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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
282/424

ROAD-SIX:エディの思惑02

~承前






 ――やばいな……


 面倒な勘が当たる。

 それを覚悟したテッドは、大人しくガンルームへ出頭した。

 艦内各所に散らばっていた中隊の面々が手渡されたのは、部外秘の書類だ。


 ――懸案事項に関する解決の……提案?


 書類の表紙に書かれた文言は、たったのそれだけだった。

 いったい何だろう?と疑心暗鬼でページを捲って目を走らせるテッド。


 その隣では全員が揃う前に読み終えていたウッディが絞り出すように言った。

 わずかに震えるその声が、その文言の中身全てだった。


「冗談ですよね?」


 どう取り繕っても冗談で済むようなケースなど無いのが軍隊だ。

 ましてや、アイズオンリーの指定がされている文書が冗談で作られる訳が無い。


 8ページほどの書類を読み終えたテッドは、ガンルームの中で固まった。

 それほどにインパクトのある文言が並んでいる衝撃的な書類だった。


「私も冗談である事を願いたいが、どうやらこれも現実のようだ」


 アレックスが広げた資料の中にある文字。

 それは、地上にある筈の基地探索だ。


 トップシークレットの文字が踊る資料には、推定される基地座標があった。

 何故推定か?と言えば、グリーゼ581Cの地上は一面の銀世界。

 少なくとも全ての可視光でサーチした限り、地上構造物は一切ない。


「ありとあらゆる手段で地上を探したが、全くと言って良い程に痕跡が無い。最後に得られたグリーゼの資料では、大気の組成を転換する装置が稼働しているはずだが、そんな機材すらも影も形も見えない。それどころか、先に到着しているはずの調査団や宇宙船団がデブリひとつ残っていない」


 アレックスの言葉を聞いた面々の表情が変わる。

 過去、様々な面倒を引き受けてきた501中隊だが、今回ばかりは……


「……地上っすか?」


 探るように言葉を発したロニーは、露骨に嫌そうな態度だった。

 ただ、それ自体は全員が同じ意見を持っていると言っても良い事だ。


 なんで、寄りにも寄ってこんな地上へ降下せねばならないのだ?と。

 全く資料の無い、データも無い、未知の世界へ手探りで降下するかも知れない。

 それを無邪気に歓迎出来る程、世間知らずで恐いモノ知らずでは無い。


 危険を承知での任務。

 言い換えるなら、危険だからこそサイボーグチームへの任務。

 もっと言えば、何かあった場合に消耗するのを前提にしたもの……


「……大気圏内への調査降下を非公式に打診された。まぁ、我々以外では難しい任務だろうな。もっとも、我々とて厳しいのには変わりはないが」


 軽い調子で言うエディだが、その表情は渋い。

 珍しく眉間に皺を寄せている姿を見れば、相当な無理をする事になる。

 いったいどんな話が出来ているのだろうか?とテッドも訝しむのだが……


「地上へ行って……何するんですか?」


 ロニーと同じく、探るような言い回しのウッディは真剣な表情だ。

 事と次第によっては、こんな宇宙の果てが人生の終点かも知れない。

 それを解っているからこそ、皆が怪訝で真剣なのだった。


「まぁ――」


 エディへ助け船を出すようにマイクが口を挟んだ。

 ただ、その時点でテッドは腹をくくった。


 ある意味、宴会部長で戦術部長なマイクが話しに割って入った。

 つまり、エディはその打診を受諾し、決行は間違い無い。


 恩を売ったのか、それとも実績稼ぎに掛かったのかは解らない。

 ただ、今までとは勝手の違う事態が発生するのは間違いない。


「――要するに、一番簡単な表現をするなら、何も無い事を確認しに行くのさ」


 マイクの表現は全員に僅かな混乱をもたらした。

 なぜなら、資料に書かれていた内容を要約するなら、地上には先遣隊が居る筈。

 過去数度の船団派遣があり、トータル人員は1000人を超えていた。


 そんな彼らが()()()()()()()()()()()

 それだけで事件性というか陰謀の臭いを感じるのだ。


「先遣隊はどうしたんでしょうか?」


 ウッディは単刀直入にそれを聞いた。

 どう考えてもおかしい事態だと全員が思った。


 余りにも話が滑らかすぎる。

 或いは要するに、話がうまく流れすぎる。


 これは()()()()()()()()()()()()()()ではないだろうか?


