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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
289/425

ROAD-SIX:エディの思惑09

~承前






 アレックスの手中で電源の入ったスマホ状の物体に映像が浮かび上がった。

 中隊全員が唖然とする中、テッドは振り返りたい衝動に駆られていた。


 後方監視を命じられた以上、なんですか?と振り返るわけにはいかない。

 だが、見たいものは見たいし、その衝動は抑えがたい。


 ――見たい!


 内心でそんな事を喚くのだが、任務は任務なのだ。

 ここはグッと堪えて我慢するのが肝要と言える。


 テッド自身が預かり知らぬうち、そう言った部分の分別を身に付けていた。

 もっとも、それでもやはり興味は有るのだから、聞き耳を立てるのだが……


「……なんて言ってるんだ?」

「未知の言語だ」


 アレックスの傍らで聞いているステンマルクとオーリスも首をかしげる。

 そのスマホの画面に表示された映像からは、何らかのメッセージが再生された。


 ただ、その映像から漏れる音声は露骨に苦しげな声だ。

 今まさに死のうとしている、命の炎が消えようとしている者の発する声だ。

 全く異なる言語とは言え、少なくとも普段がコレとは思えない。


 苦しさを乗り越え絞り出すような、途切れ途切れの言葉だった。


「全く聞き覚えの無い言語だ」

「アジア圏の言葉にも聞こえるが……」


 アレックスは頻りに首を傾げ、オーリスはウッディへとそう問うた。

 その言葉を聞いたウッディは、テッドに一瞥してから振り返った。


 ……すまない


 ウッディの目はそんな言葉を雄弁に語っていた。


 ――律儀な奴だな……


 テッドは改めてウッディの行儀の良さに舌を巻いた。

 自らを省みれば、大人と子供ほども差があると思ったのだ。


 ただ、そのウッディは黙って画面を見つめ、そのまま思案している。

 慎重に、冷静に、自らの注意全てを注ぎ込んでの観察だ……


「……解らない。発音的にはハングル語か日本語のようにも聞こえるけど」


 ウッディも理解しきれないらしく、そんな言葉が漏れた。

 その音声だけ聞いていたテッドは、ふと、その言語の特徴に気が付いた。

 センテンスの終りに必ず韻を踏んでいるのだった。


「その言葉、センテンスの末尾が必ず同じ言葉で終ってるな」


 背中越しに聞いていたテッドは、率直な言葉で感想を言った。

 そして、ふとエディを見たのだが、何故かエディは奥歯を喰いしばっていた。

 沸き起こる感情を噛み殺して、心の奥底へ押し込むような、そんな姿だ。


 ――エディ?


