サザンクロス陥落 後編
「エディ! どうすんだ!」
鷹揚とした背中を見ながらマイクが叫んだ。現状では絶体絶命の状況だ。戦闘を有利に運ぶべく打てる手は一切無い。そう悟った501中隊の面々は脱出を最優先に考え始めた。だが中隊長であるエディはロボの動きをジッと見たまま動かないでいるのだ。
「どうもこうも、先ずは州庁舎へ行こう」
「おいおい! 冗談だろ?」
「いや? 先ずは州庁舎だ」
呆れて言葉を失ったマイク。
その隣でアレックスが怪訝な顔をしていた。
「州庁舎に行って伯父上がくたばったのを確かめねばならん。それに……」
中隊の生き残りをグルリと見回したエディは自信たっぷりにしていた。
「戻るべき第2庁舎は吹っ飛ばした。後方にはレプリの兵士多数だ。現状最も生き残る確率が高いのは州庁舎方向だろう。あそこを焼き払ったロボは何処へ行くと思う? 私の予想ではあっちの第2庁舎へ戻り本体と合流を計るだろう」
腕を組んで眺めるエディの右手が州庁舎を指さした。
「おそらく、あの襲撃が終わった後の州庁舎が一番安全だ。そして、あのロボの索敵能力はそれほど高くない。途中で適当な建屋に隠れやり過ごし、州庁舎の残骸を踏み越えてサザンクロスを脱出する。何か質問がある者は?」
皆が言葉を失って立ち尽くした。だがエディだけは相変わらず自信たっぷりだ。そして、どこか凶悪な笑みを浮かべロボを見ていた。
「あいつを必ず破壊してやる。このままじゃ終わらさんぞ。億倍兆倍にして借りを返してやるんだ。必ず。必ずだ」
不意にエディの手がかざされ、そしてそのハンドサインは『走れ』を意味していた。一瞬遅れて皆が一斉に走り始め、ジョニーもそれに続いて走った。全員の逡巡をジョニーは感じた。だが、街の中を駆け抜け、崩れかけたビルを乗り越え、幾つも地下鉄入り口を通り過ぎていくと、ロボの駆動音と砲撃音が段々と近くなった。
501中隊の面々には嫌でも不安の色が浮かびはじめる。しかし、エディは全くそれを気にする事無く、手にしていたライフルを肩に掛け、対戦車ロケット弾を持って接近を続けるのだった。
「全部で3機だな」
「馬鹿な事は考えねぇでくれよエディ!」
「そうだな。では堅実に行こう。確実に破壊する方向で」
「そーじゃねぇよ!」
マイクは走りながらエディの肩を掴んだ。
「いくら何でも無茶だぜ!」
「そうか? 俺は生まれつき運が良い。ちゃんと生き残るさ」
「エディは良いが俺はやべぇ!」
そんなマイクの隣に並んだアレックスがニヤッと笑った。
「まぁ、なんとかなるさ。いつだってエディは正しい」
「だけど、この状況だそ? いくらなんでも」
「この状況だからエディについていくのさ」
アレックスの言葉を不承不承に聞いたマイクは、手にしていた対戦車ロケット弾の安全装置を解除した。
「エディの強運に一枚乗ってみるか」
「後悔はさせないよ」
「後悔なんかしたこと無いさ、ただなぁ」
苦笑いのマイクは横目でアレックスを見た。そのアレックスも苦笑いだ。
「エディの打つ手は時々本気でえげつないから」
同意を求める眼差しだったのだが、そこにリーナー少尉が口を挟んだ。意外な人物の言葉にジョニーとヴァルターは顔を見合わせ視線を交わした。二人揃って同じように『え?』と言う表情だった。
「州庁舎まで走って25分掛かるでしょう。急いだ方が良いのでは?」
「そうだな。良いタイミングで良い事言うなリーナー」
「恐れ入ります」
再び走り始めた501中隊は一列になって州庁舎を目指した。
「おいジョニー」
「なんだよ」
走りながらジョニーを呼んだヴァルターの顔には隠しようのない恐怖が浮いていた。間違い無く死ぬと言う恐怖だ。だが、それを聞いていたジョニーは不思議と平穏な表情で、むしろ悄然と死を受け容れると言わんばかりの空気だ。
「怖くないのか?」
「なぜ?」
「だって……」
そんなヴァルターの背をドンと叩いたジョニー。
「あのロボを一番喰ったのは俺たちだぜ?」
「そうだけどよ……」
「道具さえありゃ負けねぇ」
「道具?」
「そうさ。俺たちの隊長は救いの御子だ。あの人のそばに居る限り負けねぇさ」
どこか自分に言い聞かせるようなジョニーの言葉だが、ヴァルターはその言葉を受け容れるしか無かった。少なくとも現状では他に選択肢が無いのだから。だが、この小僧なふたりが現実とは無情で非情なんだと認識するのに、さほどの時間を要しなかった。