 その疑念は一気に加速しはじめていた。


「それに付いては……まぁ、単刀直入に言うとだな――」


 アレックスがそう切り出したとき、全員の視線が一斉に襲い掛かった。

 その視線の強さに一瞬だけ表情を変えたアレックスは、気を取り直して言った。


「――この状況見て地上が無事かどうかは判断付くだろう?って事だ」


 テッドは一瞬だけヴァルターと視線を交わし、そのままエディを見た。

 そのエディはじっくり資料を読みながら思案を重ねていた。


「つまり……要するに帰る理由を探しに行くと……そう考えても……」


 核心部分を口にせず、ウッディは慎重に瀬踏みをしながら言葉を選んだ。

 何も無い事を確認した上で、適当に時間を潰して地球へと帰る。

 それにたる理由を探しに行くだけじゃ無いかとウッディは考えた。


「いや、それだけじゃ無い」


 ややぞんざいな仕草で書類をガンルームのテーブルへと投げたエディ。

 その表情は今ひとつさえ無いモノだが、目には力があった。


「ここで行われていた事を確かめ、それを地球へ持って帰る」


 ……いきなり何を言い出すんだ?

 そんな空気がガンルームの中に広がった。

 少なくとも、現状ではエディの真意を誰も読み解けない。


 だが、そんな空気など構う事無く、エディは一方的に切り出した。

 それは、ある意味で驚天動地の話だった。


「ここで起きた出来事は、おそらくシリウスの旧先史文明による侵略と先着していた他星系文明との衝突だろう。地球人類はそこへ飛び込んでしまった可能性が高いと言う事だ」


 頭をボリボリと掻きながら、エディは慎重に言葉を選んで続けた。

 誰もが息を呑んで、その言葉の続きを待った。


「実は出発前、ヘカトンケイルから秘密の依頼書を受け取っている。それは、彼らがシリウス星系で見つけた旧先史文明の痕跡に関する公式報告書のコピーだ――」


 エディはガンルームに居る者達全員の視線が集まるのを確認し立ち上がった。

 そして、右手の指でこめかみをトントンと叩き、赤外線ポートを開けた。


 普通の人間ならば可視光線の周波数から外れる光なので目には見えないものだ。

 しかし、サイボーグの人工網膜は赤外線から紫外線までカバーしている。

 その可視周波数帯は、生物の範囲を大きく越えているモノだった。


 ――あ……

 ――光った……


 エディの目が光っているとテッドは驚いた。

 そしてその直後、視界に浮かぶ赤外線ポートを開くか?の問いが浮かんだ。

 テッドは余り深く考えずにYESを返した。


 ――すげぇ……


 赤外通信による高速データ通信は、巨大なファイルのダウンロードを行った。

 思いの外のサイズだったが、サクサクと落ちて来たデータを展開すると……


「――そこに書いてあるとおりだが、問題なのはそのシリウスの旧先史文明の動向だ。彼らもこのグリーゼへ到達し、その後に何処かへ飛び去っているらしい。その行き先は解らないが、1つ言える事は彼らがシリウスにもグリーゼにも顔を出し続けていると言う事だ」


