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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
283/424

ROAD-SIX:エディの思惑03

~承前






「こんな星とはなぁ……」


 感心するようにぼやいたエディは、501中隊の展開する輪の中心にいた。

 グリーゼの地上は大量のドライアイスと雪の混合体で出来た雪原だった。


 予想以上にしっかりとした踏み応えのある雪原だが、油断すればずぼりと嵌る。

 重量のある戦闘用サイボーグが装甲服を着ている関係で仕方が無いとも言える。


「案外しっかりしてるな。大気の重さに踏み潰されてるんだろう」

「ただ、油断は出来ねぇ。これだけ酸素リッチだと火器の使用がおっかねぇ」


 アレックスとマイクがそんな言葉をかわす。

 その隣では、リーナーが雪の成分を分析していた。


「ドライアイス粉末30%。雪が60%、その他が10%です」


 簡易測定器の数値を読み上げたリーナーは


「その他ってなんだ?」

「稀少元素、または未知の元素です。気圧が高いための誤差かも知れません」


 まるで機械が喋っているかのような様子のリーナー。

 測定器をしまいつつ、改めて戦闘準備を整えた。


 周囲を警戒しつつリーナーを待つ中隊の面々。

 テッドはすぐ近くに居たディージョにそっと漏らした。

 心底あきれたと言わんばかりの声音でだ。


「一言いって良いか?」

「どうした?」


 一行が地上へと降りたのは、巨大な雪山の近くだった。

 降下艇が着陸したエリアは一面の平原だが、そのすぐ近くには小山があった。


 高さにして、凡そビル10階建て程度の大きさ。

 ただ、その小山は異形と言う表現が大人しすぎるモノだった。


「コレを作った奴が居たら言ってやりてぇ」

「なんて?」

「極めつけに悪趣味だって」

「……まぁなぁ」


 どう表現すれば良いのかをテッドは思案していた。

 知識の中にあるモノを総動員して類似するモノを探すのだが……


「タコ……」

「……だな」


 テッドはそれをタコと表現し、ディージョはそれを肯定した。

 水中で脚を広げるタコを、そのまま逆さにして置いてある状態……

 名状しがたいそのデザインは、しかしながら地球人的感性では確実にグロい。


 そして、それ以上に言えるのは、その姿がまるで股を開き男を誘う女のそれだ。

 その伸ばした脚の股の部分。延びた脚と脚の間に幾つも孔が開いている。

 その孔のひとつからは激しく風が噴き出ていて、別の孔からは雪が出ていた。


 そのデザインは、何がどうと言う事では無く、生理的な嫌悪感を覚えた。


「まるで蓮の実が詰まったランチャーだぜ」


 そう吐き捨てたステンマルクの言葉が全てだ。

 いわゆるスモールポックス。粒々嫌悪症は人類普遍の症候群。

 如何なる治療をも意味をなさない、生理的嫌悪症だ。


「まぁいい。とりあえず行こうか」


 たったの一言で皆の意識を一段上げ、エディは前進を促した。

 マイクはその声に応え、最初に一歩踏み出し同時に初弾をチャンバーへ送った。


ロックンロール!(速射体制)!」


 マイクの声に促され、全員が初弾をコッキングした。

