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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
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ROAD-SIX:エディの思惑05

~承前






 エーリヒ・トップを出発した降下艇の中は静まりかえっていた。

 極寒地獄へ再びの降下ともなれば、誰だって口数は少なくなる。

 窓の外で光るオレンジ色の光を眺めつつ、テッドはエディの言葉を考えていた。


 ――――そうだな……

 ――――テンペスト……

 ――――と、でも言っておこうか


 テンペスト。

 大嵐や暴風雨を意味する単語だが、それは少々固い意味での解釈だ。

 砕けた形で理解すれば、余り良くは無い意味での大騒ぎを意味する。

 そして、もっと言えば暴動や騒乱を指す場合にも使われる。


 ――大嵐……

 ――で、無ければ、騒乱……


 考えれば考えるほどテッドは深みにはまっていく。

 言葉の意味は単語を理解するだけで無く、文章全体から意図を読み解くモノだ。

 段々とエディを理解しつつあるテッドだが、それは同時に理解の硬直化だった。


 エディならばこうするはず。

 エディならばこう考えるはず。


 それは傍目に見る勝手な思い込みでしか無いモノだ。

 何を考えているのかは本人だけの、その内側だけのモノに過ぎない。


「……テンペスト」


 ボソリと呟いたテッドは、不意に窓の外を見た。

 断熱圧縮で光るオレンジの奔流は姿を消し、白い大地が見え始めた。

 紫色な快晴の空には白い雲が浮いている。


「さて、第2ラウンドだぜ」


 ヘヘヘと笑うディージョはヘルメットの顎紐を調節していた。

 あのマイクの構体を押し潰すほどの威力があるのだ。

 ヘルメット程度でどうにかなるモノでは無いし、気休めにもならない。


 だが、逆に言えばヘルメットで防げるモノからは護ってくれる。

 ヘルメットが無ければ一撃で擱座しかねない時もある。


「……いま思ったんだけどさ、武器じゃ無くて防具が必要かも」


 ウッディは思い付いたように言った。

 それがどんな思考回路から導き出されたモノかは解らない。

 ただ、この男が導き出す言葉は、時に重要な核心を突く事がある。


「何故?」


 短い言葉でヴァルターが問い返す。テッドもジッとウッディを見ていた。

 答えの見えない言葉なら聞くの早いし、確実な事だ。


「ステンマルクのスタビライザーをぶっ壊したのは、たぶん高出力な超音波だと思うんだ。ソニックウェーブの一種で、力のある微細振動が構造体共鳴を引き起こした可能性が高い」


 ウッディはアカデミックな言い回しでそれを説明した。

 半分程度しか理解出来なかったテッドだが、言いたい事は解る。


 共振現象は威力を増幅するのだ。

 そして、時にはその構造根本を破壊し、再起不能に至らしめる。


「じゃぁ、どうやって防ぐ?」


 首だけ回してそう質問したディージョも、実体を良く理解していないらしい。

 テッドも耳を澄まして回答を待った。


「音波が威力の正体なら、その音自体を防げば良いんだ。音は回折って言って回り込むんだけど、超音波だけは直進性が非常に高い。だから、ライアットシールドみたいな楯の一枚もあれば、あの音の暴力に対抗出来る……気がする」


