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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SIX:エディの思惑08

~承前






「……さて」


 エディは愉悦を噛み殺すような声でそう呟いた。

 全員が飛び込んだ先は薄暗い、得体の知れない建物の中だった。


 先ほどのあの巨大な施設の中かも知れないし、別の建物かも知れない。

 ただ、その場所がどうこうというのは余り問題では無い。


 天井までの高さは軽く4メートルあり、横幅は5メートルかもう少し広い。

 そして、前後は一直線になっていて、灯りの届かない消失点が存在した。


 明らかに通路と思しきその空間は、四方の壁が薄ぼんやりと光っていた。

 だが、今ここで問題なのは、この通路の床面だった。


「銃撃戦とは違うようだな」

「良くわからねぇが……剣で斬り合ったか、鈍器で殴り合ったか……だ」


 アレックスとマイクは片膝を付いてそれを確かめた。

 中隊の面々が見ているのは、それほど広くない建物の床一面に広がる白骨だ。


 衣服にはドス黒いシミが残っているが、まだ痛んではいない。

 耐久性の強い繊維ならば腐食せずに残るのかも知れない。

 しかし、その衣服が包んでいた身体は、肉が完全に腐り落ち骨だけだった。


「どれ位の時間が経過しているんだろうな?」


 ステンマルクが小さな声でそう漏らす。

 普通、死体が腐り始めるのは死後3日目程度から。

 どれ程に清潔な環境でも、肉は必ず腐る宿命だ。


 だが、その肉が完全に腐って落ちて骨だけになるのには時間が掛かる。

 ましてや綺麗な白骨死体に果てるならば1年や2年と言ったスパンが要る。

 もっと言うなら、この死体が腐っていく死臭は想像を絶する悪臭だ。


 その悪臭がサイボーグの高感度センサーに残らない程に消えている。

 建物の内部には死臭の類いが一切ないのだった。


「最低でも3年は経ってるんじゃ無いか?」


 オーリスもまたその異常に気が付いていた。

 思案に暮れるオーリスは鼻を弄る癖がある。

 鼻の頭を摘みながら、アレコレと思案するのだ。


 その近くに居たテッドは、一面の白骨遺体が余りに異形な事に気が付いた。

 皆が死体の腐りを気にする中、テッドは死体の形に違和感を覚えていた。


「この死体…… 人間じゃ無いかも知れない」


 テッドの言葉にエディが眉根を寄せた。

 建物の内部で斃れている死体の頭蓋骨は、地球人類のそれとは大きく異なった。


「言われてみればそうだな……コレなんかまるでネコみたいだ」


 ウッディが膝を付いて検めた死体の頭蓋骨は、ネコの輪郭そのものだった。

 顔の左半分が折れて砕けてはいるが、その輪郭は大体察しが付いた。


「コッチのはイヌみたいだぜ。ほら、マズルが長い」


 テッドの指さした死体の頭蓋骨は、口の部分が前に延びている。

 口の中にはご丁寧に長い牙が付いていて、文字通りにイヌのようだった。


「あのシミュレーター訓練に出てきた獣人みたいだな。まるで」


 アレックスが首を傾げながら言う。

 だが、その直後にマイクがボソリと呟いた。


「で、ディージョとヴァルターは何処だ?」


 テッドは内心で『あ……』と呟いた。

 言われてみればその通りだ。


「そうだな。何処に行ったんだ? 外で見たあの残骸がヴァルターとディージョだとしたら、あのふたりを破壊したのは何者だ?」


 エディは首を傾げながら思案している。

 その表情には忸怩たる思いが滲み出ていた。


「とりあえずこの通路を探索する。ロニーはここに居ろ。残りは2チームに別れてかかれ」


 エディの指示は相変わらず明瞭で簡潔だ。

 一歩踏み出したテッドは視線を落とし、銃のマガジンを検め残弾を数えた。

 そして、その時に気が付いた。


 壁際に斃れていた白骨遺体が壁に書いたらしい文字を……だ。


「エディ! これを!」


 テッドが指さしたそれは、横棒に×マークの付いたモノだった。

 異なる文化圏の存在故にその意味は窺い知る事など出来ない。