 テッドも薬莢を使わないケースレス弾頭の6ミリ弾をチャンバーへと送る。

 セーフティをオフにし、トリガーを絞れば何時でも撃てる体制だ。


 雪面は固くしまり重量級なサイボーグの歩行に何の問題もない。

 念のために持ってきた大型のスノーシューが邪魔なくらいだ。


「さて、とんなお出迎えだろうか」


 ヘラリと笑うヴァルターが一歩前に出た。

 輪陣形を作った中隊はその施設へ向かって前進を開始する。

 如何なるトラップをも見逃すまいと、全員が細心の注意を払った。


 ただやはり、実戦経験の差は致し方ない。

 先頭を行くのはマイクで、その左右にテッドとヴァルターが付いた。

 慎重な足取りで進んでいく中隊は、施設まで案外距離があることに気がついた。


「案外遠いな」

「……ですね」


 マイクの呟きにヴァルターが応える。

 レーザー計測によれば施設まではおよそ3キロだ。

 何らかの防御的な兵器が有った場合、ビーム系兵器なら撃たれる距離だった。


「……なんか言ったか?」


 マイクの耳が何かを捉えた。

 その問いかけに首を振って否定を返したヴァルター。

 逆サイドのテッドも首を振る。


 だが、そんな2人の振るまいとは明らかに異なる音が聞こえた。

 何かが地中を這いずる様な、ズルズルという異音だ。


「碌な予感がしねぇ……」

「止めとけよ……」


 エディの左右に居たディージョとウッディがそんな会話を交わす。

 その直後、先頭にいたマイクが雪原を踏み抜いた。


「アッ!」


 ズボリと落ちたマイクは、胸辺りまで完全に埋まっている。

 雪原の下が案外弱いんだとテッドは気が付いた。

 だが、ヴァルターと共同でマイクを引き上げようとした、その時だった。


「……なんだ? 今の声」


 アイシールドバイザーを降ろしたヴァルターが表情を変えた。

 その声はテッドにも聞こえていた。何かが吼えるような、轟く様な声だ。


 無意識レベルで全員が銃のトリガーへ指を掛けた。

 歩兵の耳に届く音というモノは基本的に2種類しか無い。

 安全な音か、危険な音か……だ。


「とりあえず引き上げてくれ。脚が掛からねぇ」


 マイクが手を伸ばして救助を要請する。

 珍しい光景だと苦笑いしてその手を取ろうとした時、マイクが雪の中へ沈んだ。


「マイクッ!」


 文字通りにスポッと消え去ったマイク。

 テッドはその穴を覗き込もうとしたが、エディの金切り声が先に届いた。


「近寄るな! 数歩下がれ!」


 無条件でその声に従ったテッドとヴァルター。

 あのサザンクロス攻防戦で培った習性は、そう簡単には消えやしない。


『マイク! 返事をしろ! どこだ!』


 すかさず中隊無線に切り替えたエディだが、帰ってくるのはホワイトノイズだ。


 無線故に、声を嗄らすという表現は正しくない。

 しかし、エディの声は確実に悲鳴じみたものだった。


「チッ……」


 苦虫を噛み潰した表情のエディが小さく舌打ちした。

 最後尾に陣取っていたリーナーは、何も言わずにロープの支度を始めた。


「救出しましょう」

「そうだな。雪中にクレバスが埋まっているのは予想外だっ――」


 何かを言い掛けたエディ。

 その言葉が終わる前に地面が大きく揺れた。


 ――え?


