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黒い炎  作者: 陸奥守
第九章 それぞれの路
280/424

ROAD-FIVE:バーニーの半生09

~承前






「……あ、そうだ」


 肝心な部分を忘れていたリディアは、ふと改まった表情で言った。


「おかえりなさい」

「……そうだな」


 素直な物言いのリディアに笑みを返し、サミールはクククと笑った。

 そして、胸を張り応えた。『ただいま』と。


 つい先ほど『心配だ』と言っていたバーニーは平然としている。

 ただ、その表情に柔和なものが混じっているのをリディアは見逃さなかった。

 そして、サミールと一緒に言ったはずのキャシーが不在と言うこともだ。


「ねぇさんは?」

「……バーニーとノア様の目論見どおりだ」

「そう……良かった」


 それ以上の言葉をこぼさなかったリディアだが、安堵の表情を浮かべている。

 自分の意志をこぼさなかったキャサリンも、どうやら復活の道を歩み始めた。


 ただそれは、色々と面倒のタネを背負い込む事になるものだ。

 リディアだってそれを知っているからこそ、どこか心配だった。


 少なくとも、女であれば色々と複雑な心境になるのは間違いない……


「キャシーの方は目鼻がついたんだね?」

「はい。恐らくは問題ないでしょう」

「そうか……ご苦労だったね」

「いえ」


 誰にでも素っ気無い対応のサミールだが、バーニーにだけは慇懃だ。

 腹心の部下であり、また、どこか姉妹の様にも見える部分があった。


 母と娘ではなく、姉と妹だ。


 ――サミーにとってバーニーは絶対なんだ……


 サリアナの底辺にいた存在がバーニーによって引き上げられた。

 その恩義は言葉で言い尽くせるモノではないのだろう……


 つくづく『凄いな……』と感嘆したリディアだが、同時に疑問もわく。

 何時もならサミーの帰還をバーニーは出迎えそうなものだが……


「ところで、なんでこんな時間に帰着なの?」

「船が着いたのはラウの宇宙港だ。そこからカオキ基地まで空路で来て――」


 カオキ基地はライジング基地の衛星基地で、大型物資の集積を受け持っていた。

 サミールは宇宙港からの定期便輸送機に便乗して、カオキへと来ていた。


「――カオキからは陸路だった」


 ――あっ……


 サミーが帰ってくるのを知っていたからこそ、バーニーは起きていたのだ。

 今さらになってリディアはそれに気がついた。


 そして、遅くに帰ってくると言ってしまえば全員が起きて帰りを待ちかねない。

 だからこそ、バーニーはダンマリを決め込み、こっそりの帰還となったのだ。


「……そういえば高速鉄道はまだ未開通だっけ」


 バーニーとサミーを眩しそうに目を細めて見ながら、リディアはそう言った。

 先の大規模砲撃により、シリウスの地上では交通網の寸断が続いていた。


「あぁ。地球の奴らが完全にぶっ壊してくれたからな」


 船舶系などはともかくとして、大量輸送機関である鉄道が使えないのは痛い。

 普通ならカオキからライジングまでは高速鉄道で20分ほどの距離だった。


「しばらくは建設大隊が不眠不休で活動する事だろうな」


 シリウスの社会は画に書いたような先軍的運用だ。

 その中でも建設大隊や輸送大体は奮迅の働きを見せていた。

 全てを壊してしまう艦砲射撃だが、それを直して歩くのが彼らの任務だった。


「……所で、荷物って?」

「あぁ……」


 なんとなく話を飲み込めないリディアは、荷物へと話を振った。

 ただ、それに付いての解説は、バーニーでは無くサミールだった。


「あたしたちも欲しくなったんだよ。それを」


 サミールは笑いながらリディアを指さした。

 その指がさす先を探したリディアは、身体中を確かめた。


 ――なんだろう?