 仮に矢印だったとしたら、進行方向に何かがあるか、誰かが移動したのだろう。

 進んだ先に危険があるという意思表示の場合は……


「そっちに進んでみるか」


 エディは自信あふれる調子でそう呟いた。

 その姿にテッドはハッと思い出したシーンがあった。


 あの、サザンクロスの地上戦で見たワンシーン。

 シリウスロボが暴れ回る州庁舎へ走れと命じた時だ。


 ――危険は踏み越える為にある……


 エディは常々それを体現している。

 死中にこそ活路があると言わんばかりに振る舞うのだ。


「……そうだな。行けば解るさ」


 マイクが先頭に立って通路を歩き始めた。

 こんな時、マイクは必ず隊の先頭に立つのだ。


 ――……だよな


 テッドは無意識のうちにマイクやや後方に付けていた。

 ふと横を見れば、そこにはウッディが居た。


 すぐ後方にはリーナーが居て、その左右にステンマルクとオーリスが居る。

 エディは隊の最後尾に居て、ロニーに肩を貸していた。


 ――パンツァーカイル陣形……


 すり足のような状態で進んでいく中隊だが、集中力はそう長くは続かない。

 15分も歩いた頃には警戒もすっかり緩んでいて、腰すら落として居なかった。


「何も無いな……」


 隊の最後尾に居たエディがそう呟く。

 ただ、だからと言って何かイベントが発生するかと言えば、それもない。


 だが、通路をズンズンと進み始めて30分も経過した頃だろうか。

 先頭にいたマイクが足を止めた。足下から何かを踏んだ音が聞こえたのだ。


 仄暗い通路の床にあったのは、50口径弾の薬莢だ。


「12.7×99弾の薬莢だ」


 それを取り上げたアレックスは状態を確かめてからエディに渡した。

 爆発物などでは無いらしいのを確認し、エディに渡したのだった。


「まだ新しいな」


 受け取った薬莢を確かめ、エディはそう言った。

 発射されてから間が無いらしく、薬莢からは硝煙の臭いが漂った。


「何と戦ったんだ?」


 首を傾げ思考を重ねるアレックスは、薬莢の散らばり具合が気になった。

 言葉では表現出来ない感覚的な問題だが、2人で撃ったとは思えない状態だ。


 どちらかが防戦的に撃ったのか、それとも2人交互で散発的に撃ったのか。

 実体の見えない事態は想像で補うしか無い。


「とりあえず前進だ」


 エディは再び前進を促した。薬莢が消え去り通路は清潔なままだ。

 そんな状態で再び進む事10分。通路のど真ん中に何かが落ちていた。


「……ん?」


 マイクは遠慮無くそれに接近し、触る前にジッとそれを観察した。

 一言でいえば、巨大なセミだった。全長50センチは有ろうかというサイズだ。


「なんだこれ?」


 マイクの隣に立ったウッディは、膝を付いてそれを確かめる。

 ジッと観察していたのだが、やや有ってウッディは遠慮無く手を伸ばした。


「これ、ここが撃たれてます。ほら、穴が空いてる」


 ヒョイとひっくり返したウッディは、そのセミのような物体の裏を見せた。

 物体表面の硬質素材を貫き、大きな穴が見事に空いていた。


「50口径で撃たれたな」

「そうとしか思えない威力だ」


 マイクとアレックスはそう分析する。

 その間もウッディはセミ状の物体をいじくり回して調べた。


「大型昆虫ッぽいけど、でも……なんだこれ?」


 ウッディはセミ状の物体の背面に有る薄いフィルムの羽を広げた。

 カバーを広げ羽を展開させると、左右に60センチは広がっていた。

 そのマウント部には発達した筋肉状の紐が見える。


「これ、もしかするとドローンかも」


 ウッディはセミ状の物体の羽を捲り、その下にある背中を露出させた。

 正中線に沿って幾つも突起が並んでおり、その頭には七角形の溝があった。


「7角形というのは何か意味があるのかも知れないな」


 エディの言葉を聞いていたテッドは、その意味を考えた。

 人間の指は左右に五本ずつなので、10進数が自然に発達した。

 と言う事は、コレを作った文明は7本指か、左右の手で7本か……だ。


 意味を考えたところで正解は解らない。

 だが、それでも必死になってアレコレと想像を逞しくしていたときだった。


 ――――あれ、なんだ?