 最後はやや尻すぼみだが、それでもウッディは可能性論を示した。

 どうしたって攻撃を先に考えるのは兵士の常かも知れない。


 だが、基本は守り。

 敵の攻撃さえ無力化してしまえば、後はこっちが削っていくだけ。

 それを思えばウッディの言葉には一定の説得力がある。


 テッドを含め501中隊の面々が身にまとう装甲服はかなり頑丈だ。

 表面こそアラミド系繊維を格子状に編みこんだ、防弾チョッキ構造に見える。

 だが、その下には大きなコインほどの高硬度金属を複数重ねたジャバラ構造だ。


 そして、その更に下。

 内側に当る部分には弾力性のある高密度ゴムを充填し、衝撃を受け流す。

 硬くて柔らかい。強靭で柔軟。比較的軽くて、防御力に優れる。


 ただ、頭を護るのは一般兵士と変わらない普通のヘルメットだ。

 ここが一番弱いとテッドも思うのだが、視界の狭いフルフェイスは歓迎しない。


「まぁ、それは追々に健闘しよう。違うタイプの敵が現れる可能性もある」


 降下艇の中で淡々としてるエディは、マイクのリハビリを見ていた。

 あのミミズの腹の中で握り潰され掛けたのだが、サイボーグは強靱の一言だ。


 背骨に当たるメインピラーと胸腔構造体は全く無傷で、脳殻部分も異常は無い。

 問題は完全に握り潰された左腕と、あり得ない方向に曲がった両脚だった。


 頭を握り潰されない限り、サイボーグは即死しない。

 そして、ヘルメットは戦車並みの丈夫さだといわれている。

 もちろん直撃を受ければ、破壊されなくとも脳がダメージを受けるだろう。


 それなら当らないように避けるしかないし、危険を察知する努力が要る。

 視野を広く取り、とにかく生き残るように努力し続ける。

 そう考えれば、この装備も合点がいくのだが。


「あり合わせにしちゃ上出来だ」


 上機嫌なマイクは金属剥き出しのままの両脚を動かしていた。

 脳の指令を脳殻内部で変換し、それを機械に指令するサブコンの誤差潰しだ。

 コレを怠ると戦闘中にハングアップしかねないのだから、当人も真剣になる。


 椅子から立ち上がってクルリとターンを決め、軽くジャンプする。

 それから軽く屈伸し、逆にターンを決め椅子へと座る。

 組み合わせを変えながら、同じ行動を繰り返しサブコンの経験値を積むのだ。


「問題無さそうだな」


 アレックスも心配そうに見守るシーン。マイクは黙々と作業を続ける。

 こうやってコツコツと出来る事を埋めていく姿勢は、若い少尉達の良い教材だ。


 ――すげぇなぁ……


 テッドはとにかく感心していた。

 同じ事をやれと言われれば、自分は間違い無く途中で飽きるだろう。


 だが、マイクはそれを黙々とやり続けている。

 単純作業の繰り返しにも情熱を注いでいるのだ。


 目標へ至る為の地道な努力を決して疎かにしない姿。

 一足飛びには出来ない事を真摯に行い続ける姿は、良き手本になるのだった。


「……地上が見えてきたっす」


 随分と高度を下げていたらしく、窓の外を見たロニーがそう言った。

 第2ラウンドだと気を入れたテッドだが、その背中から声が漏れた。


「なんだアレ」


 ヴァルターが見つけたのは、あの巨大な設備のすぐ近くにある巨大な青い円だ。

 円と言うには些か歪だが、雪原に広がる青いシミは、驚く程大きい。


「……ミミズか」


 窓の外を覗き込んだエディも腕を組んで唸る。

 眼下はるかに見えるのは、あのミミズらしきモノのなれの果てだった。


「何が起きたんだろうな」


 軽い調子で言うエディの言葉に、全員が背筋を寒くする。

 だが、当の本人は涼しい顔で笑っていた。


 常に余裕ある姿を見せるエディの真骨頂。

 シリウスの王である前にジョンブルの結晶とも言うべき姿だった。


 ただ、そんな余裕も降下艇の中だけ。

 一歩地上に降りてみれば、緩いながらも四方へ注意を払っている。

 テッドはそんなエディがいつもよりも大きく見えていた。


「これ……中身何処行った?」


 ボソリと呟いたウッディは、足を止めて注意深く観察した。

 降下艇から降りた一行が見たモノは、巨大な円筒形の抜け殻だった。

 予備知識が無ければ、これは間違い無く何かのパイプと勘違いするモノだ。


 それほどまでに見事な状態で、マイクを飲み込み閉じ込めた内容物が一切ない。

 パイプは凡そ1メートルほどの長さで輪切りにされている状態だ。