 なんとなく気持ち悪さを感じたリディア。

 その前に座っているバーニーは、静かに微笑んでいた。


「リディは相変わらずそういう所が……緩い」


 バーニーは基本的に『あなた』や『おまえ』呼ばわりをしない。

 必ず名前を呼び、要件を言う。リディアは改めてそれに気が付いた。


 そして、時々は素の言葉で『アンタ』が出て来る。

 だがそれは、親しい『身内』だけに対する物だという事にも。


「その身体だよ」


 サミールが種明かしをした。


「キャシーの方は結局見られなかったけど――」


 サミールとバーニーが顔を見合わせ視線で会話した。

 だがそれは、女同士しか伝わらない共感と連係ではない。


 長年共に行動してきた者同士の無言の会話。

 そして、もっと言うならば、無私の忠誠を見せるサミールの歩み寄り。


 基本的にサミールは誰とも馴れ合わない。

 話をし、笑いあい、楽しい時を過ごす事は多々ある。

 だが、それでもサミールは明確な線を一本引いている。


 ここから先には立ち入らない。ここから手前には入り込ませない。

 心の中のボーダーラインは、まだ明確にサミールに存在した。

 そんな彼女だが、この時だけは剥き出しの感情を見せた。


 リディアはまずそれに驚いていた。


「――リディを見ていれば羨ましくもなるものさ」


 ――えっ?