 考える前に後退を始めたテッド。ヴァルターも距離をとり様子を伺った。

 だがその直後、テッドもヴァルターも、それだけでなく全員が我が目を疑った。


 中隊の前に姿を表したのは、巨大なミミズ状の生物だった。

 直径3メートル程度の茶褐色な円筒形生物は、その先端に牙付の口があった。


「下がれ! 離れろ! 距離を取れ!」


 エディの絶叫と同時、テッドとヴァルターは制圧射撃を加えながら後退した。

 腰だめにしたカービンライフルは猛烈な勢いで6ミリ弾を吐き出す。

 高サイクルな射撃フェーズを中断させ、テッドは目を凝らした。


 いや、目を疑ったと言うべきだろうか。

 その茶褐色な身体(?)には、弾痕どころか傷ひとつ付いていない。

 全ての銃弾を弾き返し、ウネウネと動きながら雪上に姿を現した。


 それは、驚くほど巨大なミミズだった。

 SF映画に出て来る砂漠のバケモノ。サンドワームの雪原版だ。

 口の直径だけで軽く1メートルはある、見るからに気持ち悪い姿。


「なんだよこれ!」

「知るか! こんなのシリウスにはいねぇ!」


 ヴァルターの絶叫に言葉を返しつつ、テッドは夢中になって射撃を続ける。

 だが、その生物の外皮は余りに硬いらしく、6ミリ弾を全く受け付けない。


「硬ぇ!」

「なんだこいつ!」


 ジリジリと交代しつつ制圧射撃を繰り返すテッドとヴァルター。

 戦闘中に視線を交わしながら、連携を取っていた。


「え?」「なんだ?」


 大きく身体を持ち上げたその巨大ミミズは、蛇の様に頭を振り上げた。

 いや、頭と言うのも便宜的なもので、巨大な牙の見える口の付いた先端だ。


 一瞬だけ射撃を止めた二人。

 その一瞬の間、生物は口を広げて轟く咆哮を浴びせて来た。

 テッドやヴァルターの全身がビリビリと共振し、姿勢を維持する事が出来ない。


「スタビライザーやられた!」


 その咆哮をまともに受けたらしいステンマルクは、左手を付いて蹲った。

 強烈な音波による微細衝撃波は、サイボーグの機体構造を破壊するらしい。


「あの咆哮を正面から受けるな! 全員散開!」


 エディの指示により全員が躍進する。

 ステンマルクはリーナーの支援を受け、やや後方へ下がった。


「なんだって丈夫な奴だな!」

「ミミズにしちゃデカ過ぎっす!」


 ディージョとロニーはやや浅い角度の十字砲火を浴びせた。

 どっちを向いて良いのか一瞬迷うような角度だ。


「ミミズだって言うなら口の周りに目があるんじゃないか!」


 マガジン一本分を撃ち切ったウッディは、手元のスペアマガジンを取り出した。

 そして、ロード済み銃弾のストッパーを外し、40発ほどの弾丸を取り出す。


「6ミリ程度の豆鉄砲じゃ射力が足りない!」


 弾丸の中から通常弾と曳光弾を取り除き、徹甲弾だけをリロードしたウッディ。

 同じ6ミリ弾とはいえ、多少はましだと願いたいのだが……


「気合入れていくぞ!」


 珍しくウッディが熱くなっている。

 それに煽られたのか、テッドは一気に前進する事を選んだ。

 威力は距離の二乗に比例して減衰するのだから、肉薄する事が重要だ。


「……にしても足場が悪すぎらぁ!」

「文句言う前に弾をばら撒こうぜ!」

「おうよ!」


 テッドとヴァルターは悪態を吐きつつ一気に前進した。

 零距離射撃レベルまで接近し、腰ダメのまま一気に射撃を加える。

 至近距離で着弾した弾は火花を散らして砕けていた。


「まるで戦車かシリウスロボだ!」


 そんな悪態を吐いたテッドだが、頭の中に何かが浮かんだ。

 言葉では表現出来ないが、敵を撃破する為の最短手だ。


 ――いけるか?


 それを思案している暇など無い事はテッド自身が解っている。

 マイクはあいつの腹の中だ。なんの根拠も無いが、不思議とそれを確信した。


「ヴァルター! 援護してくれ! 突っ込む!」


 ヴァルターへとサインを送り、テッドは一気に距離を詰めた。

 味方からの射撃が続く中、手が触れる距離まで接近したのだ。


「おっ! おいっ! 無茶すんな!」


 ヴァルターの金切り声が響く。しかし、テッドに止まる様子は無い。

 ウッディのバラ撒く徹甲弾は、パリパリと賑やかな音を立てている。

 ただ、その中のいくつかがツプリとミミズの内部へ侵入した。


 弱い所もあるのは間違い無い。

 そう確信したテッドは、3発だけ持っていたグレネードを手にした。


「気合と根性と経験さ!」


 テッドの脳裏に浮かんだのは、あのシリウスロボ最大の弱点だった。

 スカート装甲の内側にある、もっとも力の掛かる股関節部分への一撃。

 それと同じ事をテッドはミミズに試す事にした。


 もっとも、ミミズのような環形動物に股関節など無い。

 テッドが狙ったのは二カ所だ。それは茶褐色の外皮が重なる部分。

 そしてもう一つは……


 ――来た!