走って行く先。州庁舎の周辺に展開し建物へ盛んに砲撃を加えているロボは3機では無く7機になっていた。そして、州庁舎を抜け州南部にあるニューアメリカシュー第二の都市『ザリシャグラード』へ向かう街道は、ロボの砲によって徹底的に破壊されつつあった
「……マズッたか?」
「そうらしい」
「おいおい。冗談じゃねぇぜ?」
アレックスとエディの会話にマイクが突っ込みを入れる。20分ほど走ったのだが、その先に見えるものは激しく炎上する州庁舎の建物だった。すでに広大な州庁舎群の敷地なのだが、ロボの攻撃している中央棟辺りには連邦軍の軍団旗がはためいていた。
それが気に入らないのか、建物自体を木っ端微塵にする勢いで攻撃し続けているシリウス軍のロボは7機揃って全方向からつるべ打ち状態だった。
「これって事実上サザンクロス陥落だよな?」
まとう雰囲気に剣呑なモノが混じり始めたマイク。『お前のせいだ』とまでは行かないにしても、『どう責任を取ってくれるんだ?』と言わんばかりの空気だ。
「残念ながら陥落だな。さて、ではこれより撤退戦に入る。生き残った我々が安全かつ確実に脱出できる良いプランはあるかい? 大尉」
あくまで余裕風を吹かせているエディだが、マイクは少々憮然としている。そんなトゲトゲとした空気の中、アレックスが先に口を開いた。
「とりあえず様子を見るのが先だろ」
「様子を見るって行ってもなぁ」
怪訝な顔のマイクは眉間の皺をより一層深くしている。だが、ややあってロボの砲撃が収まったあと、周辺に展開していたらしいレプリの兵士が一斉に州庁舎へ侵入を始めた。
散発的に銃声が聞こえ、小規模な爆発音が続く。歩兵による侵入戦は建物を占領するのが目的なんだろうと思われた。しばらくすると屋上までレプリの兵士が到達したのだろうか、連邦軍の旗を降ろし始めるのが見えた。降ろした旗に油をかけ火をつけたらしく、黒い煙をあげ地球連邦の旗が燃え始める。
「例えそれが何でアレ、火をつけて喜ぶ者にまともな人種がいるとは思えないな」
腕を組んで眺めていたエディは、呆れた声で呟いた。
「普通、生き物は本能的に火を恐れるもんだ。だけど火をつけて興奮し喜ぶんだからな、まともな人間とは言い難い……」
「そのものズバリで人間じゃ無いんだろ? 旗に限らずいらだち紛れに放火するとかキチガイの諸行だ。敵の旗を燃やして喜ぶレベルなら、精神年齢的にガキとか言ってる場合じゃないな」
マイクもアレックスも同じようにして呆れている。
だが、屋上に集まっていたシリウス軍は連邦の旗を燃やしながら気勢を上げ、空に向かって銃を乱射し、狂ったように喚いていた。そして、旗ざおにシリウスをシンボライズした人民軍の旗が揚がり始める。
「人間ですら……ないな」
そう吐き捨てたエディの声に皆が頷いた時だった。
突然篭ったような大音量の爆発音が響き州庁舎の建物が内側へ崩れ始めた。間違いなく罠だったと皆が思った。濛々と灰色の砂塵を巻き上げ、巨大な庁舎が爆破解体されたのだった。
旗座をに上り掛けていたシリウス人民軍の軍旗は、半旗程度のままその爆発に飲み込まれ、そして眺めていた501中隊の辺りからは見えなくなった。間違いなく、あの場に居たレプリの兵士や生身の兵士は巻き沿いになった筈だ。
「……えげつないな」
呆れたように漏らしたマイク。
アレックスも表情を失ってそれを見ていた。
そんな士官たちが突然姿勢を整えたので驚いたジョニー。
ヴァルターはジョニーの袖を引いて指をさした。
「どうじゃ。見事なモンじゃろ」
501中隊の揃っていたところに突然、ロイエンタール将軍が現れた。供をしていた本部参謀陣と戦闘小隊は合わせて20人足らずだ。間違いなく予め罠を仕掛け逃げ出したのだと思うジョニー。さすが、エディの伯父だと溜息をついた。
「さすがですな伯父上」
「これが紳士の振る舞いというのだよ。覚えておきたまえ、エディ」
「ありがとうございます。で、ここからはどうされますか?」
脱出方向には州庁舎の膨大な瓦礫。そして救援に来たらしいシリウス地上軍の戦闘車両が沢山見える。脱出路は塞がれ、ロボは視界に写る限りで12機だ。おそらくサザンクロス包囲を行った全てのロボが集まったのだろう。
「そうじゃな」
ロイエンタール将軍は大業な仕草で腕時計を確かめた。