 その姿の意味を必死で考えたテッドだが、幾ら考えても答えは出なかった。

 このグリーゼへ来てから、エディは一貫して何処かおかしい。

 全く理由の読めないテッドは、ただただ混乱するばかりだった。


「……とりあえず何を言っているかは解らんが――」


 僅かに震えるエディの声にテッドは確信した。

 エディはこの言葉を理解している。理解している上で演技している。


 この音声と映像に残されているモノの内容は、エディの胸を打つモノだ。

 その実をイメージしたテッドは、理由も無いがそう結論付けたのだった。


「――これは預かっておこう」


 エディが手を伸ばしたのは、白骨化した死体が持っていたサーベルだ。

 鞘に納まったそのサーベルは、驚くほどに精巧な飾り細工の付いたものだ。


 儀礼的な用途か、若しくは、相当な高階層の人間が腰に佩く為の剣。

 ただの貴族や平民が上り詰めた先に持つモノではない臭いがする。

 それこそ、あのロイエンタール卿が持っていた、国王下賜の逸品レベルだ。


「……墓荒らしは呪われるぞ?」


 砕けた調子でマイクがそう冷やかす。

 一般的にいえば、墓荒らしが副葬品を持って帰ると碌な目に合わない。


 極度に発達した科学の社会では、呪いなど鼻で笑われる非科学の極地だ。

 だが、そこに未知のウィルスや伝染病の原因などがあれば被害は出る。

 まだまだ医学科学が未発達な時代には、それを呪いと言ったのだろう。


 ただ、エディは遠慮なく言い返した。

 そこはかとなく、自信ありげな声でだ。


「もう呪われてるさ。今さら遅い」


 改めて思えばエディの人生は呪われていると言っても過言では無い。

 まともな成長を望めないような人生だったはずなのに……だ。


 ただ、その声を聞いて皆が失笑する中、テッドはエディの呟きを聞いた。

 小さな声だったが、エディははっきりと『元々、余のものだ』と言った。

 背中越しに聞いたのだから、その表情はうかがい知ることなど出来ない。


 だが、テッドは確信していた。

 エディは泣いている……と。


「しかし…… 見事な設えだな」


 アレックスが簡単の言葉を漏らし、テッドはついに我慢ならず振り返った。

 そこで見たモノは、目を奪われるようなレベルでの、見事な細工だった。


 ――凄い……


 腰へ巻いてある装備ベルトへ縦に通したエディは、サーベルの紐を留めていた。

 まるでそれが当たり前であったかのように。元々そうであったかのように。

 地球から持ってきた装備の中にあって、異文化的な香りを発する事無くあった。


「やはり士官は帯刀せねば為らんな」

「そんなのサンドハーストだけだぜ?」


 エディの軽口をマイクが冷やかす。

 ただ、そこには明らかな賞賛の意志が漏れた。

 そのサーベルを腰に佩たエディの姿には、明確な威があった。


「前進を再開する。テッド。後方に気をつけろ」

「イエッサー」


 エディは再び前進を指示し、薄暗い通路を中隊は進んだ。

 そもそもドッドとジャンを欠き、そして今はヴァルターとディージョが居ない。


 改めて思えば随分と少なくなった現状に、テッドはサザンクロス戦を思った。

 櫛の歯が欠けていくように隊員が戦死していった、あの地上戦だ……


 ――エディは辛いだろうな……


 隊長というポジションで仲間の命を預かる重責は想像が付かない。

 だが、そこにあってエディは強い意思を見せ前進し、結果を出している。

 それだけで無く、結果の中で自分が望むような方向に進んでいる。


 改めてその精神力の強さに舌を巻く。

 また、そんな姿を垣間見られる立場の自分をラッキーだとも思った。


「……エディ」


 今度は小声でマイクがエディを呼んだ。

 エディは足を止め中隊に停止を指示し、腰を落とせとハンドサインを出した。


 テッドは理由を聞く前に腰を落とし、身体を低くして後方を監視した。

 その頭の上を何かが超高速で通過していった。


 ――えっ?


 空気を引き裂く音と同時に、まるで虫の羽音のようなモノが響いた。

 ブーンともビーンとも付かない高速振動音が通路に響き渡った。


『全員伏せろ!頭を上げるな!』


 マイクの声が無線で響き、ハッとテッドは気が付いた。

 地上では声を出した時にマイクがあのミミズに喰われていた。

 ミミズだけで無く、蟻に噛み付かれると言う事態も発生した。

 その教訓からマイクは声では無く無線を選んだのだ。


 痛い経験を無駄にしないという事は、こういう事か……

 テッドはまた一つ学んだと思ったのだが、それと同時に背筋がゾクリと震えた。

 後方からあのブーンともビーンとも付かない振動音が聞こえたのだ。


『後方からも何か来る!』


 マイクと同じようにテッドは無線を使っていた。

 ここに現れる敵は音に反応する。テッドはそう結論付けた。

 そして、同時にある一つの仮説を立てた。


 この惑星で活動する全ての生物は、光ではなく音を聞いて活動している。

 或いは、音の周波数程度まで()()()のだ。


『独特の音がするな』


 エディは迷う事無くサーベルを抜き、暗闇の中に立てた。

 そして、その剣の峰を鞘でキンキンと叩いた。


『キタッ!』


 ウッディが低く呟く。

 ギュン!と音を立てて何かが通過していく。

 そして……


                           ガチンッ!


 エディのサーベルに何かが当った。

 一瞬の眩い鉄火にテッドの視界はゴーストが浮かんだ。

 だが、そんな事はどうでも良いと開き直れる。


 問題はいま目の前に落ちてきた物体だ。


『なんだこれ?』


 テッドの目の前に落ちたモノをウッディも凝視する。

 自分の視野を全員と共有したウッディは『ハエだ』呟いた。

 その形状はどこをどう見てもハエとしか形容が出来なかった。


 ただ、そのハエは直径1センチを軽く越えるサイズだ。

 体長も3センチかもう少し長く、それはまるで弾丸だった。


『なんだよ…… ハエかよ』


 吐き捨てるように呟いたオーリスは、落としていた腰を上げた。

 途端に視野が広くなり、忌々しげにハエを見た。


 だが、その視野が一瞬にして暗転した。


                           ドチャ!


 ――えっ?


 慌てて振り返ったテッドの顔面に何かが降り掛かった。

 リキッド状のそれは、サイボーグの血液とも言えるオイルだ。


 体内各部にある強力な油圧シリンダを動かす為の動力源。

 そして、それが体外に放出されていると言う事は……


「オーリス!」


 エディが叫ぶのと同時、立ち上がっていたオーリスの身体を何かが貫通した。

 細かな部品を撒き散らしながらも、オーリスは必死で姿勢を制御してる。


 ――避けてる!