     ――――ハチが立ってるぜ……

 ――――うわっ!

     ――――大丈夫か!

 ――――チキショウ! 離せ!

     ――――ヴァルター!

 ――――離せバカ野郎!

     ――――動くなよ!


 静まり返っていた通路にディージョとヴァルターの声が響いた。

 ディージョは緊迫した声でヴァルターを呼んでいた。

 そしてそのヴァルターは何かに捉えられたらしい。


 ガシャガシャとプラスチック同士がぶつかるような音が響く。

 その音に合いの手を入れるようにギュイギュイと歯軋りのような音も混じる。


 ――――スゲェ力だ!

     ――――援護する!


 鋭い銃声が響き、薬莢が床面に落ちる音が響く。

 なんだこれは?と驚ろくより他ないテッドだが、同じように全員が驚いた。

 中隊が見たモノは、セミ状の物体が投射する映像だった。


「なんだこれ?」


 リーナーの声がわずかに震えていた。

 そこに写っていたのは、2本足で床面に立つ巨大なスズメバチだった。

 いや、正確にはハチですら無いのかも知れない。


 ただ、その身体に見えるカラーリングは、誰が見たって黄色スズメバチだ。

 その巨大スズメバチが2人、ヴァルターを拘束し連れて行くところだった。


 ――――ヴァルター!


 ディージョの声が悲鳴混じりになる。

 すかさずマガジンを代え、50口径を構えた。


「スズメバチなんだろうが……今さらこの類いが出てきても驚かん」


 エディは呆れた様に呟くのだが、その直後にヒュッと息を呑んだ。

 映像に映っているディージョが突然撃たれたのだ。

 それも、まるで電撃のような青白い火花状の何かで……だ。


 一般的に言えば、サイボーグは高電圧に弱い。

 全身を油圧シリンダーや空気シリンダーとモーターで動かしている彼らだ。

 強い電撃を受けるとどうなるかなどわかりきっている。


 ――――ギャァッ!