 ミミズが再び咆哮を上げた。その口が狙っていたのはエディだ。

 ギリギリまで様子を見ていたエディは、咆吼の瞬間に身を躱した。

 衝撃波な音波の波が雪面を駆け抜け、ザワザワと波立たせる。

 その間合いを狙ったテッドは、ミミズの口の中へ手榴弾を投げ込んだ。


「味わって良いぞ!」


 一発だけのグレネードがミミズの中へと転がり込む。

 次の瞬間、一瞬だけビクリと震えたミミズは、メチャクチャに暴れ出した。


「口にあわねぇらしいぜ!」


 効果あり。それを確認したヴァルターも、グレネードの安全ピンを抜いた。

 どんなに外側が硬くても、内側は絶対に柔らかいはずだ。

 生物である以上、それは逃れられない現実だった。


「試しにもう一つどうだ?」


 おちょくるようにミミズの真正面へと立ったヴァルター。

 怒り狂ったような調子のミミズは、そこへ襲い掛かった。

 牙を剥き、口を大きく開けている姿は、グロイにも程がある。


 だが、その内部深くには青紫になった内部組織が見えた。

 アチコチから青い液体を流していて、それがこのミミズの血だと思った。


「遠慮しなくて良いッス!」


 気が付けばロニーも肉薄していた。

 そして、ディージョとオーリスまでもが肉薄した。


「それっ!」


 ミミズは4発か5発の手榴弾を飲み込んだが、その内部から鈍い音が響いた。

 外がどれ程固くとも、内部は絶対に柔らかいはずだ。そう思ったテッドは……


「コッチはどうだ?」


 ジタバタと暴れるミミズの外皮は、分厚い金属のような素材だった。

 ただ、堅いと言う事は柔軟性に劣ると言う事でもある。

 そして、その重なる部分には、予想通り隙間があった。


「ちょっと失礼するぜ!」


 左手一本でその中へグレネードを押し込んだテッド。

 ミミズは異物を感知したのか、メチャクチャな暴れ方を始めた。

 構造的には異物が入る場所では無いのだろう。


「けっこう賢いな」


 爆発まで2秒になってから数歩下がったテッド。

 その前では装甲の内部でグレネードが炸裂した。


「スゲェ音だ!」

「なんだ今の!」


 近くに居たヴァルターとディージョが叫ぶ。

 手榴弾を10発近く喰らっていたミミズは、遂に外皮部分から青い血を流した。

 外皮装甲が僅かに裂けたらしく、その奥には青い肉が見えた。


「こうなりゃ!」


 テッドはそこへ銃口を突っ込み、メチャクチャに銃を乱射した。

 どれ程外皮が硬くとも、内部は柔らかい筋肉の筈だ。

 前方に向かってバリバリと撃ってみたら、口の辺りから血飛沫が舞った。


「テッド! ちょっと待て!」


 エディが射撃停止を命じ、テッドは銃を引き抜いて後退する。

 その直後、口の辺りから激しい爆発と共に肉が飛び散った。


「なんだ?」「どうした?」「何が起きた!」


 ヴァルターやディージョが叫び、アレックスも首を傾げつつ喚く。

 その直後、頭をもたげていたミミズが雪の上にドサリと崩れ去った。

 内部からドクドクと真っ青な血が流れだし、時々は吹き出す勢いだ。


「マーイク!」


 その口へ向かってエディが叫ぶ。

 いまだグネグネと蠢くミミズの内部組織は、妙な臭いを放っていた。


「マイクは何処だ?」

「ミミズが掘った穴に落ちたか?」


 エディの言葉にアレックスがそう返答する。

 テッドも口の中を覗き込み、締まっている食道部分を押してみた。

 ブヨブヨとした独特の感触があり、それはまるで水風船だった。


「まさか……なぁ」


 テッドは銃を構え、そのブヨブヨとした部分へ銃弾を放った。

 その銃弾が着弾した瞬間に内部組織が弾け、悪臭を放つ液体がこぼれ落ちる。


「ウワッ!」


 皆が数歩下がり様子を伺う中、がらんどうになった食道の奥に光が見えた。

 装甲服の双肩部に装備してあるライトの光だった。


「マイクッ!」


 誰よりも早くアレックスが進み出た。

 ミミズの内部組織を掻き分け、内部へと突入する。


 ややあってその内部からは、酷い臭いを放つマイクが出てきた。

 アチコチの装甲服が砕けかけ、一部は溶け始めていた。


「危うく晩飯にされるところだったぜ」

「出てきたんだから問題無い」


 マイクの軽口にエディがそう答える。

 だが、明らかにホッとした様子のエディは、降下艇へ支援の要請をした。


 降下艇内部の清水を頭から被り、一息ついたマイクは雪の上に腰を下ろす。

 巨大ミミズの内部は凄まじい力があったらしく、左脚部の構造体が歪んでいた。


「戦闘出来るか?」

「出来ない事は無いが足手まといになるのは了見してくれ」

「……だな」


 マイクがそう言う以上、それは否定しがたい現実だ。

 性格的な部分を考慮すれば、全員の安全のために自爆を選択しかねない。


「どうやって出てきたんだ?」


 そう尋ねたアレックスに対し、マイクは空っぽになった背嚢を見せた。

 特徴的なその袋は、マイクが何時も装備しているモノだった。


「内部にいたらグレネードの爆発音が聞こえたからな。これしかねぇと思って作動させたのさ。そしたら覿面だった」


 ヘラヘラと笑いながらそう言うマイクだが、爆発させたのはクレイモアだ。

 指向性の弾丸を撒き散らす地雷の一種で、死近距離で浴びれば即死は免れない。


「なるほどな」


 ボソリと漏らすアレックスを他所に、全員が視線を交わして目で会話した。

 誰が言うでもなく『一旦撤収するべき』との声が漏れ始めたのだ。

 そして、それを見ていたエディも、全員に聞こえる様に言った。


「仕切り直しにしよう。一旦撤収する」

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