 エディの話を聞きながら、テッドは言葉を失って資料を読みふけった。

 ヘカトンケイルが見つけた旧先史文明の痕跡。

 それは、太古の昔に設置され今も稼働し続ける巨大な施設だ。


「……セントゼロの地下にこんなモノがあるって言うのか」


 テッドの隣でボソリと呟いたヴァルター。

 声が震えるほどのインパクトを単純に表現するなら、それはひとつしかない。


「宇宙的恐怖……って、こういう事なんだな」


 ポツリと呟いたステンマルクは、なんとなく悲壮な表情だ。

 だが、テッドはその宇宙的恐怖という言葉自体が理解出来ない。

 一体何がそんなに問題なんだ?と首を傾げるばかりなのだった。


「宇宙的恐怖ってなんですか?」


 テッドは率直にそう尋ねた。

 なんとなくロニーがやりそうな事だとは思ったのだが……


「うーん。何処から話せば良いかなぁ。18世紀後半くらいに書かれた古い物語でね、要するに人類よりも遙かに高位の存在から見れば人類の存在なんか取るに足らないモノだから、まぁどうでも良いって話なんだけど……ルルイエ異本辺りを読めば良いのかな」


 腕を組んで唸るステンマルクは、意見を求めるようにエディを見た。

 そのエディは薄笑いでテッドとステンマルクのふたりを見ていた。


「るるいえ?」

「そう。ルルイエ異本。他にも無銘祭祀書とかあってねぇ……」


 ステンマルクは順を追って説明するべく知識の整理を図った。

 だが、その言葉を発する前にエディが切り出した。


「簡単に言えばこうだ。テッド。お前の管理する牧場には牛が居る。お前には必要な牛だからちゃんと管理するだろう?」


 小さく『えぇ』と呟きつつ頷いたテッド。

 エディもまた幾度か首肯して話を続けた。


「だが、その牧場を土地としか見ない奴らが……、そうだな、例えば自警団辺りが対空陣地を作るから今すぐ出て行けと喚きだした場合、その牛はどうなる?」


 牧場や牛や自警団の単語が出てきて、テッドはやや不機嫌そうに首を振った。

 牛は牧場主にとって大切な財産であり、また姿の異なる家族のようなモノ。


 そんな牛たちだが、自警団の連中なら容赦無く殺すだろう。

 或いは、そこらに放ってしまい、収拾が付かなくなる。


「碌な目に遭いません」

「だろうな。そのスケールが遙かに大きくなったのが……宇宙的恐怖だ」


 まだ納得いかない様子のテッドは、怪訝な顔のままエディを見ていた。

 ただ、ややあってからその表情がハッとしたモノに変わった。


 何かに気が付いた……

 その顔を眺めていたエディは小さく笑った。


「俺たち地球人類は……牧場の牛って事ですか?」

「まぁ、概ね間違い無い。言うなれば、向こう側から見て我々はどーでも良い存在と言う事だ。死のうが生きようが関係無い。抵抗すれば排除すれば良い」


 ぽかーんと口を開けて驚いたテッド。

 そして、テッドだけでは無く、小僧軍団の誰もが唖然としていた。


「……これはクトゥルウ神話と言う18世紀の創作だが――」


 説明するべく切り出したアレックスは、ややもすればウンザリという表情だ。

 テッドは最初、それはモノを知らない自分たちに対する嘲りだと思った。

 だが、テッドを含めた全員の表情が曇った事など構わずアレックスは続けた。


「その中に出てくる物語の根幹なんだ。地球人類が繁栄するよりも遙か昔、一度は栄えた文明が滅んだ後に残された神の眷属が水底の奥深くに眠っていて、地球人類がそれを目覚めさせてしまったり、或いは、その神自体がアクセスしてきて正気では無くなった人間は滅ぼされかける……ってね」


 実態の掴めない話を聞きつつ、テッドはなんとなくその全体像を掴んだ。

 それは、簡単に一言で表現する事など出来ない長い長い物語だ。


 このグリーゼを舞台にして、その旧時代の神と呼ばれる存在が争っている。

 そして、そのとばっちりで……


「で、結局何をすれば良いんですか?」


 全く進まない話に痺れを切らしたのか、ディージョはきつい声音で言った。

 それを聞いていたエディが苦笑いするほどに強い調子だった。


「……よろしい。タネ明かしをしようか。要点をまとめよう」


 ガンルームの中を歩いたエディはモニターの隣に立って電源を入れた。

 モニターに表示されたのは、メルカトル図法で表示されるグリーゼの地上だ。


「かつてこの星には美しい海と大陸があったらしい。その大陸には様々な装置が設置されテラフォーミング作業の拠点になっていた。我々はその拠点を巡り、機能が停止している事と、異星人が残して行った様々な痕跡を探し出す事だ」


