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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SIX:エディの思惑10

~承前






 ――マジかよ……


 それ以上の反応を示せない自分がもどかしい。

 テッドは自分自身のボキャ貧を痛切に感じている。


 何かを言おうとしても言葉が無いのだ。

 それをどう表現して良いのかも解らないし、自分の感情すら説明出来ない。


 それは、地球文明圏なら何処にでも居るスズメバチだった。

 黄色い外皮は見るからに硬そうで、その身体から延びる手が4本に足が2本。


 ただ、手の先には3本の指があり、合計で12本の指を持つ事になる。

 指を持っているスズメバチなど居てたまるかとテッドは思う。

 それは、そこにいるのは明らかにエイリアンだ。


 だが、実際はそんな事などどうでも良い。

 コッチから見れば彼らが随分と異形なように、彼らもまたそう思っているはず。

 間違い無く複眼だと思われる目の部分には、感情らしいものが無かった。


 あのスタングレネードの衝撃をダイレクトに受け、目を回したのだろう。

 起きあがったそのスズメバチは、手元にあった何らかの機材を操作した。

 頭部にそれを移動させ、口をカタカタと鳴らしていた。


「会話だな」

(オン)では無く、音階とリズムとが組み合わさった言語かも知れない」


 エディの言にアレックスがそう分析して見せた。

 それを聞いたエディは一歩進み出て、スズメバチをジッと見た。


 理屈ではなく直感で、目が合ったとエディは思った。


「私の名前はエディ。エディ・マーキュリー」


 自分の胸に手を当て、エディは自己紹介を始めた。

 言葉が通じるのか?とテッドは訝しがったが、エディはそれを止めなかった。


 言葉が通じるかどうかではなく、意志の疎通を図るならまず発声するしかない。

 仮にこのスズメバチが一定の文明を持っているのなら、同じように考える筈。

 文明の成立や発展過程に多少の違いはあるだろうが、至る結末は同じだ。


 宇宙と言うところは生身の生物が活動出来る環境では無い。

 そんなところへ進出するのであれば、それなりの科学的見識があるはずだった。


「マイク」


 エディはマイクの隣に立ち、肩を叩きながらマイクの名を告げた。

 マイクの次はアレックスの名を告げ、順繰りにリーナーやロニーを告げた。


「言葉が通じないとは思うが……」


 右手を差し出し、そちらの番だとジェスチャーを見せる。

 スズメバチはしばらく黙っていたのだが、ややあって振り返り右手を振った。

 それはきっと仲間を呼んだ動きだ……と思ったのだが。


 ――え?


 テッドは率直に驚きを隠せなかった。

 闇の中から飛んできたスズメバチの仲間は、全部で7匹だった。

 いや、7体と、7人と表現するのが正しいのだろう……


 ただ、そんな事は実際どうでも良い。

 いま問題なのは、そのスズメバチが持ってきたものだ。

 ポリタンクほどのサイズになる何らかの機材なのは間違い無い。


 幾人かのスズメバチがそれを操作し、電源が入ったらしい。

 パイロットランプが点灯し、ややあって酷く耳障りなノイズが流れた。

 そのノイズが納まると同時、スズメバチたちは顎をカチカチと鳴らし始めた。


 ――――聞き苦しい点はある場合がお詫びする

 ――――発音体系で言語体系も双方の全く異なるものを推測する

 ――――てめぇらが種族に使用する言語は問題無ければ手ば持ち上げり


 複数の人間が喋ったらしい言葉を継ぎ接ぎにしているのは解った。

 接続詞の使い方も無茶苦茶で、言語として通らない可能性がある。


 だが、少なくともこのスズメバチたちは意思の疎通を試みている。

 自動言語翻訳機を使い、異なる文明圏との意志の交換を試みていた。


「問題は少ない」


 エディは右手を挙げ、スズメバチに挨拶を送った。

 翻訳機からはカチカチと言う賑やかな音が鳴り響く。

 その所作は、スズメバチたちから漏れていた緊張感を抜き取った。


 実際、彼らも恐かったのだとテッドは思った。

 向こうから見れば、エディ率いる集団は間違いなくエイリアンなのだ。


「我々の言葉と意志が上手く伝わる事を期待する」


 エディの言葉がカシャガシャと独特の言語に変換される。

 それを聞いていたスズメバチたちは、顎を左右に大きく開いた。


 ――笑っている?