 青い稲妻が中を横切り、ディージョの胸に直撃した。

 少々情けない声を発したあと、ガックリと崩れ床に倒れ込んだ。


 ――――ウゥゥゥ……

 ――――チキショウ……

 ――――なんなんだよ…… おまえら……


 苦し紛れの言葉を吐いたディージョがガクリと崩れた。

 サイボーグ故に肉体的な苦痛などあり得ない。

 一時的な高電圧でサブコン廻りがバカになった可能性が高い。


 一旦システムテーブルからサブコンを落とし、再起動を掛ける必要がある。

 だが、コレは戦闘中なのだから、その再起動の15秒が惜しいのだろう。


「ディージョ!」


 ウッディは悲痛な声で叫んだ。

 物静かで大人しい人間であるウッディだが、その中身は負けず劣らず熱い。

 そんな男が仲間の窮地に狼狽しない方がおかしいのだ。


「……少なくとも、あのふたりは生存してる可能性が高いですね」


 リーナーは何処か他人事のように言った。

 自分自身すらただの部品か、若しくは消耗品の様に振る舞う人間だ。

 その言葉もある意味では冷徹な軍人そのものかも知れない。


 だが、少なからぬ不快感をテッドが覚えたのは間違い無い。

 仲間意識というモノは、時に理屈を超越するのだ。

 だが。


「リスクを考えれば戦術的撤退でしょうが……救出活動に入りますか?」


 リーナーは氷のような冷静さで進言した。

 言うまでも無くリスクのある行為だが、救出するならやりましょう。

 そんな意志を感じさせるモノだった。


「救助は当然として、問題はここからどうやって出るかだな」

「死中に活ありはロイじぃさんの口癖だったぜ」


 アレックスとマイクもそんな言葉で賛意を示した。

 案に『やろう』とエディを煽っている状態だ。


 そのエディは額に手を当ててジッと考えている。

 思案に暮れるとき、エディはいつもこの仕草を見せる。

 何を迷ってるのだろうかとテッドは焦れるが……


「ロニー。お前はここへ来たか?」

「来てねっす。さっきのジャングルの中で飛び込んだのは一番左でしたから」

「……と言う事は――」


 腕を組みヴァルターとディージョが連れ去られた闇を睨み付けたエディ。

 顎を引き、上目遣いにジッと見ているのだが……


「――ここから先はとにかく手探りと言う事だな」


 ――あぁ……そうか


 テッドはエディの内心を少し理解した。

 まずは中隊のリスクを勘案しているのだろう。

 そして、自分自身がシリウスに帰れるかどうかを考えている。


 何故かは言うまでも無い事だ。

 エディは何があってもシリウスへ帰らねばならない。

 ならば……


「エディ。オレとウッディで行ってみたいんだけど……」


 テッドは迷い無い口調でそう提案しつつ、ウッディを見た。

 ウッディは楽しそうに笑いながら首肯を返してきた。


 あいつもやる気だ……

 テッドはそれが嬉しかった。


「いや、それはリスクが高い」


 にべもなくエディはそれを却下する。

 中隊をグルリと見合わしたエディは、マイクとリーナーを指さした。


「マイク、リーナーと先頭に立て。オーリス、ステンマルクは両翼に付け」

「イエッサー」

「テッドとウッディは私の左右だ。ロニーをサポートしろ。隊列を組んで前進」


 エディの手は前方方向へぱたりと振られた。

 中隊を前進させるという意思表示が示され、マイクは先頭に立った。

 その直後にリーナーが付き、左にステンマルク、右にオーリスが付く。


 エディはその直後につき、傍らにアレックスを置いた。

 テッドとウッディはロニーをサポートしつつ最後尾に付いた。


 ――なんでケツなんだよ……


 内心忸怩たる思いで一杯だが、隊長の指示とあっては従わざるを得ない。

 不承不承に前進を開始したテッドだが、そこにエディの言葉が届いた。


「テッド。ウッディ。後方への警戒を絶対に緩めるな。良いな」

「後ろですか?」

「あぁ。後方が安全だなんて誰が決めた?」


 ――あ……


 その通りだ。

 テッドは改めてエディの深謀遠慮に舌を巻いた。

 そして、進行方向前方ではなく後方に自分を置いた意味を考えた。


 後方から攻撃された場合、隊列を反転すればそのまま戦闘に移れる。

 マイクが先頭のパンツァーカイル陣形は、反転したときにクサビ陣形となる。

 そして、投射力は後方への方が強い。


 ――前方は追跡戦闘(トレース)

 ――後方は奇襲対策(アンブッシュ)

 ――すげぇ……


 様々な可能性を考慮した対策は、場数と経験の差だとテッドは思った。

 そして、ここに到達目標があるとも思ったのだが……


「エディ! 死体だ」


 前進開始から10分ほど経過した頃、先頭にいたマイクがそう叫んだ。

 縦に長くなっていた隊列がグッと詰まり、最後尾にいたテッドも前に出ていた。


 ――後方はどうすんだ?


 前後に長かった隊列の圧縮は、手榴弾一つで全滅の危険があった。

 もしこれがトラップだったら……と、テッドもそう考えた。


 テッドとてその死体を見たい衝動はある。

 だが、それを無視して後方を凝視した。

 後方を警戒しろと言う指示だったからだ。


「明らかに高階級だな。指揮官か、若しくは責任者だ」


 その死体を検めたアレックスは、白骨化した遺体を見つめながら言った。

 先ほどの死体群と比べ、まとっている衣装に飾りが多いのだ。


 斃れているその死体は左手にサーベルを持ち、右手に何かを握っていた。

 マイクはそれを取り上げ、アレックスに手渡す。


「なんだと思う?」


 マイクから渡された小さなメモ帳ほどの物体を見つつ、アレックスは思案する。

 イメージとしては小さなPDA端末だ。或いは無線機かも知れない。


 人気メーカーが作り続けているスマートデバイスに、同じようなものがある。

 通話と情報のやり取りが出来、身分証明書やウォレット機能もあるものだ。


「スマートフォンの一種か?」

「かも知れな――


 マイクの問いかけに返答するアレックスの言葉が終る前。

 その、まるでスマホのような物体は、電源が入ったように起動した。

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