 遂にカミングアウトした……

 テッドが表情を強張らせる隣では、ヴァルターが唖然とした表情だ。


「かつて、ニューホライズンで誕生した文明は自らの惑星を滅ぼすところまで来ていたらしい。そしてまぁ、良くある話だが、移住先を求めて異なる惑星を探していた。SFの定番だな」


 クククと笑いを噛み殺し、エディはモニターの表示を変えた。

 表示倍率が変わり、そこに出てきたのは一面の銀世界だ。

 やや赤みがかったその世界は、グリーゼの光に照らされる大地だった。


「そして、この惑星にも何らかの先住文明があったらしい。彼らもこの惑星を滅ぼしたのか、それとも、元々は死の世界だったこの惑星を改造しようとしたのか、それはハッキリしないがね」


 モニターの表示される映像がガラリと切り替わった。

 極低温表示となっている雪原の下に何らかの熱源がある。

 サーモグラフィとなっているその表示は、かなり巨大なモノを探し当てていた。


「雪と氷の奥深くに眠る何か。これが今回のターゲットだ。どんな設備か。どんな施設なのか一切解らない。ただ、この映像は地上探査に投下されたドローンだが、その投下から4755秒後、凡そ80分後に――」


 モニターに表示されている地上世界が一瞬揺れた。

 ドローンに何かが発生したと全員が理解した。


 その直後、映像は錐揉みとなって墜落していくのだが……


「――見えたか?」


 エディが念を押した映像の内容。

 テッドは自分の見た視界映像を脳内でリプレイした。


「え?」


 驚いたテッドは小さく声を漏らした。

 視界の片隅に開いた別窓の中、ドローンの録っていた映像に何かが映った。

 グルグルと回転する錐揉みの最中、そこに映っていたのは……


「……虫?」

「虫かどうかは怪しいが、外骨格か硬皮質な生物だな」


 ロニーの言葉にオーリルがそう返す。

 その映像に映っていたのは、虫と表現するのがもっとも正しい姿だった。

 ただ、地球生物的な分類が異なる惑星でも通用するのかは未知数だが……


「ドローンの映像に映っていた生物を残っていたデータから解析したんだが……」


 唐突に切り出したアレックスは、ガンルームの3Dモニターを立ち上げた。

 空中に表示されたのは、握り拳大ていどのサイズになる羽虫だった。


「……でけぇ」


 ディージョは呆れた様にそう漏らした。

 もちろん、中隊の誰もがそんな印象を持ったのだ。

 だが、エディやアレックスの浮かべる険しい表情の意味は、まだ解らなかった。


「ドローンはコレに喰われかけ、完全に破壊された模様だ。従って、地上探査は相当な重装備で行かないと危険だな。羽虫がこのサイズになると言う事は、実際には硬皮質な別の生物体系か、若しくは全く異なる生命体系なのかも知れない」


 苦虫を噛み潰したような表情のアレックスは、ウンザリしつつもそう言った。

 本当に実行するのか?と祈るような眼差しでエディを見たテッド。

 テッドだけで無く、ヴァルターもディージョも見ていた。


「まぁ、地上では飽きないだろうというのが良く解る。グリーゼの地上データは大幅な酸素リッチが予想されている。確定情報では無いが、酸素濃度35%で平均気圧は7~8気圧だ。太古の地球と同じと言って良い。故に……」


 ――嫌な顔するなぁ……


 率直にそう思ったテッド。

 その眼差しの先に居るエディは、実に楽しそうだった。


「火器の使用は楽しい事になる。せいぜい、地上を楽しもう。60分後に降下するから、本気の喧嘩装備を調えてくれ」


 うわぁ……


 唖然とした表情でヴァルターと顔を見合わせたテッド。

 ロニーは引きつった表情で固定されていた。


 そんな若者軍団をグルリと見回してから、エディは一言で場を〆た。


「以上だ」

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