 本来、笑うと言う行動は獲物を前にした肉食獣が牙を剥く姿だ。

 獲物にありつき、それを噛み千切ろうとする姿。

 或いは、獲物を前に愉悦を見せる姿。


 それこそが笑顔の本質だと言う。


 ――やべぇ……


 テッドは本能的な部分で恐怖を覚えた。

 正体不明の存在が目の前に居て、そんな彼らが見せる笑顔に恐怖する。

 理屈ではない部分で何かが叫ぶのだ。


 危ない……と。


 ――――こちらへ来やがれでます

 ――――トラブルがあわせます


 相変わらず無茶苦茶な言葉だが、全く異なる文明とのコンタクトなのだ。

 細かい部分には目を瞑るしかなく、また、問題の解決に全力を注ぐべきだ。


「全員前進するぞ。テッドとウッディは最後尾だ。ステンマルクはオーリスをサポートしろ。注意を怠るな」


 エディの心は警戒を解いてない。

 むしろ、先ほどよりも注意を警戒のレベルを一つ上げていた。


 一体何が始まるのだろう?


 そんな疑心暗鬼だったテッドだが、スズメバチは振り返る事無く進んだ。

 鷹揚とした背中を見せつつ進むエディも、その背には目に見えて緊張がある。


 事と次第によってはここで全滅しかねない。

 それだけの危険を認識していてなお、前進するしか無い。


 ――あいつらは敵か味方か……


 テッドはそれを考えた。いつの間にかそう言った思案をするようになっていた。

 敵では無いと言い切れないし、敵では無くとも味方でもない可能性だって有る。

 だが、時には敵ですら信用せねばならない時があるのも経験した。


 そして……


「先ほどの移動装置だな」


 スズメバチに続き歩いたテッドは、エディの声を聞いて前を向いた。

 先ほどの、あのジャングルの中にあったものと同じ装置があった。


 ――――これがてめぇらに地上を送りつけるますだよ

 ――――さくさく回復しやがれをます


 思わずプッと吹き出したウッディだが、楽しそうにして居るのは伝わるらしい。

 スズメバチは装置の前に立ち、左手2本で同時に操作を開始した。

 ブンと鈍い音を立てた装置のゲートが薄ぼんやりと光った。


 ――――行きやがれしてしまえください


「行為に感謝する」


 エディは胸に手を当て頭を下げた。

 薄い笑みを浮かべているのは、敵意無き証としてだ。


 ――――いっこ確かめる

 ――――その行動はサンキューかと


「正解だ」


 ――――理解した

 ――――敵と違う


 スズメバチの顔には表情らしいものが無かった。

 硬質な外皮を持つのだから、それもまた当然のことだった。

 最初に見た時は、その姿には明確な緊張感や敵対する警戒心が溢れていた。

 今はそれらが全て抜け落ち、警戒はしていても攻撃的な空気がない。


 ――――さくさく


 おいおい、誰だよこんな言葉教えたの……とテッドも苦笑いだ。

 そんなスズメバチに促されたテッドは、エディに続き装置に入った。


 一瞬だけタイムラグがあり、気が付けばあの最初の部屋に戻っていた。

 部屋の中にはヴァルターとディージョが立っていて、身体を確かめていた。


「ディージョ! ヴァルター!」

「テッド!」


 驚きの余りに叫んでいたテッドだが、それはヴァルター達二人もだ。

 テッドに続き部屋に姿を現したアレックスは辺りを確かめ言った。


「例の装置の中だな」


 辺りを確かめたアレックスが員数を確認する。

 最初にここへ入った中隊全員が揃っていた。


「いやぁ、やばかった。いきなりテーザー銃で撃たれて動けなくなってさ」


 あっけらかんと笑いディージョだが、ヴァルターは割と深刻な表情だ。

 話を聞くテッドやウッディを前に、やや興奮気味に話を続けた。


「あのハチみたいなエイリアンに捕まってさ、アチコチ調べられたよ」

「X線撮影かなんかで撮影されて、その後いきなり高周波を受けてさ」


 ヴァルターは眉根を寄せて言うが、ディージョは緩い調子だ。

 そのコントラストが面白くて、テッドはついつい笑ってしまった。


「笑い事じゃねぇよ。だっていきなり身体中のネジっつうネジが弛んだんだぜ?」

「立ってられなくなって、そしたらあのハチがオレのボディをバラしやがった」


『はっ?』と鈍い声を漏らしたテッド。

 それに続き『詳しく聞かせろ』とエディが参戦した。


「いや、そりゃもう――」


 ヴァルターは怪訝な表情で切り出し、それと同時に上着を脱ぎ上半身を見せた。

 表面の人工皮膚が一切残ってなく、サイボーグの構造体が露わになっていた。


「――この3日間は脳殻だけでしたよ。あいつらオレを全バラにして徹底的に調べた挙げ句、完璧に再組み立てしたんすよ。アチコチのクリアランスとかが完璧なんです。前より調子が良いくらい」