「おぉ。もう3時じゃないか」
「……お茶の時間ですかな?」
「そうじゃ。ビー・ブリティッシュだ」
クククと楽しそうに笑ったロイエンタール将軍が指示を出すと、参謀陣は抱えていた荷物を広げ、州庁舎からやや離れた建物の陰にテーブルと椅子を用意した。その席に座ったロイエンタール将軍はエディを向かいに座らせ、優雅な仕草でティーカップに注がれたお茶を飲み始める。
「随分と用意が良いですな。伯父上」
「脱出前に用意しておいたのさ。午後のお茶を飲まずに死んでしまっては……」
温かな紅茶を埃まみれの喉に通し、ホッと息を一つ吐いて笑った将軍。
「死んでも死に切れん。それに……」
カップに手を付けないエディを見咎めるような将軍の眼差しは、肩をすくめるのに十分な威を備えていて、先程まで余裕風を吹かせていたエディといえど、思わず背筋を伸ばすのだった。
「指揮官は常に悠然と、泰然としておれ。トップにあるものが慌てふためくな。それは良くない事だ」
エディへと言い諭すように泰然と構えるロイエンタール将軍。エディもどこか薄笑いで聞いていた。そんなふたりを見ていた中隊の面々は『……つまり、ふたりとも諦めている』という結論を得た。逃げるにしても時間が無さ過ぎるのだ。
「ふぅ……」
小さく溜息をついたマイクは手近な瓦礫へと腰を下ろし、懐からスキットルを取り出して一口飲んだ。ウォレスの持っていたウィスキーが少し残っていたのだ。
「タック。飲るか?」
「もらいましょう」
マイクから受け取ったスキットルで一口味わったタック。どんな時でも酒さえあれば男は笑顔になる。そんな事を再確認したジョニーとヴァルターだが、シリウスロボがこの優雅なテーブルをいつ発見するのか?と、肝を冷やしてもいた。
「ところで、あの……」
何かを言い掛けたジョニーだが、その肩をアレックスが止めた。
「こんな時は黙って流れに身を任せるのさ。状況的に最悪な時はジタバタすると傷を広げて終わりになるケースが多いからな」
だが、『終わりの時』は確実に近づいているとジョニーは気が付いていた。遥か遠くに見えていたはずのロボがこちら側へと歩いてくるのが見えたからだ。まだ距離があるはずなのだが、やや高い位置から見ているはずのパイロットなら目視できるだろうと思われた。
そして、装備の質に劣るシリウス軍とはいえ、熱赤外線センサー系ならば、こちらの場所は用意に探し当てられてしまう筈。つまり、こんな事をしている間に逃げるべきなのだが……
「あっ!」
突然ヴァルターが叫んだ。ジョニーが見ていた方向の反対側だ。振り返ったジョニーが見たモノは、右腕に装備されているライフル砲をこちらに向けたロボの姿だった。
考えるまでも無く『見つかった!』と思った。そして、同時にこのエリアに居たロボの全てが自らへ砲を向け、そして歩いてくるシーンを見た。いわゆるチェックメイトだ。もう全てが手遅れだ。腰から力が抜け、ヘナヘナと座り込んだジョニー。ふと隣を見ればヴァルターも同じにしている。
「どうしたどうした! 良い若いモンがだらしないぞ!」
遠くに座っていたロイエンタール将軍が窘める。だが、もはやどうしようもない状況なのは言う間でもない。力なく将軍を見て、そしてヘラヘラと笑ったジョニーだが、その向こうに見えたロボのライフル砲が一瞬光って煙を吐き出した。眩く輝くモノが迫ってくるのが見え、その光にジョニーは微笑を浮かべた死神を見た。
――――さよならリディア
視界の中にリディアの笑顔が浮かんだ。恥かしそうにはにかむ笑顔だった。こっちを向いてくれよ……そう呟いたジョニー。リディアは上目遣いでジョニーを見つめていた。
だが、そんな幻を吹き飛ばす音と振動が襲い掛かってきて、ジョニーの意識は嫌でも現実に引き戻された。頭上を通り過ぎた砲弾の衝撃波でヘルメットが飛び、慌ててそれを拾ったジョニーは、自分の裏手にもロボがせまっている事を知った。
完全に包囲された501中隊。そっとヘルメットを被りなおしたジョニーは、今度は飛ばないように顎紐を締めて待ち構えた。自分がヴァルハラへと旅立つその瞬間を……
その時
ザッ!ザッ!と耳障りなノイズが混じった声で無線機から誰かの声が流れ始め、ロイエンタール将軍がニヤリと笑ったのが見えた。
――501中隊の諸君 ならびにサザンクロス防衛本部の諸君 待たせたな!