 オーリスは聞き耳を立て、飛んでくるハエを躱す事に全力を挙げていた。

 その威力はサイボーグ相手でも申し分なく、装甲服を貫通していた。


「見える! それほど早くな――


 オーリスは何かを見切ったらしい。左太腿に挿していたナイフを抜き放った。

 だが、その腰を掴んだマイクは、力尽くでオーリスをテイクダウンした。


 腰砕けに倒れていくオーリスのヘルメットに何かが当たる。

 再び眩い鉄火を撒き散らしたそれは、先ほど見たハエだった。


『バカ野郎! その音に反応してんだ!』


 マイクは自分が纏っていた装甲服を脱ぎ、オーリスの胸に掛けた。

 オーリスの胸腔内から空回りする油圧ポンプの音が響き渡っていた。


『大丈夫か』


 アレックスはズリズリと這いずって移動し、オーリスの状態を見た。

 僅かに起こした頭にはヘルメットがあるが、防護力的には期待出来ない。


『とりあえず油圧ポンプを止めろ。プロパティにスイッチがある筈だ。それと、内部の不要機器の電源を落とせ。オイル系統は全部止めて良い』


 コクリと首肯したオーリスは、視界に浮かぶプロパティスイッチを開く。

 そして、体内にある生命維持と電源管理以外の機器電源を切った。


 サイボーグ故に、常時活動する内部機材は多岐に亘る。

 各部のリキッド制御やエアパイプなどへ圧を掛けるポンプは多いのだ。


『まるで大口径の弾丸だな』


 そんなボヤキをこぼしつつ、アレックスはオーリスの診察を始めた。

 装甲服をはぎ取ったオーリスの上半身には、幾つもの孔が開いていた。


『胸腔部第1機械室貫通! メインリアクター機能停止! サブコンは生きてるが電源コントローラーが微妙だ。油圧ポンプが完全にやられてるな。生命維持機能はそれほど問題無いが――』


 アレックスは僅かに間を置いてからオーリスの頭をポンポンと叩いた。


『――生身なら即死だな。メインバッテリーをやられなかったのはラッキーだ。残電源は表示されているか?』


 その言葉は穏やかで優しさに溢れた。

 段々と冷静さを取り戻し始めたオーリスは、顔を歪ませつつ言う。


『残電源は77% 駆動系を止めたんで普段よりバッテリーは持つと思う』

『そうだな。とりあえず破孔からハエが飛び込まなくて良かった』


 孔の開いた装甲服では防護力を期待出来ない。

 ただ、孔が有ろうと無かろうと、この超高速のハエには無力だ。


『どうする?』


 アレックスは頭を僅かに上げたままエディに問うた。

 現状はまるでスナイパーに狙われているような状態だからだ。


『さて、どうしたものか……』


 さすがのエディも絶体絶命だと思案する。

 だが、そこにオーリスが口を挟んだ。


『ちょっとコレを見てください』


 オーリスは自分の見ていた視界を全員に転送した。

 それは、胸を貫通された後、飛んでくるハエを躱す最中に見ていたシーンだ。


『ハエは突入の直前に僅かですが光ります。もしかしたらケツにブースターでも有るのかも知れません。ケツから燃焼性ガスを漏らし、リヒートさせて一気に加速している可能性が有ります』

『んじゃ、ハエのケツが光った瞬間撃てば撃墜出来るんでねっすか?』


 オーリスのシーンを見ていたロニーは、ゆるい声で言った。

 至極真っ当な発想だが、そこには大きな問題がある。


『弾が当りゃぁな』


 呆れる様な声で言ったテッドは、ロニーに向かって銃を見せた。

 50口径の弾丸故に、当たれば間違い無く一撃の筈だ。


 だが、飛んでるハエに弾丸を当てるようなマネなど出来るわけが無い。

 おまけに、音を探知して飛ぶ以上、何らかの音を立てればすぐに察知される。

 コウモリは超音波レベルの高周波で暗闇を見ているというが、そのレベルだ。


『当たらねぇよな……』


 溜息混じりにぼやいたステンマルク。

 だが、不意にウッディが顔を上げた。


『スタングレネード使いましょう』

『……どうやるんだ?』


 ウッディはスタングレネードを提案し、マイクは訝しげに言う。

 頭の上では相変わらずブンブンとハエが超高速で通過していた。


『さっきから見てると、7秒か8秒程度で頭の上を往復しています。航過してから大体7.5秒で戻って来る計算です。だから……』


 ウッディはポーチからスタングレネードを取りだし、安全ピンに指を掛けた。

 そして、ハエが通過するのを待ってからピンを抜いた。


『耳を塞いで!』


 幾らサイボーグとは言え、スタングレネードが至近距離で炸裂すれば辛い。

 鼓膜が破れる事こそ無いが、強い衝撃と音波で瞬間的な麻痺を経験する。


『……3!4!』


 ウッディは通路の上にポンとスタングレネードを投げた。

 フワリと舞い上がったグレネードは、スルスルと高度を稼ぐ。

 そして、スッと落ち始めた所でハエが通過していった。


 ほぼ同時のタイミングで、耳を劈く大音響と、眩い閃光が通路を埋め尽くす。

 耳を塞いでいたテッドだが、それでも凄まじい衝撃だった。


『グエッ!』


 誰かが耳を塞ぎ損なった!

 そう直感したテッドは、慌てて周囲を確かめた。

 辺りには音の衝撃を受けたのか、幾つものハエが転がっていた。


 ――死んだのか?


 迂闊に身を起こすとまた突っ込んでくるかも知れない。

 そんな恐怖を感じつつも、テッドは慎重に身を起こした。

 幸いにしてあの羽音は聞こえてこない……


 ――ん?


 上半身を起こし辺りを確かめたテッドは、ようやく()()に気が付いた。

 ハエでは無く、あのセミの映像に出てきた巨大なスズメバチが蹲っていた。

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