 やや興奮気味なヴァルターの言葉は、聞いていた全員に衝撃を与えた。

 驚きの表情を浮かべるステンマルクはヴァルターを指さし、震える声で言った。


「3日って言ったか?」

「です。全バラにされて3日でした」

「あっ 頭は?」

「それが……」


 ヴァルターはやおら腕を組むと、首をかしげながら不思議そうに言った。


「頭だけだったんですが、電源も何も無いのに死なないんですよ。それどころか、俺の目の前で全バラだった部材を全部組み上げ、オマケに完璧なセッティング出ししてこの首のっけたんです。いやもうそれが不思議で不思議で……」


 後半はボソボソと喋っていたヴァルターだが、ふと顔を上げてエディを見た。

 なぜなら、エディを始めとした全員がジッとヴァルターを見ていたからだ。


「……なんか変なこと言ったかな、俺」


 一瞬にして空気が重くなったのを感じ取り、ヴァルターは言葉に詰まった。

 こんな時、時間経過がゆっくりに感じる現象は、きっと誰でも経験のある事だ。


「ヴァルター…… 私の戦闘ログに因れば、ここからお前達ふたりが飛び立った後の経過時間は……ざっくり4時間だ」


 困惑気味に言うエディは首を傾げるばかりだ。

 ロニーに促されジャングルへ飛び立ち、そこから更にあの妙な通路へ転移した。

 そして、スズメバチに遭遇してからここへ戻るまで、ざっくり4時間。


「3日間というのがポイントのようですね」


 ウッディはエディとヴァルターを交互に見ながらそう言った。

 その言葉にエディだけで無くアレックスも首肯する。


「あのスズメバチの正体がどんなものだかは理解出来ないが、少なくとも我々より数段進んだ科学を持つ文明圏かも知れないな。言語翻訳機を持っていたし」


 アレックスの分析にテッドは『だよなぁ』と呟いた。

 少なくとも地球人類が太刀打ち出来るような相手ではなさそうだ。


「可能性的な話だが、3日間だけ時間の流れを隔離出来る装置かも知れないな」


 エディは腕を組みつつそんな思案をした。

 ただ、その眼は床に蹲っているオーリスに注がれている。

 実際、今すぐに母船へ戻るべき間合いだが……


「時間の切り離しなんて出来るのかな?」


 ステンマルクはオーリスを支援しながら呟く。

 オーリスは『事実だから仕方が無い』と返している。


「エディ。とりあえず母船へ戻ろう」

「あぁ。もう一度仕切り直しだ」


 マイクとアレックスはそう進言した。

 現実問題として、このままでは支障の方が大きいのだ。


「アレックス。母船に重整備の要請を出せ。マイクも含め、まずは完全修理だ。少なくとも――」


 エディは負傷した面々を見ながら笑顔になる。


「――ぶっ壊れた車で出掛けたくは無いからな。完璧に整備した愛車で遠慮無くぶっ飛ばしたいだろ?」


 いたずらっぽい笑みでそう言ったエディは、『俺たちは特にな』と付け加えた。

 生身から機械扱いされやすいサイボーグだが、当の本人達は違うつもりだ。


 身体が機械なだけで、中身は人間。

 車や飛行機と同じように、人が操縦する乗り物感覚だ。


「エーリヒ・トップの整備デッキからスタンバイの返答が来ました」

「よし、まずは撤収だ。改めてここへ来よう」


 エディはハンドサインで移動を指示し、全員が施設の出口へと顔を向ける。

 誰もがその時に油断した事を気が付かなかった。

 そして、この施設の中全てに響く声が聞き、始めてそれに気が付いた。


 ――――我々は#&$星系文明の外縁探索隊


 テッドは飛び上がるように振り返った。

 迂闊だった!と、後悔の念が頭の中を駆け抜けた。


 僅か数秒で全員が戦闘不能に陥る可能性がある。

 それを見落とした自分の甘さに腹が立った。


 たが……


 ――――てめぇたち文明圏との接触をマジ喜ぶです


 え?


 テッドは驚愕の表情でエディを探す。

 そのエディのまた、驚いた顔を隠しつつ黙って振り返っていた。


 あのスズメバチのエイリアンがそこに立っていた。

 ざっと見で10人以上の団体で、そのどれもが手に何かを持っていた。


 ――やばいっ!


 全ての理屈を抜きにした直感でテッドは確信した。

 あれはヤバい武器だ。それも飛びきりにヤバい武器だ。


 ガラにもなくテッドは死を覚悟した。

 脳裏に浮かんだリディアに詫びを入れつつだ。


 それは、間違いなくディージョとヴァルターを行動不能にした武器だった。


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