 サミールとバーニーが再び視線で会話を交わす。

 そして、サーブ権がサミールからバーニーへと移った。


「言葉にするまでも無い事さ。明確な違いとして、その身体は快適そうだし、それに、筋肉や神経の疼痛が無いんだろ?」


 思わず『あぁ、そうだった……』と油断しきった言葉を吐いたリディア。

 シリウス製のレプリボディは、3年もすれば老化が始まる代物だ。

 5年目には慢性的な腰や膝の痛みを訴えだし、最後の一年はほぼ老人だった。


 俗にドッグイヤーなどと言うが、人間の10倍を超える速度でレプリは老いる。

 しかも、姿見だけは若いままなのだから始末に悪い。


 着実に改良が加えられ続ける地球製と違い、シリウス製は少々粗悪なのだ。

 そしてそもそも、地球製はワンオフで製作される脳移植前提の身体。

 だが、シリウス製は幾つかある規格を組み合わせて作られる代物だった。


 純粋に工業製品としてみれば、多少の当たり外れが出てしまうのも仕方が無い。


「先にリディが地球へ行った時、あの坊やにキャシーのデータ(遺伝子)を託したのさ。色々とアチコチの関係者が奔走したんだが――」


 自分と一緒にキャサリンの遺伝子情報が地球へと持ち込まれた。

 リディア自身も知らなかった舞台裏が存在した事に、僅かならぬ不快感がある。


 だが、同時にリディアは妙な安堵を覚えていた。

 バーニーは決して聖人君子では無いし、慈母的な存在でもない。

 生臭い人間的な欲望を持つ、1人の人間としてそこにいる。


 そしてここでは……


「――その際、私たちのデータも地球へと運ばれた。そして……」


 バーニーの目がサミールを捉えた。

 お前が言えと、そう言わんばかりの目だ。


「タイレルのラボで新しい身体を作る為のデータ情報が作成された」


 脳移植を前提に製作されるレプリの身体は、オリジナルに似ているに過ぎない。

 それは姿見を近似値で作られるオリジナルではない他人のようなものだ。

 ゆえに、その手の身体を使うユーザーは、必ず免疫抑制剤を服用する。

 レプリの身体が脳を異物とみなし攻撃してしまうからだ。


 だが、リディアは地球製ボディに入ってから、免疫抑制剤を飲んでいない。

 リディアの身体はレプリカント製作技術進化の結晶とも言えるモノだった。


 タイレルのラボではシリウスでは望むべくも無いスパコンを駆使できる。

 それを使い、脳に残っていた僅かなオリジナルから遺伝情報を抜き取った。

 そして、それを元にレプリ情報を加えたハイブリットとして製作されていた。


 つまり、現状のリディアは、人間とレプリカントの中間に存在するのだ。


「じゃぁ……新しい身体をこっちで建造して『いや』


 リディアの言葉を遮りサミールが口を挟んだ。


「新しい身体は地球で作る事になっている」

「……えっ?」

「核になる部分はこっちでしか取れないからな」


 サミールは顎を引いた状態で笑っている。

 その言葉を理解しきれぬリディアは、混乱しつつも『核?』と呟いた。


「リディも知ってると思うが、レプリの身体は胚となる細胞核の部分も人工的に作られる。だけど――」


 バーニーはスイッとリディアを指差して言葉を続けた。


「――その身体は、僅かに残っていたリディのオリジナル部分が核になっている、3世紀も前に実用化されたiPS細胞技術は万能と言って良いからね」


 驚きの表情で話を聞くリディア。

 バーニーは遠慮する事無く言葉を続けた。


「これからうちのメンバーは順次寿命を向かえる事になる。だがその日程はバラバラだ。従って、これから『地球へ行くわけですね』その通りだ」


 口を挟んだリディアに肯定を返したバーニー。

 リディアは楽しそうに笑った。


「地球は楽しいですよ。街が明るいですし」

「そうだろうな」

「で、誰からですか?」


 軽い調子のリディアだが、バーニーは同じように笑って言った。


「最初はアンナとサンドラだ。特にサンドラはもう1年をきっているから急がないと危ない。突然死するかも知れないから、急いで行ってくれ」

「そうね……って、えっ?」

「聞こえなかったかい?」


 バーニーはまだリディアを指差していた。

 そして、それを見ていたサミールが口を挟んだ。


「リディが行くんだよ」

「私ですか??」


 一オクターブは高い声でリディアは言葉を返した。

 そのあまりの慌てぶりにバーニーが笑いながら言った。


「ほかに誰がいるんだい」

「でも、それじゃ、サンドラの身体は」

「地球で受け取ってこっちへ持ってくるのさ。片道80日の定期船で行ってね」


 バーニーは優しい眼差しでリディアを見ていた。

 それが何を意味するのかをサミールだけが理解していた。


「リディの旦那は宇宙の彼方だろ?」

「はい……」


 リディアの表情は僅かに沈んだものになった。

 それは女の純粋さの表れでもあり、また、いじらしさでもあり……


「向こうはざっくり10年を時に喰われるだろ?」


 リディアは黙って首肯した。ただ、同時に気がついたのだ。

 バーニーが気を使ってくれていると言う事に……だ。


「これからしばらく、リディは地球との間を往復してもらう」

「バーニー……」

「そんな顔をしなさんな」


 ウフフと笑ったバーニーは楽しげな表情で言葉を続けた。


「任務は簡単だ。先ず定期的にキャシーと接触し、状況を報告してもらう。それとは別に、地球の状況に付いてレポートを上げてもらう。そして、その往復の一環で新しい身体を順次運んでもらう」


 バーニーの言葉を聞きつつ、サミールは同時に書類をリディアへと見せた。

 それは、ワルキューレのメンバーが受領する新しい身体の予定日だ。


 アンナとサンドラの予定日は9月10日。

 それを預かり、年明け早々にニューボディへと移植手術を受けることになる。


「私が20年を掛けて集めたワルキューレのメンバーだ。欠員は出したくないし、失いたくも無い。しっかりやっておくれよ?」


 バーニーはリディアに発破を掛けた。

 もちろん!と、そう言わんばかりな態度でリディアは大きく頷く。


「20年も掛けたんだ……」

「そうさ」


 バーニーはやや流し目気味にサミールを見た。


「サミーはサリアナの街で娼婦だった。ハンナは売れない飲み屋のチーママで、何時も枕営業していた。マリーはその店にいた売れっ子のシンガーだったけど、囲ってたヒモがトンでもないクズだったねぇ」


 遠くを見ながらポツポツと呟くバーニー。

 そのどれもがまともな人生とは程遠い様子だった。


「アイナとヘリナとエリナの3人は、あの店の演奏専門だった。ただ、ソフィアやアンナやサンドラみたいに、ある意味まともな人生あるいてる人間までくるとは思わなかったよ……」


 遠い目をしてそう言うバーニーだが、リディアは笑みを浮かべて聞いていた。

 思えばそれぞれの身の上なんて聞いた事が無かったからだ。


「早速明日にでも地球行きの段取りに入るが――」


 話の続きをせがむ表情のリディア。

 バーニーも苦笑いでそれを見ていた。


「――明日の朝が辛くなっても責任は取らないぞ?」

「もちろんです」

「じゃぁ……


 バーニーの話しは終る事無く続いた。

 ワルキューレと言うチームが立ち上がるまでの話。

 それぞれの面々が歩いてきた人生と、チーム加入の話。

 コレまでにあったエピソードと、そして……


「詳しくは本人に聞くと良い」


 バーニーが語らなかったのは、それぞれの思い人だった。

 何処まで行っても、所詮この世は男と女。

 惚れた腫れたは一時のことでも、やはり人には必要なことだった。


 時に声を詰まらせ、時に雄弁に身振り手振りを交え、バーニーは語り続けた。

 それこそが、彼女の歩んだ今までの人生だった。





 ―了―

次回更新は7月10日になります

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