 後方へ進むにつれ、徐々に細くなっている。


「これ……喰われてるな」


 パイプの中を調べたアレックスとディージョは、そんな結論に達した。

 ただの筒でしか無い外皮部分の内側は、驚く程綺麗になっている。

 外皮に張り付いていた肉を丁寧に丁寧に剥がし、囓って食べたのかも知れない。


「こうやって見るとサイズが良く分かるな」


 パイプの内部から出てきたディージョが呟く。

 末尾に向かって細くなっているパイプは、厚さ30センチを軽く超えていた。


「それより、これを食べた方を警戒するべきじゃ――」


 ウッディがそう言いかけた瞬間、何処かで『ウワッ!』と悲鳴が響いた。

 その声の主を探したテッドは、そのシーンを見た瞬間に走り出した。


「ヴァルター!」


 パイプの奥深くを調べていたヴァルターの腕の部分に何かがいた。

 10センチかもう少し大きな甲殻系の生物らしい。


「いてぇ! コンチキショウ!」


 ヴァルターは半ばパニックになりつつ右腕でパイプの内壁を殴った。

 グチャリと鈍い音が響き、ヴァルターの腕からその生物が落ちた。


「だいじょ――『離れろ! 逃げろ! 団体様だ!』


 パイプの奥から走り出て来るヴァルター。

 その後方には、パイプの内壁をシャカシャカと動く大量の虫がいた。


「キメェ!」

「冗談じゃねぇ!」


 パイプの外に出たテッドが振り返ると、パイプの中には大量の虫がいた。

 そのシーンは理屈では無い生理的な部分で嫌悪感を覚えるモノだった。


「マイク! スタングレネード!」


 エディが咄嗟にそう叫び、マイクは腰のポケットから手榴弾を投げた。

 瞬間的な閃光と大音量の爆発音が雪原に響くのだが……


「これは火炎放射器が要るな」


 離れたところで見ていたエディは、苦々しい表情でそう言った。

 内部にいた甲虫の群れは、ボトボトと壁面から落ちるものの死んではいない。


 銃で撃つには対象物が小さすぎ、まとめて処分するには非効率の極み。

 連射の効く機関銃や機関砲は面で狙える銃火器だが、この場合には全く無力だ。

 つまり、真に面で相手を狙うなら、火炎放射器などの武器しかない。


指向性散弾地雷(クレイモア)は?」


 マイクは背嚢から2基だけ持ってきたクレイモアを取り出した。

 10ミリほどの鉄球を撒き散らす広域殺傷兵器だ。


「至近距離以外じゃ無意味だと思うが?」


 怪訝な顔でアレックスがそう応える。

 マイクはクレイモアを背嚢にしまいつつ『……だな』と応えた。


 大口径自動小銃を持って降りてきて、今度は相手が小さいのだ。

 弾の数には限度があるのだから、気前良く撃つ訳にもいかない。

 複数種類の銃火器を持って降りるようだとテッドも思う。


 ただ、それをすれば重量が嵩み、いくらサイボーグでも機動性が削がれる。

 今回は降下艇だから良いが、いつかのようにパラシュート降下は悪夢だ。


 ――ビーム系兵器だな……


 テッドの思った対処策は、おそらく全員が思った事と同じだ。

 荷電粒子砲を小型化し、サイボーグの内臓電源で発射する銃が要る。

 強力な電源を必要とする兵器故に小型化は難しいだろう。


 だが、近い将来には必ず必要になる……


 テッドはふと、この遠征自体が実験を兼ねているんじゃ無いかと思った。

 未知のモノとの戦闘を通じて、問題点を洗い出し、改善し、前進する為のもの。

 そんな意識でエディを見たテッドは、信頼に足る隊長の思案する姿を見た。


「まぁ、この手への対処はまた考えるとして、とりあえずだな……」


 エディは手を振って前進を指示した。

 あの巨大な施設まで残り半分の距離だ。


「あの中へ避難しよう」

「……本気ですか?」


 エディの指示にウッディが声を上げた。

 得体の知れない設備の中に避難するのは、分の悪い賭だ。

 巨大な大気変換システムは、まだまだガンガンと稼動している。


 その内部へ行こうと言うのだから、それなりの覚悟が要る。

 重要な設備であれば、何らかの自衛システムが備わってると考える方が自然だ。


「地上に居てもあの虫の餌食になると思うが?」


 エディはどこか嗾けるような口調でそう言った。

 それを効いた全員の表情が渋く変わるのを織り込み済みでだ。


 ただ、こんな時のエディは、率先して動く事が多い。

 そして今この時も、エディは先頭に立って走った。

 雪原はソレほど深くは無いらしく、スノーシューが効いてる状態だ。