何事だ?と力なく無線機をにらみつけたジョニー。砕けた腰を奮い立たせるのに十分な威力を持つ爆発音が轟いたのは、ほぼ同時だった。そして、サザンクロスの上空に響く爆音。空を見上げたジョニーは、銀に輝く美しい流線型の機体を見た。
――救援が遅れて申し訳ない。他所で手間取っていてね。これからちょっと鉄火場になるから、安全なところへ退避していてくれ
シリウスの青い光を反射させ、白銀に輝く翼がサザンクロスの上空を飛びまわっていた。その翼は機体の下部から細く長い砲身を突き出している。上空から急降下してくる機体はロボに向かって攻撃を開始していて、その強力な砲撃はロボの装甲をいとも簡単に撃ちぬくのだった。
「ホホホ! 間に合ったようじゃの!愉快愉快!あのロボがまるで紙の様じゃ!」
ご機嫌で紅茶を嗜んでいる将軍は、まるで子供の様に笑っていた。
「伯父上。知っていたんですか?」
「ん? 当然じゃ。全ての情報はワシに一度集まるからな」
「人が悪いですぞ?」
「間に合わない可能性も考慮してのぉ……」
にんまりと笑った老将軍が空を指差した。
「地球連邦軍の新兵器。惑星上でも大気圏外でも使える全域制空戦闘機で万能対地攻撃機だ。名をバンデットという。あの強力な荷電粒子砲ならばロボも一撃じゃ」
どうだ?と言わんばかりのドヤ顔で言う老将軍だが、マイクもアレックスも怪訝な表情だった。いや、怪訝と言うより不機嫌な表情と言ってよかった。早く言ってくれよと言わんばかりの憮然とした顔。それを見た老将軍は、『してやったり』な顔になった。
「来るか来ないか分からん支援を待って全滅するよりは、知らないまま現状最善を選ぶようにしたほうが良い。外的要因ではなく自己完結した戦力で勝利を得る事がもっとも重要なのだ。事前にアレが来ると聞いたなら、君らはここへ来たかね?」
置いた将軍の言う説明にジョニーは驚きの表情を浮かべていた。言われてみればその通りで、当てにならない支援を頼って、いまだ第二庁舎にしがみ付いていたかもしれない。そして、もしその通りなら今頃は全滅していただろう。
運良く生き残ったのだからこうして腹を立ててもいられるが、全滅していたなら今頃は冷たい骸になっていた筈だった。
「さて、そろそろバンデットデビューショーの第二幕じゃ」
椅子から立ち上がったロイエンタール将軍は、ティーカップを持ったまま州庁舎の周辺に居たシリウス軍を見ていた。ロボを一方的に破壊したバンデットは、今度は返す刀で地上戦力を攻撃し始め、そして文字通り一方的に蹂躙していた。
次々に投下するクラスター状の対地攻撃兵器が炸裂し、夥しい量の白い血が地上ではじけ飛んでいた。その圧倒的な戦闘能力を見ていたジョニーは、思わず我を忘れていた。そして呟く。
「あれに乗ってみたい」
そんな言葉を聞いたエディがニヤリと笑った。そんなシーンを気が付かず、ジョニーはヴァルターと話し込んでいるのだった。
「あれ、乗ってみたくねぇ?」
「あぁ乗りたい。乗ってみたい」
「だよなぁ」
そのまま1時間ほどの大虐殺ショーは続き、それが納まった頃になってエディ以下501中隊は悠々と街を脱出した。老将軍以下の参謀陣はティルトローターのコミューター機に回収され何処化へ飛び去り、それを見送ったエディは全員に早めの夕食をとらせた後で歩き始めたのだった。
「ジョニー、ヴァルター」
「はい」
「アレに乗ってみたいか?」
ふたりして顔を見合わせたあと、見事なシンクロで同時に頷いた。そのシーンにエディも笑顔になるのだが、ジョニーやヴァルターは目を輝かせるのだった。
夕暮れ迫る頃、501中隊はサザンクロス市街を脱出。暗闇に包まれた街道で連邦軍の兵員輸送車と待ち合わせ、深夜になってからグレータウンへと入った。ロイエンタール将軍の手引きで街の宿へと投宿した9人は久しぶりにシャワーを浴び、暖かな食事をまともな椅子とテーブルで取ってから、柔らかなベッドで眠った。
眠りに落ちる直前、ジョニーの耳にはあの全域戦闘機バンデットの爆音がよみがえっていた。ニューホライズンの大空を我が物顔で飛ぶ白銀の機体をまぶたの裏に描き、そのコックピットに納まる自分を想像しつつ、意識を手放したのだった。




