを探った。
手掛かりになる様なモノは一切なく、何も無い空間だった。
だが、そこには異なる場の世界で暮らす者達が居る。
そして、地球人類の文明が向こうの文明に迷惑を掛けている。
少なくとも、科学的な水準は数段優れているのが解っているのだ。
迷惑を掛け続けるのは得策では無い。
何らかの形で報復されかねない故に、早急な対策が望まれる……
「船に戻るぞ。まずは全員をチェックする。その上で――」
エディは施設の中に居る5人をグルリと見回した。
「――対策を検討しよう。話が大きくなりすぎた。私の手にあまる」