「どうやらアレだな」


 大気を変換するシステムは雪に埋もれ小山状になっていた。

 随分と接近した一行は、半ば雪に埋もれたハッチを見つけた。

 雪原の下へと埋もれて行く下り坂上の通路らしい。


 その先端には明らかにハッチ状の蓋が付いていて、そこにはグリップも見える。

 どう開けるのかはまだ解らないが、少なくとも電子的な装置では無いらしい。


「開くのか?」


 さすがのエディも怪訝な言葉を漏らした。

 隣に居たマイクは慎重に手を伸ばし、どうやって開けるのかを思案している。


 そこからやや離れた位置で様子を伺う一行は、後方を振り返っていた。

 先ほどの小さな虫がやってくるんじゃないかと警戒していたのだ。


「あの虫、来ないな」

「雪は好みじゃ無いのかもな」


 ヴァルターとテッドはそんな言葉を交わし、ウッディも口を挟んだ。


「案外…… 最初からあのミミズの中に居たんじゃ無いか?」

「って言うと?」


 その核心を問い返したヴァルター。

 ウッディは嫌そうな表情で言った。


「ミミズの中に最初から寄生していて、内部でミミズが喰ったモノを食べてた。若しくは、アレがミミズの幼体で、母体内部を食い荒らしながら成長して、最終的に1匹だけ生き残って中から割って出るとか」


 ウッディの考えた生存闘争は凄まじいの一言だ。

 だが、ある意味では理に適っていて、しかも種の保存にはやむを得ない。


 何処まで行っても銀世界なこの惑星では、こんな閉じた生態系で進化した。

 そう考えても余り違和感が無いし、充分説得力がある。

 巨大なサンドワームの雪原版は、貴重な食料を見つけて襲い掛かったのだろう。


「おぃ! 行くぞ!」


 マイクに声を掛けられテッドは振り返った。

 一体どんな開き方をしたんだ?と言う構造でハッチが開き、内部が見えていた。


 内部通路は壁自体が薄ぼんやりと光っている。

 テッドはヴァルターと顔を見合わせ、通路へ入った。

 間違い無く、自分たち2人が先頭に立てと言われると思ったから。


「慎重に前進しろ」


 エディの指示はそれだけ。

 テッドは12.7ミリの弾丸がチャンバーへ収まっているのを確認した。


「……行くか」

「あぁ……」


 通路の幅ははじめこそ細かったが、10メートルも進めば驚く程大きくなった。

 施設の内部に入ったのだとテッドは思うが、それより問題なのは内部の温度だ。


「温度が……」

「摂氏38℃だ。外との温度差が50℃近くある」


 通路の幅はドンドン広がり、現状では5メートルほどもある。

 テッドとヴァルターはトラップの類を警戒しながら進んでいった。


「ホールだ」


 足を止めたヴァルターが呟く。

 そこはまるで小さなスタジアム並の広さのホールになった。

 床面からは太いパイプが天井まで延びていて、その内部からは音が聞こえる。

 施設の構造を考えれば、その音の正体は言うまでも無い事だ。


「……地下だな」


 同じように内部を確認したエディは、施設の地下を指さした。

 音の正体は風の流れで、その吹き出し元は地下にある。


 ただ、それがいったい何であるかを確認する必要性がテッドには理解出来ない。

 一体何を探しているのか。その核心がまだ見えないのだ。


「行くンすかぁ?」


 露骨に嫌そうな声を上げたロニーは、憮然とした表情を浮かべている。

 それを見ているステンマルクやオーリスが笑うほどに……だ。


「おぃおぃロニー!」

「ドッドが居たら鉄拳制裁だぞ?」


 2人に声を掛けられ『でもさぁ』と口を尖らせている。

 子供のように素直な反応を見せるロニーは、半分くらい泣きそうな表情だ。


「仕事だ。割り切れ」


 エディは冷たい口調でそう言うが、表情は柔らかい。

 ロニーも観念したらしく『……はい』と返答する。


 いきなり巨大ミミズに襲われ、得体の知れない虫から逃れ、で、この施設だ。

 誰だって尻込みするし、行きたくないと思うだろう。


「テッド、ヴァルター。下へ行くルートを探せ。ディージョとウッディはこのフロアの調査。オーリスとステンマルクはロニーを連れて上を見てこい。かかれ!」


 エディの指示は簡潔で迷いが無い。

 テッドはイエッサーと返答し、フロアの内部を探し始めた。

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